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3話

元カレと久々に会って、「ちゃんと」別れる美樹。

その後の、自分の気持ちに戸惑う。


飲み会があった翌週。

外回りの途中、定食屋でお昼を食べながらなぜか出身はどこか、の話になった。

二人とも赤身が綺麗な鮪丼を食べながら、いつになく口数が多かった。

高橋くんは、あんまり自分からそういうことは言わない。

でも、その時はなんとなくお互いのことを、聞き合う流れになったのだ。

そこで、なんと私と高橋くんは同郷だと分かった。

「って言っても、小4で引っ越したんだけどね」

「僕は、その頃5歳ですけど」

「え…年長さん?」

「そういうことになりますね」

私が10歳の時、近い場所に5歳の高橋くんがいたのか。

「可愛かっただろうね、5歳の高橋くん。今も可愛いけど」

「可愛いですか?」

「あ、ごめん…嫌だった?その、弟みたいってことよ」

少し高橋くんのトーンが変わったので、慌てて聞いた。

私が慌てたからか、高橋くんはすぐ笑顔を向けてくれた。

心なしかそれが、安心させるような笑顔で、ホッとする。

「嫌じゃないですよ。可愛いとか弟とかあんまり言われないから、そうなのかって思っただけで。気にしないで下さい」

「そう?ありがとう」

「それを言うなら、小山さんはお姉さんみたいですよね」

「あぁ、言われると思ったよ…」

弟って言ったくせに、改めてお姉さんて言われると、それはちょっと嫌かもなんて思ってしまった。

自分勝手だなあ、私。

「…聞いてもいいですか」

「え、急に何?」

「腕の痕がついたのも…そこでなんですか?」

「腕の痕…?」

「すいません…この間、支えて貰った時に見えちゃったんです」

「ああ…あの時ね。見えてたんだ。まあ、結構袖捲れてたからなあ」

「かなり大きかったから…」

「そうね~あれは、高橋くんと近い所に住んでいた時に、火事に巻き込まれて」

「火事…だったんですか」

「そう、それで逃げようとした時に燃えた何かが、腕に当たったらしいの」

「らしい?」

「うん…実はその時のこと、ちゃんと覚えてないの。うっすらとしか。助けられて呆然としてたことは、覚えてるんだけどね」

「そうなんですか…でも、痛かったりショックだったりしたことは、覚えてますよね」

「まあ、子供の頃は覚えていたけど…だんだん薄れて来るものよ。火が怖いのは薄れないけどね」

なんとなく、深刻な雰囲気になっちゃったので、ははっと笑って見せた。

「もう、そんなしんみりしなくていいから。同郷の高橋くん」

「あ、すいません、色々聞いちゃって」

「大丈夫、このぐらいのこと、聞かれれば誰にでも話してることよ」

「そうですか…」

「じゃあ、私も一つ聞いていい?」

「いいですよ。」

「高橋くん、どうしてうちの会社に入ったの?」

「う~ん、文具が好きだったのと後輩がここにいたから、ですね」

「へえ~後輩さん、どこの部署?」

「総務です。後輩にも、うちの会社どうですかって誘われたんです」

「そうだったの。知り合いがいると心強いよね」

高橋くんの後輩…総務はあんまりわからないな~

その後、二人とも黙々と鮪丼を食べ終えた。

「美味しかったです、鮪丼。小山さんのオススメの店、ハズレがないですね」

「わ、高橋くんに褒められた。嬉しい~」

飲み会のあと、こうしてふざけたり軽口を言いあったりするようになった。

すっかり、姉のような気分になっていた。





仕事終わりにデスクで携帯を見たら、久しぶりな人からのメッセージがあった。

彼だ。

一応、彼だ。

全然連絡をくれず、私も面倒になって連絡しないでいたら、3ヶ月たってしまった。

それが、急に会おうだなんてどうしたんだ。

何、この面倒くさい感情は。

一応、付き合ってるはずの彼氏なのに…

椅子を揺らしながら自問自答していたら、高橋くんが申し訳なさそうに、言ってきた。

「小山さん、今日届く予定の荷物なんですけど…」

「え?午後に到着予定のあれ?どうかしたの?」

「数が足らなくてあちこちからかき集めたから、予定より遅れるみたいなんです」

かなり、困った顔してる…

「いったい、何時ごろになりそうなの?」

「12時近く…深夜の」

「ええ~そんな遅いの!?明日持参して納品なのに!?」

「そう、伝えられました…」

「そうか~じゃあしょうがない、待ってて受けとるしかないね。仕分けもやって置いた方がいいし。残りましょう」

しょうがない、彼と会うのは断って伸ばして貰えばいいか。

3ヶ月会わなかったんだし、ちょっと伸びても同じだわ。

頭の中で自分に言い聞かせ、椅子に座り直した。

「小山さん」

高橋くんが、まだ私の脇から動かないで見ている。

「え?まだ何か不測の事態があるの?」

「いえ、今日残るのは僕1人で大丈夫です。小山さん、予定があるんじゃないですか」

思わず、顔を上げて立っている高橋くんを見た。

「どうして、予定があるって分かったの?」

「…だって、さっきから、急だな~とか待ち合わせ、面倒くさい~とか、聞こえたから」

「えっ私口に出してた?」

「出してましたよ。独り言の声、大き過ぎですよね」

突っ込まれてしまった。

「でもほら、仕事の方が大事だから、待ち合わせは延ばせばいいし」

「いや、荷物の量はそこそこだし、仕分けも1人居れば十分です。だから、俺が残りますよ」

「そんな風に言われても…悪いじゃない」

ここで、1人残って貰うのも、気が引けるしなあ。

そこで、高橋くんがふわっと笑った。

「この前の飲み会で、介抱してもらったお礼ってことで。異議は認めませんからね」

あ、やり込められた。

真面目な高橋くんだったのに、何だか今のはお茶目だったな。

少し、雰囲気が変わったように見える。

「…そう、じゃあお言葉に甘えていいかな」

「どうぞ、どうぞ」




そんな訳で、私は定時に職場を出て待ち合わせ場所に向かった。

職場のある場所から近い、おしゃれなビル。

そのビルの前は歩道になっていて、和モダンなビルの雰囲気に合わせて、和風な意匠が彫られた石のベンチが置いてある。

そこで座って待っていると、待ち合わせ時間から10分ほどたった頃、一応彼である健二がやってきた。

「久しぶり、元気だった?」

「あ、久しぶり」

目を伏せると、長い睫毛が影になる。

濃い睫毛に縁取られた、意思の強い瞳。

「この近くに、いい店があるんだ、きっと美樹も気に入るよ」

はっきりとした、強い声。

好きなものがはっきりしていて、いつもこれがいいよって言ってくれる。

私、そんな彼に惹かれたんだった…

赤い格子窓が印象的な、エスニック料理の店に入り、円卓に座った。

スパイスの香りが店内に広がって、食欲が湧いてくる…はずだった。

でも。

彼は忘れてるのかな。

私、クセのあるスパイス苦手なんだよ。

カレーは好きだけど香草は頭痛くなっちゃうの。

よく会ってた頃はエスニックは避けてくれてたのに…

クセが無くて無難な料理を食べ終えて、フレーバーティーをゆっくり飲んだ。

この香りは、好きなんだけどな。

ボーッとお茶を飲んでいる私に、彼が口を開いた。

「美樹に謝らなくちゃいけない事があるんだ」

「謝るって、どういうこと?」

来た。

たぶんそんなことだろうと、思ったそれが。

「この春に入った、職場の後輩とすごく気が合っちゃって」

「その…俺の好きなものみんな好き、とか言われてね」

…彼にしては、歯切れが悪い言い方だな。

「3ヶ月、会って無かったのよ。私からも、連絡しなかったし…そのまま、自然消滅でも良かったのに」

「いや、いくら3ヶ月会ってなかったって言っても、ちゃんと区切りはつけないと」

「私は大丈夫よ。あなたが好きな人が出来たのなら、気にしないで」




店の前で、彼とは別れた。

私が気にしないでと言ったから、気が軽くなったみたいで軽口を叩いて、笑顔で去って行った。

彼とは2年くらい付き合った。

でも、頻繁に会ってたのは最初の1年で、彼の仕事が忙しくなってからは、すっかり間が空いてしまって。

彼から連絡がないと、自分からの連絡がどんどんしづらくなって行く。

その間に、お互いの気持ちは離れた。

彼は職場の子に気持ちが向いて、私は…

彼の事が、どうでも良くなってたことに気づく。

でも、何をするにもリードしてくれて、迷ってるとこっち、と示してくれてた。

それが、以前の私には心地良かったんだ。

そんな気持ちになれる、彼が好きだったことは確かだった。

…考え事をしながら歩いていたら、職場のビルの近くまで戻っていて、思わず立ち止まった。

時計を見たら、22時過ぎ。

高橋くん、残ってるよね。

何か、食べたかな。

携帯を出して、高橋くんを呼び出した。

思っていたより早く、5コールで出てくれた。

「もしもし、高橋くん?小山だけど」

「あれ?どうしたんですか?」

「今、下にいるの。私も一緒に残ろうと思って」

「…でも、小山さん、今日は、あの…

「いいから、いいから!ちょっとしたもの買って持って行くね。じゃ、」

今の私のザワザワとした胸の中。

高橋くんといれば、落ち着くんじゃないか。

この間の、酔って寝ちゃった高橋くんと、一緒にいたように。














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