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2話

敦の歓迎会で、弱いのに飲まされてグダグダな敦を、介抱する美樹。

5月の最後の週末、仕事終わりで課のみんなと飲み会があった。

喋ることがそんなに得意じゃない私だけど、お酒の席は別。

慣れた仕事仲間だったら、尚更だ。

いつもの居酒屋の個室で、みんな盛り上がっていた。

『課の飲み会』だけれど、実質的な主役は入ったばかりの高橋くん。

あちこちで手を引かれ、お酒をすすめられ、話しかけられて。

そんな彼を見ながら、岩田さんと話していた。

「高橋くんて、人当たりはいいし、すっきり塩顔でメガネ男子だし、営業はそつなくこなすし…短気でもないし、穏やかだよね。なんだか、不思議な人じゃない?苦手なものとか、あるのかな。美樹ちゃん、何か知ってる?」

「苦手なものですか?聞いたことないですね。ご飯食べてても、好き嫌いは無さそうだし。」

「外廻りのとき、お互いのことはあんまり話さないの?」

「話さないです。私がそもそもそういうの苦手だし、高橋くんも自分のことは言わないですね。」

「いつも、飄々としてて慌てるの見たことない。やっばり、不思議な人だわ」




話が少し途切れて、お酒のお代わりを頼もうかと、辺りを見回した時。

高橋くんがいなくなったことに気づいた。

「岩田さん、私ちょっとお手洗い行ってきます」

「ん、行ってらっしやい」

個室を出て廊下を右に曲がると、お手洗いにつながるスイングドアがある。

近付きながら床を見ると、誰かが座り込んでいるのが見えた。

ドアを押して入ると、高橋くんがへたりこんでいる。

「高橋くん、ここにいたの?大丈夫?」

腕を取って引っ張ると、のろのろと口を開いた。

「あ…小山さん。大丈夫です…ちょっとふらふらするだけで。少し、飲み過ぎたみたいです」

ちゃんと喋れてる…ほんとにふらふらするだけなのかな。

でも、ここに座り込んでいる訳にも行かないだろう。

「ね、立てる?あっちに椅子があるから、移動しようか」

「立て、ます…」

壁に後ろ手をついて立ち上がった。

「じゃあ、個室の脇に椅子があったから、そこまで行こうか。いい?私が支えるから」

「はい」

高橋くんの腰の辺りを支え、個室の外にあるベンチチェアに掛けさせる。

たぶん、酔いすぎてしまった人用の、休む所なのだろう。

ベンチチェアの脇には、ティッシュケースも置いてある。

「待ってて。今水貰ってくる」

ぐったり座っているけど、歩けたし大丈夫そうかな…ずいぶんだるそうだけど。




水のコップを手に戻ると、高橋くんはベンチチェアの背もたれに寄りかかって、目を閉じていた。

「水、持って来たよ」

私の声に、ぱちっと目を開けた。

「あ、ありがとうございます」

水をごくごくの飲み干した彼は、ふうっと息をついてティッシュケースの脇にコップを置いた。

「もう、大丈夫です。すいませんでした、変な所を見せてしまって」

そう言いながらも、時々目を瞑り首の後ろを揉んでる。

まだ、頭もハッキリしないのかな…

「もうちょっと、ここで座っていたら?個室の中は空気悪いし」

少し黙ってから、彼が口を開いた。

「…じゃあ、小山さんも一緒にいて貰えますか」

「私?いいけど…」

横に座ると、彼はまた目を瞑った。

喋る訳でもないし、私がここにいていいんだろうか。

5分くらいたった時。

身体に重みを感じた。

彼の方を向くと、肩の上に彼の頭…

小さな、寝息も聞こえてくる。

温かい。

こんな温かいんだったら、もう具合は大丈夫かな。

でも、いつまでこうしてたらいいんだろう…

それにしても…こんなこと本人には言えないけど、寝顔可愛いなあ。

落ち着かなくてキョロキョロしたら、個室から岩田さんが出て来た。

私を見て急いで寄ってくる。

「高橋くん、こんなとこにいたの?具合悪いの?」

「お手洗いの前で、座り込んでいたんです。でももう、大丈夫みたい。寝ちゃってますけど」

「あらら…お酒、たくさん飲まされたのかな。高橋くんの苦手なもの、お酒だったのね。」

岩田さんが、ニッコリして私の隣に座った。

「そろそろお開きだし、高橋くんとタクシーで帰ったら?お店の前に呼んでおくから」

「え…私も一緒にですか?でも…いいのかな」

「いいんじゃない。酔ってふらついてる人を、1人で帰すのも何だし」

「じゃあ、そうしますね。」

「なんか、そうしてるとえらく可愛いじゃない」

「そうですね、まるで弟みたいな…弟いないけど」

「弟、ね。頼もしい弟だね。それはそうと、美樹ちゃん、右手の袖のボタン取れちゃってるよ」

「あ…ほんとだ。さっき高橋くんを支えた時かな…留められないから、折っておこうかな」

高橋くんの腰を支えてた右腕。

ボタンが取れて、捲れていた。

「美樹ちゃん…そこは、見えても気にならないの?」

「え?これですか?まあちょっとぐらい見えるぶんには、気にならないですよ」

「そうか、ならいいけど」

私右腕には、袖を捲ると見える、ケロイド状になったやけどの痕がある。

子供の頃、火事に巻き込まれてついたものだ。

シャツを脱げば分かるけれど、鎖骨の辺りから手首の下まで、けっこう範囲は広い。

そんなに気にしてはいないつもりだけど、腕は出さず長袖にして、かならず襟のあるものを着てる。

火事に遇った、10歳のころから。




タクシーに乗せる時、1度高橋くんを起こした。

でも、タクシーなんていいです、大丈夫ですと言って聞かなくて、困った…

最終的に、まだふらふらしてることを自覚して、乗ってくれたけれど。

乗ってしまえば、30分くらいで着く距離。

奥に座ると、申し訳なさそうに私を見た。

「小山さん、今日は色々すみません。介抱して貰った上にその…眠っちゃって」

こんな顔をすると、ますます何かやらかした弟みたい。

私は、可愛い弟を持った気分になって、微笑ましく彼を見た。

「気にしないでいいから。まだちょっとかかるから、また眠っても大丈夫だよ」

「すみません…」

目を瞑ると、あっという間に寝息が聞こえて来た。

また、肩に彼が寄りかかって来たけれと、ここは姉として目をつぶることにしよう。







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