61.辿り着いた街で
僕とシロは、雪を被った街の門を見上げた。何か文字が書いてあるようだが、読む事は出来ない。書いたのは随分と前であるようだ。門の外から街を見るが、人の気配は無い。
「ここに……誰かいるの?」
「ええ、知り合いが一人ここに店を構えています。さて、行きましょう。」
シロに促され、僕は再び足を進めた。街は静まり返っている。街の道は雪で覆われ、人の足跡は全く無い。街全体の建物も少ないが、人一人いないのは不自然としか思えない。
僕達が足を止めたのは一軒の店の前だった。
「ここ……?」
「間違いない筈です。ついてきてください。」
シロが木の扉を押すと、ギィィという音を鳴らせ、扉は開いた。店の中には人の気配がしない。本当にここにシロの知り合いがいるのだろうか。僕は店の中を見回す。至る所が埃だらけだった。掃除は長らくしていないのだろう。
「……誰だ?」
だからこそ突然掛けられた声に、反応する事が出来なかった。声は横から聞こえた。僕とシロが声のする方を見ると、そこには一人の男が座っていた。それもかなりの高齢だ。頭は真っ白に染まり、口髭が伸びいていた。お世辞にも愛想が良いとは言えなさそうだ。
「店主。私です。覚えていませんか?」
店主はシロの言葉に何か思い当たる節があったのか、片目を開いてこちらを見た。そして、少し驚いたように言った。
「……生きていたのか。」
「お陰様で。」
「どういう事……?」
幼い僕はこの状況で黙っているほど、空気が読める存在では無かったようだ。店主は溜息をつき、シロに顎で何かを示した。シロは頷くと、扉を閉め、近くにあった椅子に座った。そして僕にも座るように促す。僕が座ると、店主はすぐに話し始めた。
「このガキは何だ?」
「私が仕えていた主人の息子です。主人とその夫人が不慮の事故で亡くなった為、今はその息子に仕えている、という訳です。」
店主はシロの話を聞くと、僕に奇妙なものを見るような視線を浴びせてきた。まるで触れてはいけない禁忌か何かのように。暫く見ていたが、興味を失ったのかそれからはまた目を瞑った。
「このガキが……か?」
「ええ……あなたの思っている通りでしょう。それ程までの存在なのです。」
「俺にはただのガキにしか見えないがな。」
「今はそうかもしれません。ですが、先の未来では違います。必ず変わります。この私がそう言うのですよ?」
「そう判断したのは、あれの方か?」
「はい。」
僕は何から何まで分からなかった。僕が何なのだろうか、やはりシロとこの店主は僕を何かの禁忌かのような扱いをしている。何か僕自身に謎があるのだろうか。そして、その謎の要素が未来になると才覚を表す、と。全く実感が湧かない話だ。最後の店主の言葉も引っ掛かる。
「まあ、そうなら俺もそれに従うのみだ。少し待ってろ。」
店主はそう言うと立ち上がった。そして、カウンターの奥へと入って行った。数分と経たないうちに店主は戻って来たが、店主の手には何か杖のようなものがあった。これは魔法発動を補助する魔道具のようなものだろうか。
「これをそのガキに持たせろ。抑えるには充分だ。」
抑える……?僕が思っていたものとは逆の効果を発揮するらしい。そしてこの店主はどこで魔道具など手に入れたのだろう。
「店主……。これは〈遺産〉では?」
「ああ、そうだ。だが、俺は使う用もない。過去の産物だ。勝手に使え。返してもらう必要もない。」
「……では、頂きます。」
シロはそのまま〈遺産〉と呼ばれた杖を僕に渡した。僕が持つと同時にその杖は光を発する。杖を持つ僕の右手の周りを螺旋状になった文字の羅列が渦巻く。そして、その螺旋は僕の右肩まで伸びると消えてしまった。
「アデル、これはアデルを守ってくれるものだ。何があっても手放してはいけませんよ。」
「……分かった。」
僕は真面目な顔をして頷く。シロが僕に視線を合わせることは少ない。常にどこかここではない何処かを見ている。まるで何かを忘れないようにしているかのように。だからこそ、シロの言うことは嘘はないと思ったのかもしれない。それがないとしてもシロが言ったことであれば、この僕は言いつけを守るだろうが。
店主はそんな僕とシロの様子を興味なさそうに見ていたが、話が終わったのを見ると、口を開いた。
「じゃあ、さっさと行け。武装した奴らがこっちに来ている。通路を使え。」
「店主、何から何まで有り難うございます。この御恩はいつか。」
「それまで生きていたらな。」
「ええ。」
シロは最後に小さく呟くと、僕の手を引っ張って店の奥に入った。店の奥は普通の住居のようだったが、そこを止まらずに一直線に突き進んだ。
「シロ!ぶつかるよ!!」
「大丈夫です……【開け】」
詠唱魔法でもなく、無詠唱魔法でもない呪文名称のみを詠唱するという、僕の見たことのない魔法発動術を見せたシロはそのまま走り続けた。目の前には壁。このままでは当たる、そう思った瞬間。一瞬だけ壁が開いたのだ。シロと僕はその向こうへと走り去った。僕が最後に後ろを振り返ると、店主と目が合った。店主は目が合うのを見ると、すぐに顔を反らしたが、僕にはそれが店主の優しさだと感じた。
そのまま、僕とシロは目の前の緩い階段を駆け降りると、地下の通路を走って行った。




