『フゴ王国』②
「何だ、ここ、変な臭いがするぞ」
「お酒の臭いですわね。ここがギルド、ここで仕事を請け負うのです。本当は宿で休みたいけれど……背に腹は代えられません」
「へー、冒険者はここでコインもらえんのかー」
エスティが「仕事をしたらね」と言って両開きの扉を開ける。するとむわっとした酒と木の匂いがエーイチの鼻孔に飛び込んできた。エントランスは広大な酒場になっていた。いくつもの木製の円卓が置かれ、何人もの冒険者が卓を囲んでいる。騒然とした酒場で、皆が上機嫌な様子で酒を交わしていた。
そして部屋の隅のほうで、大きな声を出す一団がいた。
「蟻の巣20層のオーガ討伐に行く者ー! 上限3名、山分けだ!」
「15層のフレイムスライムの心臓狩りー! ひとつ1000コイン!」
「行方不明の貴族ペットの捕獲ー! 巨大亀に強い魔導師ー!」
皆それぞれが、そんなことを叫んでいる。
「冒険者はああやって、一緒に仕事する仲間を募集しているのです」
「へー」とエーイチがその様子を眺めていると、エスティは真っ直ぐに、空間の奥にある階段を上った。
「あれ? 仕事受けるとか言ってなかったか?」
「その前に、一応、エーイチの役割を把握しますわ」
「ろーる? それ、うまそうだな」
2階の廊下を少し進むと、とある部屋の扉をノックした。すると「はいよ」としゃがれた声が聞こえた。エスティは扉を開けるのと同時にエーイチに言う。
「ここで、エーイチの適正職業を視てもらえるのです」
エーイチはギルド酒場に入ってから終始ポカンと口を開けていた。
「てきせい職業?」
そこは小さな部屋で、1人の老人が椅子に座っていた。
「ほれ、早くしろ、ドラゴパラディンの娘。希少職だからとて特別扱いはせんぞ、わしゃ忙しいんじゃ」
「このご老体は長年ギルドに務める魔導師さんで、他人の得意なことを見抜くことに長けているのです。その能力を生かして、これから冒険者になる人間の適正を視てくれるのですわ」
エーイチはエスティによって椅子に座らされる。老人はエーイチの顔を間近で見た途端、白い眉を「ん?」と動かして、「なんじゃ、お前。冒険者じゃないのか」と言った。
「んだよ、何でわかんだよ」
「身のこなしというか、その装備じゃ。アントの篭手など、久しぶりに見たわい」
エーイチは腕の脚に装備した赤い篭手を見つめた。
「これはエイ婆に作ってもらったんだ。馬鹿にするなら殴るぞ」
「馬鹿にしてなどおらん、懐かしいのじゃ。今は高級な装備品を皆欲しがるが、昔は自分で工夫して、それはもう……」
老人が語りはじめると、エスティは慌てた様子で会話に入った。
「忙しいんでしょ? 早くこの子の職業を視てください」
「うむ」と老人が目に力を込める。その手には数珠状の石が握られていた。
「職業適性は……?」とエスティが硬い唾を飲みこむ。
「オラの適正……」とエーイチも緊張した面持ちで老人の目を見つめた。
「……ほう、今時珍しい」
「な、何だ?」
「この小僧の適正職業は……『村人H』じゃ!」
「はっ?」と2人は同時に声を上げた。
老人は白い髭をさすって満足そうに続けた。
「主な特技は旅人に話しかけらたときに『この村はボビ村です』と言うことじゃ」
「う、嘘だろ?」とエーイチが身を乗り出す。
すると老人はあっさりと「嘘じゃ」と言い放った。エーイチは老人を指差し、
「なあ……こいつ、ぶん殴っていいか?」
とエスティに言った。老人は「コホン」と堰をして髭を撫でる。
「出身を当てただけでも凄いと思え。このように、わしには他人のそれまでがある程度視え、素質がわかるのじゃ。さて、お前の本当の適正は『商人』じゃ」
「しょ、商人?」と今度はエスティが身を乗り出した。
しかしエーイチは「ふうん」と今度はどこか納得した様子で、後頭部で手を組んでいた。
「商人かぁ、なんだかコインが入ってきそうで、まんざらでもねえな」
エスティは、そんなエーイチを爪先から髪の毛の先までまじまじと見つめる。
「どっから見ても野蛮でおバカな拳闘士って感じですわ」
老人はメモに何かを書き記しながら、商人についてを説明した。
「確かに珍しい職業ではないが、商人をあなどってはいけんぞ。商人はそのがめつい商魂から、防具や武器など装備できる数が全職業でナンバーワン、しかもがめついから、呪いの装備や重装備、弓、槍、杖から爪装具まで、この世にあるほぼどんな装備も装備できてしまうのじゃ。さらにがめつさから物覚えもよく、例えばここ最近フゴ王国の兵器開発研究所が発表した〝じゅう〟という武器も扱えたり、他の大陸の文化から派生した武器や未知の道具もすぐに扱えるじゃろう。ちなみに保有コインの大陸トップランカー、不動の1位も当然、商人じゃ。そんでもって不思議と運に恵まれた者が多い傾向にある、がめついからの」
「……なんかがめついだけじゃねえのか」
「それが商人の売りじゃ。しかし悪いこともある。魔王類など知能の高い魔族にその商魂を付け込まれやすい上に、がめつさから山賊や海賊、盗賊に成り下がる者もおるし、むしろ商人はそんなやつばっかりで、他の冒険者に信用されにくくての、パーティーを組むには金の力で傭兵を雇う場合がほとんどじゃ。どんな冒険者になるかは勝手だが、くれぐれも金に目がくらんで魔王類なぞに魂を売ってはいかんぞ」
そのとき扉をノックする音が聞こえた。
「ほれ、無料で診断してやれるのはここまでじゃ。はい、次」
エーイチは老人からエーイチの適正書類を受け取り、職業診断部屋を後にした。




