『フゴ王国』①
「すげーな、おい……」
「あまりキョロキョロしないの。田舎者ってバレますわ」
と言いつつも、エスティもまたフゴ王国城下町の様子に夢中で、口をポカンと空けていた。栄養満点で柔らかな土が敷き詰められ、青々とした草が生い茂り、花々は虹のように色とりどりの色彩で咲いている。建造物のすべてが一流の職人によってデザインされ、ひとつひとつが大きく、頑丈で美しい。城下町には一本の太い商店通りがあり、そこを歩く人々は皆が健康的でかっぷくがよく、そして高級な服を着ていた。信じられないくらい巨大な聖堂にデパート施設も見えた。
ユーは街の外れにある従属獣の一時預かり所、通称モンスターパーキングに預けた。エスティは前髪を後ろに流し、「よしっ」と大きく息を吐いて緊張を誤魔化した。
「まずは宿をとる、それが冒険者の鉄則ですわ」
そう言って、エスティはエーイチを連れて街のホテルに向かった。
そのホテルも例外なく立派な造りで、エントランスの手前には、星が5つ並んだ看板があった。
「おひとり様250000コインになります。おふたりで50万コインです」
「ごじゅ……何を言ってるのかしら? 50万コインといったら、ところによっては家を買えてしまいますわ」
ホテル内の受付でエスティは絶句した。ホテルの従業員は嫌味のない笑顔で繰り返した。
「当ホテルは五つ星、アール大陸の王族も泊まった大変由緒正しきホテルでして……最も安いお部屋で50万コインになります」
「ゆうしょってうまいのか?」
横からエーイチが話に入ってきたが、エスティは彼の首根っこを引っ張った。
「いくわよ、エーイチ」
「ど、どうしたんだよ、まさか金ねえのか?」
2人はエントランスを抜け、五つ星ホテルの前に生えた木の影にしゃがみ込む。エスティはかわいいピンク色のおサイフ型DHを「ひい、ふう……」と覗き込んでいた。そのなかにはおよそ9000ゴールドしかなかった。再び「金足りねえのか?」と訊くエーイチに、エスティは前髪を耳にかけて、「ふんっ」と胸を張って言った。
「あ、あたくし1人が泊まるくらいはあるけれど、あんたに気をつかってのことですわ!」
エーイチは芝生にあぐらをかき、後頭部で両手を組んで言った。
「なんだよ、ならいいじゃねえか、オラはその辺で適当に寝るから、お前はゆうしょなホテルに泊まれよ」
「そういうわけにもいきませんわ。あんたはわたくしの命の恩人の友人、このエスティ、恩人に足を向けて寝るようなことはいたしません」
「なんだ、お前、やっぱ意外と義理堅いやつだな。嫌いじゃねえぞ」
エスティは「はあ」と大きくため息を吐いた。
「あんたに好かれても何も徳はありませんわ」
「お前、ホント、減らず口で心が狭いな」
「あんたほどじゃないですわ……まあいいですわ、どのみち、ここには長期でいるのですから、他の宿を探しましよう」
エスティが立ち上がるとエーイチも立ち上がった。
「お前が受けるとかいう、サクセストの試験っていつやるんだ?」
「サクセストの試験は3日後です、試験そのものは二次試験制で2日で終わるそうです。とにかくは、せめてあと3日間、泊まるためのお金を稼がないと」
お金と聞いた途端、エーイチの目が輝く。
「金稼ぎか、よし、やろうぜ!」
「あんた、本当、心まで貧しいですわね……」
そのとき、五つ星ホテルの周囲が騒がしくなった。エーイチが「なんだ?」と言ってエントランスのほうを見る。するとまずはじめに、巨大な獣の姿が見えた。
「お、おい! 街中にモンスターがいるぞ!」
身構えるエーイチに、エスティは慌てて彼の背中を引っ張った。
「落ち着きなさいよ、馬鹿! あれはマッハパンサー、高級な乗り物型従属獣ですわ!」
エスティが言うように、鋭い牙を保有する獣だったが、背中に籠らしきものを載せ、首の上には運転手らしき男が手綱を握って乗っていた。エスティは木陰から続けた。
「野生のマッハパンサーは適正レベル50の強敵ですが、幼少期を人間に育てられたパンサーならああやって人が乗れるくらい懐きますわ。ただし超がつく高級品で、多分あれ一匹でこのホテルに一ヵ月くらい住めますわ」
「うっへー! 売ったら高いのか! じゃあ捕まえようぜ!」
そう言って脚に力を込めるエーイチだが、エスティは彼の頭を思いっきり殴った。
「いって、何すんだよ!」
「あんたの頭はンダバ一族並みですわ!」
「ん、ンダバ一族ってなんだよ!」
「そんなことも知らないの? ラインテルト大陸で最も原始的な一族ですわ! とにかくあれは見たところ貴族の所有物、勝手に盗もうものなら裁判にかけられてよくて死刑ですわ! それにそもそも人の物を盗ってはいけない、って親から言われたことないのですか!?」
「知るかよ、俺父ちゃんは死んだし、母ちゃんは俺を捨ててボビ村を出て行ったしよ!」
エスティが目を見開き「わたくしと一緒……」とつぶやこうとしたとき。ホテルのエントランスから、1人の男が出てきた。
「お、あれがあのモンスターの飼い主か」
と言ってエーイチが男に注目する。エスティもその男を見た。
「あの男……フゴ王国の貴族じゃない……あれは冒険者ですわ」
その男は十数人の召し使いの戦士に囲まれて、機嫌のいい様子で空を眺めていた。鼻水を垂らしている。エーイチは木陰から彼を指差した。
「はぁ? 冒険者? あ、あいつもモンスターと闘うのか?」
エスティは冒険者ハンドブッグを取り出していた。エーイチが「何だよその本」と訊くと、エスティは「後で説明しますわ」と言って続けた。
「一見は貴族に見えますけど、彼は有名な弓使いのキューピーですわ」
「なんかすげえかわいい名前だな」
「名前はかわいくても、あんたなんか一瞬で殺される実力ですわ。『一矢、100万コイン』の価値と言われる、必殺必中の弓矢を放つ男ですわ。それにあの装備……体臭を一切消してその場の環境と同じ色に溶け込むインサイドカメレオンの皮で作ったマントに、魔法石をいち、に……片方によっつ入れた音消しブーツ、多分数分間の飛翔能力を持っているブーツですわ。背中にある弓、あの輝き方は上位ドラゴンの牙か角で出来た素材、扱いにくいドラゴン素材で出来た装備品ははじめて見ましたわ。確認できるだけで、噂でしか聞いたことのない装備品のオンパレードですわ」
「ぜ、全部でいくらすんだ?」
「えーっと……ほとんどが非売品だけど、多分、ひとつで2000万コインくらいで売れるものばかりですわ」
「に、にせんまん!? ボビ村が2000万個くらい買えるんじゃねえか!?」
「あんたの故郷に同情しますわ……それにしても、この日にここにいるということは、まさか、彼もサクセストに……?」
「……けどよ、あの、キューピーって冒険者、豚か何かのモンスターにしか見えねえぞ」
エーイチの言うとおり、その弓使いの容姿はまるで子を産んだばかりの母豚のようだった。
「あ、あたくしも実物を見たのははじめてですが……噂通りのおデブさんですわね」
弓使いキューピーは2人の視界の向こうでマッハパンサーの背中に乗り込んだ。間もなく運転手の合図とともに、キューピーを乗せたパンサーが走り出す。マッハパンサーは、初動から100メートル進むのに「力む」や「蹴る」といった所作がなかった。厳密には、エーイチの視力において認識できなかった。そしてマッハパンサーが駆けた際、砂埃など一切の痕跡や、風が起こるなどがなかった。恐ろしく静かで速い。それがマッハパンサーの走り方の特徴だった。
「……セカイって広いんだな」
とエーイチがポツリと言った。エスティもまた、呆然とした様子で「ええ」と返した。気を取り直した様子で、エスティは髪の毛を耳にかけた。
「とにかく、ギルド酒場に行きましょう」
「酒場? それにギルドって何だ? うめえのか?」
「……冒険者ハンドブックといい、あんたに教えることが多過ぎてうんざりしますわ」
エスティが商店通りに向かって歩き出すと、エーイチもその隣を進んだ。
「さっきから言ってる、あの本も、何なんだよ」
エスティは「はあ」とため息交じりにハンドブックをエーイチに渡した。
「それは冒険者ハンドブック、冒険者の必需品ですわ。冒険する上での基礎的な知識を書いたものであると同時に、毎年1000コインの情報料金で、内容が常に更新されていくの。更新内容はその地域のギルドが情報を発信する魔法で行うので、蟻の巣の深い場所など、よほど遠い地にいない限り、月に一回、自動的に更新されますの。まあ、どこでも見れる新聞みたいなものですわ」
「しんぶんってなんだ? うめえのか?」
「めんどくさすぎるので、新聞の説明はまたしますわ。とにかく、ハンドブックは最新の蟻の巣の情報や、魔法研究の情報、便利なアイテム、今回のサクセスト試験などのイベントのお知らせ、そして現在のトップランカー冒険者を教えてくれるのですわ」
エーイチは歩きながらぺらぺらとハンドブックを覗いた。ほとんどの文字は難しくて読めなかったが、さきほどの弓使いキューピーの似顔絵が描かれていた。エスティもちらりとそのページを覗き込んで続ける。
「キューピーは保有コインランカーの、大陸6位の冒険者ですわ。つまり大金持ちの冒険者ってことですわ」
「6位ってなんだか大したことなくねえか?」
「お金持ちが強い、ってことではありませんが、大陸には10万を超す冒険者がいますわ。各種目のランカーに入る時点で、そうとうな実力者を意味しますわ」
「へえ、すげえなぁ」と言ってエーイチはハンドブックをエスティに返してこう続けた。
「で、ギルドってなんだよ?」
「それは、今から、実際に説明しますわ」
そう言ってエスティは立ち止まった。2人の目の前には巨大な酒場のような建物があった。




