『はじまりの草原・フゴ王国近郊』
「すっげー! 何て豊かな草原だ!」
興奮するエーイチの隣に、ユーとエスティが立った。
「そんなに驚くこと? ただの青と緑の景色ですわ……でもやっぱり、外はいいですわね」
エスティは風に揺れる前髪をかき分け、草原を眺めた。太陽がさんさんと輝き、入道雲が空を漂っている。僅かに潮の香りもする。そこはフゴ王国近郊の豊かな平原で、草木は栄養たっぷりな土から養分を吸い、のびのびと成長していた。
エーイチの故郷、ボビ地方が見せる枯れ葉のような景色とは大違いな、豊かな景色で、遥か遠くにエーイチが見たことのない、建物群が見える。あれがフゴ王国の城で、数時間歩けば辿り着ける、とエスティが説明した。
「あと少しで、大陸の中央部、フゴ王国。まさにラインテルト文明の最先端の地ですわ」
「ラインテルト? それ、うめえのか?」
「……あんた、まさかこの大陸のことも知らないの?」
「……ボビ村から出たことねえしな」
「……無学とは罪ですわね。いい?」
エスティは枝を使って宙に凹を思わせる図を描いた。触れれば火傷を負うほどの光の低級魔法に色味をつけ、それを利用し、宙に図や文字を描く魔法だった。
「これがラインテルト大陸。北に向かって窪んだかたちになっていて、中央の内海部分に港とフゴ王国がありますの。ボビ村はフゴ王国の南に位置していますわ」
エスティは宙に描いた大陸地図を枝で差した。
「この辺りの適正レベルは……」
そのとき、茂みの向こうからラウンドオオカミが現れた。短く不潔な毛皮を身に纏い、餓えた牙で旅人や動物を襲う獣種だ。エーイチが「危ねえ!」と叫んだ瞬間、エスティが持つ枝の先が光る。矢を出現させる魔法、アロウだった。ラウンドオオカミは「ギャウ!」という悲鳴を上げ、その場に落ちた。アロウが獣の肩を貫いたのだ。
そしてエスティは「レベル10から15といったところかしら?」と言って、ユーの名を呼んだ。
直後、ユーがラウンドオオカミに止めの牙を向けた。
唖然とするエーイチに、エスティは「あら? どうしたのかしら?」と訊いた。
「……おめえ、案外残酷な奴だな。あいつも腹空かせてたんじゃねえか? ガリガリじゃねえか」
「……確かに、ラウンドオオカミは、元は普通の狼でした。しかし、魔族の魔法ウィルスによって飢餓が止まらなくなり、モンスター部類された立派な害獣です。決して情けをかけてはいけません。ホント、何もわからないのね。無学は罪ですわ」
エーイチは舌打ちをして「わぁったよ」と言った。
続けて、エスティは図の周辺にいくつかの点を描き、再び図の中心にあるラインテルト大陸を枝で差した。
「他にもいくつかの島や大陸、国々もありますが、今はこのラインテルト大陸だけ覚えておけばいいですわ」
エーイチは大きなため息を吐いた。
「……よかった。難しくて頭んなかが爆発するところだったぜ」
「……嘘でしょ、この程度で?」
呆れるエスティを後目に、エーイチは「行こうぜ!」と言って草原を進む。ユーは翼を広げ、空を旋回していた。エスティは、ため息を吐くと、ふとラウンドオオカミの死骸を見つめた。ユーが食い散らかしたあとで、骨だけになっている。彼女は自身の手を見つめた。
その脳裏には、かつて見た無数のアロウの光……。エスティは思った。今のままの力では、あのとき見た魔神級の敵には勝てない。必要なのは、魔女エバが見せた独特な詠唱術だった。
「ハカイシャ……超獣。時空の魔女、エバ」
試しに、エスティはエバの真似をして空中を指で叩いてみる。しかし何も起きなかった。
「アホらし……わたくしともあろものが、何をしているのかしら……」
エスティは息を大きく吸い込み、遠くに見えるエーイチの背を怒鳴った。
「ていうか待ちなさいよ! 女性の歩幅に合わせられない男はサイテーですわ!」
エスティは拳を握り、決意を固めた瞳で青空を見上げると、エーイチの背中を追った。
……一行が去って数十秒後のことだ。
草原に放置されたラウンドオオカミの骨が突然光輝いた。みるみるうちに骨から肉が沸き、目玉が構築され、毛が生える。やがて、ユーに食われる前、エスティの魔法にやられる前の姿になるどころか、魔法ウィルスが浄化され、普通のオオカミが目を開けた。蘇ったオオカミはきょとんとした様子で、辺りを見回し、やがて逃げるように草の向こうに走っていった……。




