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貧乏勇者サクセスト  作者: 水銀
3/9

『アント・オブ・ラビリンス LV8』


「こいつら、カッテぇ……!」


「エーイチしゃん、ここは婆が……!」

 エーイチとエイ婆は、現在アントオブラビリンス、ボビ区域とフゴ区域の中間にいた。そこの壁面には、8という数字が刻まれていた。それは冒険者レベルの適正値を表している。このフロアはレベル8。駆け出しの冒険者にとっては、最初の難関にあたる場所でモンスターの巣が近くにあった。そこは『敵の数が多い』という特徴があった。


 エイ婆からその忠告を受けた直後、2人はレッドアントの大群に囲まれた。エーイチは「1匹100コイン!」と叫び、そのうちの一匹に蹴りを食らわせる。しかし、その外皮は恐ろしく堅かった。エーイチは素足をさすり、足の甲に向かって「フーフー」と息を吹きかけた。

「イテテテッ、さっきのと比べモノになんねえくらいカッテぇ! オラの脚がへし折れちまう!」

 エイ婆はエーイチの背中から降りると、杖の先に左手を重ねた。

「エーイチしゃん、こやつらはレッドアントの成体ですの! 外皮が堅く、多少手慣れた冒険者でも手こずる相手! こやつらの弱点は氷魔法ですじゃ! ここは婆が!」

「エイ婆……杖の先が光って、凍りだした。そ、それが魔法ってやつなのか? オラ初めて見るぞ」

 そのとき、1匹のレッドアントが「ピギッ!!」と鳴いた。エーイチは拳を握り、レッドアント群の奥を睨んだ。

「な、何かがレッドアントを食ってる! 新しいモンスターか!?」

 暗がりから、さらに大きな影が現れた。エイ婆の目が、初めて見開いた。

「あ、あれはドラゴン! 何故、このような上層に!! まずい、エーイチしゃん、逃げるのです!」

 ドラゴン。鋼のように艶めく鱗。大きさはエーイチの身長ほどだが、体積はその3倍を優に越す。鋭い牙が無数に生え、翼の先まで力がみなぎっている。その目もともまた、剣のように鋭い。反面、どこか穏やかで高貴な眼差しを感じさせた。少女の声がした。


「行くのです、ユー! ひ弱な庶民を助けなさい!」


 少女の呼びかけに呼応するかのように、ドラゴンが「ボア!!」と鳴いた。

「す、すげー!」

 エーイチの顔を照りつける熱光。ドラゴンが吐いた炎が、5匹のレッドアントを一挙に焼き尽くした。背後から「ピギィ」という悲鳴が聞こえた。暗闇から現れた少女が剣を振るい、次々と残りのレッドアントの首をはねていった。少女とドラゴンによって、ものの数分で、レッドアントの大群は全滅した。

「よくやったわユー、さあたんとお食べ」

 少女の命令に、ユーと呼ばれたドラゴンは焼けた虫たちをその牙で食み始めた。エーイチの顔がみるみる青ざめる。

「あー! もったいねー! そいつらの皮、高く売れんだぞー!」


 少女がエーイチを睨みつけた。

「はい? 何を仰っているの? たかが蟻数匹ですことよ? それに、こいつらを倒したのはあたくしとユー。獲物をどうするも討伐者の勝手。見たところ旅のおばあ様とその孫といったところでしょうか? さあ、ここは危険です。どうぞお家に帰って畑でも耕してください」

 エーイチは、少女の言葉使いのほとんどが理解できていなかった。だが、自身が勘定したレッドアントの外皮を、彼女のドラゴンがボリボリと食べていることだけは確かだった。エーイチの怒りを察したのか、エイ婆が2人の間に入った。

「これはこれは、危ないところをありがとうございました。娘様は見たところ冒険者でございますかの」

 エイ婆の丁寧な礼に気をよくしたのか、少女は両手に腰を置き、鼻を高くした。

「ええ。あたくしの名前はエスティ! 何を隠そう、冒険者でございます」


 エスティと名乗った少女は金髪のロングヘアをなびかせ、巻いた毛先を磨き上げた爪で撫でた。深海を思わせる青い瞳に、長く黒いまつ毛。その肌は途方もなく白く、暗い洞窟内でも発光して見えるほどだった。胸元は大きく、コルセット状の装備品から解放されると、形のいい谷間が噴水状の陰影を描いていた。何よりその肌は、太陽に愛された白桃を思わせる瑞々しさ。健康な男子が見れば、思わず彼女に触れたくなる。エイ婆は、彼女の装備品を眩しそうに見つめた。


「ほうほう、ミスリルをふんだんに使ったかなりの高級装備ですな。しかも、無数の魔法石を埋め込んでおいでで。エスティしゃんはもしや貴族の出、そしてその冒険者職は、ドラゴ・パラディンですかの」

 エイ婆の指摘に、エスティはさらに気をよくした。直後、エーイチがエスティとエイ婆の間に立った。

「おめえ、そのトカゲはなんだ?」

「トカゲとは失礼なッ! 彼はドラゴン族最強種、ジョーカードラゴンのユーでございます!」

 エイ婆が、ユーと呼ばれるドラゴンを見た。気高く雄々しいドラゴン種であることは確かだが、最強の名を冠するわりにはやや幼い。

「ほほ、ジョーカードラゴンとは、ドラゴン族における最終進化種のひとつ。1000の大軍にも匹敵すると言われたドラゴン族の伝説種ですじゃ。しかし、あのユーというドラゴンは、まだ若いかと思いますがの」


 エイ婆の指摘に、エスティが初めてたじろいだ。

「ゆ、ユーは、いずれジョーカードラゴンになるドラゴンなのです!……現在はソードラゴンの幼竜ではございますが」

「ほっほっ。ドラゴンは経験と環境、そしてマスターとの絆によってあらゆる進化を遂げますの。エスティしゃんが真に願えば、見栄もいつか真実になるかもしれませんの」

「……お婆様、あなた、何者でしょうか? 申し訳ありませんが、どこからどう見てもお金のない貧民にして老婆。ドラゴマスターでもないのに、妙に詳しいですわね……」

 エーイチはエイ婆とユーを交互に見た。

「なあ、エイ婆。さっきから言ってるドラゴマスターとか、パラディンって何だ?」


「世にも珍しい職業ですじゃ、エーイチしゃん。ドラゴマスターとは、前世がドラゴンだったとされ、異性ドラゴンに好かれる類まれな〝へロモン〟を持つ人間ですの。基本的には中距離戦法や支援行動を主とし、ドラゴンと連携して戦う事実上最強の職業ですじゃ。しかし、エスティしゃんは剣と魔法を操っておる。見たところ陽属性。パラディンの素質を持っていますの。彼女はさらに珍しい、ドラゴ・パラディンかと思われますの」


 エスティの胸が膨れ上がる。エイ婆という存在への疑問よりも、自尊心が勝った。

「そう! 龍を操り、剣を躍らせ、おまけに属性陽で、回復魔法もお手の物! あたくしこそ類稀なドラゴ・パラディンです……うッぷ!?」

 直後、エスティの鼻腔に異臭。

「極悪異臭モンスター、な、ナットウゴキブリと同じ臭い……」

 エイ婆とエーイチは、常人にとって信じられないほど臭かった。

「あなた達、見たところ貧しさ全開ですわね。まさか亡命者かしら? だったら、今のはなかったことにしてくださる?」

「ボウメイシャ? それ……」

 エーイチが「うめえのか?」と訊く前に、エスティが剣に手をかけ続けた。

「貧しい土地に嫌気が差し、国間を無断で蹂躙する重罪人、それが亡命者!」

「じゅっ、重罪人!? ち、ちげーよ、オラとエイ婆は冒険者だい!」

「そうなのですか? 確かにその様子だと、亡命も知らないようですが……。それにしても、冒険者とは聞き捨てなりませんことね。ライセンスはお持ちですか?」


「ライセンス? それ、うめえのか?」

「その様子だと持ってないのですね。あなた方は一体何者ですか? ライセンスとは……冒険者の証、いわば免許証ですわ。身分証明はもちろん、各国の交通証、果ては商店からホテルの割引まで。あらゆる待遇が受けられる万能ライセンス。その代わり、旅のなかで見つけた亡命者をはじめ、犯罪人を罰しラビリンスのパトロールも、その資格保持の条件に含まれるのです。節度ある冒険。それが、冒険者ライセンス獲得の必須条件。よって、あなた方の身分・目的を把握するのも、冒険者であるあたくしの務めになります。ああ、あたくしって、何て健気で真面目なのでしょう。やはり、サクセストにふさわしい……」

 自分を抱きしめるエスティに対し、エーイチは一歩引いていた。

「な、何だこいつ。気持ちわりい……」

 エイ婆が懐から一枚のカードを取り出した。

「ほうほう、これですかの」

 老婆の親指で一部、レベルの欄が見えない。エスティは目を細めた。

「あら、おばあ様が冒険者だったのですか。随分デザインの古いライセンスね……まあ、本物のようですが。旅の目的は?」


「婆たちはボビ村から来ていましての。フゴ王国の物資をボビに届けるのが目的ですの」

「……世界一の貧乏村、ぼ、ボビですわね。存じておりますわ。なるほど。わかりました。ユー、そろそろ時間でございます。急がないと、フゴ王国のパレードに遅れてしまいますわ」

 エーイチが、エスティの顔を覗き込む。

「なんだ。おめえもフゴ王国に行くのか?」

「ええ、そうよ。フゴ王国のサクセストになるの!」

「サクセスト? さっきもそんなこと言ってたな。何だ、それ。うめえのか?」

「……い、いい加減にしないと、ユーの餌食にしますわよ?」

 エイ婆が「ほっほっ」と笑って、エーイチに言った。

「サクセストとは、大陸最大の王国、フゴ内の王宮騎士団のことですの、エーイチしゃん」

 続けて、エスティが剣をかかげ、洞穴の天井を差した。

「そう! 選ばれし王宮騎士、それこそがサクセスト! 12人の円卓騎士の1人になれば王様の権限のもと、あらゆる特権が許される! もちろん、家族、一族を含め、生涯安泰! 最近、その12騎士の1人に空きができたの! チャンスは今しかないわ! 稀有なドラゴ・パラディンであるあたくしこそ、サクセストにふさわしい!」

 エーイチの脳裏に、ボビ村の住人の姿が浮かぶ。彼にとって、イーエフ爺をはじめ、ボビ村の住人こそが家族だった。

「す、スゲー! オラ、フゴ王国で冒険者ライセンスを貰ったら、ドラゴマスターになって、サクセストになる!」


 エスティはあきれ顔で、エーイチに言った。

「無理よ。サクセストはおろか、ドラゴマスターは選ばれし者の職種。ほら、ユーはあんたに『興味がない』ですって、あんたはせいぜい重量剣士か拳闘士がお似合いよ」

「ほっほ。ユーとやらはオスですかの。職の適正はフゴ王国でわかりますよ、エーイチしゃん。ところで、エスティしゃん。婆はエイ婆と申しますの。汚い身なりではありますが、魔導師ですの。そして、この子はエーイチしゃん、我らがボビ村で唯一の若者。さっき申しました通り、婆たちもフゴ王国に向かっている最中ですの。エスティしゃん、どうかの? 婆たちとフゴ王国に行くのは?」

 エスティはユーの頭を撫でながら、エイ婆の話を聞いていた。

「護衛……じゃなくて傭兵の依頼? あたくし、今はちょうどフリーではございますが……。けど、あたくしの護衛&傭兵料金は1日5000コインになりますわ。あなた達に払えるかしら?」

 エスティが提示した金額に、エーイチのアゴは外れそうになった。

「ご、5000コイン!? 干し干しイモ1000個買える値段じゃねーか!」

「エスティしゃん、婆たちは見ての通り、金のない身。どうかタダでお願いできないかの?」

 エスティは厳しい瞳を老婆に向けた。

「申し訳ありませんが、あたくしはプロの冒険者。1コインの値引きも無理ですわ。……ですが、か弱い者を見捨てるのも目覚めに悪いですわね。せめてもの情けです。フゴ王国に行きたいのなら、あたくしとユーが進む道の後ろついて来なさい。さすればモンスターも少なく済むでしょう。さ、行きますよユー」

 こうして、エスティはユーを連れ、洞窟の奥へ行ってしまった。


「……いいよ婆ちゃん。あんなコーマンチキなヤツ、仲間にしなくても。オラがいる」

「もちろん、エーイチしゃんは強いですの。ですがの……婆にはわかるのです。エスティしゃんは、いずれエーイチしゃんのヨメサンになる女ですの」

「あ、あいつが!? オラのヨメサン!? ほ、干し干しイモ1000個くれたってゴメンだ!」

 エイ婆は、「ほっほっ」と笑いながら、ドラゴンユーが食べ散らかしたレッドアントの外殻を拾った。そして外殻の一部を残し、ヒモを通した。

「……エイ婆、何やってんだ?」

「エーイチしゃんは裸足や素手でモンスターに攻撃していますの。加えて、エーイチしゃんは人間離れした筋力を持っていますの。それは、常人には信じられないほどの負荷が体にかかる行為。これは、婆からエーイチしゃんへの、せめてものプレゼントですの」

 エイ婆の器用な手つきから、篭手こてとすね当てが出来上がった。レッドアントの外皮と同じ色で、赤黒く、たいまつの明かりに光沢を放っている。エーイチは早速、肘と膝、二の腕と脚の甲、そしてすねにその外殻を装備した。吸いつくとまではいかないが、エーイチの長い手足に合わせたサイズで、それらは彼の武器である拳や脚のすねをしっかりと守っていた。

「す、スゲー! これなら思いっきりモンスターを攻撃できるぞ!」

「ほっほっ。本来はよろず屋で装備を整えますが、婆たちは貧乏ゆえ、これで許してくだしゃれ」

「何言ってんだよ、エイ婆! スゲー嬉しいよ! ありがとう!」

 喜び飛び回るエーイチの姿に、エイ婆の目もとに小さな涙が浮かぶ。エーイチはレッドアントの外殻で作った篭手とすね当てを手に入れた。


2人の所持金は未だ180コイン。ボビ村はおろか、やがて起きるこの世界の〝大変革〟を救うのは、まだまだ遠い道のりだった……。

 

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