すこし、「ある」。
「お前さー、これ何て読む?」
部屋でだらだらとマンガを読んでいると、急に兄が話しかけてきた。その手には汚い楕円型の落書きがされた紙がある。
「丸? 楕円?」
「……は?」
私の返答が気に食わなかったと見えて兄は不機嫌顔になった。
こんなこともわからないのか、と自分で書いた落書きを覗き込んで、兄は舌打ちした。紙の向きが違っていたらしく、九十度右へ回して再度私に見せつける。
「……ゼロ?」
兄の求める答えは何となく察した。兄も満足したのかうんうんと頷いている。
「日本人はこれを『ゼロ』か『レイ』と読む。その使い分けは知ってるか?」
「あー……」
この前テレビ番組のクイズでやってたやつだ。なんでこの知識を堂々と私にひけらかそうと思ったのだろう。
兄の頭の悪さにうんざりしていると、兄は自信満々で解説を始めた。
「0を『ゼロ』と読めば『全くない』の意味になるし。『レイ』と読めば『少しある』の意味になる。
算数の問題とか考えてみろ。な? 納得だろ?」
そっか。あの番組やってた時ってちょうど部活でいなかったんだっけ。
家族全員が知っていることをわざわざ偉そうに話しちゃって。
兄を憐れんでいると、更なる追撃が来た。
「だからお化けは『レイ』なんだよ。すこし『ある』んだ……」
「……は」
私の白けた態度を見て即興で作ったとは思えない。どこでそんな話を仕入れてきたのかと再び兄に視線を向けると、そこには誰の姿もなく、ただ楕円の描かれた紙だけが落ちていた。