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君と変わらぬ関係を

ぐっだぐだで進みます。

無理な方はブラウザバックを推奨します。

※作中のクッキー作りの行程は毎年私が作っているクッキーの行程です。

すでに忘れたので一部、交代がすっ飛んでいますがスルーの以降でお願いします。


 どうしたって、その想いもその声も届かないって知っていたから。だから、私は君にこの想いを伝えずにずっと秘めて押し殺したまま、この関係を続ける。


「おはよう、侑生ゆう

「ん、はよ……」


 寝ぼけなまこで隣を歩く男は、小さなあくびをした後私を見下ろしてくる。その差は約20cm。大きくなったよね……昔は私の方が大きかったのに。と言ってもそれは中2までの話だ。


「お前、宿題やったのかよ」

「んー……分かんないとこ以外は」

「LINE入れろよ、何で聞いてこないんだよ」

「だって、侑生そんなに見ないじゃん」


 そう言って、幼馴染である逆井侑生を見上げた。朝陽を浴びて所々茶色に見える髪。あ、寝癖直してないな、変なところが跳ねてる。それにネクタイ曲がってるし……あー、もう! 思わず侑生のネクタイを掴んで引き寄せればお? とちょっと抜けた声が聞こえる。いや、お? じゃないから。


「何」

「ネクタイ曲がってるし、てか結び方おかしくない? どうなってるの、これ?」


 通学路を歩きながらネクタイ引き寄せて強引に止まらせる、て傍から見たら襲ってるようにしか見えないと思うけど人ここあまり通らないし、何より彼をちゃんとした格好で行かせないと後で生活指導の先生が煩い。侑生、素行は悪くないし成績もいいんだけど何故か服装だけはてんでダメでよく生活指導の先生にお世話になってるから。

 さすがに毎回毎回朝、低血圧でぼーっとして話を聞き流してる侑生にガミガミ怒る先生の脳の血管を心配してこうして幼馴染の私が服装だけは世話を焼いているのだ。……うん、世話焼きなのは知ってる。


「あ? ……なんだコレ?」

「いや、結んだのは自分でしょうに」


 何で結んだ張本人がわけ分からん、て顔してるの。そこで私を見たって私も分かんないんだからやめてよね……。ネクタイから手を離す。侑生はネクタイをほどいてそのままにする……てちょっとだから!!


「ひなり、結んで」

「もう、自分で結べるでしょ!」


 どうしてほどいたままにするの! と内心で叫ぶ。それが表情に出ていたのか侑生はすっとぼけた綺麗な笑みを浮かべてくれた。いや、その笑顔要らないから。半眼で睨めば口元に笑みを浮かべたまま肩をすくめてネクタイを結びながら歩き出す。起用だよね、本当……。たまにこういうことがあって、何回か(と言っても始めの2,3回)は私がネクタイを結んでたんだけど。別の日にたまたま侑生がネクタイをしててその時に私と比べものにならないくらいに綺麗な形をしていたからもう本人にやらせることにした。

 シュッ、とネクタイが締まる音がする。ほら、自分でした方が何倍も綺麗じゃない!


「今日は?」

「スーパー寄って帰る」

「そう」

「侑生は? 部活?」

「あー、まあ」


 何でそんな濁らすの返事を。部活なら部活って言えばいいのに。別に夕飯が遅くなったって私は怒らないんだから。あ、ただ要らないんだったら事前に連絡はほしいけど。

 私と侑生の親はかなり仲良し。侑生の母は彼が幼い頃に病気で他界し、私の母は父と大喧嘩した末に他の男の元に行ってしまった。喧嘩の原因は、母の浮気だった。父は以来、女の人が大っ嫌いなのだが私は大丈夫らしい。父曰く「ひなは俺の宝物だからね」と。ちょっと待って父よ、訳が分からん。

 侑生のお母さんが亡くなったのは侑生が8歳の時で、私の母が出て行ったのは10歳の頃。その前からの付き合いではある両家の父達。しかし、2人とも壊滅的に家事(主に料理)がアウトだった。男の人って家事苦手な人は苦手だよね。流石にこの2人に料理を作らせたら私たち殺されるんじゃないかな……と危惧した私が料理役を買って出た。

 いや、本当に母が出て行く数年前から料理教わっておいてよかったよね。侑生と2人で危うく死んじゃうところだったかもしれないんだから。

 とはいえ、まだその当時は火を勝手に使ってはいけない、とのこともあって確かに私が料理役を買っては出たが主に切ったりするだけだった。調理をしてくれたのは父の妹さん……だから、私にとっては叔母さん。栄養士の資格を持っていて、中3の春までは私の家に居てくれたのだ。

 ……今現在はご結婚なされて電話で「旦那がねー」と愚痴を言ってきます。うん、叔母さん半分の確率で酔ってるし、しかもいつの間にか愚痴から惚気に変わるという、ね。聞いてる私はもうお腹いっぱいですってば叔母さん。


「夕飯は?」

「いる、18時には帰る」

「……柔道部って、そんなに早く帰れたっけ?」


 侑生は細身で、柔道なんてやったらすぐ投げ飛ばされるんじゃないかな、と思ってたんだけど黒帯で。部活でも相当な実力者で、全校大会は団体、個人共にベスト8だ。

 そんなほっそい身体でどこに人を簡単に投げ飛ばす力があるんだか……侑生に聞けばしれっと「体勢を崩して俺の優勢に持ち込むだけ」て。

 素人にはそれ、無理ですからね。何言ってるんですか、全く……。柔道なんて、学校の授業でちょっとかじる程度だし、私は投げ技は怖くてできない。

 寝技はいけるけど、締めが甘いらしく授業中はよく相手に抜け出されてた。うう、そんなの簡単にできるわけがないじゃん……。


「早上がり」

「……終了時刻までしてきてね? で、何時?」

「……20時」


 渋々そう言った侑生の表情は拗ね気味だ。いやいや、仕方ないでしょ。侑生が柔道部入ったんだから。しかも、全国クラスならちゃんと練習してきてくれないと困るし!

 むすっとしている侑生に心の中でため息をつきながら仕方ない、最終手段に出よう。簡単な話である。……侑生の好物を夕飯に出す、と言う単純な手だ。コレにまんまと乗る馬鹿はいるとは思うまいが、侑生は至極簡単に乗ってくれる。


「今日は侑生の好きなものにするから」

「エビピラフ」

「……即答なのね……」


 侑生はまじめだから、早上がりすることは少ないのだけどたまーにしでかしてこようとするからこうして釣るしかないのだ。

 頻度は2週間に一回。酷いときは1週間に一回とかでその度にこの方法で釣っていた。そして毎回故意なのかそうじゃないのか。どっちかは分からないけど乗ってくれるからやりやすかった。

 まあ、侑生の好きなものは把握してるけどね。だって、もう何年一緒にご飯を食べてることか。幼馴染の好き嫌いくらい覚える、というのは建前の話。

 本心は、侑生のことが好きだから。だから、自然と覚えてしまったし侑生の笑顔が見たくて、嬉しそうな顔が見たくて料理だって頑張った。

 もちろん、叔母さんの元でちゃんと修行(?)したから味はまともなはず。毎回おいしい、とは言ってくれるから大丈夫だと思いたい。コレがお世辞だったときは本当に泣けるけど。

 けど、自分で食べててもあまり違和感のない味だから大丈夫なはずだと思う。……さっきから憶測しか言ってない。

 ……あ、今日はヴァレンタインで作るお菓子の材料も買おうと思ってたんだった。


「帰り、気をつけろよ」

「分かってるよ」


 純粋に、幼馴染を心配しているだけ。それでも、私の心中は絞られる様に痛い。この想いは、決して侑生に伝えるつもりはない。

 侑生には好きな人がいるみたいだし、今はその子と付き合っている。そんな、侑生の幸せを邪魔したくはない。私はただの幼馴染。それだけでいい。

 高望みはしない。この想いを伝えずとも、侑生の側に居られたらそれだけでいい。それだけで十分。だけど、それはとても嫌な女。

 侑生の彼女からしてみれば、私の存在というのは完全な邪魔者。それは分かってる。侑生が私を選ぶことがないってことも。彼女が侑生の特別だってことも。

 全部知っていて、ただそれを見つめるだけ。侑生はもう、自分の幸せを見つけたんだ。だから、その邪魔はしてはいけない。そう、言い聞かせてきて、何回この気持ちを押し殺してきたか分からない。


「侑生も部活、手を抜かないようにね」

「……誰が抜くかよ」


 呆れた声はいつもの日常。そう、それでいい。それで満足すべきなんだから。これ以上は望んじゃダメだと自分に言い聞かせる。

 そんな時だった、彼女がいつもの笑顔をたたえてやってきたのは。侑生、彼女が来たのに何でそんなに仏頂面なの毎回毎回。


「おはよう侑生、真北さん」

「おはよう、稲島さん」


 侑生の彼女である、稲島ひかりさんが通学路の十字路から顔を出す。彼女とは通学路が途中から同じで、学校まであと10分の距離を侑生と歩いて行く。もちろん、私は距離を離して。

 彼らの何歩か後ろを、1人ひっそりと歩く。侑生と時間をずらしていこうとすると、ばれているのかそれとも侑生の勘が働いているのか何なのか知らないけど絶対に捕まる。しかも、家の前で。

 でもって、見つかった暁には「今日は早いんだな」と言われる。いや、あのさそれ私の自由だよね……? と一度聞けば本人からは「危なっかしいから見てないと怖い」と。つまりは子供扱いですか!


「侑生、行こう?」

「……。」

「あー、ほら侑生。いつも言ってるんだから気にしないでって」

「気にする」

「そこ、即答されると泣きそうなんだけど」


 どれだけ過保護、というか子供扱いなんですか。ちょっと呆れつついつものように侑生の背を押す。はいはい、カップルはさっさと行きなさーい。

 毎朝毎朝、このやりとりを厭きずに続けてるって言うのもどうなのか……。侑生と稲島さんがつきあい始めたのが半年前で、それからずっとコレを続けてるって……稲島さんが可哀想だよ。

 しかも、稲島さんはこのやりとりが兄妹のように見えるらしく何もツッコんでこない。コレは完全に遠慮してるよね……うん。いい加減、私が侑生への思いを割る切らないと。

 侑生離れしないといけない。稲島さんにも悪いし、なによりずっと燻っている想いを持ち続けても仕方がない。どこかではっきりと、けじめをつけなければいけない。

 侑生の夕飯は作りに行くけど、それ以外はただの幼馴染として。一緒に学校に行くこともなければ、手を繋ぐ……あれ、待って?

 幼馴染って、手って繋ぐっけ……? いや、でも繋ぐのは大抵スーパーから帰るときで……いや、ちょっと待って? 何かおかしい。何かがおかしい。絶対におかしい……。一般常識でさ、幼馴染って手繋ぐ?

 何か、小さいときならありえそうだけど高校にもなって手は繋……がない、よね……? うん、繋がないね。


「……甘えただったのかな?」


 としか考えられない。まあ、侑生は小中と女子との付き合い無かったと言えば無かったしね……。思春期の男子って、そんなもんだと思ってたから。

 2人の姿はもう見えない。2人はお似合いだから、私はこの胸の痛みを無理矢理納得させた。ただの幼馴染というポジション。そこに長年甘んじ続けていた。

 だから、仕方が無かったんだ。幼馴染という、遠慮の無い甘えの許される心地いいポジションから抜け出して恋人という未知の関係に怖がった、私が悪いのだ。


「変わるのが怖いとか、臆病すぎるよ私」


 1人呟いた声は誰にも聞こえなくて。ぎゅっと、胸元を握りしめて前を向く。こんな顔してたら、きっと目敏い侑生は気づいてしまう。

 感情を誤魔化して、侑生に心配させちゃいけない。これ以上、幼馴染という名目で、彼女がいる侑生に甘えてはいけないから。

 一歩踏み出して「大丈夫、いつも通りに」。そう言い聞かせて、私は学校に向かった。


『何、アンタヘタレなのも程ほどにしてくれない?』

『うるっせぇな、黙ってろ』


 一足先についたであろう、2人が喧嘩して教室中に冷気をぶちまけてたことなんて知らずに。


*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


 ――――ドサッ、と買ってきた荷物を机の上に置く。あー、もう。何で今日に限って薄力粉切れちゃってたんだろう……思い出してよかった……。

 買ってきた材料を仕舞いながら、クッキーを作る材料を机に載せておく。あ、バターは常温で柔らかくさせないと混ぜる時しんどいからなぁ……。

 時刻は16:21。侑生が帰ってくるまでにクッキー作って、夕飯の準備をするのは十分時間がある。実質、20時帰りの侑生に合わせて作るなら19時頃からでも大丈夫。

 今日の夕飯はエビピラフとロールキャベツでいいかな、と思う。ロールキャベツは市販の冷凍のがあるし。

 バターが柔らかくなるまで15分くらい。多少固くても、まあ……力業で混ぜるだけだからいいんだけどさ……。あ、混ぜる前に余熱しておかないとね。

 柔らかくなったバターを混ぜて、ペースト状にする。うっ、固い……。何とかペースト状にしてから卵、砂糖を入れてまた混ぜる。先に小麦粉を整えておいた別のボウルにそれを入れて、さっくりと混ぜる。

 これ、前に混ぜすぎたんだよね……うん、もういいかな。ヘラから生地を落としつつ、鉄板の上にクッキングシートを置いて少し上から厚みが出るくらいに落としていく。

 後はコレを焼けばいいだけ……うん、毎年焼いてるからいい加減慣れたよね。オーブンレンジに入れて15分。今年も多分、上手くいくと思うんだ……。

 使った道具をさっさと片付けて、次は夕飯の支度しないと。と、1人でドタバタしているうちにいつの間にか時刻は19:30を回っていた。

 その頃にはちょうど夕飯も作り終えて、焼き上がったクッキーも試食して後は侑生を待つだけ。クッキーはもう1時間ほど置いたから、タッパーに詰め替えて部屋に持っていく。

 侑生に見つかるわけにはいかないからね……。朝、詰めて侑生にいつも通りに(・・・・・・)渡す。ただ、それだけだ。

 カチャン、とドアの開く音がして侑生が帰ってきたことを告げる。


「ただいま……」

「お帰り」


 この日常を手放すのは惜しい。日常が形になるまでには時間がかかるし、それが馴染むとも限らない。

 疲れた様子の侑生は緩慢な動作で部屋にあがる。ため息をつく侑生に珍しく疲れてるなぁ……と思いながら席について夕飯を一緒に食べ始めた。

 いつになくしかめ面な侑生にロールキャベツを食べ始めながら首を傾げる。


「侑生、おいしくない? 今日はもう寝たら?」

「ん? ……あー、いや」

「うん?」


 何だろう。目が私の方に向いてない。言葉は濁すし、この状態は頭回ってないな。


「お風呂、もう沸いてるからこっちで入って向こう帰ったら?」

「いや、風呂は向こうで入る……」


 今にも突っ伏しそうな勢いの侑生にお疲れ様、とだけ声をかけて私は黙々と食べ始めた。そんな私をどこか落ち着き無く見ている侑生のことなんて知らずに。


 ――――翌日。クッキーを詰め終わって、鞄に幾つか突っ込んでいく。

 侑生の分は分かりやすいように……ちょっとだっけ、大きめのクッキーが入ってるだけなんだけど。紫のリボンでラッピング。

 朝はいつも各自で食べて(捕獲されて)学校に行くため、この時間はちょっと暇だったり。制服に着替えて、時刻を確認。

 ……用意するの面倒だし、パン一枚だけでいいよね。ロールパンを加えて、洗面台で髪を梳かす。肩を少しくらいの長さ。これくらいがちょうどいい。これでも、数ヶ月前は肩甲骨くらいまであって、くせっ毛だったこともあって面倒になってばっさり切った。

 侑生が来る時間だな-、と思い、玄関に向かい外に出る。手元のこれは、いつも通りに渡すだけ。たったその行程だけど、かなり緊張してる。

 いつも通りに笑えるかな、いつも通りに侑生に接せられるかな、とか。緊張すればするほど、心臓が痛い。平常心平常心。

 ドアを開ければ、そこに侑生は……いなかった。あれ? 今日は先に行ったのかな? まあ、そういう日もある……ゴスッ、と妙な音が足元でした。

 恐る恐る足元を見る。えー、何か嫌な予感がする……というのは見事に的中した。玄関ポーチの前に座っていた侑生に気づかず、背中を蹴ってしまったのだ。


「え、侑生!?」

「痛いんだけど……」

「あ、え、いや、ゴメン! じゃなくて!」

「謝罪撤回なわけ?」

「いや、ゴメン! で、何でそんなとこに座ってるの!?」


 謝罪は撤回しないから! ともう一度言って疑問を口にする。そうすれば侑生から返ってきたのは立ってるのが面倒になった……って。


「侑生、昨日寝れたの?」

「んー、まあ」


 何故返事が曖昧なのさ。2月半ばの寒さに手が冷たい私は手に息をかける。それに気づいた侑生がいつものように手を取ってポケットに入れようとした。

 そう、いつものように。それを、ふりほどく。侑生が驚いた顔をしたけど、瞬時に不機嫌な顔に変わる。


「何で」

「侑生、こういうのは彼女にしなさい」

「は?」


 完全に不機嫌な侑生は小さく舌打ちをした。いやいや、何で舌打ちするの!!


「稲島さんに……」

「何でアイツにしなきゃなんねぇんだよ」

「……はい?」


 何でって、侑生の彼女でしょう!? 何言ってるのこの人は!! 幼馴染に甘えるんじゃやなくて、彼女に甘えなさいよ!


「……まあ、いい」

「え、うん……」


 私としてはできたらその不機嫌な顔、やめてほしいんだけど。侑生が何かを催促するように、私を見る。ああ、この時期はいつもあげていたからね。

 一時的に鞄にしまっていたそれを取り出して、侑生に渡す。そう、いつも通りに。緊張、するな私。侑生が受け取るまでは悟られちゃダメ。

 ほんの少し、震える手を知らせないようにして。ドキドキする感情を抑えて、笑顔で。

 侑生がクッキーを受け取って、ようやくホッとした。バレてない、よかった、と。


「いつもの?」

「うん、毎年同じのだよ」


 レパートリーが少なくてゴメンナサイ。いや、だって作り慣れてるのの方がうまく作れるし。


「俺、これ好き」

「……あ、ありがとう」


 優しげな笑顔で言われて胸がキュ、となる。侑生が好きと言ったのは私じゃなくてクッキー。

 心臓に悪いから、その笑顔やめてほしい……。


「……ひなり」

「ん?」


 私を見下ろす、視線。侑生がクッキーを持ったまま私を見つめてくる。

 どきり、とするけどこの想いは伝えない。伝えられない、伝えちゃ、いけない。

 何かを言おうとした侑生に、勤めて明るく声をかけた。大丈夫だから、私は。


「早く行こう、遅刻しちゃうよ」

「……そう、だな」


 くしゃ、とそんな音がした気がした。侑生のあの瞳は見たことなかった。

 熱を孕んだ瞳。きっと、それは見間違いだった。そう言い聞かせる。

 私はこの想いを伝えない。伝えることはない。自分1人のためだけの安寧のために。


 この想いを伝えれば何かが変わってしまう、だから私は……この想いを、閉じ込めて。

 君《侑生》と変わらぬ(幼馴染)の関係を、望んだんだ。




次回は侑生視点。

今週中には投稿します。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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