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私は君の第一希望

作者: 君野 芽緒

「何、コレ?」


何時ものように、晩御飯の準備をしていると、キッチンに同居人がやって来た。

唐突な質問に戸惑いながら、見たまんまを答える。


「何って、進路希望調査票?」


そう。

キッチンに来るや否や、彼が私の目の前に突き付けたのは、今日配られたばかりの進路希望調査票だ。

同じクラスだから、彼だって見たことあるし、持っていると思うのだけど。

突き付けられているのは、何故か私の進路希望調査票だ。


「それ、どうして、持ってるの?」

「写そうと思って」


悪びれもせずにそう言う彼に、私は溜息を零した。

つまり、勝手に人の部屋に入って、勝手に鞄の中を漁って、勝手に持ち出して来たということらしい。

呆れてしまう。

宿題やノートみたいに言うなんて。

勿論、宿題だって写すのは良くないと思うけど。

進路を写そうとするよりマシだろう。


「進路は、自分で考えることだよ」

「そんなことより」


そんなことよりって……。

無断で人の部屋に入って、持ち出して来たことを咎めなかったんだから、小言くらいちゃんと聞いてほしい。

そう思ったけど、そう言うことを彼に求めても無駄だということは分かってる。

彼は余り、人の話を聞かないところがある。

それは長年の付き合いから分かってる。


彼と私は幼馴染。

両親が学生時代からの友人で、近所に住んでいたから、家族ぐるみで付き合いがあった。

5年前、私の両親が交通事故で亡くなった。

それで、彼の両親が、環境が変わるのは大変だろうからと、面倒を見てくれることになって、今に至る。


「俺が聞きたいのは、紙の名前じゃないよ」


そう言って彼が続けたのは、私が進路希望調査票に書いた、第一希望の大学名。


「どうして、ここにしたの?」

「どうしてって、そこで勉強したいと思ったからだよ」


答えながら、内心ドキリとしていた。

もしかしたら、彼は私の気持ちに気付いているのかもしれない。


「そこって、この家から通えるの?」


続けられる問いに、確信する。

けど、気付かないフリをしようと思った。

態々、自分で自分の首を絞めるような真似はしたくない。

ただ、素直に聞かれたことに答える。

どうして、そんなこと聞くの?

なんて、絶対聞かない。


「ここからだと、2時間半掛かるの。絶対、無理じゃないけど、面倒でしょ?」

「意地っ張り。俺が聞きたいこと分かってるくせに」


答えた私に、彼は不満そうに呟く。


「自分勝手。聞きたいことがあるなら、ちゃんと聞けば良いのに」


いじけた口調に、いじけた口調で返した。

彼が溜息を吐く。

それから、私をじっと見詰めた。

何だか落ち着かなくなって、視線から逃れるように俯く。


「答えは分かってる。だから、聞かない」


その言葉に、思わず顔を上げそうになった。

でも。


「その代り、離れて行かないでよ」


顔を上げることは出来なかった。


「進路、考え直したら?」

「……どうして?」

「この家を出たいからって、あそこに決めたんだろ?止めれば。そんな理由」


責めるような口調に苛立つ。

ムキになって言い返そうと、思わず顔を上げて睨む。


「人の進路、写そうとした人に、そんなこと言われたくない」

「別に良いじゃん。同じところに行くって決めてたし」


飄々とそう言い切る彼。

すっかり毒気を抜かれて、呆れてしまった。

私、今、絶対間抜けな顔してる。


「そっちこそ、考え直しなよ。そんな理由」

「俺の進路を選ぶ基準、否定しないでくれる?」

「そんなのあったんだ?」

「あるよ。お前が行くところ」

「進路、丸投げしないで」

「そっちこそ、相談しろよ」

「……あんた、私の何?先生?親?」

「幼馴染」

「分かってるよ。でも、進路って、幼馴染に、絶対に相談しないといけないことはないでしょ?」


そう返せば、彼は悲しそうな顔する。

寂しげな表情に、傷付けてしまった罪悪感に襲われた。

それをやり過ごしたくて、小さく息を呑む。

そんな私を知ってか知らずか、追い詰めるように彼は言う。


「……一緒に、住んでるんだし、もう家族みたいなもんじゃないの?」

「……」

「それなのに、何も言ってくれないなんて寂しいだろ」

「……違う。私とあんたは、姉弟じゃなくて、幼馴染でしょ?」


だから、家族じゃないの。

そう続けて、空しくなる。


私には、もう家族は居ない。


家族の輪の中に、他人である私が存在して良いわけがない。

勿論、そんなこと、彼も、彼の両親も、優しいから思っていないだろうけど。

ただ、私が勝手にそう思ってしまうんだ。

そんな人の優しさを疑うような、自分が嫌になる。

だから、一人になりたいの。


気が付けば、そう全て吐き出していた。


そしたら、彼は笑う。

まるで、私が面白い話をしたみたいに。

そんな人の気も知らない笑顔を、私は睨んだ。

目の前の彼は、益々笑みを深くする。


そして。


「なら、本当に、家族になれば良いじゃん」


なんて。


「俺と結婚してよ」


なんて、バカなこと言うから、怒ってたのに、思わず笑ってしまった。

私の話より、彼の言葉の方がよっぽど面白い。


「……進路も、真面目に考えられない人に、プロポーズされてもね?」


全く、受験前の大事な時期に、何を考えてるんだか。


「真面目に暗いこと、ばっかり考えてるヤツより、マシだと思うけど?」


自覚はあるけど、そんなこと言われたくない。

ムッとして、また睨む私。

でも。


「まぁ、そういう面倒くさい所も、俺は嫌いじゃないよ」


そんな優しい言葉をくれるから、つい笑ってしまった。

でも、それとこれは、話が別。


「ありがと。でも、進路は変えないよ?」


だって、そこで勉強したいって気持ちは嘘じゃない。

揶揄うように片目を瞑ってみせる私に、幼馴染は。


「あっ、そう。まぁ、良いけど。そんなに、俺と二人暮らしがしたいの?」


なんて、飄々と返してくる。


だから、進路はちゃんと考えなさい。


「……だけど、まぁ、それも悪くないかもね」


そう小さく呟くと、ニコニコと嬉しそうに笑う彼と目が合ったから、私はふいっと顔を逸らした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男女の考え方の違いというのものが何気ない日常の一コマを舞台に描かれていて、ほっこりしました。地に足のついた女子は頼りになるのです。
[良い点] 口ではいい加減なことを言っても、気持ちではお互いを思い合う姿が丁寧に描かれているところが良かったです。 [一言] ありがとうございます。
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