Chapter3-34 かわいい相談役
「エリー、何かいい事でもあったの? 昨日からずっと嬉しそうな顔してるけど」
「……えっと」
翌朝。ヴィーラさんが王都へ戻るところを見送ったあと、早速ウィルに同行のお願いをしに行った。
ぼくの話を聞くと、ウィルは二つ返事で了承してくれた。
その日の約束をして、気分よく家へ戻ってきたのだった。
そのあと朝食を摂って、後片付けを手伝っていたのだけど。
お母さんからそんなことを言われて、ぼくはどう答えたものかと少し悩む。
――まあ、予定を伝えればそれでいいだろう。
「数日後に、ウィルと王都へ行くことになったんだけど……」
「あら、そうなの? 今度はどういう用事?」
「宮廷魔術師の都合で、パーティーへ出ることになったから、それで付いてきてくれるの」
「ふうん。……それだけ?」
「……そ、それだけだけど……」
ぼくはそう返事をするけど、じっと見つめてくるお母さん。
そして洗い物の手を止めたお母さんが、口を開いた。
「ウィル君と一緒にお買い物とかしないの?」
「え……。す、するけど……?」
「つまり、ウィル君とデートするってことね」
「デッ……! ぁ……ぅ、うん……」
デート、という単語に思わず声のトーンが上がってしまう。
そう、ウィルとデートをする。――もちろん、正真正銘のデートではないけれど。
どこへ行こうか、何をしようか。そんなことを夜遅くまで考えていたので、少し眠い。ウィルが行けるかどうかも分からなかったのに。
デートをするというその想像をしただけで、頬が緩んでしまう。
「……あら、否定しないのね? この前はあれだけ違うって言ってたのに」
お母さんにそう言われ、どこか恥ずかしい気分になって言葉に詰まってしまう。
満面の笑みを浮かべて、ぼくの顔を見ているお母さんに対して、
「ちょ、ちょっと出かけてくるから!」
その場から逃げ出すかのように家から飛び出してしまったのだった。
そうしてしばらく歩いたところで、別にそのことを隠す必要などないことに気付いた。
そもそもお母さんは、ウィルと付き合えばよいと言っていたぐらいだし。
このまま引き返して、素直に伝えた方がいいのかもしれないけど。
でも、何となく恥ずかしい気がする。シアには話せたけど、お母さんへとなると――。
そう思いつつ、気付けばシアの家の前まで来てしまっていた。
困ったことがあると、シアのところへ来ている気がする。
まあしばらくリアにも会っていなかったし、折角だし顔を見せていこうか。
「エリーお姉ちゃん!」
ドアをノックしてすぐ、ぼくだと気付いた緑髪の少女が胸元へと飛び込んできた。
ますます体当たりの威力が増していっている気がする。ぼくは後ろへ倒れないように踏ん張った。
「り、リア、もうちょっとゆっくり来てもらえるとありがたいんだけど……」
「……?」
髪を撫でながらそう言うと、どういう意味か分かっていないかのような表情をして見上げてきた。
さながら子犬の円らな瞳で見つめられたような気分になって、それ以上言うのは止めておいたのだった。
「あれ、ミル?」
「エリー姉さま、こんにちは」
リアに居間へ案内されると、ミルはソファに腰掛けてて本を読んでいるところだった。
テーブルの上には厚みのある本が数冊。いずれも見覚えのある本だ。
「……どうしたの、これ?」
「リアと一緒に勉強していたのよ」
その本は、長老様の家にあった魔術書やら文学書やら。ぼくが文字や意味を読解するときに、よく読んでいた書物だ。どうやらリアたちも同じようなことをしているらしい。
ぼくが文字の読み書きを教えていたりした結果、リアたちもある程度できるようになったらしい。そこで、自分たちで自主的に勉強しているということだった。
なにか興味のある本はあったか聞いてみると、ふたりは同時にとある本を指差した。
「運命に翻弄されて引き裂かれる男女が、物語の最後で結ばれるのには感動したわね」
「幸せそうでよかった!」
人族の男女が、戦争などで離れ離れになるけど再会を果たして結婚するという、べたな物語だ。
年齢観は違えども、本質の恋愛部分はエルフ族だろうと変わらないし共感できるのだろう。
ぼくも読んだので内容は覚えているし、理解もできている。だけど、まだ十歳の子らが分かるような内容だったかな? ミルは分かっているような気がするけど、リアはどうなんだろうか。
「ところで、シアは?」
「お姉ちゃんはお爺様とお薬を作ってるよ。しばらくは手が離せないって言ってたよ!」
「……ああ、そうなんだ」
村の近くで薬草を採集していたから、それの調合をしているのだろう。そこでしか採れないと言っていたものだから、おそらく慎重に行っているのだろう。わざわざ声を掛けに行くことはしない方がよさそうだ。
「そういえば、姉さまはしばらく遠くへ旅に出てたのよね。どんな旅だったか聞かせてほしいわ」
「私も聞きたい!」
ミルとリアにそうせがまれて、ぼくは鉱山での出来事を話し始めた。
暴漢に襲われていたところや坑道の落盤のとき、ウィルに助けてもらったこととか。
まあ、スライムに襲われたこととかは言わなかったんだけど。
体調が悪くなったところをウィルにおんぶされて坑道から抜け出したことを言うと、カッコいいだのなんだの。
ウィルの部分を話していたら熱がこもってしまったようで、やっぱりラブラブだの言われて少し恥ずかしい思いをしてしまったのだった。
――よくよく考えると、ウィルのことしか話していなかった気がする。
「エリー姉さまは、本当にウィル兄さまのことが大好きなのね」
「あ……。う、うん……そうだよ」
面と向かってそう言われると少し恥ずかしいけれど、本当のことだ。
そう肯定するとミルとリアはきゃあきゃあと騒ぎながら、
「あの、どちらから告白を? エリー姉さまから? それともウィル兄さまから?」
「あっ気になる!」
「え、えと、その……」
鼻息を荒くしたミルがそう言い、リアもそれに乗って体をずいっと前に突き出してきた。
目をキラキラと輝かせたふたりに圧倒され、口ごもる。
残念ながら、その問いには答えられない。――そういう関係ではないのだから。
「そ、それは秘密! それよりも……リアたちは、ずっと魔術の訓練を続けてたの?」
「うん!」
「そうよ。テオと一緒に続けているところね」
「……テオ……」
「……?」
「……テオは、どうなの?」
テオという言葉で、ぼくはとあることを思い出してしまった。
そう質問したところで、的を射ない聞き方だったことに気付いたんだけど。
「どう、とは?」
「えっと、何かおかしなところとかない?」
「……? いつも通りだよ?」
テオから告白されたことについてだ。今なお、それに対してはっきりと断ってはいない。
どうにかしようと思ってはいたけど、それっきり何も対応をしてこなかった。
ウィルがぼくにキスをしていたところを目の前で見られたから、テオ自身はもう分かっているとは思うんだけど。
自分自身の答えは、もう出ている。今ならはっきりと断れる――けど、そうすると再びテオを傷付けることになってしまう気がしてならない。
かと言ってこのままでは、テオに申し訳ない気がする。
「姉さま? 難しい顔をしてどうしたの?」
「えっと……」
心配そうな顔をしたミルが、ぼくを見つめてそう言ってきた。
ミルとリアは、テオがぼくに告白をしてきたことは知らない。
「エリー姉さま、何か困ったことでもあるの?」
「え、お姉ちゃん困ってるの? 何があったの!?」
どうしたものかと考えていたところ、顔に出てしまっていたのかミルやリアからそう言われてしまった。
――子どもに相談するような内容だろうか、とも思ったけど。
ふたりはテオと一緒にいる機会が多いし、テオのことをよく知っているかもしれない。
「……実は」
そう思ったぼくは、ふたりにテオのことを話し始めたのだった。
☆
「そんなことがあったのね」
「テオもエリーお姉ちゃんが好きなんだね!」
「あはは……」
リアの言葉に苦笑いするしかないぼく。
リアはおそらく根本的な部分は理解してなさそうだけど、ミルは分かってくれたようだ。
「テオの気持ちはありがたいけど……ね」
「姉さまはウィル兄さま一筋だし……困ったわね」
「私もお姉ちゃんのこと大好きだよ!」
「あはは……ありがとう」
笑顔一杯でそう言ってくるリアに対し、ミルは少し考え込むような素振りを見せていた。
その中でも何故かぼくのところに来て甘えてくるリア。膝の上に座らせて頭を撫でてあげる。
「あの……姉さま、ここは私に任せてほしいわ」
「ミル?」
「その、姉さまが出てしまうと、テオもちょっと落ち込んでしまうかもしれないと思って……」
顔を俯かせ、声を尻すぼみに小さくしてそう言ったミル。その様子を見て、ミルはぼくを気遣っているから言い辛いのだろうと気付いた。
ミルがわざわざその役を買って出てくれたのだ、ここは言葉に甘えてお願いしたほうがよさそうだ。
テオとは歳が近いから、ぼくよりも話やすいだろうしね。
「……それじゃあ、ミルにお願いしてもいい?」
「分かったわ!」
ぼくのお願いにミルは任せてほしいと言わんばかりの、自信溢れる表情をしてみせた。
そのあとは、ふたりが読んだ本の中で分からなかったという箇所を教えてあげたりして過ごした。
合間合間でウィルとのことを聞かれ、話してあげるとやんややんやと騒ぎ立てるリアとミル。
ミルからは応援していると言ってもらえた。子どもから言われるのは思うところがあるけど、嬉しい気持ちは隠せなかった。そこでまたいじられてしまい、何も言えなくなってしまったのだった。
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