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Chapter3-33 レティさんの秘密?

 それから、森へ入ったあと何度か魔獣に遭遇したものの、すべて先導したウィルが倒してくれた。

 その強さに御者も目を丸くしていたようだった。あれは、初めて見ると誰でも驚くと思う。目で追えないし――。

 そんなこんなで夕方に差し掛かった頃に、無事テレスへと戻ってきた。

 たった数日離れていただけなのに、妙に安心感を覚えていた。


 ヴィーラさんはぼくたちを降ろしたあと、長老様へのところへ行くとのことだった。そこで皆と別れて家へと戻ることにしたのだけど。

 家へ入って声を掛けると、居間にいたお母さんがやってきて抱きしめられた。突然のことで驚くも、無事だったかだの、怪我しなかったかだのと聞いてきた辺り、心配を掛けてしまったようだった。前もって伝えていたものの、やはり数日間も家を空けていたので、心配だったのだろう。

 体調を崩して丸一日休んでいた、と言ってしまうと余計に心配をかけそうな気がしたので伏せておいた。


 すぐにご飯の準備をすると言われたけれど、ちょっと待ってほしいと伝える。

 ヴィーラさんがテレスで一泊していきたいと言っていたので、レティさんにもう一度泊めてもらえないかと、お願いをしに行かないとならないのだ。

 ヴィーラさんにはお世話になったので、ぼくがしっかりと面倒を見てあげるべきだろう。

 ぼくはすぐに戻るからと伝え、家を飛び出した。



 そして支部の前。さっきからドアをノックしているけれど、一向に反応がない。

 ドアを開けて中に入るも、レティさんは居ないようだ。

 レティさん、どこへ行ったんだろう? 今日の巡回報告を受けたと長老様から聞いているので、何もなければ支部に居るはずなんだけど。


 支部を出て、支部の裏側へ向かう。庭のようになっていて、たまにレティさんが設置されているベンチに座って、読書をしていることがある。

 でも暗くなっている夕方だしどうだろう? そう思いながらレティさんの姿を見つけた途端、ぼくはすぐに近くの物陰へと身を潜めた。


(あ、あれって……)


 物陰からこっそりと顔を出してその方向を見つめる。そのベンチには、レティさんとエルフの男性(・・・・・・)が一緒に座っていた。ふたりとも、ものすごく体を密着させている。

 あの男性は、レティさんが食材を融通してもらっている家の子だ。

 何か言葉を交わしているようだけど、ここからは距離があるので内容を聞き取ることはできなかった。

 だけどぼそぼそと聞こえる優しい声――猫撫で声というんだろうか――普段との違うレティさんの様子に驚く。その様子は、どう見ても――。


(あのふたり、そういう関係だったんだ……)


 ふと思い返してみると、これまでふたりが一緒に居る場面が多かったことに気付く。いつからかは分からないけど、そういう関係になっていても不思議ではない。そういえば、支部の中に入れていたこともあったっけ。


 恋仲のそれを覗き見てしまうなんてよくないことだとは思っていても、その光景から目が離せなくなっていた。

 男性が何かを言って、レティさんはクスクスと柔らかい笑みを浮かべていた。

 そしてレティさんが男性の首に両手を回し、そのまま顔を近づけ、唇を寄せ合わせた。


(うわ、うわわっ……)


 思わず両手で顔を覆ってしまうけど、指の隙間越しにその姿を見入ってしまう。

 こうやって恋仲であるふたりのキスを見ていると、少し思うところがある。

 ぼくもヴィーラさんとはキスをしたことがあるけど、そういう感情を持ち合わせたものではなかった。

 し、シアにも――だけど、正気を失っていたものだし。あれはノーカウントだ。


 そこまで考えて、気持ちが冷めたぼく。このまま見続けるのは止めた方がいい気がする。

 ヴィーラさんのことを尋ねたかったけど、それは長老様の家で相談すればいいだろう。

 ふたりのこの空気を壊してしまうのは野暮というものだろう。

 そう決めたぼくは静かに立ち去ろうと思ったけど、そのとき。


 「へぶっ」


 足元にあった何かに躓き、そのまま前のめりに倒れこんでしまう。

 あいたたと顔を抑えるもハッとしてふたりの方をみると、こちらを凝視していることに気付いた。

 汗をかきにくいはずなのに、全身からだらだらと汗が噴き出したかのような錯覚がした――。


 ☆


「ご、ごめんなさい……。戻ったことを伝えようと寄ったんですけど、偶然見てしまって……」

「ま、まあ私たちも外でするべきではなかったわね。エリーちゃんが悪いわけじゃないわ」


 支部の中へ入れられたぼくは、その場でレティさんに平謝り。完全にぼくが悪いので当然だ。

 だけどレティさんは気を遣ってるのか、怒ったりはしなかった。

 ちなみに、男性は気まずかったのかすでに帰宅済みだ。もちろんぼくは何度も謝ったのだけど。


「あの、このことは誰にも言わないので……」

「別に彼との関係を隠してるわけではないけど……。まあ言いふらされてもいい気はしないし、お願いするわ」

「分かりました」


 言い回ったりするようなことなんて、初めからするつもりはなかったし。そもそもそんなことをしたところで、何も良いことはない。

 けれどそのあと、はあと溜息を吐いてレティさんがぼくから視線を外した。

 どうしたんだろうと思っていると、こちらに視線を戻して真剣な顔付きで口を開いた。

 

「エリーちゃん、よければ少し話を聞いてくれないかしら」

「……なんでしょう?」

「彼のご両親に、お付き合いをさせてもらっていることは了承を得ているわ。結婚を前提としてね」

「そう、なんですか」


 そこまで話が進んでいたのかと少し驚く。それは喜ばしいことであって、悪いことではない。だけど、レティさんの顔はどこか曇っていた。そのままレティさんは話を続けた。


「……だけど、彼はエルフで私は人間。仮に結婚したとしても私の方が先に寿命を迎えるから、彼をひとりにさせてしまうのよね……」


 その話を聞いて、ぼくはヴィーラさんのことを思い出した。ヴィーラさんはハーフエルフで、お父さんが人族だったはず。

 ヴィーラさんの年齢を考えると、お父さんはもう既に他界しているのだろう。

 当のヴィーラさんはあの性格だけど、子として親が居ない寂しい気持ちはあったと思う。

 レティさんも、そう言った点も含めて結婚した先のことを考えているのだろう。


「……このまま彼と結婚したところで、本当に良いのかなって。……ごめんね、エリーちゃんに聞いても仕方ないことなのに」


 そう言って寂しそうな目をしているレティさんに対して、どう言葉を掛ければよいか迷う。

 種族の寿命差はどうしようもない問題だ。結ばれたとしてもレティさんの言うとおりの結末を迎えることは、ほぼ間違いないことだろう。

 だけど、このままレティさんが悩み続けるのはよくないことだと思った。

 これが正しいことか分からないけど、素直に思ったことを口に出すことにした。


「わたしは、素敵だなって思います」

「……」

「あの男性も、それは分かった上でレティさんとお付き合いしているはずです。了承したご両親も、きっとそうですよね。それだったら、あとはレティさんがどう考えるかだけじゃないでしょうか」

「エリーちゃん……」

「レティさんが、あの男性を好きだって思う気持ちだけで十分だと思います。……どうしても不安だったら、男性とちゃんと話をしてみたらどうでしょうか。きっと、良い答えを出してくれると思いますよ」

「……」


 ぼくの言葉にしばらく俯いて考えていたレティさん。――どうしよう、変なことを言っちゃっただろうか。だけど、そのあと顔を上げて「そうね」と言い、言葉を続けた。


「うん、一度彼と話をしてみようと思う。……ありがとう、エリーちゃん。年下に励まされるなんて、思ってもなかったけど」

「いえ、ただ思ったことを言っただけで……」


 レティさんは少し晴れやかな顔をしていた。あんまり深く考えずに言ったことだけど、良い方向に向かってくれればいいのだけど。

 ただぼくは一つ気になったことがあったので、レティさんに尋ねてみる事にする。


「でも宮廷魔術師の仕事に関しては、ラッカスさんに聞いた方がいいような気がしますけれど。その、仕事はどうされるつもりですか?」

「ああ、それはあまり気にしてないわね。仮に結婚したとしても仕事は続けるつもりだし。それに、ここからの異動は、私が希望しないとほぼ起こり得ないわよ」

「……えっ、そういうものなんですか?」

「そうそう。好き好んでここに来たがる団員は、まずいないだろうしね」


 まあ、確かにテレスは何もないので王都暮らしの団員には難しいのかもしれない。

 ぼくとしては過ごしやすい集落だと思うけれども。


「……まあ私の話はおしまい。それで、エリーちゃんの方はどうなの? もうウィル君とキスぐらいは済ませてるんでしょ?」

「えっ? あ、あの、その……」


 突然のレティさんの振りに答えに窮してしまう。き、キスだなんて――。


「私のを見たんだから、答えてもらうわよ」

「……そ、そのう……。まだ、です」

「えっ、そうなの? 本当に? あれだけベタベタしてたから、てっきり済ませてるのかと思ってたわ」

「……」


 レティさんの言葉に対して何も言えないぼく。ベタベタしてたとはいえ、あれはフリという演技であったわけで。そう、演技だったのだ。

 ――これからは、演技になる、のだろうか。


 それから、ぼくが留守の間に巡回してもらっていたことのお礼を言葉を述べた。そして、魔術具を修理する目途が立ったので、間もなく巡回に復帰できることを伝えた。

 ヴィーラさんが戻ってきているので、もう一度泊めてあげて欲しい旨を伝えるもレティさんは快諾してくれた。


「そうそう、前に話していた王宮のパーティーだけど、五日後にあるからね。何もなければ参加してもらうことになるわよ」

「……わかりました」


 そのあとにレティさんが話題に出してきた、宮殿で行われるというあのパーティー。この前封書が来ていたけど、もう間近に迫っているようだ。

 断る正当な理由もないので参加するしかないだろう。ぼくは承諾の返答をした。


「そうだ、エリーちゃんはその前日には出た方がいいわね」

「えっ、どうしてですか?」


 理由を尋ねると、先に伝えていた宮廷魔術師の衣装に関連することだった。

 本来ならば宮廷魔術師の衣装を着て参加するらしいのだけど、この間のアレ(・・)で服をダメにしてしまったからだ。ぼくの体に合うサイズのものは特注らしく、当日用意するのは不可能だろうと。

 わざわざ後日ラッカスさんが持ってきてくれたほどだし、そうなのだろう。


 とはいえパーティーは貴族などが参加する場なので、服装はきちんとしておかないとよくないらしい。

 ラッカスさんへ確認してからになるけど、おそらく服飾店でドレスを仕立ててもらうことになるだろうとのことだ。その都合で、余裕をもって前日入りをしておいた方がいいだろうと。

 何にせよ魔術具の修理もしないといけないし、時間に余裕を持たせるべきだろう。


「だけど、ちょっと書類の整理があるから前日は一緒に行けないのよね……。今のエリーちゃんだけで森を抜けるのは難しいわよね」

「そうですね……」

「んー……。あ、そうだ! ウィル君の都合が良ければ、連れていってもらえばいいんじゃないかしら」

「う、ウィルですか……」

「ほら、また(・・)デートできるし、ちょうどいいんじゃない?」 

「……!」


 レティさんの言葉にぼくはピタリと動きを止める。

 ウィルとデートできる。そう思うと胸が躍るような気分だった。

 フリとはいえ、手を繋いで一緒に歩ける。人が多いからと言えば腕を挟んで歩くこともできるかもしれない。

 どのお店へ行こうかな? 服飾店へ行くことになりそうだし、一緒に付いてきてもらって服を見てもらいたい。かわいいって言ってもらえるような服があればいいけれど。

 おいしいものを食べ歩きするのもいいかもしれない。――フリだと(かこ)つけて食べさせ合いもやってみたい。

 でも、肝心なウィルの都合はどうだろう? もし駄目だったらシアにお願いするしかないし、早めに聞いておいた方がよさそう。とはいえもう遅い時間だし、ウィルも疲れているだろうし。明日の朝に聞きに行こう。


「エリーちゃん、顔がすごく緩んでるわね……。そんなにデートが楽しみなのね、ふふ」

「え、ふぇっ!?」


 レティさんに指摘され、思わず両手を頬に当てる。

 一体どんな顔をしていたんだろう。鏡もないので分からないけど、言われるぐらいの顔だったんだろう。

 フリだとしても、ごっこだとしても良い。ウィルと一緒に居られるのなら――。


 そのあと、ヴィーラさんやお父さんお母さんから何か嬉しいことがあったのかと聞かれる始末。

 一度緩んでしまった頬は、その日ついに戻ることはなかったのだった。

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