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Chapter3-32 変わる想い

 結局そのあとは、ふたりが目を覚ますまでずっと起きていた。

 どちらにせよ眠れるような気分ではなかったので、色々考えながら朝日が昇りきるのを眺めていた。

 ふたりが起きてくるなり心配されたけど、体調はもうよくなっていることを伝えると安心してくれた。

 それから、朝食を摂りに部屋を出たところで。


「おはよう……おっ、エリーもう大丈夫なのか?」


 そこに居たのはウィル。わざわざ待っていてくれたようだ。

 目を合わせると、どきっと胸が鳴った。

 ぼくが、好きになった相手。その顔を見て頬が緩んでしまいそうになるのを抑えて――。


「あ、ぅ、うん。もう平気」

「そうか。それならよかった」


 そう言うと、ウィルは手を差し出してきた。

 その差し出された手を見て、ぼくは固まってしまう。


(ど、どうしよう……)


 つい昨日までは平然と手を取れたのに。好きな相手の手だと思うと躊躇してしまう。

 でも手を取りたい。けど――。

 そうこうしているうちに、ウィルから不思議そうな視線を向けられていることに気付く。


「エリー? どうしたんだ?」

「ひゃい!? な、なんでもないよ?」

「……何を驚いてるんだ」


 差し出された手を、おずおずと取る。

 ぬくもりを感じるとともに、自分より一回り大きい手のひらにドキドキしながらもぎゅっと握る。

 恥ずかしいわけじゃないのに、顔が熱を帯びているのが分かる。


「ほら、行くぞ」

「う、うん……」


 ウィルに促され、一緒にそのまま肩を並べて歩く。

 普通に歩けばいいのに、ぎくしゃくと不自然な――向こうの世界のロボットのような――歩き方になってしまっている。

 同時に、我慢できずに頬が緩んでしまっているのが分かる。俯いて歩くことで、何とか悟られないようにしている。

 でも手を繋ぐだけじゃなくて、そのまま体を密着させて歩きたい。そんな欲求がぼくの心の中で膨らんでいく。

 だけどそこは我慢した。そうしたとしても、別におかしな目で見られることはないだろうけど。

 一度体にくっついたら、離れてしまうのが嫌になってしまいそうな気がしたからだ。


 それでもなるべく平然を装う努力をしつつ過ごし、朝食を済ませたあと。


「これ、エリーちゃんたちの取り分ねー」


 どん、とテーブルに置かれた布袋が三つ。


「……なんですか、これ?」


 布袋が置かれたときの音と取り分という言葉から、中身がお金であることは想像ができた。

 けれど、取り分ってどういう意味だろう。


「ああー、鉱山へ向かう前に冒険者ギルドで良い依頼がないか見ておいたのよー。それで素材を採集する依頼があったから、引き受けた分の報酬金よー」


 昨日冒険者ギルドへ行っていたのは、それを報告しに行っていたからのようだ。

 そういえば、坑道内で倒した魔獣から何か採取したりしていたような気がする。


「……あの、やけに多くないですか?」


 布袋の一つを持ってみると、ずっしりと重く感じた。

 宮廷魔術師として毎月受け取っている、報酬金ぐらいはありそうな気がする。


「ちゃんと等分してそれよー。私はもう同じ分をもらってるからねー」


 ヴィーラさんが鞄から取り出した布袋を見るとなるほど、膨らみ方がほとんど同じだった。中を見てもいいと言われたけど、それはしなかった。

 そもそもヴィーラさんはお金持ちだし、こんなことで誤魔化したりなんてしないと思ったからだ。


 だけど、それをぼくが受け取るのは憚られた。


「あの……わたし何もしてないし、受け取るのは……」


 今回ぼくは皆にお守り(・・・)をしてもらったのだから、受け取るに値しない。そう思って布袋をヴィーラさんへと返そうと思ったけど、手のひらを前に出され制された。


「だめよー、一緒にパーティーを組んだんだから受け取るのは皆同じ額よー。これは後腐れのないようにするための、冒険者同士の鉄則だからねー」

「わたしたちは、冒険者ではないですけど……」

「細かいことは気にしないのー」


 ヴィーラさんにそう言われるけど、負い目を感じずにはいられなかった。

 ぼくとしては、宝石(ジュエル)が手に入っただけでも十分だった。

 受け取らずに、皆で分けてもらうのがいいだろう。


「あの、やっぱり……」

「エリー、もらっておきなさい」

「そうだな、皆気にしてないぞ」


 ぼくの言葉を遮るかのように、シアやウィルからそう言われてしまう。


「で、でも……」

「……そうかわかった、それだったら俺も受け取るのはやめとくか。俺はただ付いてきただけだからな」

「そうね、私も薬草(ハーブ)採集のために付いてきただけだし」


 ぼくがどうしようかと考えあぐねていると、シアとウィルはそう言って目の前にあった布袋をヴィーラさんの方へ押し出してしまう。

 ヴィーラさんは困ったわねーと言い、ぼくをじっと見つめてきた。


「あ、あう……」

「……な、こうなるからもらっとけって。エリーが受け取らないと逆に皆が困るからな。……な?」


 ウィルはぼくにニッと微笑みかけながらそう言う。

 そう言われてしまうと、ぼくはもう受け取るしか手段がなくなってしまう。

 ウィルの眼差しに耐えられなくなったぼくは視線を下げ、口を開く。


「ウィ、ウィルがそう言うなら……」


 ウィルに言われたならば、従うしかない。

 ぼくは受け取りますとヴィーラさんに伝え、布袋を受け取った。

 ヴィーラさんは皆優しくてよかったわねー、とニコニコしながら渡してくれたのだった。



 そのあと、ぼくたちを待ってくれていた馬車の御者と合流した。

 それから村を発ち、幾分かゴトゴトと揺られたあと。ぼくは膝に手を置き、背筋をピンと伸ばし腰掛けていた。別に姿勢を正す必要はないのだけど、緊張してそうなってしまっているのだ。

 向かいに座っているシアとヴィーラさんは、何やら薬草(ハーブ)のことで話し込んでいるようだった。いつの間にかふたりは仲が良くなったみたいだ。坑道でふたりきりになったあと、色々と話しているうちにそうなったらしい。


 そしてぼくはというと、チラッと横を見ては視線を戻すの繰り返し。隣にウィルがいるせいで、どうも落ち着かない。当のウィルは窓の方を向いて外の景色を眺めていた、かと思っていたらいつの間にか寝てしまっていた。

 体をくっつけているわけではないけど、ウィルの方から匂いを感じ取ってしまってさらに意識してしまう。どうにかしたくても、狭い馬車の中で動けるはずもなく。

 ぼくは数時間、固まったまま過ごすことになってしまったのだった。



 そうしてようやく休憩の時間になり、御者から声を掛けられたあとにすぐ馬車から飛び出した。

 近くの木陰に座り込んで一息つく。どうしよう、こんなにもウィルが気になってしまうなんて。まだ行程の半分を過ぎたぐらいなのに、耐えられるだろうか。

 そんなことを考え俯き溜息を吐いていると、視界に足が見えた。見上げるとそこに居たのはシアだった。


「エリー、どうしたの? 気分でも悪いかしら」


 シアはぼくを見下ろし、心配そうな声で話し掛けてきた。


「え、ううん、そうじゃないけど……」

「そう、朝から少し様子がおかしいなと思ってた。大丈夫ならいい」


 シアにはぼくがどこかおかしいというか、そういう変化に気付いていたみたいだった。

 そんなシアがそのまま立ち去ろうとしていたところで、


「あ、待って!」

「……?」


 ぼくは思わず引き留めてしまった。

 ど、どうしよう。シアに話したところでどうにかなることではない。

 だけど、シアには話しておきたいような気がした。

 シアになら話してもどうかなるわけではないし。


「そ、その……話しておきたいことがあるんだけど……」

「なに?」

「えっと、その……」

「……言いにくいこと?」

「あの……、わたし……ウィルのことが…………好きになっちゃったみたい……」

「……そう」


 喋っているうちに顔が熱くなるほどだったけど、ぼくのその告白に対してそれほど大きな反応を見せないシア。


「な、なんか、あまり驚かないんだね」

「……今さらって少し思った」

「えっ?」

「てっきり、もう相思相愛なのかと思ってた」

「……」


 その言葉にぼくは閉口してしまう。

 シアからそういう風に思われていたなんて――。

 そ、そんな素振りなんか見せてなかったはず。どうしてそう思われてたんだろう?


「それで? ウィルには伝えたの?」

「えっ……そ、そこまでは……」


 伝えるというのは、即ち好きだと告白するということだ。

 今朝気持ちに気付いたばかりなので、そこまでは考えてはいなかった。


「エリーのお母さんも言ってたけど、ウィルだったら喜んで受けてくれると思うけど?」

「う、うん……」


 ウィルがぼくを好きだというのは分かっているし、それこそぼくから好きだと伝えても嫌な顔をすることはないだろう。

 だけどそれを伝えるというのは、まだちょっと考えられない。


「そ、それはそのうちに……」

「……そう、決めるのはエリーだから深く首を突っ込むつもりはないけど、時間が有限なのは分かっておくのよ」

「……え?」

「どこまで考えてるかは分からないけど、ウィルは伴侶を見つけないとテレスを出ていかなければならないから」

「……」


 その話は分かっていたことだけど。

 伴侶を見つけ――結婚してテレスに残るのか、それとも出て行くのか。

 前者の場合、その相手は果たして誰になるのか。その相手が――。

 頭の中で考えを巡らせている中で、シアが話を続ける。


「だけど、ウィルがエリー以外の子を好きになる可能性もある。……まあ、ウィルがそうなることはないと思うけど」

「……え……?」

「そういうことも考えておいた方がいい」

「……」


 シアからの言葉は、青天の霹靂だった。だけど、それは当然考えるべきことで。

 いつまでも、ぼくに好意の目が向いているとは限らない。向いているうちに、ぼくから好きだと伝えるべき、なのだろうか。


 (……いずれは、ちゃんと決めないと……)


 でも、まだその一歩を踏み出せそうになかった。もう少し時間が欲しい。

 できるだけ早いうちに、心を整理しなければならない。そして――。

 そう、心に誓ったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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