Chapter3-31 本当の気持ち
その日の深夜。
ふと目が覚めたあと、なかなか寝付けずにいた。昼間ずっと眠っていたからだろうか。
そんな中、とあることを考えていたぼく。
ついに眠ることを諦めたぼくはゆっくりと身体を起こして、ベッドから立ち上がった。
室内を照らすランタンからの朧気な光を頼りに、眠っているふたりを起こさないよう静かに窓際のテーブルへと移動する。
もう身体は重く感じないし、頭痛も完全に引いたようだった。明日は出発できるだろう。
椅子に腰掛けると、ギィと木の軋む音がした。大した音ではなかったけど、静かな室内に響いたそれでふたりを起こしてしまわないか不安になった。
ベッドの方を向くけど、聞こえてくるのは二つの規則正しい寝息。ぼくはふう、と深く息を吐いた。
窓の外を見ると、瑠璃色が空を覆っていた。深夜かと思っていたけど、夜明けが近いようだ。
ぼくはそのまま瑠璃色と月明かりが照らす街並みを、ぼんやりと眺めていた。
――また、ウィルに助けてもらった。
そんなウィルのことを思い出すと、顔がぽーっと熱くなってきた。
風邪による熱、ではない、はず。悪寒はもう感じていないし、体調はよくなっているはずだ。
頬を両手で触れると、熱を帯びているような気がした。
おんぶされたとき匂いで安心して眠ってしまうだなんて。いま冷静に考えるとどうしてそうなったのかよく分からない。恥ずかしいような気分になり――けど一方で、別の感情の方を強く感じていた。
テーブルに目を向けると、水の入った硝子のポットが置かれていた。しばらく水分を取っていなかったことに気付いたぼくは、コップに水を注ぎコクコクと飲み干した。
少し、顔の熱が冷めたような気がした。
ふと、隅にある姿見に目が映った。
薄暗い照明でも映える、白のガウンに身を包んだぼくが映っていた。
浮かない表情をしたぼく。けれど心なしか、頬が紅潮しているような気がした。
冷めたかと思った顔の熱は、取れていなかったらしい。
気を紛らわすようにぼくは立ち上がり、室内の端にあった鞄を持ち出した。その中から取り出したのは、採掘場で採掘してきた宝石。
ぼくの小さな握りこぶしよりも一回り小さいそれを、テーブルの上で転がす。七色に光る石が仄暗い照明でもキラキラと光を放っている。
皆と、ウィルのお陰で手に入ったものだ。
これでぼくは、魔獣退治で役割を果たせる。子どもたちと一緒に出ても守ることができる。そして、ウィルとも協力して――。
そうして、何を考えてもウィルに行き着いてしまうことに気付き、ぼくは俯いてしまう。
いつでもぼくのことを気に掛けてくれている、心優しいウィル。
エリーとの同化後にぼくの正体を明かしたときも、受け入れてくれたウィル。
ぼくが困っているとき二つ返事で厄介ごとを引き受けてくれる、頼もしいウィル。
意識すると、余計にウィルの事を想ってしまう。
この前から、なにか変だと思っていた。
事あるごとに、ウィルのことを考えてしまうのだ。
けれど、思い返してみれば以前からもそれがあったことに気付く。
それは違う、とずっと思い込んでいたけれど、そうではなかった。
いつからだろう、こう思ってしまうようになってしまったのは。
こうしてウィルのことを考えているだけで、胸が高鳴ってしまう。
(好きなのと愛することは別ですよ。その相手のことを想うと、胸がどきどきして、何も考えられなくなる。ずっと一緒に居たい、添い遂げたいという気持ちになります)
リースさんから聞いた言葉が頭の中で何度も繰り返される。
この言葉を聞いたあと、ぼくはそうじゃないと頭の中で何度も否定していた。
そして、今回の鉱山の件。
落盤のとき、動けなかったぼくを助け出してくれた。あのままだったらただでは済まなかっただろう。
ふたりきりになったあとも、ずっとぼくを守ってくれた。
スライムに襲われたときも、すぐに駆けつけてくれた。
そして、ここまで運んでくれたのも――。
そんなウィルの頼もしい姿が、目に焼き付いてしまっていた。
宝石を鞄に戻し、ふらふらとベッドまで戻りそのままうつ伏せで枕に顔を埋めた。
ガウンが少しはだけてしまい、はしたないと思いつつも直す気にもならなかった。
上掛けを被り、そのままもう一眠りしてしまおうと思った。
だけど眠気なんてすっかり取れてるし、なにより胸がドキドキしていてとても寝付ける状態ではなかった。
上掛けを捲り体を起こして、ベッドサイドへと腰掛けた。
隣のシアの顔を見たけど、静かに眠っているようだった。
そんなシアや、お母さんから言われたことを思い出した。
(本当に付き合っちゃえばいいんじゃないかしらね?)
テオの告白騒動を経て、恋愛関係のフリをすることに巻き込んでしまったウィル。
だけどウィルとは、わたしとはただの幼馴染みで、ぼくの親友で――。
そのウィルに対して、元男だったぼくがそのような感情を持つなんて絶対におかしい。そう思っていた。
そんなことはありえないと、自分自身に言い聞かせていた。
けれど、ぼくはもう、女の子なのだ。
ぼく自身が元男だと気にしなければ、この問題は解決してしまう。
(まだ意識の統合は完全ではないようなので、ほかにも影響が出てくるかと思います)
ふと、聖樹様からの言葉が頭の中で再生された。
意識の同化が進んでいる影響は、少なからずあると思う。
とくにこのあと――祝福の儀――からは、顕著だった気がしなくもない。
テオに告白されたことも、一因だろう。
この感情は、わたしの意識に押し流されているということなのだろうか。
でも、仮にそうだったとして。それが分かっていたとしても、この気持ちは抑えきれそうにない。
シア、そして両親からエリーとして生きていくことを、認めてもらっている。
自分自身、女の子として生きる覚悟は、していたはずだ。
それならば、もう抗わなくてもいいのではないか。
女の子が男の子に好意を寄せる。何もおかしなことはない。
そう思ったら、心に重くのしかかっていた重りがすっと外れたような、そんな気がした。
再び立ち上がって、窓際までゆっくりと歩いていく。
窓から見える空は、瑠璃色から暁色へと変わり始めていた。夜が明ける。
ぼくは胸の前でぎゅっと手を握った。
どこからがぼくの気持ちで、どこからがわたしの気持ちかは分からない。
だけどもう、自分の気持ちから背くことはしない。
ぼくは、わたしは、ウィルのことが――。
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