Chapter3-30 鉱山を抜けて
(……あれ、ここは……)
気が付くと白い色の天井。見覚えは――ある。
鉱山の麓にある村の、宿の一室だ。一体いつの間にここへ戻ってきたのだろう。記憶がない。
ばっと身体を起こすと、頭に鈍い痛みが走る。思わず額に手を当てて「いたい……」と声を出していた。
その額には水に濡れた布が当てられていた。
痛む頭を抑えながら、キョロキョロと左右を見るも室内には誰もいなかった。
みんなは、ウィルはどうしたんだろう?
ぼくは記憶をたぐり寄せることにした。
▽
採掘場を出て歩き始めてから暫くして、身体が重く感じてきた。全身が熱っぽいような気もする。
ウィルと一緒に並んで歩いていたけど、だんだんそれに合わせるのも辛くなってきた。
ぼくの様子に気付いたウィルが声を掛けてきた。
「エリー疲れたのか?」
「なんか、寒気がして……」
「大丈夫か? ……さっきので身体、冷やしてしまったか」
水を浴びたときに相当寒い思いをしたので、その可能性がある。頭が少し痛い。症状に思い当たる節がある。
そしていよいよ歩くのもしんどくなってしまって、立ち止まってしまう。
「……大丈夫か?」
「ちょっと……きついかも……」
呼吸も乱れてしまって、立っているのもつらい。足の力が抜け、その場でうずくまってしまった。
「少し休んで……ってどうにかなるって感じじゃなさそうだな……。顔色が悪いぞ」
「ふう、ふう……」
どうしたらいいだろうと考えるも、頭がうまく働かない。ぐわんぐわんと揺れるような錯覚に襲われる。
「おぶっていくぞ。肩に手を回してくれ」
目の前にしゃがみ込んだウィルの肩があった。
ぼくはウィルの胸元に手を回して、身体を預けた。ウィルはぼくの膝を抱え上げ、歩き出した。
「両手塞がってるから、魔獣が出たら走って逃げるぞ。ちょっと揺れるかもしれんが……」
「うん……ごめんね、また迷惑掛けて……」
「気にすんなって」
首元に頭を埋めると、またウィルの匂いがした。寒いだろうから、と渡され羽織った外套からも匂いがして、まるでウィルの匂いに包まれたような気分になる。
頭の痛みはあったものの、疲れや安心感からか、ぼくの意識は次第に遠のいていった。
▽
ぼくの記憶があるのはそこまでだった。どうやらそこで眠ってしまったようだ。
そんな風に思い出していると、がちゃりと部屋のドアが開かれた。
顔を出したのはシアだった。「気が付いたのね」といい近づいてきた。
「気分はどう? 熱があったから寝かせてたんだけど」
「……頭が痛くて、寒気がする……」
「水を被ったってウィルから聞いてるけど、前みたいに体を冷やして風邪を引いたんでしょう。……これ、飲み薬」
差し出されたのは、緑色の液体が入った丸瓶。以前シアに飲ませてもらったものと同じだ。
それに顔を引き攣らせながらも話を続ける。
「よ、よく持ってたね……」
「備えはしておくもの。一応これ、色んな効能があるから」
正直なところ味はよくないけど、効果があるのは以前体験した通りだ。ぼくはコルクを抜き、一気に飲み干した。――相変わらずまずい。
「あとはゆっくり寝ること。もう一泊していくことにしたから、気にしなくていい」
「わかった……。他の皆は……?」
「ヴィーラさんはやることがあると言って、冒険者ギルドへ行ってる。ウィルは別室で寝てるけど。……起こす?」
「……ううん、大丈夫ならいい。寝かせてあげて」
ウィルはぼくをおんぶしてここまで戻ってきたのだから、疲労が蓄積しているだろう。無理して起こす必要はないし。
「まあ、今はゆっくり休みなさい。あとで話は聞かせてもらうけど」
「……うん、ありがとうシア」
そのまま身体を横にして目を閉じると、すぐに眠気がやってきた。
ぼくはそれに身を任せ眠りに就いた。
☆
何か物音がして目が覚める。
横を向くと、シアがテーブルに拡げた薬草の束を弄っているところだった。
「目が覚めた? どう、体調は」
「……うん、だいぶよくなったみたい」
シアから言われ体を起こしてみるけど、随分と調子が良くなった気がする。まだ少しだけ身体は怠いものの、頭痛はすでに引いていた。
「それ、どうしたの?」
「エリーが眠っている間、ヴィーラさんとこの近くにある薬草の群生地で採集してきた」
薬草を指差して尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
ああ、そう言えばシアはそれがあるからついてくるって言ってたっけ。
「……そういえばシアたちは、大丈夫だった? あのあと」
「入口で待ってたけど、ウィルがエリーをおんぶしてきたときは驚いたわね。眠ってたエリーの顔色が悪かったし。それで急いで宿を取ってエリーを寝かせてた」
眠ってからどれぐらい時間が経ったのかは分からないけど、そんなことがあったのか。
――あとでウィルにお礼を言わないとならない。
それから、逆にシアが別れたあとのことを尋ねてきたのだけど。スライムに襲われたことを話すと、かなり心配されることになってしまった。
なんで別れたあとと服が変わっていたのか不思議に思っていたそうだけど、そのせいだったのかと納得していた。
「体拭いてあげる? シャワーを浴びるのはまだ止めた方がいいと思う」
「……お願い」
シアがそう提案してくれたので、ぼくはそれに甘えることにした。
風邪を引いたときは、お風呂に入るのはよくないっていうし。水で流れたとはいえ、スライムが身体の上を這っていたので気持ちが悪い。
そうして、上着を一枚ずつ脱いでいったのだけど。
「……エリー、どうしてブラを着けてないの?」
「……あっ」
最後の一枚を脱いだところで、脱ぐ前に気付くべきだったことをシアに指摘されてしまう。
今の姿がノーパンノーブラだったのを失念していたのだ。
「その、水を被ってしまって着替えようとしたときに、替えがないことに気付いて……」
ものすごく恥ずかしいような気持ちになって、早口で説明することになってしまった。
「……それで洗濯したのを受け取り忘れてた、と」
「……うん」
「……ショーツも穿いてないのね」
「……ソウデス」
「……仕方ない、もらってくる。そのままは流石によくないから」
「あ、ありがとう……」
シアは上半身を綺麗にしてくれたあと、溜息を吐きつつそう言って部屋を出て行ったのだけど。
上が裸でどうにも落ち着かない。寒くない室内なので、身体に障ることはなさそうなのが救いか。
早く戻ってこないかな、と思っていたところドアの解錠音がしてドアが開かれる。あれ、思ったより早いなとドアを向くとそこに居たのは――。
「エリーちゃんだいじょう……ってあらー? なんで裸なのかしらー?」
「う゛ぃ、ヴィーラさん!? えっと、その……」
部屋へ入ってきたヴィーラさんに対して、またしても急いで説明をすることになってしまった。幸いシアはすぐ戻ってきてくれたので、ようやく下着を身に付けることができたのだけど。
そしてまた、水で濡れた下着を洗濯に出してもらった。
――明日は絶対に忘れずに受け取ろうと心に誓ったのだった。
☆
そのあとまた一眠りしていると、ドアをノックする音で目が覚める。
誰だろう? シアとヴィーラさんは鍵を持っているはずだけど。
王都の宿でもそうだったけど、ドアは常時施錠が基本だ。
外から声を掛けられても、容易に開けないようにと宿の従業員に言われていた。そこに誰がいるか分からないからだ。
それを思い出して、少し身構えたぼくだったけど。
「おーい、起きてるか? 俺だ」
聞き覚えのある声に、ぼくはすぐに体を起こしドアへと向かった。
解錠してドアを開けるとそこにいたのは――。
「……ウィル?」
「体調は大丈夫か? エリー」
手に紙袋を抱えたウィルが、少し心配そうにぼくを見つめていた。
「うん、平気……。あれ、シアたちは?」
「なんか寄るところがあるから、先に戻ってこれを渡してほしいって言われたんだよ」
「そうなんだ……」
シアとヴィーラさんだけで寄るところって、どこなんだろう。
ともあれ、ウィルから差し出された紙袋を受け取る。中を覗き込むと、パンが二つ入っていた。
眠る前ヴィーラさんから、夕飯で食べられそうなものがあったら持っていくと言われていたのを思い出した。
ウィルはそれで自分の部屋へ戻ろうとしたけど、ウィルにおぶられて眠ってしまったあとのことが気になったので、部屋の中へと招き入れた。
――わざわざ訪ねてきてくれて嬉しいという気持ちもあったし。
「ごめんね、いつの間にか眠っちゃってて。出口まで運んでくれたってシアから聞いたよ。ずっとわたしを背負ってて疲れたでしょ」
「ああ、そんなことはないぞ。というか、背負ってても重さを感じないというか……ちゃんと食べてるのか不安になるぐらいだったんだが」
「……」
テーブルに座りパンを一かじりしている中、そんなことを言われて固まってしまう。
重かった、と言われるといい気分にはならないと思うけど、逆に軽いみたいな感じで言われてもまた微妙な気分だ。
ちゃんと食べているけど、この体になってからは量は減っている。
ほかのエルフ族と比べても平均的だと思ってたんだけど。
「……まあ、思ったより元気そうでよかった。戻ってきたときは随分酷そうだったからな」
「シアから飲み薬をもらったからかな? 前にももらったけど、よく効いたから」
「そうか。……明日には動けそうか?」
「大丈夫だと思う。もうだいぶよくなってるし」
ぼくがそう言うと、ウィルは少し安心してくれたみたいだ。
「じゃ、俺は部屋に戻るからな。ゆっくり休んでくれ」
「……あ、待って」
立ち上がって出ていこうとしたウィルを引き留める。
ん? と言って振り向いたウィルに対して。
「ウィル、ありがとう」
お礼を言うタイミングを逃していたけど、なんとか言うことができた。
「……ああ。また明日な」
そう言うとウィルは部屋を出て行った。ぼくはウィルが出て行ったあとも、誰もいなくなったドアの方をずっと向いていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。