Chapter3-28 鉱山内部へ③
前話の時間の流れや戦闘場所などを変更しました。
お話の大筋には影響していません。
「エリー!!!!」
誰かの叫び声が聞こえた瞬間、視界がぶれた。
体があちこちに引っ張られる感覚とともに、視界が目まぐるしく動き回る。
何が起こっているのか分からないけど、酔ってしまいそうな気分に陥り、思わず目を閉じた。
引っ張られる感覚が収まり、体に温もりを感じて目を開ける。顔を上げると、ウィルの顔がそこにあった。
「大丈夫か?」
優しい声でそう言われ、何故か胸が鳴るのを感じた。
自分はウィルの腕に抱かれて――いわゆるお姫様抱っこだ――採掘場出口の通路に居るようだった。
天井の崩壊から動けなくなっていたところを、ウィルに助けてもらったようだ。
自分がついさっきまでいたところは、ぽっかりと大穴が空いてしまっていた。
天井が落盤した際に、一緒に地面が抜けてしまったのだろう。
戦っていたはずの巨大な虫の姿も、見えなくなっていた。
あそこに自分が居たら――考えるだけで寒気が走る。
「ありがとう、ウィル……。わたし、ぜんぜん動けなくて……」
「いや、突然天井が崩れるなんて思いもしないだろ。……間に合ってよかった」
ウィルはそう言うとほっとした表情を浮かべていた。
ぼくはさっきから鳴り止まない胸の鼓動を抑えつつ、声を絞り出す。
「ウィル、そろそろ降ろしてもらえると……」
「あ、ああ。すまん」
安心したところで急に恥ずかしくなってきて、ウィルに急かすように言った。
ゆっくりと足元へ降ろされて立つ。
地面に着いた足を確認するけど、痛みなどはなかった。
胸のドキドキもようやく収まったところで、姿が見えないふたりのことに気付いた。
「シアとヴィーラさんは!?」
周りをキョロキョロと見渡すけど、目に映るのは闇だけだった。
大穴を覗き込むけど、暗闇が広がるばかりで何も見えない。音も聞こえなかった。
「エリーちゃん、ウィル君ー大丈夫かしらー」
突然聞き慣れた声――ヴィーラさんだ――が聞こえてきた。
声の聞こえた方を向くと、反対側の出入り口の方で手を振っているヴィーラさんとシアを見つけた。
ふたりとも落盤から逃げ切れたようだ。ふう、と胸を撫で下ろす。
「ああ、大丈夫だ!」
「危なかったわねー。床が全部抜けちゃったみたいよー」
改めて採掘場だった場所を見渡す。やはり床は抜け落ち、あちら側と分断されてしまっているようだった。
坑道へ入る前に、警備兵から言われていたことを思い出す。あれだけ虫が暴れた結果、恐らく脆くなっていた天井が落盤してしまったのだろう。
ウィルは手のひら大の岩を穴へ放り投げたけど、いつまで経っても音は聞こえてこなかった。
「……相当深そうな穴だな」
考えられることは、穴が相当深くまで続いているということ。降りていく、という手段はない。もしかしたら、さっきの虫が生きているかもしれないし。
「どうしよう……」
「……地図を見せてくれるか」
ウィルにそう言われ、荷物から地図を取り出す。
地図の上をなぞる指を目で追いかけて、今居る最深部のところで指が止まる。
「ほら、今いる場所が最深部なら、こう回っていけば戻れるんじゃないか」
「……うん。というか、それしか方法がなさそうだね」
地図を見る限り、途中で合流できそうな道はいくつかあった。けど、どれも複雑に入り組んでいるようで、場所を決めて合流というのは難しそうだった。
ウィルも無理に合流せずに入り口まで戻った方がいいだろう、という意見だった。
ぼくもそれがいいと言うと、ウィルは頷き立ち上がってヴィーラさんたちに大声で話し始めた。
「ここで合流するのは難しそうだ! 俺たちは別の経路で戻るから、ヴィーラさんたちは来た道を戻って入口に向かってくれ!」
「分かったわー。気を付けてねー」
「ウィル、エリーを任せたわ」
「ああ、分かった!」
シアとヴィーラさんはそういうと、来た道を引き返していった。
ぼくたちは、最深部へと向かうために歩き始めた。
「ウィル、ごめんね……。また、わたしのために」
「気にすんなって。そもそも俺が付いていくって言い出したことだしな」
ウィルはニカッと笑顔を見せてそう言ってくる。
けれど、その笑顔を見るとより一層申し訳なさを感じてしまってしまって――。
「でも……」
「ほら、こっちの方が遠回りになるし早めに行こうぜ」
左手をぎゅっと掴まれて、ウィルは催促してきた。また、ドキンと胸が鳴る。
ぼくは「う、うん」と答えて再び歩き始めた。
☆
「倒しても倒してもキリがないな……」
「うん……」
蝙蝠や虫といった魔獣が次々と襲い掛かってくる中、ふたりして息を吐く。
とはいえぼくは何もできないため、ウィルがすべて戦うことになってしまっているのだけど。
戦闘そのものは素早さのお陰で楽なようだけど、数が多いせいかうんざりといった表情を見せていた。
こつこつと靴音が狭い通路内に響く。
ふと、隣を歩くウィルの顔を覗き見る。
さっき抱き上げられて、見上げたときに見た顔がすごく格好よかった。
ウィルに触れられたりして、妙にドキドキしてしまっている。
宿や坑道でヴィーラさんに変なことを言われたせいか、ウィルの一挙一動が気になってしまう。
「ん? どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」
じろじろ見すぎたせいか、ウィルに気付かれてしまった。
「なんか顔に付いてるか」と続けて言われたけど、慌ててなんでもないと返答する。
もう、意識しすぎだろう。余計なことは考えずに、今は無事に坑道から脱出できることだけを考えなければ。
「なんかこうして歩いてると、お化け屋敷を思い出すな」
「……え?」
ウィルの口からそんな内容の言葉が飛び出して、思わず横を振り向く。
「あっちの世界で一緒に行っただろ。ほら、修学旅行の時間潰しがてら……」
「うーん……? あっ」
ぼくの記憶をたどっていくと、確かにそんなことがあったことを思い出した。
中学の修学旅行での話だ。訪れた某テーマパークで班行動を取る計画だったのだけど、女子は女子だけで早々にどこかに行ってしまったのだ。
そして暇を持て余していたトオルと一緒に入ったのが、お化け屋敷風のアトラクションだ。言われてみると、こんな感じの通路を歩いていた。
「あれ、全然怖くなかったよな。むしろカナタの話の方が怖かったんだが。そこに霊がいると言って、逆に驚かせる役の人を怖がらせてたよな」
「あはは……」
トオルは怖い物知らずで、驚かせるお化け役にも全然怖がっていなかった。そういうぼくも、似たようなものだったんだけど。霊感が強かった影響で本物のお化けのようなものを見てきたから、そういった怖がらせるタイプのものに対しては恐怖心を抱かなかったのだ。
「……なんだか、随分前の話な気がするね。そんなに経ってないはずなのに」
「そうだな……」
「……皆、元気にしてるかな……」
呟くようなぼくの言葉に対し、ウィルからの返答はなかった。
ぼくはあちらの世界のことに思いを馳せて、感慨深いものを感じていた。
その中で唐突に家族のことを思い出し、寂しい気持ちが込み上げ少し俯く形になってしまった。
「エリーは……もう大丈夫なのか?」
「……? どういう意味?」
「こっちの世界に来てからけっこう経つが、寂しかったりとか……。前にも聞いたかもしれんが」
ウィルが切り出した言葉にぼくは顔を上げた。ウィルは心配そうな顔でこちらを見つめていた。
さっきの俯いていた姿を見られたのかもしれない。
「寂しい気持ちはあるけど、もう大丈夫だよ。わたしの家族もいるし、集落の皆もいるし、王都にも知り合いができたし。それに……ウィルもいるから」
「……俺が?」
きょとんとした様子でウィルがそう聞いてくる。
ぼくはまたウィルに心配させてはいけないと、笑顔を作って話を続けた。
「うん。向こうの世界のことを知ってるのがわたしだけだったら、心細くて耐えられなかったかも」
「そうか。……俺もエリーが居てくれてよかったよ。また、ひとりきりになるのかと思ったからな」
「……」
ウィルの言葉を聞いて、ぼくはどう返答しようか迷っていた。ウィルは、いやトオルは天涯孤独の身だった。ぼくが向こうの世界で死んでしまったあと、またそういう立場に置かれてしまっていたのだ。
ウィルには母親がいるとはいえ、本当のウィルを知っているのはわたしだけだ。
だからこそ、ぼく――わたしは。
「大丈夫、わたしはずっと一緒にいるから」
「……ずっと、か……」
ウィルが言い淀んでいるところをみて、何か違和感を感じる。
そこでぼくは、自分が言い放った言葉の意味に気付いてしまう。
「ずっと一緒にいる」ってつまり――。
かあっと顔が熱くなってきたのがわかる。
いや、これは言葉のあやで、決してそういうつもりで言ったものではない。
ウィルに誤解される前に、違うことを伝えなければならない。
「あ、あの、ウィル……きゃっ」
慌てて否定しようと横を向いた拍子に、足元がふらついてしまい倒れそうになる。
しかし地面へ倒れることはなく、ウィルに腕で支えられた。
ウィルの顔を見て、また顔が熱くなってしまう。
「あ、ありがとう……」
「大丈夫か? ……次の採掘場で休むか。だいぶ疲れてるんだろ」
「……うん」
なんとかお礼を言い、ウィルからそう提案を受ける。
あれから歩き通しで、疲れも溜まっている。
ぼくですらそうなのだから、戦闘を一手に引き受けているウィルはもっと疲れているだろう。それなのに、ウィルに気を遣わせてしまったことに、負い目を感じた。
それから歩いて暫く、次の採掘場の空間へ辿り着いた。
休む前に安全かどうか空間内を見て回ったけど、魔獣の気配は感じなかった。
採掘場の端にある壁に寄りかかるように座り込んで、一息吐く。
お腹が空いていたので、保存食を少し食べたあと。眠気が襲ってきた。
「……眠いんだったら、少し眠ってもいいぞ」
「……」
ウィルからそう言われるけれど、その言葉に甘えることは憚られた。
ウィルの方がよっぽど疲れているだろうに、何もしていないぼくが眠るなんてよくないと思ったのだ。
――そう思っていたのに、自然と瞼が下りてきてしまう。
ぼくは睡魔に抗えず、そのまま目を閉じたのだった
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