Chapter3-27 鉱山内部へ②
「お待たせー、つい筆がノっちゃって」
本を小脇に挟んだヴィーラさんが、謝りつつもニコニコと満面の笑みでぼくたちの元へやってきた。
「もういいんですか?」
「おかげさまでいい論文が書けそうだわー」
そんなホクホク顔のヴィーラさんに、今後のことについて話を始めた。ヴィーラさんはすぐに切り替えて話に加わってくれた。
ヴィーラさんが居ない間に地図を確認していたところ、最深部までは弧を描くように坑道が繋がっていることが読み取れた。
相談の結果、ぐるっと回っていくのがいいだろうという結論に至ったのだった。
ただ問題は、この地図には縮尺が載っていないという点だ。
最深部まで行き坑道出口まで戻るまでに、どれぐらい時間がかかるのか見当が付かない。
ヴィーラさんにも見てもらったけど、よく分からないとのことだった。
もちろん、これがないよりはマシなんだけど。これを頼りに進んでみるしかない。
暗い坑道の中を歩いていると、今何時なのか分からなくなる。この世界にスマホや腕時計などといった、時刻を知る便利な道具はない。体内時計という不正確なもので過ごしていくしかないのだ。
ぼくたちは保存食の干した果実を食べ、最深部へと向けて歩き始めた。
☆
採掘場を抜けたあとは、通路の幅が広くなって少し歩きやすくなった。
しかし初めの採掘場に入るまでは、一度も出くわさなかった魔獣。それらが坑道を進むにつれて、少しずつ遭遇する頻度が増していっている。
皆が魔獣と交戦する中、ぼくは後ろで見ていることしかできない。
魔術の威力が調整できない中、このような狭い坑道の通路で魔術を行使すると自分や皆を巻き込む危険がある。
もどかしさは感じるものの、どうしようもない。
そんな中で、ヴィーラさんがかなりのやり手であることにぼくを含め皆が驚いていた。
「ヴィーラさん、すごいですね……」
「そりゃあ冒険者として食べてたんだものー。この程度の魔獣なんかわけもないわねー」
そういうヴィーラさんは、自分の背丈の半分ほどある弓を携えていた。これがヴィーラさんの武器らしい。
目の前の地面には、巨大な蝙蝠が息絶え横たわっていた。頭部に矢が一本突き刺さった状態で。ヴィーラさんが一撃で仕留めたのだ。
普段はおっとりしているのに、戦いのときは動きが機敏で戦い慣れている印象を受けた。弓から放たれる矢は正確に魔獣へ打ち込まれている。
これまで話していた冒険者のエピソードも、全て本当なのだろう。実は少し疑っていた部分もあったのだけど。
そんなヴィーラさんも、ウィルの戦い方については目が点になっていた。
「どうやって動いてるのかしらー。何をやってるのか全く見えないのだけどー」
「あはは……」
まあ、ぼくもウィルの動きは目で追うことができない。一体どうやって動いてるんだろう? 気になってウィルに聞いたことはあるけど、普通に動いているだけだと言われた記憶がある。普通は見えないほど早くなんて動けないと思うんだけど――。
ウィル自身にしてみたら、動いているときは周りの動きが遅く感じられるらしい。
その能力を買われて、王都の親衛隊で模擬戦闘をしていると説明したらヴィーラさんも驚いていた。
「宮廷魔術師にエルフ族がいてもおかしくはないけど、親衛隊にいるなんて聞いたことがないわねー。体力とか人族に比べて不利なはずなんだけどー」
ヴィーラさんからそう言われて、ぼくとウィルは苦笑を浮かべるしかなかったのだった。その理由について、本当のことは話せないのだから。
この坑道内に棲みついている魔獣は、普段の森で現れるものとはまったく違うのだった。
先ほどヴィーラさんが倒していた蝙蝠から、イモリのような床を這いずる動物。そして意外だったのは蜘蛛やハサミムシといった、虫もいたということだ。
魔獣という呼び方から獣だけじゃないのかと思っていたけど、ヴィーラさん曰くそうとは限らないらしい。
その例が、今対峙しようとしている生物だ。
「なんか、気持ち悪い……」
「アレは……そうね」
思わず身震いしてしまってそう呟いたところ、それを聞いていたシアも賛同していた。
通路の先にいる、深緑色のドロドロとしたそれ。丸みを帯びた謎の物体が、擦り寄るようにこちらへ向かってきている。動くたびにぐちゅぐちゅと嫌な音を発していて、視覚にも聴覚にもよろしくない。
「動きはトロいけど侮っちゃだめよー、なんでも溶かしちゃうほど強い酸を持ってるからー。見つけたら遠くから魔術で倒すのよー」
見た目からは想像できないけど、そのような特性があるらしい。何となくスライムとか、そういったものに近いのかなと思った。
「どうしたらいいんですか?」
「燃やすのが一番かしらねー」
シアがそれを聞くと、すぐに炎の矢を発動させた。一本の矢がスライムに命中すると、ブチュッとまた嫌な音が響く。その後スライムが燃え上がって、煙とともに消滅した。
その煙がこちらまで漂ってくると、ドブのような悪臭が鼻をついた。
「……臭い」
「……倒したあとも厄介なのね」
「さっさと通り抜けた方がよさそうだな」
ぼくの言葉に続けて、シアとウィルも鼻をつまみながらそんなことを言っていた。ぼくたちは急いでその場をあとにしたのだった。
☆
それから随分と歩き続け、前方に灯りが届かない場所が見えてきた。
これは、この先が開けた場所であることを意味している。
道中、こういった場所を何度か通り抜けている。それらは採掘場だった。
この先の場所も同じだろうか。地図が間違っていなければ、ここが最深部の採掘場のはず。先へ進もうと思った矢先、前を歩いていたヴィーラさんが手を横に伸ばす。
「……? どうし……」
ぼくが喋りかけたところ、ヴィーラさんが振り向いて静かに、と顔に人差し指を当てていた。
指示通りにぼくたちは忍び足で進むと、開けた場所の中央に居たのは全身毛むくじゃらの巨大な虫だった。
毛虫がそのまま巨大になったような、そんな生物。ただ、本体は緑色とかそういったのではなくどす黒い色をしているけど。
「お、大きい……」
「これは主級の大きさねー」
声を潜めてヴィーラさんと話を進める。
見上げるほど高さのあるそれに驚く。王都周辺で遭遇した竜と同じ――いや、もっと大きい。
ただそれは、ピクリとも動かず横たわっていた。
「これ、生きてるんでしょうか……」
「たぶん寝てるだけだと思うわよー。虫だと呼吸しないから、分かりにくいと思うけどー」
「……どうしたらいいでしょう」
「まあー倒すべきねー。見つけたからにはねー」
このまま歩いて行けば、気付かれずに通り抜けることはできそうだったけど。
魔獣を退治したいけど人員が割けず困っている、と国王と謁見したときに聞いた以上放置するわけにはいかないだろう。
「たぶん弱点は頭だと思うけどー、そこを重点的に狙う感じかしらねー」
ヴィーラさんが立てた作戦は、合図と同時に頭らしき部位へ矢、魔術で一斉に攻撃するというものだ。剣が主武器のウィルはひとまず待機をしてもらう。
そもそも頭ってどこだろう? ヴィーラさんに尋ねてみると、指を指した方向にピンと立った二つの触覚があった。近くに何か丸っこいドーム型のものが二つ。どうやら目のようだ。
ただこの大きさの相手ともなると、ヴィーラさんとシアだけでは火力が心許ないらしい。
「エリーちゃんにも魔術を使ってもらった方がいいかもねー」
「…………大丈夫でしょうか」
「これだけ広ければ、問題ないのじゃないかしら?」
シアにそう言われ、うーんと考え込む。この場所は、今まで通ってきた採掘場の中で一番広い。
――基本の魔術なら威力が強くなったとしても派手にはならないし、ここの広さを考えれば大丈夫なのかもしれない。
威力を抑えようとしてもうまくいかないことは分かっているけど、やるしかないだろう。
シアと相談して、シアの恩恵属性である水の属性を使うことにした。
そしてヴィーラさんの合図とともに、ぼくとシアは同時に魔術を発動させた。
「「氷の矢!」」
数十本の氷矢が一直線に魔獣へと襲いかかる。以前テレスの広場で試したときより本数が増えている気がするけど、制御そのものは上手く行っているようだ。それと同時に、ヴィーラさんが魔力を込めた矢を放つ。ただの矢がみるみるうちに巨大な氷柱となって、虫の頭部へと向かっていった。
「……えっ?」
これだけやればひとたまりも無いだろう、と思ったのに。ぼくたちの放ったそれらは、虫の体に当たった途端すべて砕け散ってしまった。
なんで、と思う間もなく虫の巨体が動き始め、ぼくたちへと襲い掛かってきた。
「わ、わわわっ」
大きな虫なのに思ったより動きが早く、ブンと回された尻尾を何とか避ける。
ぼくたちの後ろにあった岩壁は、尻尾の当たった箇所から深く抉り取られていた。
それを見たぼくは息を呑む。あれに当たったらひとたまりもないだろう。
「どどど、どうしましょう!?」
「思ったより体が硬かったのねー。なかなか厄介な相手ねー」
のんびりとした声で返答しつつも、軽い身のこなしで次々と矢を放つヴィーラさん。けれどその矢は魔獣の体を貫くことはできない。まるで体が金属でできているかのように、キンキンと音を上げ跳ね返っているのだ。
その間にウィルも剣で斬り掛かっているけど、同じ結果だった。頑丈だとかそういうレベルではない。シアの魔術もやはり同じだった。
巨体を揺らし、乱暴に尻尾を振り回す虫に対して避けることしかできない。尻尾を避けた場所の壁や床は、大きな窪みが生まれていた。
虫の攻撃を避けつつ攻撃を続けていたけど、埒が明かないのは明白だった。
「これは、エリーちゃんにドカンとやってもらうしかないかもねー」
「え、ええっ?」
「ほらー、王都の近くで使って見せたようなやつとかー。ああいうの使えないかしらー」
「あ、あれは……さすがに……」
ヴィーラさんの声に思わず変な声を上げてしまう。ああいうのとは大爆発なのだろうけど、いかに広いとはいえこんな場所で使うと何が起こるか分からないのだ。
虫の攻撃を避けつつ何か他にいい方法が――と考えていた最中。
突然ゴゴゴゴゴ、と地響きが鳴る。同時に地面が揺れて、思わずその場でよろめいてしまう。
上の方からも何かの音が聞こえはじめ、今度は何がと見上げる。
起こっている光景にぼくは思わず目を疑った。天井が崩れ落ちはじめ、多くの岩が落下してきていたのだ――。
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