Chapter3-26 鉱山内部へ
坑道へ入ってから十分程度歩いてだろうか。坑道内の温度は外よりも低くて少しだけ肌寒い。同時にジメジメとした湿気のせいで不快指数は相当高い。
通路の横幅は、ぼくたちが横一列に並ぶとぎりぎりというぐらい。天井もあまり高くなく、ウィルの背だと頭一つ分ぐらいしか余裕がないという具合だ。
坑道内部に照明はないので、用意していた小型のランタンを持ち歩いている。
魔獣が棲み着いているとの話だったけど、今のところ魔獣の気配は感じ取れない。魔獣の唸り声なども聞こえず、聞こえるのはぼくたちの靴音だけだ。
とはいえ、この狭い坑道内で魔獣に襲われると厄介だ。警戒しながら先へと進む。
二列の隊形を取り、前方はシアとヴィーラさん。後方はウィルとぼくが並び、魔獣の襲撃に備えている。
「なんだか久しぶりねー、こんなことするのも冒険者でパーティーを組んだとき以来ねー」
前方からヴィーラさんの、のんびりとした声が聞こえる。警戒感をまるで感じられない声にこちらの気が抜けてしまいそうだ。
そんなヴィーラさんは、歩きつつも坑道の側面などをしげしげと観察しているようだった。
研究のネタにしたいとかなんとか言ってたから、それのためだろうか。
あの村へは訪れたことはあるけど、この鉱山へは入っていないとのことだったし。
研究者だしきっと色々と観察するものがあるのだろう。
そんな前方に居るヴィーラさんを見ていると、ついつい着ている衣装に目が移ってしまう。
(あれ、水着じゃないの……?)
ヴィーラさんが身に纏っているのは、上半身はビキニのようなトップスだけ。その布は豊満なおっぱいを隠しきれておらず、布の上下からはみ出していた。下半身は膝丈のスカートのようなものを穿いていたけど、両太もも部分に切れ込みがあり肌色が大胆に露出していた。
冒険者らしき女性がこういった衣装を着ているのを、王都で見たことはある。けど、ヴィーラさんほどのプロポーションの持ち主がこういった格好をすると、なんというか破壊力がある。
ぼくにはとても着られそうにない。色んな意味で。
ヴィーラさんのこれも、やっぱり冒険者の格好なんだろうか。
「ヴィーラさん、あの、なんでそんな服着てるんですか……?」
「んんー? これ冒険者をしていた頃の正装なのよー。久々に冒険者らしいことをするから着てみたのよー。……もしかして似合ってないー?」
「いえ、そんなことは……」
ヴィーラさんが振り向くと、はみ出たメロンが布越しにぷるぷると震えていたのだった。
ともあれ思った通り、冒険者の格好だったようだ。
あんまり見ちゃいけないとは思いつつも、ついついそこに視線が行ってしまう。
他のハーフエルフがどうなのかは知らないけど、相当なボリュームだと思う。
一方の集落にいるエルフ族は、皆総じて控えめだった。どうやら、エルフ族はあまり大きくならなさそうだ。ということは、ぼくも今後成長してもそこまで大きくはならないはず。――ほんの少しだけヴィーラさんが羨ましいとか思ったのは、きっと気のせいだろう。
「……寒くないんですか?」
「これぐらいなら大丈夫よー。さすがにもっと寒い地方へ行くときは、厚手の外套を羽織ったりするけどねー」
「そうですか……」
最近気付いたのだけど、この大陸はどうやら温暖な気候のようだ。この世界に来て数ヶ月経つけど、テレスや王都で寒いなと感じたことはほとんどない。シアにも気候について尋ねたことがあるけど、朝晩に肌寒くなることはあっても、日中は年中通してほぼ同じ気温らしい。
寒い地方というと、たぶん別の大陸なのだろう。
「あらー、エリーちゃんもしかしてこの服に興味あるのー?」
「いえ、ないです……。もしわたしが着たとしても似合わないでしょうし」
ぼくは目線を下に向ける。そこには、ヴィーラさんに比べて遥かに自己主張の乏しい丘があった。山ではなく、丘なのだ。仮に同じ衣装を着たとしても、間違いなく胸周りは残念なことになると思う。今は年齢相応な大きさだとは思うけど、今後の成長も考えるときっとあのような服を着る機会はないだろう。
初めは着るのが少し恥ずかしかった宮廷魔術師の服も、気付けば着慣れてしまっていた。でも、ヴィーラさんが着るような衣装はまた別だ。
水着のような格好でテレスや王都を歩き回るのは、さすがに遠慮願いたい。
「そうだー、王都へ来たら家にいらっしゃいなー。冒険者をしてた頃の服がたくさんあるから試着させてあげるわよー」
「いえ、その、遠慮しておきます。そういう服はヴィーラさんが着るから似合うのでしょうし。……シアもそう思うよね?」
「……そうだと思うけど、どうして私に話を振るのかしら?」
「…………あっ、ふ、深い意味は」
「……そう」
危うく地雷を踏みぬくところを、すんでのところで回避した。全然そういう意図はなかったのだけど。シアからの鋭い視線が突き刺さっているのを感じる。
まあ、ぼくより小さいシアが着ると――うん、逆に色々と危ない気がしなくもない。
それにしても、冒険者ってこんな露出の多い服を好んで着るのだろうか。王都を歩いていた限り、そうでもない気がするんだけど。あの村の冒険者ギルドにいた女性も、そこまで露出が多い服を着ていた人はいなかった。
服のことを考えていると、ヴィーラさんに買ってもらった服をふと思い出した。長袖のブラウスと、丈の短いプリーツスカート。結局一度着てから、それっきりだった気がする。
以前は恥ずかしかったあの服も、今だったら難なく着られそうな気がする。この宮廷魔術師の服装とそう変わらないし。
だけどシアが着ていたノースリーブシャツとショートパンツは、着るにはもう一歩踏み出す必要がありそうだ。あそこまで肌を見せるのは、少し抵抗感がある。
「こほん、わたしは普段着ている服やこの服の方がいいですから」
「そうー、残念ねー。彼氏のウィル君も見たいんじゃないかなって思ったんだけどー」
「か、かれっ……」
ヴィーラさんから唐突にそんなことを言われ、思わず言い淀んでしまう。反射的に横を向くとウィルがこちらを向いていて、どこかばつが悪そうに視線を逸らした。
「……」
声が止み、坑道内にはカツカツと靴音だけが響く。ぼくは俯いたまま前を歩くしかなかった。なんとも気まずい。何か言わなければいけないとは思うけど――。
顔を上げてヴィーラさんを見たとき丁度振り向いてきて、ぼくに微笑みを向けてきた。どう見ても反応を楽しんでいるようにしか見えなかったのだけど、関係をヴィーラさんが知っている以上、誤魔化すこともできない。
「その、なんだ……エリーは、何を着ても似合うと思うぞ」
ぼくが言葉に詰まっている中、ウィルがそんなことを言ってくる。その言葉にぼくは、
「え……あ、ありがとう……?」
となぜか感謝の言葉で返答をしてしまった。
そんなぼくをヴィーラさんは微笑みというかニヤニヤした顔付きで見てくるし、シアも「見せつけちゃって……」だとか呟いていた。ヴィーラさんはともかくシアはぼくたちのことを知ってるのに、そこまで合わせる必要ないのに。
そのあと、ヴィーラさんにやっぱり王都へ来て服を云々と言われていた気がするけど、ぼくは空返事をするしかなかったのだった。
☆
そして歩くこと一時間ほど、何度か分岐路を超えて狭い道を抜け暗闇が広がる。地図通りならばここが採掘場のはずだけど。歩いた割には、運良く一度も魔獣に遭遇することはなかった。
ランタンを前に掲げると、空間に灯りが広がった。どうやらかなり開けた場所のようだ。
採掘できる場所は、事前に聞いていた目印を頼りに探すとすぐに見つかった。
ヴィーラさんは鞄からスコップとふるいを取り出し、差し出してきた。
スコップを受け取ると、ずっしりと重く感じた。鉄っぽい材料でできているスコップは、ぼくの身長の半分ぐらいしかないけどかなり重く感じる。結局それを見かねたウィルが、掘り出し役を引き受けてくれたのだった。
ウィルは土に含まれている宝石を傷付けないように、気を付けて掘っていく。その土をふるいにかけてもらい、ふるって土を落とす。
ふるいの中には、いくつかの光る細かい石が残ったようだ。
「ちょっと小さいかもねー、加工することを考えたら少し大きめのものの方がいいわねー」
そう言ってヴィーラさんが摘み上げたものは、豆粒大の大きさしかないものだった。
ヴィーラさんから以前譲り受けた宝石は、これよりも一回り以上大きいものだったはず。
ウィルに頑張ってもらって、せっせと土を掘り起こしてもらい宝石を探し始めたのだった。
☆
数十分後、そこから大きめの宝石を三つほど採掘した。ヴィーラさん曰く、この宝石一つでも相当な価値――王都の宿に半年は泊まれる――になるらしい。
ただぼくたちはあくまで調査の名目で来ているので、持ち帰る宝石は予備を含めても必要最低限の個数だ。魔術具が修理できればそれでいい。お金に困っているわけでもないし、換金する必要もない。
ヴィーラさんはというと、採掘場や壁面などを観察しながら手持ちの本にさらさらと何かを書き込んでいた。
聞くところによると、研究の一環として坑道の様子を忘れないようにメモをしているようだった。少しだけ見せてもらったけど、文字だったり坑道内にある物のデッサンだったりとページ内にぎっしり書き込まれていた。
「これで論文が一本書けるわねー。んー捗るわねー」
鼻歌交じりにそんなことを呟いているヴィーラさん。なんだか熱中しているようなので、暫く話し掛けない方がよさそうな雰囲気だった。ぼくの目的は達成できたし、終わるのを待った方がよさそうだ。このあとは調査もしなきゃいけないし。
ぼくはシアやウィルとともに、地図を囲んでどのように進むか相談することにしたのだった。
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