Chapter3-25 女子の語らい?
宿に到着し、押さえておいた部屋へ。荷物を部屋の隅へと放り投げてベッドに腰掛け、そのまま後ろへ倒れ込む。
ふう、と大きく息を吐いた。ようやく落ち着けた気がする。王都の宿より天井が低いなあ、なんてぼんやり考えていると。
「もうエリーったら、服が皺になるわ」
「あんな騒ぎがあったもの、疲れちゃったのかしらねー」
ふたりからの声が聞こえたものの、身体を起こすのも億劫になっていた。
ちなみに、ウィルはここにはいない。さすがに女性陣と同じ部屋は、とウィルから言い出したので別部屋となったのだった。
うん、確かに同じ部屋だとまたキスされるかもしれないし。――いや、いくらなんでもそれは考えすぎだろう。
なんでそんなことを思ってしまったのか。頭を振って雑念を振り払い、身体を起こす。ヴィーラさんは外套を脱ぐところだった。
「でもウィル君が気付いてよかったわねー。エリーちゃん戻るの遅いなーとは思ってたけどー、真っ先に動いたのはウィル君だったからねー」
「そうだったんですか……?」
「そう。ウィル、よくエリーのこと気に掛けてくれてるわね」
「あのときのウィル君はかっこよかったわよねー。まるで物語の王子様って感じだったわねー」
ぼくを助けてくれたときのウィルには、頼もしさは感じていたけど――。
お姫様抱っこをされてしまい、今は恥ずかしかったという気持ちの方が強い。
けれどもしウィルが来てくれなかったら、どうなっていたんだろうとふと思い始めた。
冒険者ギルドの奥側で喧騒の中、気付く人はいなかったようだし。あのままトイレへと連れ込まれていたら――。その先を想像し恐怖を抱いたぼくは、それ以上考えるのをやめた。
「まあ、ウィルはエリーの彼氏ですから」
「ちょ、ちょっとシア!」
「あら、あらあらあらー! そうだったのー?」
ぼくの静止も虚しく、シアの言葉を聞いたヴィーラさんが身をずいっと乗り出してきた。
ここは王都やテレスではないので、ヴィーラさんにわざわざ言う必要もないと思っていたのに。
というか、ヴィーラさんに対してフリをする必要があるのだろうか。
とはいえシアが話題に出してしまった以上誤魔化すのは難しいし、話を合わせるしかないだろう。
「え、えっと、そのう……はい」
「あらー。照れちゃってかわいいわねー」
目を伏せて答えてしまったせいか、照れているのだと勘違いされてしまった。
そうじゃないのにそうなった気がしてしまい、ヴィーラさんに視線を合わせられなくなってしまった。
「それで、それで! どこまでいってるのかしらー? キスくらいは済ませてると思うけどー、もしかしてその先にも進んでたりするのかしらー?」
俯いていたところヴィーラさんに肩を掴まれ、前後に揺さぶられながらそんなことを言われた。
キスは――不本意ながらもう二度もされてしまっているわけだけど。
その先って、もしかしなくても――とか想像したところで、そもそもウィルとはフリをしているだけだろうと自分にツッコミを入れる。
変な想像なんかせずに、ヴィーラさんの暴走を止めなければならない。
「あ、あの……やましいことはしてないですから……」
「あらあら、一体何を想像したのかしらー? お姉さんに教えてほしいわねー」
そう言いながらヴィーラさんはクスクスと笑っていた。
どうやら揶揄われたようだ。ぼくがジト目で睨んでいたら「冗談よー怒らないでー」と困った顔で謝ってきたのだった。
「でもーあれだけエリーちゃんのことを気に掛けてくれてるしー、いい子だと思うけどねー?」
「私もそう思います」
「……」
真面目な顔になったかというとそんなことを言い出すヴィーラさん、そしてそれに続くシア。
なにも言えなくなったぼくに、ウィルとの普段を根掘り葉掘り聞いてこようとする勢いで質問をしてくるヴィーラさん。そういうヴィーラさんはどうなんですか、と尋ねてみるとそれっきり聞いてこなくなったのだった。
ヴィーラさんは、そういった経験はないのだろうか。ハーフエルフのヴィーラさんは、エルフ族の特徴を引き継いで美しい容姿だ。加えて身体の一部分はエルフ族とは違い、かなり恵まれている。きっとモテているに違いない。
シアも不思議に思ったようで、ふたりで首を傾げたのだった
☆
ベッドに潜りこんで暫く経ち、ふたりが寝静まったあともぼくはまだ寝付けずにいた。
シアの言葉が、頭に残っていたのだ。
ウィルは、ぼくのことを気に掛けてくれている。それは半分親友として、半分幼馴染みとして、見てくれているからだと思っている。
いや、思っていたという方が、正しいのかもしれない。
きっと、ウィルはそうだと思う。
――最近のぼくは、どこかおかしい。
何がおかしいのかは、分かっている。
だけど、どうすればいいのか分からない。
むくりと身体を起こして、隣のベッドに居るシアの方を見る。
薄暗くて顔の輪郭ぐらいしか見えない。規則正しい寝息は聞こえるから、シアは眠っているのだろう。
シアにこの気持ちを相談すれば、きっと親身になって聞いてくれるだろう。
けれどこれは、自分で解決しなければならない問題のような気がしていた。
はあ、と大きく溜息を吐いて再び身体を後ろへ倒した。
そうして悶々とした気分のまま、夜は更けていくのだった。
☆
早朝に村を出て、歩くこと数十分ほど。岩肌がむき出しの鉱山へとついに到達した。先へ進むと古めかしい大きな門の前に兵士が立っていた。兵士はぼくたちの存在に気付いたのか、こちらへとやってきた。
「冒険者……いや宮廷魔術師……? でもこんな若いエルフの子が……。と、ともかく、ここは立ち入り禁止になっている」
こちらを見てなにかボソボソと呟いていたけど、立ち入り禁止だというのは分かった。
ぼくは国王から預かってきた調査依頼状を兵士に手渡し、口を開いた。
「わたしは宮廷魔術師のエリクシィルといいます。国王陛下から鉱山内の調査の命を受けてやってきました」
調査依頼状を読み進める中で兵士の顔付きが変わっていき、読み終えると
「し、失礼しました! どうぞお通り下さい!」
姿勢を正して叫ぶかのようにそう言ってきた。明らかな態度の変わりように困惑してしまうぼく。
だけど、どこかビクビクしているような雰囲気が感じ取れた。国王の命だから、とかなんだろうか。別にぼくが偉いわけではないのに。
なんだかかわいそうな気がしてきたので、なるべく優しく話し掛けることにした。
「あの、内部は今どうなっているんですか?」
「は、はい、坑道内の至るところに魔獣が徘徊するようになってしまって、迂闊に入れなくなってしまったのです。……幸い魔獣が坑道の外へ出てくることはないのですが、内部には相当数の魔獣が棲み着いているようです」
依頼を受けた際に、坑道内の様子はある程度聞いていた。
もう少し情報が欲しいなと思って色々と尋ねてみたものの、真新しい情報は得られなかった。
ただ話をする中で、坑道内の地図を譲り受けることができた。これを参考にすれば、調査は楽に進めることができそうだ。
「えっと……調査のため宝石を少し採掘していきたいんですけど……。それってこの辺りですか?」
地図を眺めていてそれらしき記述のある場所に気が付き、そこを指差して兵士に見せる。
「そそ、そうです、そこが採掘場です。採掘には道具が必要ですが、準備はできていますか?」
「えっと……」
「大丈夫よー全部揃ってるわー」
ヴィーラさんを横目で見ると、そんな声が返ってきた。おそらく背負った鞄の中に道具が入っているのだろう。
採掘の場所を確認したところで、まずはそこへ向かってみようかという話になった。
「あっ、このところ坑道内の補修などが手付かずになっていて、壁や天井が脆くなっている箇所があるかもしれません。どうか気を付けて進んで下さい」
「分かりました」
兵士にお礼を述べて、ぼくたちは門の先に見えるぽっかりと口を開けた坑道へと向かうのだった。
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