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Chapter3-24 悪意

 到着した村はラウルスという。ヴィーラさんの「栄えていた」という言葉に少し期待していたけど、どちらかというと寂れているかのようなイメージに近かった。テレスよりも広いとは思うけど、人の気配があまりしなかったのだ。商店などもあるにはあったけど、廃業している店がちらほらと見受けられた。


 ともかくここで一泊して、早朝に出ようという流れになっている。

 馬車はぼくたちが戻ってくるまで、ここで待機してくれるらしい。とはいえ待機期間は料金に計上されるそうだけど。鉱山での採掘調査が長引くと必然的に料金も上がるというわけだ。なるべく早く済ませて戻ってきた方が、ヴィーラさんの負担は減るだろう。


 さて、この村の前にあった看板によると飲食店が二軒、宿は一軒だけあるらしい。そして、冒険者ギルドがあるようだ。

 早速宿を押さえたあと、夕食を摂ろうという話になった。飲食店は片方が休業日だった。そこで冒険者ギルドと併設した飲食店、もとい酒場で食事を摂ることになったのだけど。


「な、なんか見られてるような……」


 食事中、何やら四方から視線を感じていた。はじめは気にしすぎだろうとも思ったけれど、ちらりと横を見るとこちらを見ている男と目が合った。男はすぐに視線を外したけど、やはり見られているのは間違いない。


「こんな村にエルフ族がまとまっているなんて、珍しいだろうから仕方ないわねー」

「……そういうものなんですか」


 王都でも珍しさで視線を感じることはあったけど、そこから離れた村だと尚更目立つのらしい。

 ヴィーラさんはどこ吹く風という具合で食事を摂っていたけど、ぼくたちは少し居心地の悪さを感じていた。


 視線のせいであまり味も分からないまま食べ終わり、そこから少しゆっくりしていたのだけど、ふいに催してしまった。

 一日中馬車に乗っていてトイレをする機会もなかったから、仕方が無いだろう。


「ちょっと、トイレに行ってくるね」


 ぼくは立ち上がってトイレへと向かった。冒険者ギルド側の奥側、長い通路の奥にあるらしい。

 そこへ向かう間も視線を感じ、よい気分とは言えなかった。なんというか、普段受けている視線と比べると何かが違う気がする。ぼくは足早にトイレへと入った。


 ☆


「ふぅ……」


 手を洗い、息を吐いてドアの鍵を外す。なんだかここは雰囲気がおかしい。主に視線が突き刺さるというか。早々に立ち去った方がいいかもしれない。トイレの扉を開け、通路を戻ろうとしたところ――。


「ここはガキの来る場所じゃねえぜ、お嬢さんよ」


 ぼくの前に立ちはだかったのは男二人組。王都でもよく見かけた冒険者然の格好をしているけど、どこか感じの悪そうな雰囲気を纏っていた。片方は背が高く筋肉隆々たる姿だ。もう一方は少し低めで小太りな印象を受けた。

 ガキの来る場所じゃない、と言われてもぼくはご飯を食べに来ただけだ。なんでそんなことを言われなければいけないのだろう。


「わたしはご飯を食べに来ただけです」


 それ以上でもそれ以下でもないので、ぼくは正直にそう言ったのだけど。


「……ああ、酒場に居たのか。そんな服着てるから魔術師(ウィザード)みたいな真似事をしてるのかと思ったぜ」

「ほんとだな。ガキは家でままごとでもしてろってんだ」


 そう言って二人組は薄気味悪い顔でゲラゲラと笑っていた。――はっきりいって相当、失礼な輩だ。

 あまり関わらない方がいいだろう。さっさとこの場から離れて皆のところへ戻ろう。


「どいてください」


 通路を塞いでいる二人組に対して一歩前に出てそう言ったけど、男たちはピクリとも動かなかった。

 二人組はニヤニヤしながらぼくを見たあと、二人で何か目配せをした。


「なあ、こいつ体はガキだが……よく見ると相当な上玉だぜ……」

「……言われてみればそうだな……へへ」


 男たちから全身を舐め回すようなねちっこい視線を浴び、悪寒を感じる。

 ここから離れたいのだけど、通路を塞いでいて通ることができない。


「と、通して下さい!」

「……」

「……」


 じり、じりと二人組が距離を詰めてくる。それとともにぼくは後ろへと下がる。二人の間を突っ切ろうかとも思ったけど、恐らく無理だろう。魔術を使って――とも考えたけど、威力がろくに調整できない現状なので使うに使えない。こんな狭い場所で行使すると、自分にも影響が及ぶ可能性があるためだ。


 そしてついに背中が壁と触れたとき、男の片方がぼくの腕を掴み壁へと押しつけた。


「嫌っ……は、離しむぐっ」


 声を上げようとするも、口を手で塞がれてしまった。

 手を振りほどこうとしたけれど、ぼくの力ではビクともしない。


「痛い思いをしたくなかったら……静かにするんだな」


 そう言う男の右手には、刀身が剥き出しの短剣が握り締められていた。

 ギラリと光る刀身と男たちのギラついた目。この男達、本気だ。

 そう感じ取ったぼくは、恐怖で体を動かすことができなくなってしまった。

 

 その次の瞬間、何かに引っ張られて視界が目まぐるしく動いた。

 何か温もりを感じ見上げると、ウィルに抱きかかえられていることに気付いた。

 一方の男二人組は、その場でうずくまっていた。一体何が起きたんだろうか。


「この子は王国に仕える宮廷魔術師なのよー。その立場の子に手を出そうとするなんて……どうなるのか分かってるのかしらー?」


 いつの間にか、ヴィーラさんもこちらへやってきていたようだ。

 普段通りの話し方だけど、声は怒気を含んでいて目は笑っていなかった。

 ヴィーラさんが本気で怒っている、そう感じた。

 

「戻りが遅かったから心配で見に来てみたら……大丈夫だったか?」

「う、うん……。平気」


 ウィルが心配そうにぼくへと話し掛けてきた。ウィルに聞くところによると、心配して見に来たらぼくが二人組に襲われているように見えたので、二人組を倒してぼくを連れ出してくれたらしい。

 ウィルがすんでのところで来てくれたお陰で助かったようだ。ぼくはウィルにお礼を言った。

 そして抱きかかえられている――いわゆるお姫様抱っこだった――のが恥ずかしく感じ、もう立てるからと言って下ろしてもらったけど。

 なぜか足に力が入らず、その場に倒れそうになった。ウィルがすんでの所で支えてくれて、そうはならなかったけど。

 どうやら安心したせいか、力が抜けてしまったようだった。


「腕が……。あいつら、許せねえな」


 ウィルにそう言われ自身の腕を見ると、男に掴まれた部分が痣となっていた。恐らくかなり強く掴まれたのだろう。

 肌が白いだけに、余計に目立ってしまう。そうしてぼーっと見ていると、シアが割って入ってきた。


「女の子を傷つけるなんて、酷いことするわね」


 そう言うシアがすぐに治癒(ヒール)を施してくれたお陰で、痣は綺麗さっぱり消えた。

 しかし先ほどのことを思い出すと、体が少し震えてきた。

 自身が無力であること、ぼくをそういう目(・・・・・)で見てくる男がいることをまざまざと思い知らされた。王都ではこういうことはなかったので、まさかこういう目に遭うなどと思ってもいなかった。


「本当に大丈夫か? 何か酷いことされなかったか?」

「うん、腕を掴まれただけだから、大丈夫だよ」


 ウィルはぼくの言葉を聞いて、よかったと言いほっと胸を撫で下ろしている様子だった。

 その間も、ぼくはウィルに支えられていた。

 二人組と同じ、”男”であるはずのウィル。だけど触れているとどこか安心できるというか、心が落ち着くような気がした。

 ウィルはそのまま、ぼくの震えが落ち着くまで肩を貸してくれた。



 ヴィーラさんは、縄で縛り上げた男たちを冒険者ギルドへ身柄を引き渡したようだ。ギルド屋内での現行犯のため、冒険者ギルドが身柄を拘束し処分を下すことになるだろうとのこと。

 ヴィーラさんは元々冒険者だったため、現在活動をしていない休業扱いだけど籍は置いてあったらしい。そのため冒険者としての立場で冒険者ギルドとの話をしてくれたお陰で、話が早く済んだようだった。冒険者ギルドと対等に話ができるのは、ギルド登録済の冒険者らしいからだ。

 話によると、二人組は普段から様々な問題行動を起こしていたという噂が流れていたらしい。ただ証拠がなかったため、今まで野放しにされていたようだった。今回は現行犯なので、ついに御用となったということだ。

 ぼくはできれば二度と二人組の顔を見たくないこと伝えると、当面は拘束を解かれることはないだろうから安心してほしいとのことだった。


 そのあと冒険者ギルドの関係者から詳しい話を求められ、皆が同席の上でじっくりと説明をした。

 ぼくに一切非がないことは関係者も理解をしてくれたようだ。冒険者ギルドの登録員が迷惑を掛けたとのことで、丁寧な謝罪をしてくれた上で詫び金を渡してきた。

 こういうものを受け取っていいのだろうかと不安になったけど、ヴィーラさんはいわゆる示談金みたいなもの、エリーちゃんがこれ以上話を拡げないなら受け取ればいいと説明をしてくれた。ぼくは話をこじれさせたくもないので、そのお金を受け取ったのだった。


 宿に戻る途中ヴィーラさんから聞いたところ、冒険者ギルド側としても登録員が宮廷魔術師に手を出した者がいる、と話が広がるのはとても困るとのことだ。

 中に入っていたお金が宮廷魔術師の手当約六か月分に相当する大金だったことを考えると、やはりそういうことだったのだろう。

 けどぼくは、ああいう事件に遭ってしまったことに対してのショックが大きかった。これはお金が解決する問題ではない。


 そんなぼくの様子を気にしてくれた皆は、宿に着くまでは神経を尖らせてぼくを守ってくれた。念のため村の中ではなるべく誰かと一緒に行動した方がいいと提案され、ぼくはそれに了承したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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