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Chapter3-23 鉱山への道のり

「気を付けて行ってくるんだよ」

「無茶はしないでね」


 翌朝、自宅の玄関。まだ夜明けの時間なのに、お父さんとお母さんが揃って見送りに出てくれた。


「皆と一緒だから大丈夫だよ」


 今回は戻るまでに何日掛かるか分からないため、心配されても仕方がないとは思う。

 もう行き慣れつつある王都とは訳が違うのだ。

 背中には大きめの鞄を背負っている。中には干した果物などの保存食や着替え、その他ヴィーラさんから必要と言われたものを収めている。あと大切な、国王から預かった依頼状も。

 今回は国王からの依頼という体なので、宮廷魔術師の衣装を身に付けている。


「いってきます、お父さんお母さん」


 お父さんとお母さんに手を振り、ぼくは自宅をあとにした。

 歩きながら集落の様子を見ていたけど、時間が早いためか集落全体がまだ寝静まっているようだった。

 そのまま集落の門前まで向かうと、すでにウィルとシアが待機していた。


「おはよう、ウィル、シア」

「おう、おはよう」

「おはよう」


 両者とも普段通りの格好だけど、背中にはぼくと同じ大きな鞄を背負っていた。

 ヴィーラさんは御者と話をしていた。御者は人族の男性で、筋肉質の体付きだ。

 昨日挨拶したときに少し怖い印象を受けたけど、ヴィーラさんからは何度も利用しているから安心してもいいと言われている。


 御者の人に案内され馬車に乗り込むと、内部は外見から予想した通り広い作りだった。

 三人は座れそうな長椅子が二つ。どうやら向かい合って座るようだ。側面には窓が据え付けられていた。

 長椅子は木が剥き出しではなく、クッションが敷き詰められている。

 座ってみると体が沈み込むようで、ふわふわとしていた。これなら長時間乗っていてもお尻が痛くならなさそうだ。

 ヴィーラさんが御者の人に声を掛けると、馬車はゆっくりと動き出した。


 今回使うルートは王都とは違うルートだけど、こちらも馬車が通れるよう切り開かれた道になっている。

 ただ、道幅は馬車がギリギリ通れるぐらいなほど狭い。そのため、森を抜けるまではゆっくりと進むとのことだった。

 昼までには森を抜ける見込みで、そこからは進む速度を上げられるとのことだ。


 ウィルは今、馬車に乗っていない。馬車の前を歩いているのだ。

 なぜウィルが先頭を歩いているのかというと、魔獣の襲撃に遭うと対処ができないので、ウィルが先導して警戒に当たってくれているからだ。

 ウィルだけだとかわいそうな気がしたけど、こういうのは男の俺に任せておけと言われたのでお願いすることにしたのだった。


 馬車の中の小窓から外を覗いて、普段とは違う景色にじっと見入る。

 同じ森といっても、地域によって群生する植物が違うので様相は全く異なるのだ。

 たまにシアの手伝いで薬草(ハーブ)採集に付き合うことがあるけど、そこから学んだ経験だ。

 

 カラカラと車輪の回る音が車内に響いている。会話がとくにないので、気になっていたことをヴィーラさんに尋ねてみることにする。


「そういえば、鉱山の麓の村ってどんなところなんですか?」


 こちらの世界にやってきてから、これまで訪問した経験があるのは王都だけだ。

 テレスのように商店もない田舎と、王都のようななんでも揃いそうな都会。それの中間のような感じだろうか。


「んーそうねー、最後に行ったのがすうじゅ……随分前だったけど、それなりに栄えてた気がするわねー」

「へえ、そうなんですか」

「そのときは冒険者として行ったのだけどー、冒険者ギルドは活気があってよかったわねー」

「……昨日も聞いたけど、冒険者って大変みたいですね。わたしには無理そう……」


 昨晩ヴィーラさんとの食事中、冒険者をやっていた頃の話をいろいろと聞いたのだけれど。

 冒険者ギルドで依頼を受け、魔獣退治や調査など多種多様な仕事をしていたらしい。

 依頼の中で度々危ない目に遭ってきたとのことで、ぼくが同じことをやるのは無理だなと思った。

 各地を回った経験が今の王立大学での講師・研究に活かされているらしい。そして冒険者時代に稼いだ資産が潤沢にあるとのことだ。

 やっぱりヴィーラさんはお金持ちだったようだ。それをヴィーラさんに話してみると――。


「お金のことだったら、エリーちゃんも宮廷魔術師ならけっこうな稼ぎなんでしょうー? 王族直属の組織に勤めるってそうそうないことだしねー」

「あはは……」


 宮廷魔術師になったのも、いろいろな偶然が重なった結果だ。その偶然が続いて、ついには国王とまで話をすることになってしまったわけだけど。


「でも仮にエリーちゃんが冒険者になったら、どこの冒険者パーティーからも引っ張りだこだと思うけどねー? ただでさえ治癒(ヒール)が使えるエルフは貴重なのに、魔術の腕は一流でしかも可愛いものー」

「そ、そういうものなんですか……。でも、ヴィーラさんもそうだったんですよね?」

「私は治癒(ヒール)があまり得意じゃないのよねー。使えないわけじゃないけどー。たぶんハーフなとこの影響ねー」


 ぼくにはよく分からないけど、得手不得手があるようだ。前に血の濃さで精霊術が使えるかどうか決まる、というのを聞いた気がするけど、その辺りと関係があるのかもしれない。

 そんなことを話していると、窓の外から光が差し込んできた。どうやら森を抜け、草原地帯に入ったらしい。馬車が止まり、戸が開かれるとウィルが乗り込んできた。


「ウィルありがとう、お疲れさま」

「おう。何も出なかったし楽だったけどな」


 言葉通り、ウィルはとくに息を切らしたりするようなこともなく普段通りの様子だった。

 ここからは、シアに魔獣の気配がしたら知らせてもらうことにした

 馬車は速度を上げて、少し揺れが大きく感じられた。

 けれど柔らかいクッションのお陰で、大した不快感は感じなかった。

 

「うっすら聞こえてたから気になってたが、冒険者ってどんな話なんだ?」

「……ウィルは聞いたことなかったよね。えと、ヴィーラさんお願いできますか?」

「いいわよー。冒険者っていうのはねー……」


 向かいに座ったウィルは、その隣に居るヴィーラさんの冒険話に熱心に耳を傾けていた。

 ときおり質問したりだとか、それはすごいだの。

 そんな話を横目に窓の外をボーっと眺めていたら、だんだんと瞼が重くなってきた。

 朝早かったせいもあるかもしれない。賑やかな向かいの席をよそに、ぼくはそのまま瞼を閉じた。


 ☆


「……リー、エリー、起きて」


 ぼくを呼ぶ声と、体が揺さぶられる感覚で目を覚ました。

 その方へ向くとシアの顔。どうやら起こしてくれたらしい。

 顔を起こすとき、右耳が少し痛んで手をやった。ちょっと横向きで眠っていたからか、耳に負担が掛けてしまっていたのだろう。長い耳はこういうときに不便だ。ベッドで寝ていても、寝返りをうちにくいし。


 それはさておきシアからの話によると、少し休憩を取るらしい。一度馬車の中から降りて、外へと出る。

 日の光が眩しい。眠っていたせいでそう感じるのだろう。馬車のこれから進む先を眺めると、延々と緑のカーペットが続いているようだった。

 御者の男性から声を掛けられた。その男性の示す方を目を凝らしてみると、かすかに山のようなものが確認できた。あれが最終目的地らしい。まだまだ距離はありそうだけど、予定通り日の落ちるまでには着きそうとのことだ。


 体を伸ばして深呼吸をし、身体の空気を入れ換えた。

 ふと、せせらぎがかすかに聞こえてくることに気付いた。

 きょろきょろと辺りを見渡しても、その音の発生元は分からない。

 周りを歩いてみると、せせらぎが大きく聞こえてきた。そこは少しだけ丘になっていたようで、下には小川があった。

 そこに居たのはウィル。小川の水を掬って飲んでいるようだった。ぼくが近づくとウィルは気付いたようで、ぼくの方を向いて口を開いた。


「お、エリー起きたのか」

「うん……けっこう寝ちゃってた?」

「いや、一時間ぐらいだと思うが。朝早かったから寝ても仕方ないだろ」


 そう言ってウィルは小川に顔を近づけ、バシャバシャと洗った。おお冷てえ、と声が聞こえた。

 その姿を眺めていると、ふと眠る前のことを思い出した。


「ねえ……ウィルって冒険者に興味があるの?」

「ん? どうしたんだ突然」

「その、さっきヴィーラさんからの話に興味ありそうだったし、そうなのかなって……」

「旅の話は聞いてるだけでもワクワクするが、自分がその立場になりたいかと言われると微妙だな」

「そうなんだ……」


 ぼくは小川に手を差し入れた。思いのほか水を冷たく感じた。寝起きのせいもあるかもしれない。

 両手で掬いあげた水を飲むと、頭が冴えた気がした。


「エリーはどうなんだ?」

「え、わたし? ……怖そうなのはちょっと。そういうことはせずに、できればテレスでゆっくり暮らしたいかな……」

「……そうか」


 この世界に来て数か月。テレスが一番落ち着ける場所であるのは間違いない。

 自分の帰れる家があり、家族もいる。それだけで十分すぎる理由だろう。

 たまに王都へ行ったりするのは全然構わない。宮廷魔術師の仕事で行かなければならない、ということはあるけど。街で買い物をしたり、飲食店に入ったりするのは好きだ。

 けれどそこで暮らせ、と言われてもたぶん無理な気がする。


 そう考えていると、ふとウィルはどうするのだろうと気になり始めた。

 以前にも尋ねたことがあるけど、決めてないと言っていた気がする。


「ウィルはどうするの?」

「そうだな……。まだ決めてない。とはいえこのままだったらテレスを出ていかなくちゃならないから、そうなったら……王都の騎士団にでも頼み込んで働かせてもらうかもしれないな」


 ぼくが尋ねると、ウィルは腕を組んでうーんと唸りながらそう答えた。

 けれどぼくは、ウィルが発した「出ていく」という単語に胸がズキンとして――。


「……やだ」

「ん? どうした?」

「……なんでもない」


 ぼくの声は、どうやらウィルには届かなかったようだった。

 ぼくは平然を装っていたけど、もし聞かれていたら逃げ出していただろう。

 ウィルと離れることを考えた瞬間、その言葉が出てしまった。ウィルと離れたら、独りになってしまう。それは嫌だという気分が強く出てしまった結果、その声が漏れてしまったのだ。

 

「こんなところにいた。そろそろ出発するそうよ」


 声の聞こえた方を向くと、シアだった。渡りに船だ。


「う、うん。……ウィルも行こう?」

「おう」


 ぼくはどうしたらよいか分からない気持ちを、胸の奥に追いやることにした。今は鉱山で目的の宝石(ジュエル)採取と調査に専念するべきだ。きっとそうだ、と自分に言い聞かせた。



 そして馬車に揺られること数刻。予定通り夕方に、目的地の村へと到着したのだった。

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