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Chapter3-22 ヴィーラさん襲来

 必要なものの準備が大体済んだところで、長老()に顛末を報告していないことに気付いた。

 そんなわけで、ぼくは長老様の家へと向かったのだった。


「エリクシィルか。どうしたんだ」

「長老様、少しお話があります」


 長老様と会ったぼくは、例の宝石(ジュエル)があるという鉱山への入山許可を得たことを報告した。

 国王から受け取った依頼状を長老に見せると、暫く眺めたのち感心した様子でぼくを見つめてきた。


「おお、これは間違いなく国王直筆の依頼状だな。こんなものがよく手に入ったな」

「宮廷魔術師の関係で第二王女と知り合ったんですけれど、そこから国王を紹介してもらったんです」

「そうか……。それで、誰かと一緒に向かうのか? よもやエリクシィルだけで行くのではあるまい」

「えっと、シアとウィル、それにヴィーラさんに同行してもらいます」


 ぼくがそう話すと、長老様は少し驚いた顔を向けていた。


「ヴィーラが……? また、どうしてそうなったのだ」

「研究がどうとかで付いていきたい、と仰っていたので……。こういったことは慣れているようなので、そういう方がいると心強いかと思ってお願いしたんです」

「そうか……。王立大学の講師に就くまでは、各地で冒険者をしていたようだからな。旅に関することなら詳しいだろう」

「はい。それでヴィーラさんがこちらに到着したら、出発しようかと思っています」

「分かった。ヴィーラが到着したら、一度連れてきてほしい。久しく会っていないものでな」

「分かりました」


 しばらく集落を離れることで巡回を休んでしまうことになるけど、そこは長老様は気にしないでいいと言ってくれた。

 ただ、魔術具が修理できたらしっかり頼むとは言われたけど。

 そこは本来の宮廷魔術師の仕事も入ってくるので、もちろん手を抜くつもりはない。

 魔術具が元に戻ったら頑張りますと伝えて、ぼくは長老宅をあとにした。


 ☆


 そして翌々日。お母さんから呼ばれて玄関へ出ると、門番担当のエルフからすぐに来てほしいと言われ後を追った。

 門の付近まで行くと、見慣れない馬車が着けられていた。王都でラッカスさんに乗せてもらったものよりも、一回り大きい。前部の男性御者と目が合ったので軽く会釈をした。

 馬車の横には、どこか見たことのあるオフショルダーの服を身に纏ったヴィーラさんが立っていた。


「お待たせー、エリーちゃん」

「こんにちは、ヴィーラさん。……えっと、こちらの馬車は……?」

「ああー、王都で貸し切り契約(チャーター)してきたのよー。鉱山の麓に村があるんだけど、そこまではこれに乗って行けるわよー」

「そ、そうなんですか」


 以前ヴィーラさんが別荘から帰ってきたときも、馬車を使っていたようだけど。それと同じだろうか。

 何にせよ、歩き通しだと疲れるし馬車に乗っていけるのはありがたい――けど。


「あの、けっこうお金がかかってるんじゃないですか? わたしもお金を出しましょうか?」

「いいのよー、私が好きで付いていくんだしー。研究成果が得られればそれで十分だわー」

「……分かりました。ありがとうございます」


 少し料金を負担すべきかなと思ったけど、あっさりと断られてしまった。

 やっぱりお金持ちなんだろうなあ、と思ったところで。


「えっと、皆を呼んできますね。ウィルとシアが同行します」

「ああーちょっと待って。今から出ちゃうと野宿することになっちゃうから、夜明けとともにテレスを出た方がいいわー」


 ウィルとシアを呼びに行こうとしたところ、ヴィーラさんに引き止められる。

 そのヴィーラさんの言い方が気になる。夜明けとともに出た方が、ってどういう意味だろう?


「夜明けとともに、ってどういう意味ですか?」

「あのねー、馬車なら朝出れば夕方頃には村まで行けるかと思うわよー」

「えっ、そうなんですか。てっきり野宿が必要なのかと思ってました」

「歩きだと二日はかかるけどねー。鉱山へ着くまでに疲れちゃうし、馬車を使った方が楽かと思ったのよー」

「……それなら夜明けに出発した方がよさそうですね」


 野宿はしないに越したことはない、と思う。一度もしたことはないけど、それでゆっくり休むというのは難しいだろうし。

 けど、一つ気になる点があった。夜明けの出発ということは夜を越す必要があるけど、ヴィーラさんはどうするつもりだろう。


「……ヴィーラさんは、どこに泊まるんですか?」

「考えてないわねー。どこか空いてればいいけれどー」


 商店がないこの集落には、当然ながら宿などない。

 ぼくの家に泊めてあげれれば、と思ったけど空き部屋が一つもなかったのだった。

 ヴィーラさんは長老様に挨拶をしたいとのことだったので、そこで宿泊の手段を聞いてみることにした。どのみち、長老様から連れてきてほしいと言われていたしね。


 ヴィーラさんを長老様の家まで送ったあと、ぼくはウィルとシアに明日夜明けとともに出発することを伝えてきた。

 戻ってくると長老様との話は済んだようだったけれど、残念ながら宿泊の手段は見つからなかったようだった。

 暫く考え込んでいると、長老様から「おお、そうだ」と声が上がった。


「宮廷魔術師団に提供した、あの空き家はどうだろうか」


 ☆


「あら、エリーちゃん。どうしたのかしら?」

「えっと、その、相談というかお願いがあるんですが……」


 長老様の話を聞いてから、すぐにレティさんの居る支部までやってきた。

 ぼくはヴィーラさんを紹介して、一晩泊めてあげてもらえないかお願いをした。

 長老様から「あの空き家にはベッドが二つあったはずだが……」と聞いたからだ。空いているだろう片方のベッドを使わせてもらえないか、という算段だ。

 

「それぐらい構わないわ。お風呂も使ってもらっていいし。……ただ、夕食もとなると食材が心許(こころもと)ないわね」

「……うーん、だったら夕食はわたしの家で一緒に食べますか?」


 レティさんは一人暮らしだし、食材はそれほど備蓄していないのだろう。

 これまで台所に立っていた経験上、ぼくの家は普段から食材は余裕を持たせていることを知っている。労力を考えても、三食分作るのも四食分作るのもさして変わらないし。ヴィーラさんに食事を提供することぐらい、容易(たやす)いだろう。


「そうねー。悪いけどお願いできるかしらー」

「分かりました」

「それじゃあ、ベッドの方は準備しておくわね」

「お願いします」

「よろしくお願いするわー」


 レティさんにお礼を言い、ぼくたちは支部をあとにした。

 家へ戻る途中、安心したぼくはヴィーラさんに声を掛けた。


「何とかなってよかったですね」

「ありがとうねー、もうちょっと考えてからこちらへ向かうべきだったわねー」

「……どうしようもなかったら、わたしのベッドを使ってもらうことも考えてましたけど」

「それはそれで魅力的な提案だけどー?」


 そう言うヴィーラさんの目付きが途端に妖しくなった。

 ヴィーラさんがどうしてそんなことを言ったのか、ぼくはその意味を理解して――。


「あ、そ、その、そういう意味じゃ……」

「冗談よー」


 目付きが元に戻ってくすくすと笑ったヴィーラさん。

 ヴィーラさんの態度からそれが本当に冗談だったのか疑わしいけど、これ以上言及するのは怖い気がして止めたのだった。

 御者の人はどうするんだろうか気になって聞いてみたけど、御者の仕事をする人は自分で眠る術を持っているからこちらが気にすることではない、とヴィーラさんに言われた。

 そういうものなのかな、と少し腑に落ちない部分はあったものの、それ以上は聞かないことにした。



 それからヴィーラさんをぼくの家に連れていき、両親へ紹介した。

 魔術具や王都での宿泊でお世話になったことのほかに、ぼく(・・)があちらの世界へ戻る手段を探すために奔走してくれたことも説明した。

 後者はわたし(・・・)の両親的には複雑な気分になる気がしたけど、それでも()のために尽力してくれた、とヴィーラさんに感謝していた。


 折角こうして来てくれたのだからもてなしたい、とお母さんが言い出した。確かに感謝の意味も込めて、そうするべきだろう。

 急ピッチでお母さんとともに料理を作り、簡素ながらもヴィーラさんの歓迎会を開くこととなった。

 


「そういえば、お父さんはヴィーラさんのこと知ってるの? さっき、話が弾んでいたように見えたけど」


 食事の準備をしている間、ヴィーラさんとなにか話をしていたのが気になっていた。

 何か笑い声とかも聞こえていたような気がする。もしかして何か関わりがあったのかな、と思ったのだ。


「いや、僕が生まれる前にはもうヴィーラさんはテレスを出て行ってしまっていたようだからね。さっきは過去のテレスについて色々聞いたりしていたんだよ」

「……ヴィーラさんって今いくつなんですか?」

乙女(レディ)に年齢を尋ねるのはダメよー」


 話の流れからふとヴィーラさんの年齢が気になったぼくは尋ねてみたけど、ヴィーラさんはそう言うと両手の人差し指でバツ印を作ってぼくに向けて見せた。

 見た目では二十歳ぐらいの美しいエルフにしか見えないので、本当の年齢は見当が付かない。

 お父さんが生まれる前に、ヴィーラさんはテレスを出ていた。お父さんとお母さんは、年齢がほとんど同じ。そしてお父さんがお母さんと結婚したのは、百歳より少し前。そのあと、わたしが生まれた。

 数字を合わせていくと、年齢は少なくとも百二十歳は超えているはず――。

 そこまで考えたところで、深追いをするのは止めるべきだ、そんな直感がした。

 頭から考えを捨て、話題を変える。


「その、久しぶりにテレスへ戻って変わったこととかないですか?」

「そうねー、そこまで変わったということはないかしらー。良い意味で昔のままねー」

「……良い意味で?」


 ヴィーラさんの言葉に引っかかったぼくは、ヴィーラさんに聞き返してみることにした。


「他のエルフの集落だとね、ハーフエルフは忌み子扱いされて居辛いことがあるんだけどねー。テレスはそういうことがなかったからよかったけどー、それは今も変わってないわねー」

「……え、そうなんですか?」


 たしか、ヴィーラさんのお父さんは人族だったっけ。

 そういった、いわゆる差別的なことが行われているだなんて初耳だった。

 

「こうやって戻ってきても、邪険に扱われたりしないからねー。人族をああやって住ませているだけでも、他の集落ではなかなか見ないわねー」

「……ああ、レティさんはこちらからお願いしたせいでもあると思いますけど……」


 レティさんの件――宮廷魔術師団の支部を設置することは、テレスにとってメリットがある。

 なので、その支部長であるレティさんのことを悪く言うエルフはいないだろうとは思っていた。

 とは言うものの、それは元人族だったぼくがそう思っていただけで。エルフの気持ちを把握していなかったぼくは、実際どうなるか少しだけ不安だった。

 けどそれは杞憂に終わった。食料を融通してあげたりと、テレスの住民たちはレティさんへ友好的に接していると思う。


「王国そのものは種族が入り乱れているから、種族でどうこうって話はほとんどないんだけどねー。他国はそうじゃないところもあったから……王国は私たちにとっては暮らしやすいのよー」

「……そうなんですか」


 ぼくが他国へ行くことがあるのかは分からないけど、覚えておいた方がいいことだろう。話を聞いただけで、行きたくなくなったけど。

 そのあと、ぼくやヴィーラさんの話で歓迎会は多いに盛り上がったのだった。



 食事のあと、ぼくはヴィーラさんをレティさんのところへ送りに出た。

 外はすっかり日が落ちていて、木々の間からほんのりと月明りが差していた。

 集落の中とはいえ、夜に外を出ることはほとんどしたことがないのだ。

 ひんやりとした風を身に受けながら、レティさんの居る支部へと歩を進めていく。


「いいご両親ねー」

「……え?」


 そんな中、ヴィーラさんはぼくにそう言ってきた。突然のことで、ぼくは素っ頓狂な声をあげてしまった。


「話したのは短い間だけど、エリーちゃんのことをよく考えてるの、はっきりとわかったわー」

「……わたしのこと(・・・・・・)を打ち明けたあとも、変わらず接してもらえてますから。……大切な家族です」

「うんうんー。ご両親のこと、大切にしてあげてねー。居るとき(・・・・)じゃないと、できないことだからねー」

「……はい」


 顔をほんの少し紅潮させた――食事の際に飲んだお酒のせいだろう――ヴィーラさんから言われたその言葉に、ぼくはお母さんとお父さんに感謝するべきだと再認識したのだった。

 


「それじゃあおやすみねー。明日は早いから早めに休むのよー」

「分かりました。おやすみなさいヴィーラさん」


 ヴィーラさんを無事に支部まで送り届け、ぼくは自宅へと戻りはじめた。

 その途中ぼくはシアやウィルに行ったように、感謝の気持ちをお母さんとお父さんに示すべきではないかと考えていた。


(何かできること、あるのかな)


 少し考えてみたけど、パッと思いつく答えはなかった。普段から食事を手伝っているので、ご馳走するという手は使えない。


(……今は考えても見つからなさそうだし)


 早急に答えを見つける必要はないだろう。明日からの旅の間に考えることもできるはずだ。

 今日は、明日寝坊したりしないように早めに寝ることの方が大事だろう。

 そう考えたぼくは足早に自宅へと戻り、お風呂も短めに済ませ早めに床へ着いたのだった。

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