Chapter3-20 国王への謁見
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ、お父様は話を聞きたいと言っていただけですの」
「そ、そんなこと言われても……」
ベネはぼくを安心させたいのか「普段通りでいいですの」などと言ってくるけれど。
国王の居る謁見の間まで向かう足取りも重いものになっている。
まさか国王と直接話をすることになるなんて、思いもしなかった。
テレスとそこに住むエルフ族は、この国とは直接関わりがない。けれど、今のぼくは王族直属の組織である宮廷魔術師団の一員だ。
つまりはぼくにとって、一番立場が上の存在なのだ。緊張せずにいろ、という方が無理な話だ。
立派な扉の横に近衛兵が一人立っていた。ベネが一声掛けると近衛兵は扉をノックして入り、直後にお入りくださいと言われる。
ゆっくりと開かれた扉を潜りぬけ、階段状の壇上にある椅子に座った人物が目に入った。あの人物が恐らくクレート国王だろう。名前は先ほどベネから直接聞いてある。壇の両脇には何名かの近衛兵が直立不動で居た。
国王は思っていたより若いような印象を受けた。四十代、いやもしかしたら三十代かもしれない。顔付きからどことなくベネの面影がある気がする。髪の色も同じ金色ということも、それを引き立たせているのかもしれない。
「宮廷魔術師のエリクシィルです」
壇の前まで進んだところで、ぼくは丁寧に挨拶のポーズをとる。顔はそのまま下げたままだ。
「よく来てくれた。……この者と話がしたいから、下がってくれ」
国王が若々しく通る声でそう言うと、いくつかの足音が聞こえドアの音がした。周りにいた近衛兵が部屋から退出したようだ。
一体何を言われるんだろう、と息を飲む。
「顔を上げてほしい」
声が近いような気がしたけど、そのまま顔を上げる。
すると国王がぼくの目の前に立っていて、思わず驚き目を見開く。
「おお、驚かせてすまない。君のことはベネデッタから聞いている。もっと早く言うべきだったが礼をさせて欲しい。先日は我が娘ベネデッタを魔獣から助け出してくれて感謝する」
国王は一歩下がり、ぼくに頭を下げてきた。その光景を見たぼくは一瞬固まってしまったけど、すぐに声を上げる。
「あ、あの、頭を上げてください!」
ぼくがそう言うと、国王はゆっくりと頭を上げてくれた。
改めてぼくを見つめて、口を開いた。
「話には聞いていたが、本当にかわいらしいエルフ族の子であるな」
「そうですの。しかも魔術の実力も長けているのですわ。大きな魔獣を一撃で倒してしまったのですの」
「宮廷魔術師団も安泰であるな、できることなら王都に永住して欲しいくらいだが……」
「この子にはこの子の暮らしがあるんですの。縛り付けてしまうのはかわいそうですの」
「……それもそうであるな」
国王親子の間で話が進んでいるのを、ぼくは黙って聞いていた。褒められていたりなんだか複雑な気分だ。
ただ思っていたよりも、国王は話しやすそうな雰囲気だった。若いからというだけでもなく、ぼくにも敬意を払ってくれる人物だからだろうか。
人払いをしてくれたことも、あるのかもしれない。周りに兵がいたらこうもいかないだろうし。
「それよりも、この子が困っていることについてなんですの」
「ああ、そうだった。君は鉱山にある宝石を探しているとのことだが」
国王から言われ、ぼくは少し姿勢を正して口を開く。
「……はい。使っている魔術具が壊れてしまい、修理にその宝石が必要なのです」
「そうなのか。私はあまり宝石に関して詳しくはないのだが、あの鉱山で採掘できるものが希少だということぐらいは把握している。あの宝石でないとまずいのか?」
「ええと……わたしの魔力に耐えられる宝石は、そこで採れるものでないとだめなのです」
「そうか。……しかし、あの鉱山は……」
そう言うと国王は息を吐いた。
「何か、問題があるのでしょうか」
「その鉱山は今、立ち入り禁止の状態にしてあるのだ」
「……どういうことでしょう?」
「……その場に居た者から直接話を聞いた方がいいだろう」
そう言うと国王は手鈴を鳴らした。直後に扉から近衛兵が現れて、国王から何か指示を受けたのか足早に立ち去っていった。
暫く待っていると、扉を叩く音がしたあと別の兵が入ってきた。話によると、この兵が鉱山に居た兵らしい。
兵から聞いたところによると、宝石はその鉱山にある坑道で採掘ができるらしい。しかし、そこに魔獣が入り込むようになってからは閉鎖状態にあるらしい。これは、魔術具工房の店主に聞いた通りの内容だった。
そして数年ほど人の出入りがないため、坑道内部がどういう状況になっているか分からないとのことだ。
また棲み着いた魔獣が中々手強いらしく、どうにか退治したいとは思っているがまとまった人員を割けないというのが現状のようだ。
一通り説明が済み、兵は退室していった。
「鉱山の現状は、今の話の通りだ。坑道への進入には危険が伴うが、それでも良いのなら特例で許可を出すが……」
「……それでも構いません」
ぼくがそう返答すると、国王は分かったと言い、言葉を続けた。
「宮廷魔術師へ、鉱山の坑道内部を調査する依頼を出す体にする。その際、調査として内部の宝石は自由に採掘してもらって構わない。安易に坑道への進入を認めてしまうと、ああだこうだ言う輩がいるのでな、こういう形式とさせて欲しい」
国王からの提案に少しだけ考えるも、断る理由はなかった。坑道へ進入できなければ宝石を手に入れることはできないのだ。
「いえ、そちらで構いません。……あの、坑道への進入は同行者がいてもいいでしょうか」
「ああ、君と一緒に入るならば構わない」
「ありがとうございます」
国王の言葉にぼくはほっとする。さすがに自分ひとりだけで行くというのは避けたかったところだ。一応、一緒に行く相手のアテはあったからだ。たぶん断られない――はずだ。
「調査依頼状の準備が出来次第、ベネデッタの居室まで届けさせるから待っていて欲しい」
「分かりました。ありがとうございます」
ぼくが御辞儀をしてお礼を述べ、謁見の間をあとにした。
ベネの居室まで戻る途中、大きく息を吐いた。
「ベネ、ありがとう。国王様から許可をもらえるなんて思ってなかった」
「お友達が困っているときは助けてあげるもの、とリースから聞いておりますの。それでなくても命の恩人ですもの」
ベネの居室で暫く雑談をしていたところ、近衛兵から書簡を受け取った。これが依頼状らしい。鉱山付近の兵にこれを見せると、坑道まで案内してくれるとのことだ。
受け取ったあとベネに別れを告げ、王宮をあとにした。別れの際、調査の土産話を聞かせて欲しいとせびられた。
ベネが居なかったら依頼状はもらえなかったので、そんなことはお安いご用だ。無事に戻ったら話をしに訪れる約束をベネと交わしたのだった。
☆
宮廷魔術師の詰所まで戻ると、入り口近くに人影が見えた。
近くまで寄ると特徴的な耳の長さ。ウィルだった。合流時間はちょうどぐらいだと思っていたけど。壁に寄りかかって座り込んでいる。
もしかしたら結構待っていたのかもしれない。こっくりこっくりと、船を漕いでいる様子だからだ。
ウィルの前に立ち、屈み込んで話し掛ける。
「ごめんね、待たせちゃった?」
ぼくがそう言うと、ウィルは肩をピクリとさせたあと顔を上げた。
「んん……おお、エリーか。俺が早く来ただけだから気にすんな……って、どうしたんだ?」
「ふふ、何でもないよ」
立ち上がり体を伸ばしていたウィルが、不思議そうな顔をしてぼくを見ていた。
ぼくの元の世界でトオルが授業中に居眠りをして、起こされたときとウィルの先ほどの反応がそっくりだったのをふと思い出し、少し笑ってしまったのだ。
やっぱりウィルはトオルなんだな、と改めて思ったのだった。
一瞬怪訝な顔をするもすぐに表情を戻したウィル。それじゃあ行くか、との声と同時に手を差し出される。ぼくはそれを握り返し、歩き始めた。ぼくは王宮で起こったことを、声を落として話した。
「そこに行くなら付いていくぞ」
「……え、いいの?」
「エリーは今魔術を使い辛いんだろ? そんな状態で黙って行かせるなんてことはできない」
できれば付いてきてほしいな、とは思っていたけど自らその役を買って出てくれるとは思っていなかった。
「それじゃあ、一緒に来てもらってもいいかな……? 大変かもしれないけど……」
「ああ、いいぜ」
ほとんど即答に近い形で返答してくれたウィル。感謝を伝えると、ウィルは気にしなくていいと言ってくれた。
シアもそうだけど、ウィルも本当にぼくの事を考えていてくれてありがたい。
その恩顧にはそのうち応えたいな、と思うのだった。
レティさんと合流する前に寄りたい場所がある、とウィルに断りを入れ向かった先は王立大学。
昨日ヴィーラさんと別れる際に、宝石の入手方法が分かったら教えて欲しいと言われていた。
これまでヴィーラさんと会ったときは日没が近い時間だったけど、今日はまだ昼前。おそらく仕事で大学の研究室にいるはずだ。
ヴィーラさんの居る地下の研究室を訪れたところ、やはりヴィーラさんは在室していた。ちょうど、受け持っている講義の合間らしい。
鉱山にある坑道への進入許可を得たことを伝えると、ヴィーラさんは鼻息を荒くして――。
「研究のネタにしたいから絶対付いていくわー!」
「え……」
ぼくがどうとか言う前に、ヴィーラさんはそんなことを言い出した。
魔獣が居て危ないですよ、と言うけどヴィーラさんは意に介さず、
「魔獣と戦う術なら持ち合わせてるから大丈夫よー。自分の身ぐらいは守れるからー」
と続けたのだった。本当なのだろうかと疑問に思うも、さらにヴィーラさんは話を続けた。
「ところで、宝石を採掘する方法とかは分かるのー?」
「……そう言われると、その辺りは全然考えてなかったですね……」
「採掘道具とかも一通り持ってるわよー。邪魔にはならないようにするわー」
そう言うヴィーラさんに対し、ぼくはどうしたものかと思案する。
本当に戦えるのかどうかはともかくとして、大学で教鞭を取っているぐらいだ。知識は相当なものだろう。宝石にも詳しそうだし、連れて行ったら色々教えてくれるかもしれない。
「それじゃあ……一緒に来てもらえないでしょうか」
「分かったわー。もう今から楽しみねー」
両頬に顔を当て、嬉しそうな姿を見せたヴィーラさん。けれど気になったことがあったので、それを尋ねてみる。
「あの、行くにしても大丈夫なんですか? その、お仕事とか……」
「ああー、休暇申請を取ったり準備をしないといけないから今すぐは無理ねー。あとから向かうから先にテレスへ戻って二・三日ほど待っててもらえないかしらー」
「わかりました」
そのあとぼくたちで準備しておいた方がいいことを聞き、ヴィーラさんの研究室をあとにしたのだった。
「ヴィーラさんが付いてくることになるなんて思わなかったけど、聞かずに向かってたら骨折り損になってたかも。採掘の方法とか考えてもなかったし……」
「そうだな、俺も何となく採れるだろうぐらいしか考えてなかったな」
大学を出て街の門に向かう途中、ウィルとそんなことを話していた。
「でも、ウィルには聞かずにヴィーラさんのことを引き受けちゃったけど、よかったの?」
「どういう意味だ?」
「その、ウィルはそこまでヴィーラさんと接点がないし……」
「いや、そんなことは気にしなくていい。……それよりもエリーとヴィーラさんをふたりきりにさせるわけには……」
「え、何か言った?」
「いや、何でもない」
最後の方はボソボソと喋っていたようで、よく聞き取れなかった。何だったのだろう? ただ何でもないと言われた以上聞き返すのも野暮だろう。気に留めないことにした。
そして、門の前で待っていたレティさんと合流した。ちょうどお昼を過ぎた頃だったので少し予定の時間を遅れて待たせてしまったことを詫びたけど、気にしなくていいと言われた。それよりも「時間を忘れるほどデートを楽しんでいたのかしら」などと茶化され、何も言えなくなってしまったのだった。
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