Chapter3-19 夢の中で
空は雲一つない快晴。ぽかぽかとした陽気に当てられているのか、普段以上に賑わいを見せる王都。
わたしは彼の腕に抱き付いて歩いている。本当は顔も寄せたいけど、残念ながら耳が邪魔をしてしまうので難しい。歩いていると周りから少し視線を感じるけど、わたしは気にしない。
ここは王都の商業エリア。通りには多種多様な人たちが歩いている。
その中には、男女仲睦まじく連れ添って歩いている人――いわゆるカップル――もいる。わたしたちと一緒だ。
王都へ来るときに定番となっていた、宮廷魔術師の衣装は今日は着ていない。至るところにフリルが施された、いつもの服を身に纏っている。宮廷魔術師の衣装もかわいいとは思うけど、やっぱりこれが一番好みに合っている。
普段は王都へ訪れるときは宮廷魔術師のお仕事があるときだけど、今日はそれもない。
「あ、あれ。美味しそう!」
わたしは甘い匂いを漂わせているだろう屋台を指差す。
その匂いは焼き菓子特有のものだ。わたしは組んだ腕を引っ張って、そこへ行こうとしたのだけど。
「待て待て、先に用事を済ませてからにするぞ」
「むう……わかったよー」
残念ながら彼の体をぴくりとも動かすことができず、そう窘められた。
確かに、用事を済ます方が先だった。とても大事な用だ。でも美味しそうな匂いに釣られてしまうのは、仕方ないよね。
そうして何度か訪れた誘惑を、なんとか躱しつつ――というか半ば引き摺られるように――やってきたのは服飾店。
お店の人に名前を告げ、待つこと数分。奥の方から声が掛かり、彼と一緒に中へ入る。
部屋の中央に置かれたマネキンに着せられた、白を基調とした絹で作られた衣装が目に入った。
肩が露出していて、腰の辺りからふわりと大きく広がったドレス。腰回りには大きな白いリボンがあり、長い引き裾があるタイプのものだ。
儀礼用のドレスは白以外が一般的みたいだけど、あえて白にしてもらった。自分でも分からないけど、その方が絶対にいいという気がしたからだ。どうしてかな?
本当はこれらをお母さんに作ってもらうつもりだったけど、気合いが入りすぎてデザインの段階から製作が前に進まなかった。そこでメインのドレスは、王都の服飾店で作ってもらうことにした。今日はそれの引き取りにここまでやって来たというわけだ。
ただそのままだとお母さんがかわいそうなので、ヴェールやグローブといった小物を作ってほしいとお願いした。ドレスは別で作ると伝えた結果落ち込んでいたお母さんだけど、元気を取り戻して製作に取りかかってくれた。
お母さんには悪いけど、あのままだと儀礼をいつ迎えられるか分からなかったし。
試着するかどうか聞かれ、わたしは即座に頷く。採寸を何度もして作ってもらった特注品だし、すぐにでも着てみたいと思っていたところだった。
彼を部屋から追い出して、着付けをしてもらう。普段着よりもちょっと重いかなと思ったけど、布の多い衣装なので仕方がない。それよりも胸が鳴りっぱなしで、ついついお店の人を急かしてしまった。早く着た姿を見たいし、彼に見せてあげたいなと思ったからだ。そんなわたしの姿を見て、お店の人は苦笑をしていた。そこでわたしは気付いて、急かしてしまったことに対して謝った。お店の人は気持ちは分かりますと言ってくれた。
採寸に苦労した甲斐があって、サイズはぴったりだった。
姿見で自身の姿を確認する。純白のドレスに身を包んだわたし。やっぱり普段着とは全然違う。自分なのに自分じゃないような、不思議な感覚だ。
わたしの銀髪と白基調の衣装は合うのかなと少し不安に思っていたけど、取り越し苦労だったみたい。自惚れかもしれないけど。お店の人からはとてもよく似合いますと言われたし。彼に聞いてみれば分かる、はず。
儀礼では化粧もするみたいだけど、今日はしないみたい。そういえば、お母さんからそろそろ化粧を覚えなさいと言われてたのを思い出した。シアに聞けば教えてくれるかな? そのうち覚えよう。そのうちにね。
ヴェールも被せてもらい、部屋の外にいた彼を呼んでもらう。
部屋に入ってきた彼は、入り口でピタッと止まってじっとわたしを見ている。
「どう……かな?」
わたしはそう尋ねるけど、彼は固まったままで返答がなかった。あれ、どこかおかしい?
「ねえ、ねえってば!」
そう言いながら彼の顔の前で手を振ると、ハッとした様子を見せた。
「す、すまん、その、あまりに綺麗で見惚れていた」
顔を少し背けて彼がそう言う。その台詞にわたしは、そのまま彼の胸に飛び込んでいきたい気持ちをぐっと堪えた。大切な服に皺が寄ってしまうからだ。あ、お店の人の視線もちょっと気になるし。彼にはあとで感想を聞くとして。
衣装を脱いで、お店の人と軽く打ち合わせ。儀礼当日はわざわざ集落まで来て、着付けをしてくれるらしい。
予定の日まで十数日。その日が待ち遠しい。その日から、わたしと彼は――。
▽
はっと気付いて体を起こして周りを見渡す。目に映ったのは、簡単なテーブル。
――そうだ、ここは宿泊した宿の一室。
昨晩お風呂と食事を済ませたあとに、この部屋で眠ったのだ。
なんて夢を見てしまったのだろう。思わず頭を抱える。
あれはどう見ても、ぼくがウェディングドレスを着る――結婚を控えているという場面だった。
それとなんだか、思考すら女の子になっていたような気がする。
そして相手は、これまたどう考えてもウィルだった。間違えるはずもない。
ウィルと結婚するだなんて――。恋愛関係のフリをしているだけだし。それのせいであんな夢を見てしまったのかもしれない。
体を横に向けて、ベッドサイドに腰掛けるような体勢になる。
――でもあの衣装は中々かわいかった、と思う。姿見で見た自分の姿だけど、美しさも感じられるようなものだった。
というか、体付きもほとんど今と変わらなかったような。夢だし今の姿のままだったんだろうか。
まだぼくは十三歳なのだ。結婚そのものは十二歳から可能とはいえ、まだ結婚するには早い。その相手もいないし。
いつかあんな衣装を着る日が来るんだろうか――と思ったところで、なんでそんなことを考えるんだとまた頭を抱える。
夢に影響されすぎだ。頭を振って雑念を振り払う。きっと寝起きで頭が起きていないせいだろう。顔を洗えば頭も冴えるだろう。手早く服を着替えて、共同利用の洗面所へ向かう。
「おう、エリーか。おはよう」
「おっ、おはよう……」
先客はウィルだった。なんとか返事はしたものの、思わず顔を背けてしまった。
頭を切り替える前に夢の内容を思い出してしまって、まともに顔を見ることができなかった。
「……どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「な、なんでもない……」
声色から心配されているのは分かったけど、ぼくはそう返答するのが精一杯だった。
☆
「今日は昨日言ってた……第二王女に会うのか」
「うん、そのつもり」
顔を洗ったあと部屋で心を落ち着け、ようやくウィルの顔を見られるようになった。
朝食を摂りながらウィルと話を進める。
魔術具修理のことに関して、例の鉱山が王国の管理にあるということから、ベネならもしかしたら何か知ってるかな、と思ったのだ。歳の割にはしっかりしてるし。いま当たれるツテはベネ以外はいない。
そのあと宿を出て宮廷魔術師団の詰所まで送ってもらい、お昼前にまたそこで合流する約束をして別れた。
シアもそうだったけど、ウィルにも色々とお願いを聞いてもらっている気がする。
何かお礼をするべきだろうか、と考えつつ王宮の入り口までやってきた。
名前を告げると少し待つように言われる。暫く待ったあと、やってきた近衛兵から第二王女がお待ちですと声を掛けられた。前回ベネとの別れ際にぼくのことは周知しておくと言っていたけど、ちゃんと伝わっていたようだ。
「こんにちは、ベネ」
「御機嫌よう、エリー。早速来ていただいて嬉しいですわ」
それからベネの居室へ。ぼくが挨拶すると、ベネは満面の笑みを浮かべてそう言った。やはりなかなか王宮から出られなくて暇だったのだろうか。ぼくに対して面白い話はないかと責付かれた。
最近起こったことに関することをベネに話していく。祝福の儀については、色々と面倒なので話さなかった。森の中を歩いて小動物とふれあった、ぐらいにしておいた。
あと、ウィルとのフリについても言わないでおく。なんだか厄介なことになるような気がしてならなかった。
そしてふと、ベネはこういったことはどうなんだろうと気になりだした。王族って自由に恋愛するのって難しいのかなとか。ゲームやアニメでの王女の役割は、他国へ嫁ぐというのがよく出てきた展開だった気がするけど。
「そういえばベネって、結婚って考えてるの?」
ぼくは話が切れたところで、そう尋ねる。言葉遣いについては、早い段階にベネから普段話している口調でいいと言われたのでそうしたのだった。ベネの方は、今話している口調が普段のそれらしい。
「また突拍子もないことを聞いてくるんですのね。突然どうしたんですの?」
「えっと……ほら、わたしたちはもう結婚できる歳だよね。王族の人だと、どうなのかなってちょっと興味が湧いただけで……」
少ししどろもどろになりつつも、なんとかそう答えた。興味本位なのは間違いない。
「そうですの。……わたくしは今のところそういった相手はいませんわ」
「そうなんだ……。相手って、他国の人とかなの?」
「わたくしの立場上、恐らくはそうなりますわね。よい相手ならばいいのですけれど」
ベネは自身の立場は理解しているようで、自身がそういった役割を果たさなければならないと思っているらしい。
やっぱり歳はわたしと同じだけど、しっかりしてるなあと思っていたところ。
「……そういうエリーは、どうなんですの?」
「ふぇ……? わ、わたしもいないよ……」
ベネからの逆質問に、思わず声が裏返ってしまう。
少し訝しげな表情をしたベネだったけど、すぐに表情を戻した。
「そうなんですの。……エリー、恋ってどういうものなんでしょう。ふつうはそれから発展していって結婚に至るものらしいのですけど……。よくわからないので、教えてほしいですの」
「え、ええっ……。わたしもよく知らない……かな……」
ぼくはそう答える。男だったときも、恋をしたことはなかった。逆に聞きたいぐらいだ。
それを聞いたベネは、うーんと少し悩んだあと「そうですわ」と言い、入り口の方へ向いた。
「リース!」
ベネが少し大きい声で呼ぶと、部屋の外から給仕姿のリースさんが現れた。
「お呼びでしょうか、姫様」
「わたくしたちに、恋とはなにか教えて欲しいんですの。リースはもう結婚しているから、分かるでしょうし」
「えっ……。リースさん結婚されてるんですか?」
ベネの言葉に驚くぼく。リースさんの見た目は、二十歳前半ぐらいだと思う。結婚していてもおかしくはない年齢ではあるけど、そういう雰囲気が出ていなかったので驚いた。
「ええ。まだ子はいないんですけどね。しかし、恋ですか……。そうですね、ある相手のことで頭が一杯になって物事が手に着かなくなる、でしょうか。その相手に会いたくてしょうがなくなる、というのもありますね」
「うーん……わたくしは、普段からエリーに会いたいと思ってますわ。それは恋なんですの?」
「好きなのと愛することは別ですよ。その相手のことを想うと、胸がどきどきして、何も考えられなくなる。ずっと一緒に居たい、添い遂げたいという気持ちになります。姫様の結婚される相手が、そう思える方ならいいですね」
「そうなのですのね。教えてくれてありがとうですわ、リース」
「ありがとう、ございます」
リースさんにお礼を述べるも、ぼくの意識は違うところへ向いていた。一緒に居たい、添い遂げたい相手、か。ぼくにもそういう相手は見つかるのかな――。
「エリー? どうしたんですの、ぼーっとして」
「え……ううん、なんでもない。そ、それはそうとベネに聞きたいことがあるの」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、ベネからの声で我に返った。内心焦りながらも、咄嗟の返しで本来の目的だったことを尋ねることにした。
「なんですの?」
「えっと、実は……」
ぼくは魔術具のことと、王国管理の鉱山にある宝石が必要なことを説明した。
「わたくしはちょっと承知していませんわね……リースは?」
「申し訳ありません、私も把握していません」
「そうなんですの……。そうですわ、ちょっと待っててもらいたいんですの」
「……? うん、わかった」
そう言うと、ベネはすたすたと部屋の外へ出て行ってしまった。
残されたぼくとリースさん。リースさんはその場で微動だにせず佇んでいた。なんというか、雰囲気がまさにメイドっぽい感じがする。
「ベネはどこへ行ったんでしょう……?」
「大体想像は付いているのですが……。まあ姫様を待ちましょうか。紅茶のおかわりはいかがですか?」
「あ……いただきます」
そうしてリースさんと雑談をすること十分ほど。ベネが戻ってきた。
「お待たせしましたわ。エリー、ちょっとついてきてもらいたいんですの」
「……? どこへ行くの?」
「お父様に尋ねてみたのですけれど、ちょっと直接話をしたいので連れてきてもらいたい、と言われたんですの」
「ベネのお父さんに?」
「そうですの。なので会ってもらいたいんですの」
「うん、わかった」
ぼくはそう返答し、ベネのあとへ続いて部屋を出る。
廊下を歩きながら、何かが頭に引っかかっているような感覚を覚える。なんだろう、何か重要なことが――。
「ちょ、ちょっと待って」
「? どうしたんですの?」
その重要なことに気付いたぼくは足を止め、ベネを引き留めた。
ベネが第二王女、お父様というキーワードから導き出されたそれは。
「……ベネのお父さんって……。国王、様……?」
「ええ、そうですわ」
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