Chapter3-18 二度目の会合
そして結局ウィルの問題が解決できないまま、王都へ向かう日になってしまった。つまりは、暫くの間ウィルと行動を共にするということだ。
レティさんには、王都へ向かう際はウィルと一緒にということを伝えてしまっている。シアに代わってもらおうにも、レティさんに説明する適当な理由がない。
つまるところウィルと一緒に行かざるを得ないということだ。とはいえレティさんも一緒なので問題ないだろうということにした。そう思わないと、心が持たない気がしたのだ。
準備を整えて家を出る。出掛けにお母さんから「ウィル君となら安心ね」「困ったらウィル君に頼るのよ」などと言われた。まあウィルと一緒なら、魔獣だろうが暴漢だろうがあっという間に退治してくれるだろう。お母さんの笑顔が何か引っかかったけど、あまり深く考えないことにした。
そのまま真っ直ぐウィルの家へ。家のドアをノックして数秒後、ウィルが顔を出した。
「お、おはよう」
「おう、おはよう」
ちょっと目を合わせ辛かったけど、 努めて平静を装ってウィルに挨拶をする。
ウィルはもう腰に鞄を背負っていて、出発の準備が整っているようだった。
「それじゃ行くか。忘れ物はないか?」
「う、うん。大丈夫」
昨晩、三回は鞄の中身を確認したので問題ない。例によって持っていくものはほとんどないわけだけど。報告書とか着替えとか。あとは壊れてしまった魔術具ぐらい。
頭の中でもう一回内容を確認していたところ、目の前に手を差し出された。何だろう、と少し考えすぐに意味を察してぼくはその手をとった。
そのまま一緒に歩き始め、集落の外れにある支部でレティさんと合流して集落を発った。
予想はしていたけど、道中はレティさんにぼくたちのことで色々と聞かれることになってしまった。
まあぼくが黙っていても、ウィルがほとんど答えていたんだけど。ただ、聞かれたことに対してウィルがどう答えていたか、あまり覚えてはいない。
馴れ初めはどうだったとか聞かれてたような気がするけど、きっと気のせいだろう。
王都に着いたのは昼前。簡単に昼食を摂り、詰所へと向かう。
詰所の前で、ウィルと後で合流することを確認して別れた。
さて詰所へと入ろうか、と思ったところ別の方から声が聞こえた。
声の聞こえた方へ向くと、見覚えのある顔の人が歩いてきていた。宮廷魔術師団長のラッカスさんだ。
ただ、どこか様子がおかしい。しかめ面だったのだ。
「エリクシィル君、さっきウィレイン君と体を密着させて歩いていたのを見たんだが……」
「ああ、団長。エリーちゃん、ウィル君と付き合い始めたんですよ」
「……なに、それは本当なのか……?」
レティさんの言葉を耳にしたラッカスさんが、驚いた表情でぼくに尋ねてきた。
ここへ来るまでに、ウィルとは手繋ぎではなく腕を組む形で歩いてきたのだ。レティさんにいじられた結果、そうする羽目になってしまったのだ。どうやら、それを見られてしまったらしい。
――王都ではフリなんかしなくていいと思ってたけど、その考えは甘かったようだ。
そもそもレティさんが一緒な時点で気付くべきだったのだ。ここで嘘を吐くことはできないだろう。
「えっと、その、はい……」
素直に肯定するつもりが、何か恥ずかしい気持ちになって言葉が尻すぼみになってしまった。
「そ、そうなのか……」
「……照れてるエリーちゃんも、なかなかかわいいわね」
何故か肩を落とすラッカスさんと、にやつく顔をみせたレティさん。照れてるとかそういうつもりはなかったのに、そう受け取られてしまったらしい。
そして詰所の中を歩く間、なぜか終始俯き加減なラッカスさんに対し、元気出して下さいと声をかけるレティさん。どうしたんだろう、ラッカスさんは?
会合は恙無く終了した。というか、発言があまりなく、予想よりもだいぶ早く終わってしまったのだ。進行そのものは何ら問題はなかったのだけど、ラッカスさんに覇気がなく意見するのが憚られる具合だったのだ。他の団員らも異変に気付いていたようで、ひそひそ声がそこかしこから聞こえていた。
そのあとぼくはレティさんと一緒に団長の部屋へ行き、報告書を手渡した。やはりラッカスさんは元気がなく、不思議に思いながらもそのまま部屋を退出した。
「ラッカスさん、どうしたんでしょう。体調でも悪いんでしょうか」
「……ああ、そういうのじゃないわよ。ちょっと心を引き摺っているだけよ」
「……?」
ぼくの疑問に対して、よく分からない答えを返すレティさん。まあ数日も経てば元気になるわよ、との言葉を付け加えて。どういうことかよく分からなかったけど――。
レティさんはこのまま仕事をするらしく、ここで別れることに。夕飯は他の団員と一緒に食べに行くとのことだった。その際、ウィル君と美味しい料理の店でもいってらっしゃいと言葉を付け加えられた。
――余計な気遣いだけどそう言うのは失礼なので、とくに反論もせず明日の昼前に王都の門で待ち合わせることを確認して別れた。
会合が早く終わってしまったので、ウィルはまだ勤めをしている可能性が高い。自分だけで王都を歩き回る気にはならなかったので、合流するべくウィルのいる親衛隊の詰所へと足を向けた。
宮廷魔術師の詰所から歩くこと数分、親衛隊の詰所までやってきた。ここへやってきたのは初めてだ。
ウィルはここで模擬戦闘をしていることだろう。立場の違う宮廷魔術師であるぼくがここへ来てもよいのかレティさんに尋ねてみたけど、とくに問題はないようだ。聞くところによると、普段から様々な情報のやり取りが行われているらしい。
キン、キンと金属音の交える音が聞こえる。音の聞こえる方へ向かうと、詰所の外にある広場のようなところで鎧兜を身に纏った人たちが、各々訓練に励んでいた。その数はざっと数十名ほど。見回してみると、その中にウィルを見つけた。服装は違うけど、髪と耳ですぐに分かった。距離があるので表情までは読み取れないけど、誰かと模擬戦闘をしているようだ。
ちょっと声を掛け辛い雰囲気だ。終わるまで待った方がよいだろうと考えて、広場の端の木陰に座って見学することにした。
数十分ほどそうしていただろうか、誰かの声が掛かって親衛隊の人たちの動きが止まる。そして出入り口の方へ歩き始めた。訓練が終わったのだろう。ぼくは立ち上がって体を伸ばしていたウィルに近づき、声を掛けた。
「ウィル!」
「ん? ……エリーか、どうしてここに?」
「えっと、用事が早く済んじゃって。ウィルのところに来たんだけど……。もう終わったの?」
「ああ、今終わったところだ。報告と着替えをするから、詰所の入り口で待っててもらえるか?」
「うん、分かった」
そうしてウィルと再び別れ、詰所の入り口で待つこと十数分。街で別れたときの服装に戻ったウィルが出てきた。
「待たせてすまん、遅くなった」
「お疲れさま。気にしないで」
ウィルはぼくを見つけると、開口一番で謝罪してきた。ぼくは気にしてない旨を伝える。
待たせるもなにも、そもそも早く来たぼくが悪いわけで。
今頃がだいたい合流予定の時間なのだ。
「それじゃ、行くか。……腕、どうする?」
「……」
ウィルにそう言われ、ぼくは少し思案する。ここからはぼくとウィルだけなので、フリをする必要はない。まあ、もしかしたら宮廷魔術師の人らと会うかもしれないけど、手を繋いでいないからといってどうこうなることはないだろう。
とは言えはぐれないようにするためにも、いつも通り手を繋いでいった方が無難だろう。
ぼくはウィルに無言で手を差し出した。それを見たウィルは一瞬固まったものの、すぐにその手を取ってくれた。そのまま、ぼくたちは街へと歩き始めたのだった。
道中少し寄り道をして、目的地である魔術具工房へとやってきた。ノックしてドアを開けて中に入ったものの、カウンターには誰もいなかった。声を掛けると、奥から顎の髭が特徴的な男性が顔を出した。
「お……おお、あのときのエルフの嬢ちゃんか」
「お久しぶりです。覚えててくれたんですね」
「そりゃ、あの玉を壊す魔術師なんて滅多にいないからな。……宮廷魔術師になったんだな。恐らくだが、この間の騒ぎは嬢ちゃんの魔術絡みじゃないのか?」
「……え。ど、どうしてそれを……」
「職業柄そういった情報は嫌でも耳に入ってくるもんでな。まあ、魔獣退治と人助けをしたのは立派だと思うぞ」
「あ、ありがとうございます……」
先日の魔獣騒ぎの件。派手に大爆発を使ったせいで、店主の耳へ届くことになってしまったらしい。
まあ悪いことをしたわけではないし、仕方ないだろう。
「それで、今日はどうしたんだ」
「その、魔術具を壊してしまって……」
「……ぶつけて壊したとか、そういう意味か?」
「いえ、魔術を使ったら粉々に……」
そう言ってぼくは壊れた魔術具を取り出し、カウンターの上に置いた。
それを眺めた店主は、信じられないという表情を見せていた。
「……この宝石を壊すだなんて、どんな使い方をしたんだ……」
「普通に使っただけなんですが……」
嘘は吐いていない。保有魔力が大幅に増えただけで、使い方は前と変わっていない。
それはともかくとして、ぼくは新しい宝石を探していること、長老から聞いた鉱山のことを話した。
「ああ、確かにその宝石はその鉱山にある。だが、もう随分と見ていない。鉱山への入山が規制されているからな」
「……そうなんですか?」
「ああ、なんでも魔獣が出て危険になったかららしい。入山するには許可が必要だったんだが、その許可も下りなくなってしまったから、宝石も手に入らなくなってしまっている」
「……」
その答えにぼくは落胆する。宝石が手に入らないと、魔術具の修理が不可能となってしまうからだ。
どうにかして手に入らないだろうか。店主に尋ねてみる。
「あの宝石は、あの鉱山にしかないからな……。入山できるならいいが、許可が出ない以上どうしようもないな。王国が管理している地帯だから、おいそれと手出しする訳にもいかないしな」
「王国が管理している、ですか……」
「そうだ」
「……その許可って、普通はどうやってもらうんですか?」
「そうだな……。王国が管理しているものだから、王国に申請したあとに審査を経て許可をもらうというのが通例になるが」
「けれど、今は申請しても許可が下りないんですね」
「そういうことだ」
何か方法がないかと考えているうちに、どこか引っかかる点を感じた。店主の言葉一つ一つを頭の中で反芻する。
そこでぼくは閃いた。もしかしたら、許可がもらえるかもしれない。
この方法が上手くいくかは分からないけど、申請が通らないのならば、これに賭けるしかない。
「……分かりました。もし宝石が手に入った場合、修理できますか?」
「もちろんあれば直せるが……。どうやっても手に入らないと思うぞ」
「……ちょっと、ツテを頼りに探してみます」
「そうか……。まあ、もし手に入ったら持ってきてくれ」
「分かりました」
そしてそのままぼくたちは店を出た。
ウィルはどういう意味だったのかと尋ねてきたけど、あとで話すと返した。
そしてヴィーラさんの家へ。もしかしたら宝石を持っているかもしれないと思い訪ねてみたけど、残念ながら空振りだった。
まあ、今持っている宝石ですら珍しいものだったのだ。それを持っていなくても仕方のないことだった。
そうなるとやはり、あの方法しかないようだ。そう考えていると、ヴィーラさんから声が掛かった。
「それで、今日は泊まっていくのー?」
「いえ、宿を取ってあるので、大丈夫です」
「そうなのー。また来てねー」
「ありがとうございます」
お礼を言って、ぼくたちはヴィーラさんの家をあとにした。
実は魔術具工房へ行く前に宿へ寄って、先に部屋を押さえておいたのだ。
詰所を出たあとにこれからの予定を話したら、先に宿を押さえようとウィルが提案してきたのだ。
前回はヴィーラさんのところに厄介になったし、今回は宿を取ろうということになったのだった。
いつでも来てもいいとは言われているけど、さすがに毎度厄介になるのもヴィーラさんに悪いし。
ちなみに、宿は一部屋ずつ取ってある。これもウィルの提案だ。さすがにぼくもあの光景を思い出してしまって、同じベッドというのは避けたいと考えていたのでよかった。
空はオレンジ色に染まり、夕暮れ時を知らせていた。今日の用事は全て済ませたので、ぼくたちはそのまま宿へと向かったのだった。
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