Chapter3-17 祝福の儀
※十歳に行われるしきたりの名前を「祝福の儀」へと変更しました。
他の話にも順次反映していきます。
「例の祝福の儀を近く執り行いたいと思っているのだが……。どうだろうか」
「あ、あの話ですか? ……うーん」
翌日、呼び出されてやってきたのは長老の家。
以前話していた、子供たちを聖樹まで送る習わしを明日やりたいとのことだ。
「……何か問題があるのか?」
「その、魔術具がないと不便で……」
「それがあったか……」
たぶん大丈夫だと思うけど、魔術の調整が上手く出来ないことが気になっていた。
魔術が使えないわけではない。けれど――。
「……わたしだけだと不安なので、シアと一緒に行ってもいいでしょうか。この前は自分から名乗り出たのに、申し訳ないのですが……」
「いや、よい。明日はそれで頼む」
そんなわけで不安に感じたぼくは、シアを連れていくことにしたのだった。
用心棒的なものだとウィルを連れていくのが最適なんだろうけど、昨日のアレがあった手前、顔を合わせづらかった。
昨日はあのあと家へ戻り、しばらく自室のベッドを転げ回っていたのだ。
なんで、あんな気分になったのだろう。思い出しただけで恥ずかしいというか、よく分からない複雑な気持ちを抱えていた。
そんなわけで、ウィルの顔をまともに見られる気がしなかったのだ。
そうして長老の家をあとにし、シアへ翌日のことについてお願いをしにシアの家まで向かったのだけど。
「リアから聞いた。随分お熱いことで」
「腕を組んだり、キスまでしたとか」
「やっぱりフリじゃなくて、本当の恋愛関係の方が似合ってる」
シアはぼくの顔を見るなり、普段とは違う饒舌っぷりを見せたシアからの止めどない口撃に、ぼくの精神はすっかりやられてしまい。
同行のお願いだけをしてそそくさと退散し、自宅の部屋に戻ってテーブルに突っ伏したのだった。
本当に、どうかしてる。
顔を起こして頬杖をし、思わず「うぅー」と唸り声を上げてしまう。
そのまま壁の方を向くと、エリネの服。
ついこの前は、ウィルに関する気持ちはわたしのものだと思った。
けど、今の心のもやもやはこれまでのそれとは何かが違う気がする。
本当に、どうしてしまったのだろう。
シアからの言葉が、何度も頭の中で再生される。
――それでも。ぼくは女の子になったとはいえ、相手はぼくを知っている親友だ。そのような関係になるのはおかしいのだ。
ぼくはそう、確かめるように自分に言い聞かせたのだった。
☆
そして翌日。
シアと子供たちを連れて聖域へと向かう。
相変わらず背中にとある視線を感じるけど、昨日よりは幾分か和らいだ気がする。
ウィルがいないからなのか、それとも諦めてくれたのか。そこまでは分からなかったけど。
子供たちは、前と同じ祝福の儀用のローブを身に纏っている。
一方のぼくはいつもの服を着ている。宮廷魔術師の服装以外で森の中を歩くのは、久しい気がする。
あの露出の多い服にもいつの間にか慣れてしまっていたけど、やっぱりこの服の方が着慣れている。
ぼくにとって思い出のある服だからかもしれない。
聖域内は以前来たときと同じ姿だった。
やはりここは、普段から穏やかな雰囲気なのだろう。初回の印象が強すぎて、なかなか緊張感は抜けないけど。
そしてやはり魔獣などと遭うことはなく、代わりに小鳥が近くまでやってきたりするぐらいの穏やかさで。
十分少々歩いたところで聖樹の前まで辿り着いた。
子供たちが代わる代わる聖樹に触れたあと、横一列に並んで一礼。これで終わりらしい。
以前話を聞いたときは、お詣りに近いようなものかなと思ったのだけど。こうして見るとやっぱりそれに近いように思えた。
聖樹はちゃんと子供たちを見てくれたのだろうか?
木という存在だから、普段どうしているのか分からないけど。
なんとなく気になったぼくは、聖樹に触れる。
その瞬間、視界が真っ白になる。
目が眩んだのかと思ったけど、それは勘違いだったようだ。
辺りを見渡しても、ただ白の景色しか見えなかったのだ。
何よりこの光景は、見覚えがある。
「……聖樹様?」
ぼくがそう問いかけると、目の前に人の輪郭が現れた。
その輪郭は徐々にはっきりとしたものとなり、淡い光とともに人の姿へと変貌した。
「またお会いしましたね、エリクシィルさん。お元気でしたか?」
目を閉じたまま口を開く、長い緑髪の聖樹。最後に会ったのは一か月近く前か。早かったような短かったような、いろんな出来事があった気がする。
「えっと、こんにちは……? また、問題が……?」
以前呼ばれたときのことを思い出してしまい、少し身構えるような答え方になってしまう。
けど聖樹は顔を横に振り、ゆっくりと口を開いた。
「また突然呼ぶ形になって申し訳ありません。少しお話したいなと思って呼んでしまいました。以前お話したときと同じように時を止めていますが、今回は気を失わせずに呼ぶことができたので、お話が終わればすぐに元通りになります」
「……そうなんですか」
以前のように倒れてしまってはいないらしい。呼ばれるたびに倒れてしまっては大変だ。シアや子供たちが心配してしまうだろう。今回そのように呼べた理由はなんなのだろう。
「あのあと、体の方はいかがでしょうか。不調などはありませんか?」
「えと、とくには……。そういえば、保有魔力が桁違いになったみたいです」
「元々エリクシィルさんとカナタさんは保有魔力が多かったようですが、同化と潜在能力を上げたことによってそのようになったのでしょう」
その結果、魔術具が壊れてしまったのだけど。ただこれは聖樹が悪いわけではないので、どうしようもない。
「……あの、聖樹様自身の力はどうなんでしょうか。力を取り戻したら、魔獣の発生が落ち着くのかなって……」
わたしが聞いたことのある内容を思い出す。
数千年に一度力が弱まるとまでは聞いていたけど、それがいつまで続くのかは聞いていなかった。
聖樹が本来の力を取り戻せば、恐らくは魔獣の問題は片付くのではないかと思ったのだけど。
「申し訳ありません。そう簡単には戻らないのです。完全に力を取り戻すまで恐らく数年、長いと数十年かかるのです」
「そうなんですか……」
聖樹の言葉に、ぼくは落胆を隠せなかった。
残念ながら、魔獣退治は当面続けないとならないようだ。
しょんぼりとした顔をしていると、聖樹がなにやらぼくをじっと見つめている。目は開けてはいないけど。
「……随分、変わられたようですね」
「……? 何の話ですか?」
聖樹の言葉の意味が分からず、聖樹に聞いてみる。
申し訳ありません、という言葉に続いて聖樹が話を続ける。
「同化のことです。私が見る限り、心の面は同化が随分と進行しているようです」
「えっ……。そうですか? その、ぼく自身の意識がだいぶ強いと思うんですけど……」
同化前に、どちらかの意識が強く出る場合があると聖樹は言っていた。
その言葉通り、同化後はぼくの意識が相当強く出ていると自覚している。
それにも関わらず、聖樹はだいぶ進行していると言っている。なぜ聖樹はそう言うのだろうか。
「性格や思考の変化、行動の変化があるかと思います。そういった点に思い当たる節はないでしょうか」
「うーん……」
聖樹の言葉に、それらしきことがなかったか思い返してみる。
そして真っ先に思い浮かんだのは、ウィルに対する感情のこと。
――まさか、そのせいなのか。
その表情を読み取ったのか、聖樹は口を開き。
「何か心当たりがあるようですね。それが変化です。まだ意識の統合は完全ではないようなので、ほかにも影響が出てくるかと思います」
☆
「……リー? エリー?」
視界が瞬時に切り替わったあと、シアが訝しげな顔でぼくを覗き込んでいた。
「あ、な、なに?」
「ボーっとして動かなかったけど、何か考え事?」
「えっと……聖樹様と話をしてた」
「……え?」
すぐにぼくは現状を把握し、シアに小声で何が起こったか説明した。聖樹が言っていた通り、気を失うことはなく時が止まった状態で話をしていたようだ。
本当は子供たちにも、聖樹が顔を見ることができて嬉しがっていたと伝えたかった。けど、ぼくが聖樹と話ができることは長老とシアぐらいしか知らない事実だ。
長老からも他者には言わない方がいいと言われているので、黙っておくことにした。
そして魔獣に遭遇することもなく、無事に集落へ戻ってくることができた。
あのあと暫く聖樹と話を続けたのだけど、終わり際に集落まで無事に帰れるように加護を与えるとか言っていたはず。おそらくそれのお陰だろう。
皆で長老へ戻ってきたことを報告し、子供たちをそれぞれの家まで送り届けてぼくの務めは終わり。最後にシアの家でシア姉妹と別れ、自宅に帰ろうかと思ったところでシアに呼び止められる。
「? どうしたの?」
「元気がないみたいだけど……。聖樹様との話で何かあった?」
「……ううん、何もない」
「……そう、わかった」
シアに心配されてしまった。顔に出てしまっていたのかもしれない。気持ちはとてもありがたいけど、シアに話す気にはなれなかった。シアとはそこで別れて、自宅へと向かう。
ぼくは聖樹との話が終わったあとから、とある考えで頭がいっぱいだった。それは聖樹が話していた、とある言葉によるものだ。
(性格や思考の変化、行動の変化、ね……)
ぼく自身はまったくそう思っていなかったけど、その意識の同化とやらは随分と進んでいるらしい。
そのせいだろうか、この頃のウィルに対する気持ちがおかしいのは。
けれどそれよりもっと気になっているのは、それに続く言葉だ。
(意識の同化が完全ではないから、ほかにも影響が出る、か……)
これまでも同化が進行していると感じなかったように、今後も意識せずにそれが進んでいく可能性が大いにある。
これから一体何が起こるのだろうか。全く見当がつかない。
このおかしな気分に対する対処すら上手くいっていないのに、これ以上のことが起きるというのだろうか。
考えると気が重くなる。自分の問題とはいえ、自分では解決できそうにないもどかしさを感じる。
どうしよう、と重い足取りで家へと戻るのだった。
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