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Chapter1-05 お風呂と女の子の体

「……ぅぁー……」


 女の子らしからぬ情けない声を上げて、エリーの自室にあるベッドに突っ伏しているのが、ぼくである。帰ってきてから色々なことが立て続けに起こって、とても疲れてしまったのだ。時は少し前に遡って――。


 ☆


 まず、家に帰ってきてぼくは努めて明るく(・・・・・・)挨拶をした――はずだけど、エリーの両親にとても心配されてしまった。怪我でもしたのかだの、体調が悪くないかだの、何か変なものでも拾い食いしたかだの――。最後はちょっとエリーが心配になる発言なのだけど。

 要は普段のエリーと比べて、元気がないように見えたそうなのだ。ぼくはこれでも明るく言ったつもりだったけど。長老が言ったとおり、エリーは活発な子であったようだ。心配しきりのエリーの両親に対し、ぼくが咄嗟に言ってしまった言い訳(・・・)が、事態を更に悪化させてしまった。


「わたし……今日からお淑やかにするって心に決めたから」


 自分でも何故こんなことを言ってしまったのかよく分からないけど、これを聞いた両親は二人抱き合ってワンワンと泣き出してしまった。オロオロとするぼくを横に、両親は「ついにエリーが女の子らしく……」とか言っている。普段のエリーがどういった子なのか、本当に心配になってきた。

 大泣きしている両親を何とか宥め、その後夕飯を食べることとなった。


 エリーの母親は、すぐに夕飯を用意してくれたのだけど。ぼくの前に用意された料理は、ぼくが元の世界で食べていた量の半分か、それよりも少ない量だ。ちなみに、ぼくはどちらかと言うと少食に入る部類だった。

 なお、ここに並んでいる料理群は、ほぼ野菜のようなものだけで構成されているみたいだ。この量で足りるのか、と不安になったけど、食べ始めてみるとあっという間にお腹が膨れてしまった。女の子とはいえ育ち盛りなはずなのに、これで大丈夫なのかと若干不安になる。


 食べ終わった後、エリーの母親に皿洗いを手伝うと申し出たところ、また騒がれることとなってしまった。そんなことをしたら、皿が壊れてしまうでしょうなどと言われてしまったのだ。

 いくらなんでも陶器製の皿ならともかく、洗おうとしているのは木製の食器なので、仮に落としたとしてもそう簡単に壊れるはずはないのだけど。一体、エリーとはどういう子だったのか――。

 ぼくは懇願して、何とか皿洗いをさせてもらえることとなった。ちなみに皿洗いと言っても流し台などはなく、木桶に張った水で洗う簡単なものだ。


 丁寧に(・・)皿洗いを手伝い、エリーの母親から予想以上に褒めちぎられた。

 その後にお風呂に入りなさいと言われた。どうやらこちらの世界でも、お風呂という文化はあるらしい。ぼくはエリーの知識をもとに、風呂場へと向かった。



 やはり疲れたときはお風呂だろう。色々あったけど、お風呂でさっぱりすれば多少は気も体も楽になるだろう。

 だけど、何か重大なこと(・・・・・)を忘れているような気がしていた。それに気付いたのは、脱衣所で着ていた服に手をかけたときだった。


(服……これはどうやって脱ぐのだろう……。脱ぐ? 脱いだら……あ)


 まず、このフリフリでヒラヒラな服を脱がなければならない。さて、それを脱いだ後、と考えたところで――。そう、今ぼくは男ではなくエリーなのだ。この服を脱いだら当然エリーの、つまり女の子の裸体が晒されることとなるのだ。


 ここで暫くの思考停止(かんがえるのをやめた)の後、何とか再起動(リブート)を果たしたぼくは、意を決して着ている服を脱ぎ始めた。心臓がドキドキしているのがはっきり分かる。一枚一枚ゆっくりと脱ぎ、ついに身に纏っているのは、下着だけとなった。紐で結ばれた下着を丁寧に解き、ついに生まれたままの姿へとなった。


 姿見があったので、心を落ち着かせてから前へ立ち、向き合う。そこには、美しい少女がこちらを向いて立っていた。

 傷一つ無い、人形のような白い肌。光を纏ってきらきらと輝く、銀の髪。すらりとした四肢。湖の水面で見たときもそうだとは思っていたけど、改めてエリーは絶世の美少女だということを、再度認識した。その美少女が、今はぼくなのだ。

 そして、好奇心は目線を下へと――。


 目線の先は胸へと向き、そこには形の良い二つの細やかな膨らみ。そして、先端には桜色。心臓のドキドキが止まらない。ぼくはゴクリと唾を飲み、右手をその膨らみへ――。けれど、その手が辿り着く前に僅かに残っていた良心がストップをかけた。


 そうだ、ぼくはエリーの体を乗っ取って(・・・・・)しまっている状態だ。エリーの体にぼくの興味本位で触ってしまうなんて、許されないことだ。頭をブンブンと振り、そう自分に言い聞かせ、右手を戻す。そしてぼくは、風呂場へと足を踏み入れた。


 風呂場は、広さで言うと元の世界の一般家庭と大差ない空間だ。天井もそこまで高くはない。天井近くの壁付近には、赤い宝石(ジュエル)のようなものが埋め込まれていて、そこからオレンジ色の柔らかな光が漏れ出ている。照明器具のようなものだろう。浴槽は陶器のようなものでできているようだ。

 壁に目をやると、青い宝石をギザギザに加工したようなものが、先ほどの赤い宝石と同様に壁に埋め込まれている。位置はエリーの目線とほほ同じ高さだ。石鹸やシャンプー・リンスの類のものはない。そして、元の世界ではお馴染みのシャワーのノズルもなかった。他は木の椅子と、体を洗う用途だろう、布がかけられているだけだった。


 どうやら、この風呂場には水道が通っていない。というか、台所で皿洗いをしたときにも思ったのだけど、この家には水道のような設備がなかった。となると、水はどこから持ってきているのだろう。

 例えば、井戸から組み上げた少量の水を持ってくるということはできるだろうけど、お風呂はどうか。数百リットルの水をどうやって運ぶのだろう?ここの浴槽には既にお湯が張ってあるけど、どうやって持ってきたのだろう。

 謎はあるけど、ひとまずお風呂に浸かる前に、体を洗い流そうとする。お風呂に入る時のマナーだ。さて、どう洗い流そうか。風呂桶のようなものは見当たらない。手ですくって体に、はちょっと難しいだろう。

 ここの中で気になっていた、ギザギザの青い宝石に目が行く。これは一体何なのだろう。興味が出て、手で触れた瞬間。


 バシャアアアアアアアアアア!!


 なんと、宝石からお湯のシャワー――にしては水の勢いが急過ぎる――が出てきて、ぼくの顔面にもろに当たった。あまりに勢いが強く、よろめいたぼくはそのまま頭から浴槽の水面に突っ込んだ。


 浴槽から足だけが出る格好――はたから見れば某推理小説の例のシーンのような状態――になってしまったぼくは、何とか体を起こし浴槽から這い出た。


 浴槽や壁に頭を打たなくてよかったなどと思いつつ、改めて宝石の方を見ると、そこから水のレーザーが勢い良く出ていて、それが反対側の壁へと一直線に当たっていた。どうやらシャワーがこれみたいだけど、いくらなんでも勢いが強すぎて使い物にならない。滝行でもあるまいし。


 シャワーを浴びるのは諦めて、改めて浴槽へと浸かる。シャワーのようなものは流しっぱなしだ。止め方が分からないのだ。


 ゆっくりと浸かっていたかったけど、どうにも眼前の水のレーザーが気になって、浴槽から上がる。これは、どうやって止めるんだろう。もう少し弱ければ使えるのに、と思いつつ宝石に触れると、水の勢いがみるみる落ち、シャワーと同程度の水量となった。原理は分からないけど、とにかくシャワーになったので、体を洗うことにする。


 まずは髪の毛。こんな長い髪を洗うのは当然初めてだけど、念入りに、手で洗う。滑らかな感触が心地いい。シャンプーもリンスも使っていなさそうだが、別に髪が傷んでいたりだとか、臭いが気になるとか、そういうことはなかった。


 時間をかけ髪を洗ったあとは、体だ。ぼくが女の子の体に触れるのは、これが初めてだ。まさか、自分自身が女の子になって経験するなんて、夢にも思わなかったけど。女の子の体、ということを意識したら、途端にドキドキしてきた。顔も上気しているような気がする。

 ドキドキしながらも、布を使って丁寧に優しく洗っていく。肌は絹のようになめらかだ。何だか男だったときと比べて、肌が敏感になってしまった気がする。触れる箇所すべてに、ぞわぞわとする感覚がある。ゆっくりと、体の上から順に洗っていく。


 当然ながら胸も洗わなければならない。少しだけ躊躇したけど、好奇心が勝った。ゆっくりと、胸を洗っていく。四苦八苦しながらも、なんとか洗い終える。 

 他の部位も洗い終わり、一箇所問題のある場所を残すだけとなった。


 先ほど姿見ではあえて見なかったのだけど、股だ。目線をそこへやると――当たり前というか、言うまでもないけど。エリーの体には、男の象徴はなかった。わざわざ見ずとも既に分かっていたことではあるけど、十六年付き添ったもの(・・)がないという事実は、かなりショックだった。


 幾ばくかの時間の後、決心した。そこを洗わないという選択肢は、ない。不潔なのは避けたい。そうこれは仕方のないことだ、と自分に言い聞かせ、そこを布で優しく洗った。


 これで全部洗い終わった、と思っていたのだけど。まだ一カ所あった。耳だ。この耳はものすごく敏感だったことは分かっている。ちょっと触るのは怖い。

 布は使わず直接手で、と考えたぼく。右手をゆっくりと、ゆっくりと右の細長い耳へと運んでいく。唾をゴクリと飲んで――。


 そのとき、突然冷たい水がぼくの体にかけられた。うひゃあ、と声を上げビックリしたぼくは周りをキョロキョロと見る。シャワーがぼくの体にかけられている。何で突然? 冷水は何故かすぐに元の温度へと戻っていった。

 文字通り冷や水をかけられて、冷静になったぼく。今日のところはこれ以上耳を触るのを諦めた。


 改めて全身をシャワーのようなもので洗い流し、先ほどもしやと考えていたことを試してみる。水が止まってほしいと思いつつ宝石に触れる。そうすると思惑通り、宝石から水の流れは止まった。どうやら、この宝石は念じた分の水量のお湯が流れ出すもののようだ。原理さえ分かってしまえば、とても便利なものだ。明日からはゆっくりと風呂に入れると思いつつ、風呂場を後にした。


 脱衣所で体を拭いた後は、髪の毛を丁寧に拭く。ドライヤーなんてものは無いようだった。時間をかけてゆっくりと拭き取る。


 昼間も思ったけど、この長い髪は動くたびに邪魔に感じている。切ってしまえば楽なんだろうけど、そういうわけにはいかないだろう。この髪の毛はエリーのものだからだ。我慢して過ごすしかないだろう。


 ある程度拭き取り終わったあと、置いてあった着替えを着る。ショーツを穿き、ブラは――しなかった。というか、着方がよくわからなかったのだ。さっきまで着ていたはずなのに。恥ずかしいけど、明日シアに着方を聞くべきだろう。


 そして、膝下まであるワンピースタイプの、ネグリジェというやつだろうか。それを着てみる。肌触りがとてもよく、これなら寝付きがよさそうだ。先ほど着ていたフリフリな服よりはまだましだ。着ないと下着だけになってしまい余計に恥ずかしい、と自分に言い聞かせる。男としてのプライドが傷付けられたような気がするが、あまり考えないようにした。


 脱衣所を出ようとして、靴をどうするか悩む。さすがにもう一度ブーツを履くのは、と思っていたけど、側に木と何かの葉でできたサンダルのようなものがあったので、それを履いてみる。大きさはエリーの足にぴったりだった。それを履いて、エリーの両親の元へ行き、疲れたからもう寝るということを伝える。その際、ランタンのようなものを受け取る。ランタンの中は、赤の宝石から淡い光を放っている。部屋に電灯などないのだろう。その後自室へ行き、ランタンを入り口へ置いたあと、ベッドへダイブし突っ伏した、という訳だ。



 今日のことを振り返ってみる。スーパーへ寄り道するだけのはずが、突然よく分からない世界へ来てしまい、しかも女の子になってしまった。魔獣という得体のしれないものに襲われて、死という恐怖を味わった。色んな出会いがあり、今後に向けて何とか協力してもらえることになった。


 これから、ぼくはどうなるのだろうか。できることなら、今すぐにでも元の世界に帰りたい。けれど、それは難しそうだ。当面はこの世界で生き抜くためにどうすればいいか。元の世界に戻るにはどうすればいいか。問題は多いけど、何とかやっていくしかない。元の世界の常識が尽く通用しないこの世界で、上手くやっていけるだろうか――。

 少なくとも、エリーの体は、言うなれば借り物だ。元の世界に戻るまでは、エリーの体は大事にしなければならない。そのためには、自分の身は自分で守らなければならない。明日からの魔術の訓練は全力で取り組もう。聞きたいことも色々あるし、まとめておかないと――。


 頭の中で色んな想いが巡る中、ぼくの幻想(ファンタジー)の世界一日目の夜は、更けていくのだった。

当初考えていたものより、随分とコメディ寄りになってしまったのですが、物語の大筋には影響しないのできっと大丈夫……のはず。

TS描写はまだまだ全然少ないので、これからどんどん入れて行きたいなあと思っています。ようやく土台は整ったという感じですね。

引き続きどうぞよろしくお願いします。


――――


2016/04/27 風呂場の描写を追加

2016/05/07 全体を改稿

2016/05/11 全体(表現・描写)を改稿

2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。

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