Chapter3-16 無茶振り
そして翌日。今日は子供たちを連れて、魔獣退治の巡回に出る日だ。
いつもとは違う巡回――ルートは同じだけど――をしていたところ、気配を感じて足を止める。
周囲を見渡していると、少し木の陰になっていて分かり辛いけど、体長一メートルほどの魔獣が居た。
まだこちらには気づいていないようだ。ミルに静かに声を掛ける。
「ミル、あの辺……実がなっている木の下の方。わかる?」
指を差した先の魔獣を、ミルが確認して軽く頷く。
集中をはじめ、数秒後魔術具を前にかざして口を開く。
「土の槍」
地響きとともに地面が割れ、魔獣の方面へと土の槍が伸びていく。
魔獣が気付いたときにはその槍が到達し、魔獣の身に突き刺さった。
魔獣の咆哮が辺りに響き渡る。暫く藻掻くようにピクピクと動いていたけど、全身に槍を受けた魔獣は間もなく事切れた。
「さすがだね、ミル」
ぼくがそう褒めると、ミルは胸を張って誇らしげな顔を見せた。
一方のリアは、少し顔をしかめていた。これまでも魔獣退治の経験はあるけど、生を奪う場面の様子を見るのはなかなか慣れないようだ。仕方ないとはいえ、いずれは慣れてもらわないといけないだろう。
――そして、背中には別の視線を感じる。突き刺さるような視線だ。これは残り一名の子供から向けられたものだ。
こうなってしまったのは、同行者とぼくに原因がある。
今日の巡回は、ウィルが一緒に来ているのだ。本当はシアにお願いしようと思ったけど、一名を除く子供たちにわざわざ指名されたのだ。
集落を出てからぼくとウィルは腕を組んで、身を寄せ合って歩いている。
魔獣退治の巡回だというのに、雰囲気がそれとはかけ離れている状態だ。
気配だけは察知できるように、気を付けて歩いてはいるけど。
わざわざこんなことをしているのは、ミルやリアから「ラブラブならそうしなきゃだめ」などと言われ、やらざるを得なかったためだ。テオがいる手前、拒否をすることができなかった。
これまでの経験上リアはそういうことは知らないはずなので、多分ミルの言い出したことなのだろう。
先日リアが言っていたことも、ミルから聞いたことだったみたいだし。
きっとミルは、こういった恋愛の話が好きなんだろう。リアはそれに影響されたに違いない。
一方、鋭い視線が身に突き刺さっているのを感じる。
この視線はテオによるものだ。なるべく見ないようにしているけど、明らかにじっとぼくたちのことを見ている。
テオにはまだ話をしていない。ぼくとウィルは恋愛関係だという話のことだ。もちろん、フリだけど。
幾度となく話そうと思ったものの、なかなかその一歩が踏み出せなかったのだった。
「きゃっ……」
そんなことを考えていると、石ころに躓いて体のバランスを崩してしまう。けど、地面に突っ伏すことにはならなかった。ウィルに支えられたからだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう」
すぐ横から聞こえる心配の声に、ぼくは顔を向けずに返答する。
なんとなく顔を合わせ辛い。数日間のフリで手を繋ぐことには慣れてきた。けど、腕を組むのはさすがに恥ずかしい。必然的に体同士がくっついてしまうからだ。
というか、ウィルこんなに近づかなくてもいいんじゃ――。
ぼくとウィルとでは身長が離れているため、ぼくがウィルに寄りかかる形だ。
歩きづらいことこの上ない。
ミルとリアは目を輝かせて、ぼくたちを見つめている。見世物じゃないと言いたいんだけど――。
ミルも誰かから聞いた話だと思うんだけど、一体誰の入れ知恵だろうか。
そんな魔獣退治の巡回の雰囲気とはかけ離れた異様な空気のまま、巡回を続けていった。
☆
「ねえ、ウィル兄ちゃんたちは……付き合ってるの」
一通り巡回ルートを周り、そろそろ集落に戻ろうかと言ったあと。
テオの口からそんな言葉が漏れてきた。皆の視線がテオに向く。
ぼくも見たけど、少し悲しそうな顔をしていたのが心に突き刺さる。
さすがに、もうこれ以上逃げてはいけない。ぼくが口を開こうとした瞬間。
「テオ、あの……」
「おう、そうだ」
ウィルがそう言い、ぼくの言葉を遮った。
その言葉にテオの顔はさらに曇る。
そして下を向いてしまったテオ。けれど、それも僅かの間。
「……付き合ってるならキスしてみせてよ」
「……え?」
顔を上げ、テオはそんなことを言い出した。
テオの言っている意味が一瞬分からず、間抜けな言葉が口から出てしまった。
「ミルたちが話してるのを聞いた。付き合ってるならそうするのが普通って」
テオの口から漏れた言葉は衝撃的な内容。
キス、唇と唇を重ね合わせる行為だ。
恋愛関係なら、確かにそれをしていてもおかしくはない。だけど、今のウィルとは本物の恋愛関係ではない。あくまでフリなのだ。
ちなみにキスそのものは、ウィルからぼくが寝ている間にキスされたことがある。エリネだったわたしが目撃した、アレだ。さらに言うと、ヴィーラさんからもキスをされたことがある。――強いて言えば、シアともか。
それはともかく元男として相手が男、しかも親友とキスをするというのはかなり抵抗感がある。寝ていたときにされたのは、ノーカウントだ。どうしようもなかったし。
さらに、子供たちがいる前でしなければならないというおまけ付きだ。ひどい罰ゲーム、そう考えたとしてもタチが悪いものだと思う。
さすがにそれは断ろう、別にキスじゃなくてもいいだろう。そう思ってウィルの方を向いた瞬間。
肩を優しく掴まれ、ぼくの唇に柔らかい感触が当たる。
その瞬間きゃあ、という黄色い声が聞こえる。
突然のことで目を見開くけど、視界にあるのはウィルの顔。
何が起こったのかわからないまま、ウィルは唇から離れていった。
何か声が聞こえるけど、よく分からない。
ぼくはボーッとその場に立ち尽くしていた。
ウィルにキス、された――?
左手で唇に軽く触れる。触れた感覚は同じようで、少し違う気がした。
ウィルの唇がぼくの唇に触れていたのは、たぶん一瞬。
それなのに、時間が止まったかのように長く感じた気がする。
自然と、顔に血が上っていくような感覚を覚えた。熱を帯びているのがはっきりと分かる。
「これでいいか」
「う、うん……」
ウィルがそう言うと、言葉少なに答えるテオ。
テオはどうやら、本当にキスをするとは思っていなかったのかもしれない。
それっきり、テオは何も言わなくなってしまった。
そしてきゃあきゃあと騒ぐミルとリアの声に、ようやく我に返った。
「きゅ、急に何して……!」
ようやく現実に戻ってきたぼくは、ウィルに抗議の意思を示す。
だけどウィルは普段と変わらない表情のまま、またぼくの顔に近づいて――。
「すまん、テオに分かってもらうためだった」
そう耳打ちしてきたウィル。
そうであることは分かってはいたけど、まさか本当にしてくるとは思っていなかった。
ウィルのしでかしたことに怒ろうにも、子供たちがいる手前それもできなかった。
そのあとぼくはウィルに身を寄せたまま、俯いて歩くことしかできなかったのだった。
ミルからは「照れてるエリー姉さまもかわいいわ」などと聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
そして集落へ戻りつつ足を進める中、複雑な気分を抱えたぼく。
抵抗を感じていたキス。そのはずだったのに――。
突然されたことには怒りを感じたものの、ウィルにされたそれによって嫌な気分になることはなく。
むしろ起こりうるはずがないと思っていた感情が芽生えたことに、ぼくはただ困惑するのだった。
(なんで……嬉しく感じてるんだろう……)
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(2017/03/02)ノクタ側で次話を掲載しました。
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