表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/108

Chapter3-16 無茶振り

 そして翌日。今日は子供たちを連れて、魔獣退治の巡回に出る日だ。


 いつもとは違う巡回――ルートは同じだけど――をしていたところ、気配を感じて足を止める。

 周囲を見渡していると、少し木の陰になっていて分かり辛いけど、体長一メートルほどの魔獣が居た。

 まだこちらには気づいていないようだ。ミルに静かに声を掛ける。


「ミル、あの辺……実がなっている木の下の方。わかる?」


 指を差した先の魔獣を、ミルが確認して軽く頷く。

 集中をはじめ、数秒後魔術具を前にかざして口を開く。


土の槍(アース・グレイブ)


 地響きとともに地面が割れ、魔獣の方面へと土の(やり)が伸びていく。

 魔獣が気付いたときにはその槍が到達し、魔獣の身に突き刺さった。

 魔獣の咆哮が辺りに響き渡る。暫く藻掻くようにピクピクと動いていたけど、全身に槍を受けた魔獣は間もなく事切れた。


「さすがだね、ミル」


 ぼくがそう褒めると、ミルは胸を張って誇らしげな顔を見せた。

 一方のリアは、少し顔をしかめていた。これまでも魔獣退治の経験はあるけど、生を奪う場面の様子を見るのはなかなか慣れないようだ。仕方ないとはいえ、いずれは慣れてもらわないといけないだろう。


 ――そして、背中には別の視線を感じる。突き刺さるような視線だ。これは残り一名の子供から向けられたものだ。

 こうなってしまったのは、同行者とぼくに原因がある。


 今日の巡回は、ウィルが一緒に来ているのだ。本当はシアにお願いしようと思ったけど、一名を除く(・・・・・)子供たちにわざわざ指名されたのだ。

 集落を出てからぼくとウィルは腕を組んで、身を寄せ合って歩いている。

 魔獣退治の巡回だというのに、雰囲気がそれとはかけ離れている状態だ。

 気配だけは察知できるように、気を付けて歩いてはいるけど。


 わざわざこんなことをしているのは、ミルやリアから「ラブラブならそうしなきゃだめ」などと言われ、やらざるを得なかったためだ。テオがいる手前、拒否をすることができなかった。

 これまでの経験上リアはそういうことは知らないはずなので、多分ミルの言い出したことなのだろう。

 先日リアが言っていたことも、ミルから聞いたことだったみたいだし。

 きっとミルは、こういった恋愛の話が好きなんだろう。リアはそれに影響されたに違いない。


 一方、鋭い視線が身に突き刺さっているのを感じる。

 この視線はテオによるものだ。なるべく見ないようにしているけど、明らかにじっとぼくたちのことを見ている。

 

 テオにはまだ話をしていない。ぼくとウィルは恋愛関係だという話のことだ。もちろん、フリだけど。

 幾度となく話そうと思ったものの、なかなかその一歩が踏み出せなかったのだった。


「きゃっ……」


 そんなことを考えていると、石ころに躓いて体のバランスを崩してしまう。けど、地面に突っ伏すことにはならなかった。ウィルに支えられたからだ。


「大丈夫か?」

「う、うん……ありがとう」


 すぐ横から聞こえる心配の声に、ぼくは顔を向けずに返答する。

 なんとなく顔を合わせ辛い。数日間のフリで手を繋ぐことには慣れてきた。けど、腕を組むのはさすがに恥ずかしい。必然的に体同士がくっついてしまうからだ。

 というか、ウィルこんなに近づかなくてもいいんじゃ――。

 ぼくとウィルとでは身長が離れているため、ぼくがウィルに寄りかかる形だ。

 歩きづらいことこの上ない。


 ミルとリアは目を輝かせて、ぼくたちを見つめている。見世物じゃないと言いたいんだけど――。

 ミルも誰かから聞いた話だと思うんだけど、一体誰の入れ知恵だろうか。

 そんな魔獣退治の巡回の雰囲気とはかけ離れた異様な空気のまま、巡回を続けていった。


 ☆


「ねえ、ウィル兄ちゃんたちは……付き合ってるの」


 一通り巡回ルートを周り、そろそろ集落に戻ろうかと言ったあと。

 テオの口からそんな言葉が漏れてきた。皆の視線がテオに向く。

 ぼくも見たけど、少し悲しそうな顔をしていたのが心に突き刺さる。

 さすがに、もうこれ以上逃げてはいけない。ぼくが口を開こうとした瞬間。


「テオ、あの……」

「おう、そうだ」


 ウィルがそう言い、ぼくの言葉を遮った。

 その言葉にテオの顔はさらに曇る。

 そして下を向いてしまったテオ。けれど、それも僅かの間。


「……付き合ってるならキスしてみせてよ」

「……え?」


 顔を上げ、テオはそんなことを言い出した。

 テオの言っている意味が一瞬分からず、間抜けな言葉が口から出てしまった。


「ミルたちが話してるのを聞いた。付き合ってるならそうするのが普通って」


 テオの口から漏れた言葉は衝撃的な内容。

 キス、唇と唇を重ね合わせる行為だ。

 恋愛関係なら、確かにそれをしていてもおかしくはない。だけど、今のウィルとは本物の恋愛関係ではない。あくまでフリなのだ。


 ちなみにキスそのものは、ウィルからぼくが寝ている間にキスされたことがある。エリネだったわたしが目撃した、アレだ。さらに言うと、ヴィーラさんからもキスをされたことがある。――強いて言えば、シアともか。


 それはともかく元男として相手が男、しかも親友とキスをするというのはかなり抵抗感がある。寝ていたときにされたのは、ノーカウントだ。どうしようもなかったし。

 さらに、子供たちがいる前でしなければならないというおまけ付きだ。ひどい罰ゲーム、そう考えたとしてもタチが悪いものだと思う。

 さすがにそれは断ろう、別にキスじゃなくてもいいだろう。そう思ってウィルの方を向いた瞬間。

 肩を優しく掴まれ、ぼくの唇に柔らかい感触が当たる。


 その瞬間きゃあ、という黄色い声が聞こえる。

 突然のことで目を見開くけど、視界にあるのはウィルの顔。

 何が起こったのかわからないまま、ウィルは唇から離れていった。



 何か声が聞こえるけど、よく分からない。

 ぼくはボーッとその場に立ち尽くしていた。



 ウィルにキス、された――?

 左手で唇に軽く触れる。触れた感覚は同じようで、少し違う気がした。

 ウィルの唇がぼくの唇に触れていたのは、たぶん一瞬。

 それなのに、時間が止まったかのように長く感じた気がする。

 自然と、顔に血が上っていくような感覚を覚えた。熱を帯びているのがはっきりと分かる。

 

「これでいいか」

「う、うん……」


 ウィルがそう言うと、言葉少なに答えるテオ。

 テオはどうやら、本当にキスをするとは思っていなかったのかもしれない。

 それっきり、テオは何も言わなくなってしまった。


 そしてきゃあきゃあと騒ぐミルとリアの声に、ようやく我に返った。


「きゅ、急に何して……!」


 ようやく現実に戻ってきたぼくは、ウィルに抗議の意思を示す。

 だけどウィルは普段と変わらない表情のまま、またぼくの顔に近づいて――。


「すまん、テオに分かってもらうためだった」


 そう耳打ちしてきたウィル。

 そうであることは分かってはいたけど、まさか本当にしてくるとは思っていなかった。

 ウィルのしでかしたことに怒ろうにも、子供たちがいる手前それもできなかった。


 そのあとぼくはウィルに身を寄せたまま、俯いて歩くことしかできなかったのだった。

 ミルからは「照れてるエリー姉さまもかわいいわ」などと聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。



 そして集落へ戻りつつ足を進める中、複雑な気分を抱えたぼく。

 抵抗を感じていたキス。そのはずだったのに――。

 突然されたことには怒りを感じたものの、ウィルにされたそれ(・・)によって嫌な気分になることはなく。

 むしろ起こりうるはずがないと思っていた感情が芽生えたことに、ぼくはただ困惑するのだった。



(なんで……嬉しく感じてるんだろう……)

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク・評価等、とても励みになっております。

誤字脱字等がありましたら、お知らせください。


(2017/03/02)ノクタ側で次話を掲載しました。

※小説名で検索していただければ見つかるかと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ