Chapter3-14 恋愛ごっこ
「え……ええっ!?」
シアの提案に思わず大声を上げてしまう。
「な、何言ってるのシア……? ウィルと恋愛関係になるだなんて……」
「……本当にそうなるんじゃなくて、恋愛関係になっているフリをすればいい。それを見ればテオも諦めるんじゃないかしら」
「……」
驚いたけど、そういう意味だったのか。
シアの言い分は分かったけど、そんなことでいいのだろうか。
というか、恋愛関係ということは、ぼくだけがそうすればいいわけではなく。
当然ながら、相手のウィルにもそうしてもらわないといけないということだ。
「それってウィルにも協力してもらわないといけない……よね?」
「そうだけど、ウィルはエリーの頼み事だったらなんだかんだで引き受けてくれるでしょう。……今回は尚更」
「え、最後何か言った?」
「……こっちの話。それで、どうする? ほかに何か案があるなら、それでもいい」
シアにそう言われ暫く考え込んだけど、やっぱり解決案は思いつかなかった。
テオに諦めさせるということに負い目を感じたけど、その気がない以上は仕方のないことだと思うことにした。
とはいえ、フリとは言ってもウィルと付き合っている真似をしないといけないなんて――。
わたしの方はともかく、ぼくの方は問題だ。
なんたって、ウィルの半分はぼくの親友なのだ。
ぼくはもう女の子になってしまったけど意識は男のままだ――と思ったところで、ふとさっきシアから言われたことを思い出す。
(もう女の子として生きていかなければならない……か)
――女の子になったのなら、余計なことを気にしない方がいいのかな。
そんな考えが生まれると同時に、ウィルと連れ立って歩く姿をぼんやりと妄想する。
(いやいやいや、影響受けるの早すぎだよ!)
ぼくの意識が妄想をシャットダウンした。
けど、頭の中でぐるぐると色んな想いが巡る。
「……百面相してるけど、大丈夫?」
シアに言われてハッとする。
なにかどつぼに嵌まるような気がしたので、妄想を意識の外に追いやった。
「う、うーん……。この方法しかないのかな……」
「エリーが思いつかないのならそれしかない。……ウィルに言うのが不安だったら、私も一緒に付いていく」
「あ、うん……」
そのあと、具体的にどうするか案を出し合ってまとめた。
けど、本当にこんなことでいいのだろうか――?
☆
そして家を出て、ウィルの家へ向かい始めた。
足取りが重いぼくに対し、シアは普段通りに歩いていく。
ウィルの家へ向かう途中でも、頭の中でいろんな考えが巡っている。
まあシアの言う通り、ウィルが断ることはないんじゃないかと思う。
なにせ、ウィルはエリーに好意を寄せているのは間違いないのだ。
フリとはいえ、それに近い関係になるのだ。たぶん、ウィルは引き受けてくれるだろう。
一方のぼくは、気が重い。
ウィルとも向き合わないといけないと決意したばかりだというのに、いきなりこの事態になってしまった。
この先の身の振り方を考える前に、こんなことになるなんて。
とりあえずはフリを全うするしかないだろう。テオにはかわいそうだけど、これしかない。
考えている間にウィルの家へ着いた。ウィルはぼくたちを迎え入れ、部屋まで案内してくれた。
「それで、どうしたんだ?」
「ウィル、その、お願いがあるんだけど……」
「お願い? なんだ?」
「その、えっと……わたしと付き合っているフリをして欲しいの」
「…………は?」
ぼくの言葉を聞いたウィルが、大口を開けてポカンとした表情を浮かべた。
そして暫く間が空いたあと、ハッとした顔でぼくに話しかけてきた。
「いやいやいや、どういう意味だ!?」
「あのね、深い理由があって……」
慌てるウィルに対し、ぼくはどうしてこうなってしまったのか経緯を話した。合間にはシアが補足をしてくれた。
テオのことを話すと、ウィルはどこかばつが悪い顔をしていた。
「テオがそんなことを……」
「うん。わたしも突然だから驚いちゃって……。というか、なんでテオにわたしのことを話してたの?」
「それは……。そ、そんなことよりもだ! ほかに方法はないのか? 回りくどいことをしなくても、直接テオに言えば済む話じゃないのか?」
「考えたんだけど、理由が思いつかなかったの。初めから付き合っていたってことにすれば、テオも諦めがつくんじゃないかなって」
「そ、そうか……?」
「うん。ただ、口だけで付き合ってるといっても気付かれちゃうと思うから、集落の中に居るときだけでもフリをしてもらいたいなって思ったの」
このあたりはシアと話し合った結果、これが最良だろうという結論に至ったのだ。
とはいえ集落の中ではぼくとウィルが一緒にいるところに、テオが入ることはほとんどないと思う。
例外は魔獣退治の巡回時ぐらいだろう。
腕を組んで考え込んでいたウィルだったけど、溜息を吐きながら話し始める。
「ま、まあ事情は分かった。……引き受けてもいいが、具体的にどうするんだ?」
「……どうすればいいのかな?」
「おいおい……」
ウィルに言われて、恋愛関係だとなにをすればいいのかよく分からないことに気付いた。
ぼくには恋愛経験はないので、当然ながらその知識を持ち合わせていない。その手の物語やテレビドラマなどもそこまで興味はなかった。
それでも僅かな知識から思い付くこと――買い物や食事へ一緒に行く、つまりデートがそれに当たるのかなとふと思った。
けど、この集落にはそんな場所はない。ここは商店すらない小さな集落なのだ。
ぼくとウィルで悩んでいると、それを見兼ねたのかシアが助言をしてくれた。
普段通りでもいいけど、一緒にいる時間を増やしていればいいんじゃないかと。あとは、子供たちの前ではそれらしくしていれば問題ないだろうと。
それらしくするというのは置いておくとして、一緒にいる時間を増やすぐらいは大したことではない、おそらくは。
とりあえず集落にいる間は手でも繋いでたら? とシアに言われ、早速この場で実践してみることに。
手を繋ぐなんて、これまで王都で何度も経験している。造作もないことだ、ぼくは手を差し出しだそうとして――。
(……あれ?)
どくん、どくん。胸の高まりを感じている。
ただ手を繋ごうとしているだけなのに、なんでこんなにドキドキしているんだろう。
そんな感情を押し殺し、ぼくはおずおずとウィルに手を差し出す。
ウィルはぼくの手を取って優しく握ってきた。
ウィルの手の温もりを感じるとともに、顔に血が上っていくのがわかる。
恥ずかしいような、よく分からない感情の波が襲ってきた。
「エリー、どうかした?」
ボーッとしていたぼくに対してシアに指摘され、ハッとする。
「え、い、いや何でもないよ」
そう返答すると同時にぼくは気付く。この感覚には覚えがある。
ウィルにキスされていた場面を思い出したときに、感じたものと同じだ。
けれど、これはわたしのものなのかぼくのものなのか、よく分からなかった。
わたしのもののはず。でもそう言い切れなかった。シアのあの言葉が頭の中に響いていた。
胸の高まりは抑えられないけど、これはわたしのものだと思い込んで何とか乗り切ることにしたのだった。
そのあと、シアは用があるから先に帰ると言い出した。
ぼくも一緒に帰ろうと思ったけど「ウィルと少しフリの練習でもしたら?」と言われてしまった。
何も言えず、シアを見送りウィルとともに部屋に残されてしまった。
静寂が室内を支配する。なんだかとても気まずい。
「ウィル、その……迷惑じゃなかった?」
居たたまれなくなったぼくは、そう声を掛ける。
ウィルはこちらを向いて口を開いた。
「いや、そんなこと思ってないぞ」
「……ありがとう、ウィル」
ぼくの無茶なお願いでも、嫌な顔をせず引き受けてくれた。
わたしの幼馴染であり、ぼくの親友でもある大切な存在のウィル。
心から感謝をしてお礼の言葉を掛けた。
「っ……お、おう」
ウィルはそう言うと、視線を逸らしてしまった。
ぎこちない返答を少し不思議に思ったけど、これからよろしくとウィルにお願いをしウィルの家をあとにして家へ戻った。
帰ったあとその日は食事のときやお風呂のときなど、ウィルと恋愛関係の妄想をしてはそれを振り払うことの繰り返しだった。
シアの言葉を気にしすぎだ。そう分かっているつもりなのに想いのループは続く。
結局夜寝付くまで、複雑な気分を抱えたまま過ごすことになったのだった。
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