Chapter3-13 テオの告白
「どうしたらいいんだろう……」
自室のベッドに腰かけて、独りごちる。
このあとどうフォローをしようかと考えると同時に、自分自身がどうするべきか答えが見つからないことに気づく。
あのときもう少しまともな返答ができていれば、こうはならなかっただろう。
▽
「オレ、エリー姉ちゃんのことが好きだ」
そう言われた瞬間、まずどういう意味だろうという気持ちが先に生まれた。
暫く固まったあとに、異性に好きだと伝える行為がどういう意味を持つか理解した。
「え……?」
テオにどうしてそういうことを言われるのか、分からない。
半ば混乱していたぼくは、間抜けな声を出すことになってしまった。
「エリー姉ちゃんがよければ、将来結婚したい。今はまだ無理だけど」
「……っ!」
結婚。そのキーワードに、ぼくの喉がヒュッと鳴った。
テオはじっとぼくの顔を見ていた。その顔は真剣なもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「オレがエリー姉ちゃんのことを守る」
「……」
とても十歳の子とは思えない、真剣な表情とはっきりとした言葉。ぼくよりも、精神的には六歳も下だというのに。
ぼくはどう返答すればよいか、図りかねていた。
一体どうしてテオがぼくなんかに、という疑問が頭を支配していたのだ。
「テオ……あの……」
「……エリー姉ちゃん、やっぱりウィル兄ちゃんの方が好きなの?」
「えっ……」
打って変わって、テオは弱々しい声でぼくにそう言った。
ウィルの方が好きなのか、というテオの言葉にドクンと胸が鳴る。
その気持ちは胸の奥底に追いやった。
ひとまずウィルのことは置いといて、テオに対する返答をしなければならなかった。
テオがぼくに対して恋心を抱いているなんて、思いだにしなかった。
そもそも、これまでそれほど接点がなかったのだ。気付くことは難しかったはずだ。
ぼく自身は、テオに対して特別な感情は抱いていなかった。
まあぼくは元男だから、そんな考えが浮かぶはずもなく。
ちょっと話しにくいところはあるけど、苦手な子というほどではない。
他の子供たち同様、守ってあげなくてはという気持ちの方が強かった。
その気持ちに一番近い表現が、保護者だろう。もちろん皆にはそれぞれ親がいるけれど、大事な子をこうして預かってる身としてはそう考えるのが当然だろう。
そう思っていた子から「好きだ、守りたい」と言われるだなんて、思ってもいなかったのだ。
けれど、どうすべきだろう。まずOKを出すことは絶対にない。
子供というのもあるけど、男と付き合うだなんて考えられなかった。
断る選択肢を思いついたけど、ストレートに断っていいものか悩んだ。
まだ十歳ぐらいの子だ、初恋ということも考えられるだろう。
「その、テオ? 気持ちは嬉しいんだけど……」
ぼくが出した結論は、やんわりと断るという形だ。
そう切り出したのはいいものの、テオの顔が酷く歪んでいることに気付き言葉を失う。
「やっぱり、ウィル兄ちゃんが……」
「……」
その声に対して、ぼくは何も返答できなかった。
テオに諦めさせるには、そうだと答えればいいのかもしれなかった。
けど、それはテオに対して嘘を吐くことになる。
嘘を吐くという罪悪感から、そうは言えなかったのだ。
「……ごめん、聞かなかったことにして」
「……テオ!」
踵を返して、シアたちの居る方へ向かいはじめたテオ。
ぼくは引き留めようと声を掛けたけど、テオは反応せずにそのまま行ってしまったのだった。
▽
何度思い出しても、あの対応の仕方はまずかったと思う。
どうにかしなければならないとは思うけど、解決方法が思い当たらない。
頭を抱えていると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「エリー? シアちゃんが来てるわよ」
「……わかった。入れてあげて」
何の用事だろう? 暫くするとドアをノックする音。声を掛けるとシアが入ってきた。ベッドにはぼくが座っているので、シアにはテーブルに着いてもらった。
「どうしたの? 何か用事?」
「どうしたの、はこっちの台詞。テオと何かあった?」
「……え」
「あんなあからさまに雰囲気が悪いと気付く。帰り道一言も喋らなかったでしょう。心配だったから見に来た」
あのやり取りのあと、帰り道は気まずい思いをして帰った。シアや他の子供たちがいる中で。その道中は考えを巡らせていて、家までどうやって帰ったかあまり覚えていない。そんな状態だったから、シアには気付かれてしまったようだ。
そうだ、シアに話して何かよい方法を尋ねてみようか。
「……そのことで、シアに相談したいことがあるのだけど」
「なに?」
「えっと、その……。テオが、わたしのことが好きだって……」
「……それって、告白されたってこと?」
「……そうだと思う」
「ふうん。……それで、どうしてあんなに雰囲気が悪くなったのかしら」
「それは……」
そのあとにぼくがとってしまった行動をシアに話した。
「はっきり言わなかったのは、よくない」
「……うん。それで、どうしようか悩んでたの。……シアは、どうしたらいいと思う?」
「……まさかエリーの恋愛相談に乗る日が来るなんて、思いもしなかった」
「あはは……」
シアが大きなため息を吐き、そんなことを言う。ぼくは苦笑を浮かべることしかできなかった。
わたしは恋愛とは無縁の性格だったから、そう言われても仕方がないだろう。
「それで、エリーとしてはどうしたいの」
「それが分からないから悩んでたんだけど……」
「言い方が悪かった。テオのことはどう思ってるのかしら」
「……テオは……ほかの子供たちと同じように、守ってあげる存在だと思ってたし……。そこまで話したことがないから、どういう子かもあまりよく分かってないし……。」
「それは、よく知っていたら、恋愛対象として考えてもいいということかしら」
「え、えっと……それは……」
シアから言われたことに対して、ぼくは返答に窮してしまう。
たぶん、テオをそういう目で見ることは難しいと思う。理由は――。
「テオには悪いけど、無理だと思う」
「それは、どうして?」
「だってその、わたし、半分は男……だし」
「……それが理由? 本当に?」
「……え?」
シアは真面目な顔をしてぼくの方をじっと見つめてきた。
「ちょうどいい機会だから聞いておきたいけど、エリーは将来どうしたいのかしら」
「……どういう意味?」
「テレスに残るのか、出るのか。まあ、残るのだったら伴侶が必要になるけど」
「それは……」
二十歳になるまでに伴侶がいないと、ぼくはここから出ていかなければならない。
自分では分かっていたつもりだったけど、
「まあ、エリーの場合は事情が事情だから、今すぐに考えられないかもしれないけど」
「うん……」
「エリーがどう思っているかは分からないけど、貴方はもう女の子として生きていかなければならない。もちろん生涯独りで暮らすエルフ族もいる。けどどうするか、どうしたいかはじっくり考えた方がいい。まだ、焦る必要はないけど」
「……」
心の整理をつけたつもりだったけど、シアに言われると改めて実感が湧いた気がする。
――ぼくはもう、女の子なのだ。
エルフ族の女の子、エリクシィルとして――わたしとして生きていかなければならない。
いつまでも元男だから、という考えで逃げていてはいけないのだ。
フィールからは自由にしたらいいとは言われている。
ぼくもそれでいいと思っていた。
けど、ずっと目を背けていくわけにはいかないだろう。現実と向き合わなければならない。
テオのことも、そしてウィルのことも。
覚悟を決めたところで、ふとシアはどうなんだろうと疑問が生まれた。
以前にも聞いたけど。あのときはいないって言ってたような。そもそもこのこと自体を忘れていたはずだったけど。
「そういうシアは、どうするつもりなの? 伴侶は見つかったの?」
「……私のことは、今はいい」
露骨に目を逸らされた。気になるけど、たぶんこれ以上聞かない方がいい気がした。
咳払いと共にともかく、と前置きをしてシアが続ける。
「改めて聞くけど、テオの気持ちに応えるつもりはないのね?」
「うん……。少なくとも今は」
ちゃんと向き合うつもりとはいえ、ほとんど何も知らない相手であるテオに対してすぐにOKを出すというのはできない。
「……気がないなら、ちゃんと伝えてあげるべきだと思う。けど、納得させる理由は必要」
「……納得させる理由?」
「今はだめ、子供だからだめ、と言ってテオが納得すると思う?」
「それは……。言ったら怒る気がするね」
「そういうこと。理由作りとしてなにか……テオに対して気になったことはない?」
「うーん……」
テオが納得する理由か。そもそも、テオのことはほとんど知らない。
テオとの会話を思い出す。
「テオは……ウィルのことを気にしていたような……」
「どういうこと?」
「その、わたしがウィルのことを好きなんじゃないかって聞いてきたの」
ぼくがそう話すと、シアは少し考えるそぶりをみせた。
少しの間のあと、何か思いついたかのような表情をして口を開いた。
「……一つ、良い方法を思い付いた」
「えっ、なに?」
「ようはテオに諦めさせればいい。それならとっておきの方法がある」
「もう、もったいぶらないでよ」
なかなか言ってくれないシアに対して、急かすぼく。
けどシアは表情を変えずに、そのままでゆっくりと話し始めた。
「簡単なこと。ウィルと恋愛関係になればいい」
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