Chapter3-11 魔術具
(これ、どうしよう……)
明くる日の早朝。集落の広場で魔術の発動実験を行ったところ、それは起こった。
その日は魔獣退治に出なければならない日だったけど、王都で魔術を試さなければならないことを失念していたことに前日夜になって気付いた。
仕方なく集落の広場で、試してみることになったのだけど。
シアの話から、ぼくの保有魔力が劇的に増加していることは分かっていた。魔術具に威力を抑える効果が付与されているとはいえ、どうなるか分からない。そこでおっかなびっくり威力を調節しながら氷の魔術を発動してみたのはいいものの。想像を超える威力の魔術が発動し、的やその周りにあったものを粗方吹き飛ばしてしまったのだった。
そして右手の指からピシッという音とともに、何かが零れ落ちた。見てみると指輪の台座に宝石がない。足元には宝石の残骸が散らばっていた。
どうやら、また魔術具が壊れてしまったようだ。
(魔力に耐えきれなくなった……?)
確か以前壊してしまったときに、そんなことを聞いた気がする。だとすると、また作り直してもらわないといけないのか。王都の魔術具工房へ行く必要があるけど、暫く王都へ行く予定はない。
とりあえず、長老に相談してみようか。なんにせよ、直すまでは魔術具なしの状態でいなければならない。さすがに魔獣退治の巡回をサボるわけにはいかないからだ。
吹き飛んだ土嚢やらを必死の思いで片付けて、長老の家へと向かったのだった。
「ん、エリクシィルか。どうしたのだ」
「おはようございます。あの、魔術具のことで相談があるのですが……」
「ああ、まあ入りなさい」
長老に案内され、客間へ通される。席に着いて、長老が口を開く。
「それで、魔術具がどうしたのだ」
「あの、また魔術具が壊れてしまって……」
「壊れた……? あれがまた壊れたというのか?」
そういえば、長老には同化後に保有魔力が大幅に上昇していることを話していなかった。
そのことを話すと、長老は頭を悩ませているようだった。
「成程、また宝石を見繕わないといけないということか」
「そうなんですけど……」
以前ヴィーラさんから聞いたときは、その宝石自体が希少品だったはず。
不可抗力とはいえ、それをダメにしてしまったのは痛い。
同じ宝石を用意しても、恐らくまた壊してしまうだろう。
ぼくの魔力に耐えられる宝石は、あるのだろうか?
「……そういえば、エリクシィルが使っていた宝石は、これではないのか」
ぼくが考え込んでいる中、長老が本棚から取り出した書物のとある一ページ。そこには、ぼくの使っていた魔術具の宝石と瓜二つのものが描かれていた。
「たぶん、そうだと思います」
「そうか……。カナタが元の世界に戻る方法を調べていたときに、見た記憶があってな。……それで、こちらが使えるのではないのかと思ってな」
次のページを捲ると、また別の宝石が描かれていた。
本文にはごく一部の優れた魔術師が使用していたこと、採掘地として鉱山名が記されていた。
ここへ行けば、これが手に入るのだろうか。
というか、そもそも宝石ってどういう具合に流通しているんだろう?
「宝石の種類によって、魔力の許容量がおおよそ決まっている。一般的には魔力の許容量が多い宝石ほど希少価値が上がり、手に入りにくくなるのだ」
長老の説明からすると、ヴィーラさんから譲ってもらった宝石よりも手に入りにくいということになるのだろう。
そうなると、これは手持ちのお金で買えるものだろうか? それなりに貯えはあるとはいえ、あまりにも価格が高いと手が出ないかもしれない。
そうだった場合、自分で採りに行くということも考えないといけない。――でも、この鉱山ってどこにあるんだろう? 地理感覚はほとんどない。まあ行動範囲がテレスと王都ぐらいなのだから、仕方がないだろう。
「……これってどこにあるんでしょうか」
「ここから徒歩で二日間ほど歩いた、山岳地帯にある。内部がどうなっているのか、詳しいことは分からない。この山一帯は王国の管理地で、我々が手を出せる場所ではないからな」
なんにせよ、情報が少なすぎてすぐにどうこうできる状態ではない。
王国の管理地ということから、勝手に採掘していいかどうかという問題を長老から指摘された。
確かに確認せずに行ってダメだった、となると無駄骨を折ることになってしまう。
王都の魔術具工房か、ヴィーラさんに聞いてみるのがいいだろう。もしかしたら、ヴィーラさんが宝石を持っている可能性もある。
そして、威力が調整できない件。魔術具には魔術の威力を抑える効果が付与されていた。壊れてしまったということは、それも効かなくなってしまっているということだ。
「以前長老様にかけてもらった、魔術の威力を抑える術だけでもあるといいんですが……」
「あれは、少し特殊な術だから魔術具でないと効果が出ないのだ」
長老からは期待外れの答えが返ってきた。なんとかして慣れるしかないようだ。
「訓練場を壊さない程度になら使ってもらって構わないから、威力の調整に慣れてもらうしかないな。ただ、後始末はしてもらうが」
「……はい」
長老の言葉を聞いてまたあの重い土嚢やらを動かす必要があるのか、とブルーな気分になってしまった。
☆
そのあと長老と少し話したのだけど、最後まで執り行えなかったあの祝福の儀を再度行いたいとのことだった。子供たちに聖樹の前まで行ってもらい、祝福を受けてもらうものだ。
ただ執り行うには子供たちへの確認と、万が一魔獣が現れたときのための付き添いを誰にするか決めてからだとのことだ。
「できれば、付き添いの役目はエリクシィルにしてもらいたいとは思っている」
「わたし……ですか?」
「ああ。エリクシィルは聖樹様のことを一番よく分かっているからな。ただ、聖域内でのこともあるから、無理にとは言わないが」
「……」
まあ、ぼくとしてはあの場にいい思い出はない。長老が言ったのはその点のことだろう。
けれど長老に対しこれまでの恩に報いるためにも、断らない方がいいだろうとは思う。わざわざ指名しているのを無碍にするのも、あまりよくはないだろう。
そして、ぼく自身の気持ちはそこまで重要ではない。恐怖心を抱いているだろう、子供たちの方が問題だ。
「子供たちが行くというなら、わたしが付き添います」
「……本当に任せても大丈夫か? 無理強いしているわけではないのだが……」
「わたしなら、もう大丈夫です。子供たちが聖域に行くことを拒まなければ、引き受けたいと思います」
「……そうか。子供たちへの確認が済んだら頼むことになると思う」
「わかりました」
そういうわけで、子供たちの意思を確認したのちに聖樹への付き添いを行うことになったのだった。
「ところで話は変わるが、両親とは上手くいっているか?」
「はい。優しく受け入れてもらっています」
ぼくは自身をもってそう答えた。実際、親子関係は良好で間違いないだろう。
「そうか。大丈夫だとは思っていたが、心配はいらないようだな。……お節介かもしれないが、エリクシィルは両親にもっと甘えてもいいと思うが」
「……甘える、ですか……?」
「ああ。両親に頼ったり、甘えたりしてもいいのだ。以前のエリクシィルはそうだった」
「……」
以前の、というのはぼくがこの世界にいなかったときの、わたしのことだろう。
「今のエリクシィルは落ち着いているからな。それはそれでいいのかもしれないが……。親としては甘えてほしいときもあるのだよ」
「……そういうものでしょうか」
「そういうものだ。つらいときや悲しいことがあったときは、甘えるといい。きっと親身になって話を聞いてくれるだろう」
「……はい」
まあ、精神年齢で言うとぼくはわたしの三つ上だから、落ち着いていると言われても不思議ではない。なおさら、精神的には男だったのだ。親に甘えるという感覚があまりない。
それは女の子だったら、違うのだろうか――?
「……あまり話すと巡回に差し支えるな。ここまでにしておこうか。また何か困ったことがあったら、いつでも来るといい」
「ありがとうございます」
ぼくは長老にお礼を言い、長老宅をあとにしたのだった。
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