Chapter3-09 レティさんとのひととき
気が付くと、どこか、見覚えのある風景。
――ここは、近所にあった葬儀場だ。
ぼくの周りには、礼服を着た老若男女が数多く見られる。
「かわいそうに……子どもだけで、これから大変でしょうに……」
「誰が面倒を見るんだ、身寄りがないそうだが」
周りの大人から、そんな話が口々に聞こえる。
近所のとある家族に起きた悲劇。子ども一人を残して先に両親が他界してしまった。この葬儀はその両親のものだ。
その家族は近所に住んでいて、子どもはぼくのクラスメイト。その関係でぼくはこの葬儀に参列していた。
葬儀は滞りなく終わり、参列者も散り散りになったころ。
会場に一人残った彼は、祭壇に飾られている両親の遺影を見つめていた。
式の最中、顔を崩さず凜とした態度だった彼だったけど。今の彼はすぐにでも泣き出してしまいそうな、そんな姿を見せていた。
近所に住みながら、彼とはきっかけがなく話したことはなかった。
ぼくはその彼の姿を見て、なにか放っておいてはいけない気がした。
普段、あまり自分から他人に話し掛けることはしないけど、勇気を振り絞って彼に話し掛けた――。
▽
目が覚めた。体を起こし辺りを見渡す。ここは、わたしの部屋だ。
夢だった。なぜ今更、あんな夢を見たのだろう。
寝起きの頭を回転させ、原因を探るもすぐに思い当たる節が。寝る前にウィルのことを考えていたからだろう。寝る前に考え事をすると、それに関連した夢を見ることが過去にもあったのだ。
夢の内容は、ぼくがトオルと初めて出会ったときのことだった。
ここからトオルとの付き合いが始まった。
交通事故。原因は相手側の余所見。そのせいで、トオルの両親はトオルを一人残して逝ってしまった。
家庭の複雑な事情から、両親ともに親戚はいなかった。そのため、トオルは当時中学生という立場で天涯孤独の身となってしまった。
救いだったのは、両親が遺した財産と事故相手からの慰謝料で大学卒業までの学費と生活費を十分に賄えそうだったこと。その点からトオルは地域の民生委員に後見人となってもらい、施設には入らずに自立する道を選んだ。
中学生で天涯孤独というのは、耐え難いものがあったと思う。
トオルは性格はぼくよりも明るいけど、それは孤独を隠す一面であるというのをぼくは知っている。
だから夕飯のときは家に誘ったりだとか、一緒に遊びにいったりだとかしていたのだ。
この世界に来てからは、唯一の繋がりがあるのはぼくだけだ。ウィルの母親はいるけどね。
まあそれは、逆にぼくにとっても言えることだけど。
今にして思うと、あのときトオルのことが放っておけないと思ったのは必然だったのかもしれない。トオルはウィルの分かれた存在だった、ということが明らかになったからだ。同じくぼくが、エリーの分かれた存在だということを考えれば。
住む世界と性別は異なっていたものの、近しい存在であったぼく達は引き寄せられたのだろう。
☆
朝食を摂ったあと。部屋に籠っていると落ち着かないので、気分転換に外へ出た。どうしてもウィルのことを考えてしまうのだ。
紆余曲折を経て、この集落がぼくの本当の居場所になった。わたしの記憶もあるから、馴染み深い気持ちもあればまだ真新しさを感じることもある。
風景を眺めたり住民と挨拶するなどして、集落を一周して自宅の傍まで戻ってきた。けれど、まだ頭の中のモヤモヤは晴れていない。このまま部屋に戻っても、また同じことの繰り返しだろう。
そうだ、レティさんに昨日の話でもしにいこうか。違う話をすれば、少しは気分を紛らわせることができるかもしれない。
そのまま、集落の入り口近くにある支部の前まで足を進めた。
(……話し声?)
そしてドアをノックしようとしたところで、家の中から誰かの話し声が聞こえた。一つはレティさん。もう一つは……誰だろう。男性の声であるのは間違いない。あまり聞かない声だ。
取り込み中だろうし出直した方がいいと考えたものの、振り返ろうとした瞬間にドアが開かれた。
「へぶっ」
支部のドアは外に開くタイプ。勢いはなかったけど、ぼくの体にドアが直撃した。
ちょうど額に当たってしまい、後ろによろけてしまう。
「あれ……? って、エリーちゃん? ごめん、当てちゃったかい?」
額に手を当ててうずくまっていると、先ほど聞こえた男性の声が頭上から聞こえてきた。
「大丈夫です。ちょっと当たっただけですから……」
少しだけヒリヒリする額を撫でつつ立ち上がる。視界に入ったのは男性のエルフ。
――どこかで見たことがある気がするけど、誰だっただろう。
「ごめん、そこに居るとは思わなかったんだ」
「エリーちゃん、大丈夫?」
「いえ、気にしないで下さい。わたしは平気ですから……」
申し訳なさそうに謝ってくる男性と、その隣に現れたのはレティさん。ぼくが問題ない旨を伝えると、両者とも安心してくれた。
「それじゃあ、僕はこれで」
「ありがとう、またお願いね」
そう言って男性の方は帰っていった。どうもあの男性のことが思い出せないので、レティさんに尋ねてみることにする。
「えっと、さっきの方は……」
「食材を融通してもらっている家の子ね。いつもお世話になってるから、お礼にお茶へ誘っていたのよ」
「……そうだったんですか」
ああ、そういえばその家に住んでいる男性だった気がする。なんにせよ、レティさんが問題なくここで受け入れられているようでよかった。まあ長老が言っていたように、差別はなさそうだったからそこまで心配はしていなかったけどね。
「それで、エリーちゃんは何の用だったかしら」
「用らしいことはないんですけど……。王都のことを話したいなあと思って」
「そうだったの。何か面白いことはあったのかしら」
「……面白いかどうかは分からないですけど……」
☆
「へえ、第二王女と友達ねえ……。それは光栄なことじゃないかしら」
そう言ってレティさんは、ぼくに飲み物が入ったカップを差し出してくれた。話している最中にわざわざ淹れてくれたのだ。香りからすると紅茶だろう。
ハーブ系の香りがして、一口飲んだら何だか心が落ち着くような気がした。レティさんも自身のカップを持って席に着いた。
「どうしてわたしなんかが、って思ったんですけど……」
「うーん、同い年なのが大きいんじゃないかしら? 親近感が湧くだろうし。けれどすごいわね、宮廷魔術師とはいえ王宮にコネを持つなんて、なかなかないことよ」
「べ、別にそういう目的で友達になったわけじゃ……」
「冗談よ。でも、大事にしてあげてね。王族だとこういった繋がりは、なかなか持てないだろうから……。エリーちゃんなら家柄とかのしがらみもないから、気軽に話せるだろうしね」
繋がりについてはベネ自身もそう言っていた気がする。王都を訪れたときは遊びに行くと約束したし、今後もなるべく話し相手になってあげられればいいなと思う。
「そうそう、今度王宮のパーティーがあるって連絡が来てたわね」
レティさんは立ち上がり、棚の中から封書を取りだして中の羊皮紙をぼくに渡してくれた。内容を確かめると、開催の案内と日時が記されていた。
「……ああ、前にレティさんが教えてくれた催しですよね。あまり詳しい話までは聞いてないですけど、どんな感じなんですか?」
「そうね、貴族たちが集まって立食で談笑する場ってところかしらね。貴族たちは横の繋がりが重要だから、こういった場は定期的に開かれているのよ」
「へえ、そうなんですか」
以前レティさんから聞いたときも、面倒だろうなあとは思っていたのだけど。そんなことを考えていたら、レティさんが口を開いた。
「婚約相手を探す場として使われている面もあるわね」
「婚約相手、ですか?」
「令嬢や令息が多く参加する場だからね。まあその場で求婚なんてことは滅多にないけど、一言挨拶して顔を覚えられたい、って考えてる連中もいるのよ。……ああ、エリーちゃんは飛び抜けてかわいいから、そうなる可能性はあるわね」
「え……? それ、冗談ですよね?」
レティさんの言葉に思わずそう言い返す。けれど、レティさんは冗談を言っているような様子ではなかった。
「エリーちゃんは爵位はないけど、そういうのを気にしない人だったら十分にあり得るわよ。宮廷魔術師としての実力は貴族たちにも噂になってるらしいし、優秀な魔術師の血を入れたいと思っている家があるかもしれないわね。……まあ、人族とエルフ族との間だと寿命の問題は大きいかもしれないけど」
どうやら本当にそう言ったことが起こりうるらしい。ただそういう場面を想像すると、あまり良い気分はしなかった。
「……あの、パーティーの参加を辞退するのは……」
「宮廷魔術師は原則強制参加。辞退は、よほどの理由がない限りは認められないわね」
「……」
逃げるという選択肢は用意されていなかったようだ。目を付けられることは、なるべく避けたい。前考えていたように、隅でパーティーが終わるのを静かに待っていた方がいいかもしれない。
「たぶん、パーティーには第二王女も参加するとは思うわよ。暇そうにしてたら、話し相手になってあげたらいいんじゃないかしら?」
「……そうですね」
ベネと話をすることは別に構わない。ただ、ベネは第二王女という立場上目立つ存在じゃないのかなとふと思う。そんな相手と話していたら、きっとぼくも目立つだろう。まあ、様子を見ながら話し掛けられそうか見極める感じにしたらいいだろうか。
まあそのパーティーとやらはもう少し先の話だし、そのとき考えればいいだろう。少なくともマナーはベネへの謁見前に学んだから問題はない、はず。
そのあとは、王都でのほかの土産話に興じたのだった。差し障りのない程度でヴィーラさんの話をしたりだとか。
――ウィルの話題は出さないようにしたけど。
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