Chapter3-08 ウィルの気持ち
それから、ウィルと合流したのだけど。
熱に浮かされたかのようで、明らかに体調が悪そうなウィル。もしつらいのなら宿でもう一泊してから帰るかと提案したけど、ウィルは「大丈夫だ」の一点張り。結局ウィルにいわれるがまま、強行して帰ることになった。
時間は昼前。少し早いけど昼食を摂ろうという話になった。あまり長居するとテレスへ戻る前に日が暮れてしまうので、飲食エリアの屋台で簡単に済ませようという流れに。
何を食べようか、と通りを並んで歩いていたところ。屋台並びの一角に人だかりができていて、何なのだろうと気になったのだけど。
「なあ、あれってなんて書いてあるんだ?」
そう言ってウィルが指差したのは、一つの屋台。前面に看板が掲出されている。そこに刻まれていたのは――。
「……カップル限定割引、だって」
その下には”カップルセット”などと、ベタな名称が付いていた。パンの良い香りが漂っている屋台だ。なるほど、周りには主に若い男女のペア、いわゆるカップルたちが互いにパンを食べさせあったりと仲睦まじい姿を見せつけている。
まあ、ぼくたちには関係のないところだろう。
「そこのカップルさんもいかがですかー?」
そう思っていると、客引きの女の子が声を掛けてきた。――ぼくたちではないだろう、そう思っていたけど周囲に男女のペアはいなかった。
この女の子には、ぼくたちがカップルに見えるのだろうか。
「えと、わたしたちは別に……」
「おっ、どんなの売ってるんだ?」
やんわりと断りを入れようとしたところ、ウィルに遮られてしまう。
ウィルはその女の子から、色々と話を聞いているようだった。
「ちょ、ちょっとウィル!?」
「まあ、いいじゃねーか。ちょうど値段も手頃らしいしさ」
そう言うとウィルは、その屋台へとすたすたと向かいはじめたのだ。当然手を繋がれている状態なので、ぼくも引っ張られ連れていかれている。
ウィルは値段のことを口実にしていたけど、そもそもぼくとウィルはそれほどお金に困っていない。だから別にそうした割引やらに釣られることはない。
まあそれよりも、カップルだなんて扱いを受ける方がぼくにとっては――。
「あら、エリーちゃんじゃない。……あらあら、やっぱり彼氏くんだったんだ?」
「え?……いえ、これはその……」
連れられて行く途中、声を掛けてきたのは宮廷魔術師団のお姉さん。どう返答すべきか迷って、言葉が出ずに視線が下がってしまう。
「……ああー。うんうん、他の子には黙っててあげるから。気にしなくて大丈夫よ」
「あの、その、違うんです!」
「邪魔しちゃってごめんなさいね。またねー」
どう考えても誤解を受けていそうなので反論するも、聞く耳を持たないお姉さん。ぼくの否定も虚しく、そのまま去って行ってしまった。
「も、もう! ウィルも違うって言ってよ! …………ウィル?」
ウィルはどこか焦点が合ってない目で、ボーッとしていた。
「ウィル? ……ウィルったら!」
「……お、なんだって?」
背中を叩くとようやく反応したウィル。何でボーッと突っ立っていたんだろう。
どうかしたのかと聞こうと思った矢先、別の方面から声が聞こえてきた。
「あのー、買われるんですか? どうするんですか?」
気付けば屋台の列に入ってしまっていたようで、列の最前まで進んでいたようだ。振り向くと、購入待ちのカップルらがたくさんいた。
「……セット、一つください」
ここまで来て買わないというのも店員に失礼な気がして、買う流れになってしまったのだった。そしてお金を出そうと思ったらウィルが出すと言って聞かず、結局奢られる形となってしまった。
周りがカップルだらけの中、パラソル付きのテーブル席に腰掛ける。先に席を押さえててくれとウィルに頼まれたからだ。
なんだか、精神的に疲れてしまった気がする。とっとと食べてしまって王都を出た方がいいだろう、精神衛生上それがいい。
なにか視線も感じる。まあ、宮廷魔術師の服を着ているから当然なのだけど、気分的に余計気になってしまった。テーブルに突っ伏してしまいたかったけど、はしたないと思い背筋を伸ばしてウィルが来るのを待つ。
じきにウィルがセットを持ってきた。テーブルに置かれたそれを見つめる。サンドイッチの盛り合わせのようだ。いろんな種類の食べ回しができるのはいいのかもしれない。
けれど、そのセットにはおかしな点があった。飲み物が入ったグラスが一つしかないのだ。そして、その飲み物には細い木の棒状のものが二つ並んで入っている。
まさかと思い周囲をちらっとみると、カップルが一つのグラスに顔を近づけて飲み合いをしている。
棒状のものは、中がくり抜かれていた。どうやらストローらしい。いや、そんなことはどうでもよくて――。
「これ、飲み合いをしろってこと……?」
「……そうみたいだな」
つまり、カップル同士で一つの飲み物を分け合うということらしい。
さすがに、これは遠慮願いたい。まあ、別に飲み合いをしなくても、交互に飲めばいいだろう。
「ウィルが先に飲んで。わたしは、残った分でいいから」
そう言ってぼくはグラスをウィルへと渡した。けれど、そのグラスを見てウィルは少し顔をしかめる。
「なあ、一緒に飲まないか?」
「……え、どうして?」
「周りがそうしてるじゃねえか」
「あのね、わたしたちはそうじゃないよね?」
「……なあ、エリー。俺たちは…………」
「……え、なに?」
「いや、なんでもない」
ウィルはそう言うと、ストローでちびちびと飲み物を飲み始めた。
明らかに落ち込んでいる様子に、声を掛けづらい。
そのあとぼくとウィルは、黙々と昼食を済ませた。そして王都を離れ、道中あまり言葉を交わさずにテレスへと戻ってきたのだった。
別れ際もウィルは、それじゃまたなと素っ気ない言葉しか話さないのだった。
☆
家に戻り諸々済ませ、両親への王都での話もそこそこに切り上げて自分の部屋へ。
ベッドサイドに腰掛け、深く溜息を吐く。
昼食のときにウィルの口からこぼれ落ちた言葉に、ぼくはショックを受けていた。
この間、ウィルと友達でいようと確認しあったはずなのに。どうやらウィルはそう思ってはいないらしい。
(カップルになれないか、だなんて……)
あのとき聞こえてないフリをしたけど、ボソボソと小声で呟くように発した言葉はばっちりと聞こえていた。
ウィルは、自分に対して好意を持っているようだ。
ウィルはわたしに対して好意を寄せていたのは、以前から認識していたことだ。
けれど、それはあくまでウィルからエリーによるもの。トオルからぼくによるものではない。そう思っていた。
キスの件でもそうじゃないかとは思っていたけど、これではっきりした。ウィルは、エリクシィルという存在そのものに好意を寄せている。ぼくが含まれているのも、承知の上で。
立ち上がってフラフラと姿見の前へ。そこに映っている自分は、表情の曇った銀髪の少女だ。
もう自分は、人間の男ではない。エリクシィルという名の、エルフの少女なのだ。
以前のように、エリクシィルの代わりを務めていたぼくではない。自分自身がエリクシィルとなったのだ。
「どうすれば、いいのかな……」
自分自身に問うてもどうしようもないのに。姿見に映るわたしに問いかける。当然ながら返事はない。だって、ぼくはわたしでもあるからだ。
このままいけば、そう遠くないうちにウィルから何らかのアプローチが届くだろう。この予想が外れることはない、と思う。
ぼくは今でもウィルのことを友達だと思っている。わたしの方はともかくとして。
ウィルが大切な存在であることには違いはない。でもそれはやっぱりラブではなく、ライクの方だ。
ぼくは、どうすればいいんだろうか――。
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