Chapter3-07 第二王女への謁見
目覚めるとヴィーラさんの部屋ではなく、違う部屋――ぼくが荷物を置いた部屋だった。
最後にある記憶だと、ヴィーラさんの部屋にいたのは間違いない。たぶん、ヴィーラさんがここまで運んでくれたのだろう。
いつの間にか、違う下着を着せられている。不快な感覚がしないので、体を拭いてくれたのだろう。
とはいえ謁見の前に身を清めたいと思い、シャワーを浴びに行くことにした。
シャワーを浴びたあと、いつの間にか洗濯されていた宮廷魔術師の衣装に袖を通す。脱衣所を出て廊下を歩いていると、ウィルの後ろ姿が見えた。
「おはよう、ウィル」
「お!? おう、エリーか、おはよう」
「……?」
ぼくが声を掛けると、ウィルはなぜか体をビクッと震わせた。挨拶の声も裏返っているようで、妙に高かった。一体どうしたんだろう?
「どうしたの? 顔、赤いよ? ……もしかして、体調でも悪いの?」
「いや、何でもない、何でもないぞ……」
どこかおかしな様子のウィル。
そのあとヴィーラさんと朝食のときには、なぜかウィルから視線を感じた。ちらっとウィルを見てみると、やっぱり顔が赤い。
もしかして、風邪でも引いてしまったんじゃないか。そう思わざるを得なかった。
食事のあと、ソファで一服しているウィルのところへ向かう。視点が定まっていないというか、どこか上の空というか。そういった印象を受けた。
「ウィル、本当に大丈夫? 熱でもあるんじゃないの?」
熱で、頭がぼうっとしているんじゃないか。そう思ったぼくは、手のひらをウィルのおでこへと触れる。その瞬間、ウィルはぼくの手をはねのけた。
「ウィル……?」
「あ……す、すまん! 本当に何でもないから心配しないでくれ」
どこか気まずそうな顔をして、ソファから立ち上がって外の空気を吸うと言って出て行ってしまった。
うーん、症状から見るとどう見ても風邪っぽいんだけど――。
例えそうだとしても、ぼくに心配を掛けないために見せているのかもしれない。
そのあとヴィーラさんにお礼を述べて別れ、詰所へと向かおうとした矢先。ぼくを置いてそのまま向かおうとしたウィルを、慌てて呼び止める。
「ウィル、手、繋がないの?」
「あ、ああ。そうだな」
ウィルの手を握り、一緒に大通りを歩く。けれどウィルはやはり体調が悪いのだろう、少し足取りが重いような印象を受けた。
ウィルとはお昼前に飲食エリアで待ち合わせる約束をして、一時の別れ。別れる際、体調が悪いのなら飲食店なりで休んでいないとダメだと忠告しておいた。
そのあと詰所に寄り、ラッカスさんと合流。ラッカスさんの案内の元、初めて王宮内へと足を踏み入れた。
詰所も十分に豪華な造りだと思っていたけど、王宮内はそれを超えた別次元の空間だった。床は大理石が敷き詰められ、天井には絵画が飾られていたり、また彫刻が施されている。廊下の随所に、高級そうな花瓶や石像などが設置されている。さながら美術館の中を歩いているかのようだった。
客間に通され、待つこと数分。近衛兵に呼ばれ、ラッカスさんとはここで別れた。近衛兵のあとを付いていくと、立派な造りの前まで案内される。粗相のないように、と近衛兵から注意を受け、はいと返答する。
扉の前でぼくが来たことを告げ、扉が開かれる。案内されるまま室内に足を踏み入れると、ぼくの部屋の数倍の広さがありそうな空間が広がっていた。壁の窪みにはいくつかの美術品が置かれていて、奥には天蓋付きのベッドが見える。
少し手前にあるテーブルに座っていた、ドレス姿の少女がゆっくりと歩いてきた。
「宮廷魔術師団のエリクシィルです」
ぼくのところまで来る前に、先にそう言って挨拶のポーズをとった。片足を後ろに引き、腰を曲げて頭を下げスカートの裾を少し持ち上げる。
「どうぞ顔を上げてください。よく来てくださいました。わたくしはベネデッタ・クエルチアと申します。……この方と二人だけで話がしたいので、下がっていただけるかしら」
第二王女がそういうと、近衛兵は静かに部屋から退出していった。
そして、部屋の中にはぼくと第二王女だけ。
(き、綺麗……)
顔を上げたぼくは、第二王女の姿を見て思わず息を飲んだ。身に纏った絹のドレスは装飾が凝っていて、美術品のような印象を受ける。けど、第二王女自身はその衣装に決して負けていない。
背中まで下ろしたきめ細かい金髪に整った顔付きで、一際目立つぱっちりとした瞳。
かわいいというよりは、美しいという言葉が適切かもしれない。
あまりジロジロ見るのも失礼かな、と思っていた矢先。逆にぼくの姿を爪先から全身を見つめている第二王女がいた。表情から、興味津々といったような印象を受けた。
「かわいらしいですわね……エルフ族の方はあまりお見かけしないので……」
「ええと、あの、そのう……?」
「ああ、ごめんなさいね。つい、はしゃいでしまって……」
そう言うとこほんと咳払いをして、姿勢を正した。
「御礼が遅くなってしまいましたが……。先の件ではわたくしを助けていただき感謝申し上げます」
第二王女はそう言うと、深々とお辞儀をした。
「あ、あの、頭を上げてください」
ぼくは慌ててそう言い、頭を上げてもらった。感謝はされるとは思っていたけど、まさか頭を下げられるなんて思ってもいなかった。
「いえ、受けた恩にはきちんと報いなければなりませんの。これは母上からの教えなんですの。とはいえ、差し上げられるものはないですの……。せめて、お茶ぐらいは飲んでいってもらえないかしら」
そう言い第二王女はにこっとぼくに微笑んだ。
「わざわざお礼を言っていただけただけで十分です、ありがとうございます。……ただ、折角なのでお言葉に甘えたいと思います」
「ふふっ、エリクシィルさんは年齢より随分落ち着いて見えますわね」
ぼくからすれば、第二王女も十分そう見えるんだけど。ぼくは見た目は十三歳だけど、精神年齢は十六歳だし。
「エリクシィルさん、よろしければ貴女のことを聞かせてくださらないかしら。わたくしの耳にも、武勇伝が入ってきておりますの」
「……はい、構いませんが……」
☆
「なるほど、宮廷魔術師になったのはそういう経緯でしたの……。あの火柱は、王宮の中でもちょっとした騒ぎになっていたんですの」
「あはは……」
部屋のテーブルに向かい合って座り、ぼくは宮廷魔術師になるまでの経緯を話していた。
話している間、座っている椅子やテーブルがいかにもお金がかかってますという造りで、あんまり落ち着かなかったのだけど。
一通り説明が終わったところで、ぼくは気になっていたことを逆に質問することにした。
「あの、わたしも聞きたいことがあるのですが……。どうして、あの夜外に出ていたんですか?」
「それは、退屈だったからですの」
「……はい?」
「わたくしも立場上、気軽に出歩くことができないのは承知しておりますの。だけど、この部屋にずっといるというのは退屈で退屈で……。あの夜も近衛兵たちの警備が手薄になっていたところを、抜け出したんですの」
「……」
第二王女の言葉にぼくは言葉を失う。言葉遣いなどはお淑やかな佇まいなのに、行動力はある、というか中々アクティブな思考の持ち主のようだ。
「本当は王都の周りを少し走ったら、すぐに戻るつもりでしたの。そうしたらあの魔獣に見つかってしまって……。逃げ回っていたところを、エリクシィルさんやレティさんに助けていただいたんですの」
「そうだったんですね……」
「ああ、あの夜以来は抜け出そうとは今のところは考えていないので、安心して欲しいですの」
「あはは……」
まあ、相当怯えていたとかあれに懲りたとか聞いた気がするし。今のところは、っていうのはなにか引っかかるけど。まさか、またそのうち抜け出すんじゃないだろうか。
「姫様は昔から抜けだし癖があって、脱走姫だなんて呼ばれてるんですよ……。暫くは懲りて欲しいものですけど」
横から声が聞こえて振り返ると、お茶道具一式を持った給仕姿の女の人がいた。年齢は二十歳前半ぐらいだろうか? 濃紺のショートカットで、スレンダーで高身長な体付きだ。
「……ああ、彼女は侍女でリースと言いますの。わたくしの小さい頃からずっとお世話していただいている方ですわ」
第二王女がそう言うと、リースと呼ばれた人はぼくに対してお辞儀をした。
「リースと申します。姫様を助けていただいてありがとうございます」
「あっ……わたしはエリクシィルと言います」
ぼくも立ち上がって、頭を下げる。よろしくお願いしますね、とリースさんはぼくに言葉を返してくれた。
「本当、かわいらしいエルフさんですね。でもあのような実力を持っているなんて……。この国も安泰ですね」
「ええ、本当に……。宮廷魔術師でも歴代最年少とお聞きしていますわ」
口々に褒められて、少し恥ずかしいような、嬉しいような。顔が赤くなっているような気がして、ちょっと俯くような形になってしまった。
「……恥じらってる姿もまたかわいらしいですね。……そろそろ戻りますね、どうぞ、ごゆっくり」
「あ、その、ありがとうございます……」
会釈して去っていくリースさんに、ぼくは複雑な気分で御礼を言うのだった。
☆
それからぼくの集落での生活を話したり、逆に王宮での生活を聞いたり。
そうしていると、時間があっという間に過ぎていった。
「そろそろお昼も近くなってきたようですの。確か、お約束があると仰っていませんでしたかしら」
「あ……そうですね、そろそろ出ないといけないです」
席を立とうとしていたぼくに、第二王女が「ちょっとお待ちになって」と声を掛けてきた。
「あの、エリクシィルさん、お願いがあるんですの」
「なんでしょう?」
「その、エリクシィルさんがよろしければ、わたくしとお友達になってほしいんですの」
「友達、ですか?」
両手の指を重ねて、少し視線を落とした第二王女。ほんの僅かだけ曇った表情を見せ、口を開いた。
「ええ。わたくし、こういう身分ですからなかなかほかの方と交流する機会も、相手もいなくて。くだけて話せるのは、リースぐらいですの。エリクシィルさんは同い年と聞いて、お友達としてお話がしたいんですの」
第二王女はそう言って少し頭を下げた。また頭を下げた第二王女に対し、頭を上げてくれと言うのだった。
ぼくとしては断る理由は全くない。けど、宮廷魔術師とはいえ、第二王女という身分の高い人と気軽に話してもいいんだろうか。それを尋ねてみると――。
「それは、わたくしが許可を出せばそれで済む話ですので、いつでも来て欲しいんですの。それで……あの、ご返事は……」
不安そうな表情を見せる第二王女。話していて楽しかったし、ぼくとしても友達になってみたいという気持ちはあった。
「わたしでよければ、喜んで」
「まあ……ありがとうございます。嬉しいですわ、エリクシィルさん」
「わたしは、親しい方にはエリーと呼ばれています。ベネデッタ様も、そう呼んでいただけないですか」
「……エリー、ですのね。今度からは、そう呼ばせてもらいますわ。……だったら、わたくしのこともベネと呼んでほしいですの」
「えっ……さすがにそれは……」
「お友達、なら同じように呼んでくれないと嫌ですわ」
「分かりました。……その、ベネ」
ぼくがそう言うと、ベネは満面の笑みを浮かべた。
「王都へ出ていらっしゃったときは、是非遊びにきて欲しいですの」
「なるべく時間を見つけて来るようにします」
「約束、ですわ」
「……はい、約束です」
そしてぼくはベネにお別れをして、部屋を出た。
まさか、第二王女と友達になるなんて夢にも思わなかった。ベネが楽しんでくれるような話を仕入れる必要がありそうだ、そんなことを考えながら王宮をあとにしたのだった。
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2017/4/10 ベネの名前修正