Chapter3-04 皆への報告
翌朝。あまり寝付けなかったせいか、少し身体が重いような気がする。
井戸の水で顔を洗ったら幾分かすっきりした気がする。――心の中のモヤモヤは、まだくすぶっている。
昨晩の夕食時はフィールに心配されてしまったというか、色々尋ねられてしまい参ってしまった。
まあ、帰ってきて顔もろくに合わせず部屋に入ってしまったので、ウィルに受け入れてもらえなかったのじゃないかと思われてしまっていたようで。
そこはちゃんと分かってもらえたから心配ない、とはっきり伝えたのだけど。帰ってきたときの態度の説明は、しどろもどろになってしまった。
そうなってしまったのも、すべてあの感情のせいだ。
あの胸の鼓動の正体は、ウィルがエリーにキスしていた場面を見てしまったことで、なぜか胸がドキドキしてしまうというものだった。
わたしは、それが意味することを理解していなかったようだ。エリネの態度を思い返してみると、ぼくやシアがそうだと思い込んでしまっていたようだ。
ぼくはそれを経験したことはないけど、それが何なのかは分かる。思い込みだったとはいえシアがそう言っていたのだから、恐らくは間違いないだろう。
ただそれは、あくまでわたしがそうだっただけ。決してぼくのものではない。
心の中でそう結論付けて、それ以上は考えないことにした。そうすることで、気分は幾分か落ち着いたような気がした。
だって、エリーがウィルにならともかく、ぼくがウィルに対してそのような気持ちを抱いたりすることは起こり得ないのだ。――絶対に、あり得ない。
けれど、ウィルがエリーに向けていた想いの矛先は、今後どこへ向くのだろうか。ウィルがぼくのことを知った上で、王都であのような行為に及んだのは間違いないのだ。ウィルがどういうつもりなのか、全く理解ができない。
半ば逃げるようにウィルの家を出てきてしまったのは、悪手だった。一緒に王都へ行くというのに、どういう顔をしていけばいいのだろう。気まずい雰囲気のまま、王都までの長い道中を行くのは厳しいものがある。
――いや、そうは思ったけど。急いで帰った理由をウィルは分かってないだろうし、考えすぎかもしれない。でも、何か呼び止められていたような気もする。
あれは何だったのだろう。
そんなことを考えていたらなかなか寝付けず、少し睡眠不足になってしまったのだった。
☆
朝食を摂り、長老にお礼を言いに行ったあとはレティさんのいる支部へ。
レティさんはエリネのことをずっと心配してくれていたので、報告をしなければならないと思っていた。
ぼくの顔を見るなり、心配そうな表情を見せるレティさん。すぐに支部の中へ入れてくれた。
「エリーちゃん、倒れたって聞いていたけど……もう大丈夫なの?」
「もう平気です。あの、エリネのことなんですが……」
案内された席に着いて、エリネのことを話し始めた。けど、レティさんには本当のことは話すつもりはない。
長老とも少し相談をしたけど、宮廷魔術師団の人らには伏せた方がいいだろうという話になったのだ。なぜならば、エリネのことを話すにはぼくの正体を明かす必要がある。ひいては、聖樹やテレスのことも話す必要があるのだ。
エリネについてどう話そうか悩んだけど、仲間の精霊たちの元へ帰ったという話に落ち着かせるしかなかった。この答えが理由として適切なのかどうかは分からないけど――。
エリネのことを気に入っていたレティさんは、がっかりしていたようだった。嘘を吐くことになってしまって少し心苦しいけど、どうしようもない。
一、二日ほどテレスを空けて王都へ行く旨を伝えて、支部をあとにした。
☆
そのあとはシアの家へ。とくに用事はなかったけど、何となくシアと話がしたくなったから寄ってみたのだ。
ドアをノックしつつ声を掛ける。暫くしてドアが開かれて、動く物体がぼくの胸へと飛び込んできた。姉譲りの緑髪を靡かせた少女、リアだ。
「エリーお姉ちゃん、大丈夫だったの? お姉ちゃんから倒れたって……」
顔を上げてぼくを不安そうに覗き込んでくるリア。シアからぼくのことを聞かされていたいたようだ。
「わたしは元気だから。心配掛けてごめんね」
ぼくは安心させようと笑顔を向けて髪を優しく撫でてあげた。目を半分瞑って気持ちよさそうにしていたリアだけど、暫くするとキョロキョロと周りを見渡して――。
「エリネちゃんは一緒じゃないの?」
「……えっと」
リアはそう言って、ぼくをジッと見つめる。しまった。リアにエリネのことをどう説明しようか、全く考えていなかった。どうしよう、レティさんに話した内容と同じでもいいだろうか。
「……エリネは、ほかの妖精たちの元に帰っていったのよ」
どう答えようか迷ってオロオロとしていたぼくだったけど、奥からそんな声が聞こえた。声の主はシアだった。振り向いていたリアはそれを聞いて、ぼくの方に向き直す。
「えっ……そうなの……?」
トーンの低い声でリアはぼくに聞いてきた。目線をふとリアの後ろにいるシアに向けると、軽く頷くような動作を取っていた。――話を合わせろという意味だろうか。幸いぼくがレティさんに話した内容と、ほとんど同じのようだ。
「……うん。急に帰らなくちゃいけなくなったって」
「そうなんだ……」
「……最後にリアへ挨拶できなくて残念だけど、またねって言ってたよ」
「……また、エリネちゃん来てくれるかな……」
しゅんとした様子でぼくにそう尋ねてくるリア。
どう言ったものか。下手なことを言ってしまうと、変に期待させてしまうだろう。
「あの子にも仲間がいるのだから、難しいかもしれない。……けど、エリーが代わりに遊んでくれるんでしょう」
「あ、うん……わたしでよければ。……ダメかな?」
「……ううん、そんなことない!」
そう言ってリアは再びぼくの胸へと顔を埋めてきた。
そうしてまたリアの頭を撫でていたけど、どこかリアの様子がおかしい。少し肩が震えているような気がする。嗚咽も聞こえる。――やっぱりエリネがいなくなって寂しいのだろうか。ぼくはリアが落ち着くまで、優しく抱きしめてあげることにしたのだった。
そのあとは、暫くリアの話し相手となった。遊びとならなかったのは、昨日寝込んでいたぼくの体調を気遣ってくれたからのようだ。リアからはこの間王都へ行った際の、土産話をねだられたのだった。
リアと話をしながら、今後遊び相手になることを考え一抹の不安が過ぎる。何がというと体力面の心配だ。何しろこの体はすぐにバテるのだ。元気一杯のリアについていけるだろうか――。
そのうちにシアから声が掛かり、リアにまた今度ねと言って別れシアの部屋へ向かった。
「……ふう。シア、さっきはありがとう」
「困ってたようだったから、そうした方がいいかなって。気にしなくていい」
礼を述べたぼくに対し、シアはそう言うと柔らかい笑顔をぼくに向けてくれた。本当にこういう時は頼りになる。
「それで。何か用事があったのかしら」
「……ううん、別に何かあったわけじゃないけど……」
そこからぼくは言葉に詰まってしまう。ただなんとなくシアと話がしたいなと思い、寄ってみただけなのだ。リアとお喋りすることになったのは、想定外だったけれどね。
「そう……。ところで、ウィルとは上手くいったのかしら」
「え……う、うん……それは大丈夫だった……けど」
「……けど?」
唐突にウィルの話題を出されて、変に声が上ずってしまった。昨日のことを思い出してしまったのだ。
ウィルには、ぼくのことを受け入れてもらえたのは事実だ。けれど、それ以上のことを話すことはできない。ウィルは、正体を明かさないでほしいと言っていたからだ。例えシアであっても、それは例外ではないだろう。
「……すごく驚かれたけど、ちゃんと分かってもらえたし、これからも変わらずに付き合ってくれるって言ってくれたよ」
なるべく表情を変えずに答えると、少しの間が空いてシアは「そう」と答えた。
そして軽く話をしたのちに、明日からの予定をシアに伝える。
「明日王都へ行って、ヴィーラさんに話をしてこようと思ってるの」
「……ああ、ヴィーラさんは知っているものね。確かに話した方がいい」
「うん。あとは、エリネの心配をしてくれてた宮廷魔術師団の人らに、エリネは無事だったということを伝えないと」
「……そう、気を付けて」
「ありがとう。……それじゃあ、そろそろ帰るね」
そう言って立ち上がったぼく。シアに背を向けた瞬間、「エリー」と呼び止められる。振り返ると、心配そうな表情を見せたシア。
「困ったことや悩んでることがあったら、いつでも来て。話は聞いてあげられるから」
「……うん、ありがとう。シア」
シアの言葉にそう返答し、シアの家をあとにした。
いつもぼくのことを考えてくれているシアには、感謝してもしきれない。
――王都から戻ってきたら、何かお礼をしよう。そう決めたぼくは、どのようなお礼をしようかあれこれ考えながら家へと戻るのだった。
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