Chapter3-03 ウィルへの告白
「んん? エリー、体はもう大丈夫なのか?」
ウィルの家。軒先で服を手で払っていたところを、ちょうど捕まえることができた。傍で草がふわっと舞っていたのをみると、恐らく叢の中を探していたのだろう。
「うん、大丈夫。……あのね、ちょっと話があるんだけど……」
「ん、どうしたんだ? ……ああ、エリネのことか? すまん、あれから探しているんだがまだ見つかってない。必ず見つけ出すから待っててくれ」
ウィルが申し訳なさそうに言う。ずっと探してくれていたようだけど、これ以上無駄骨を折らせるわけにはいかない。
「違うの……。えっと、ウィルの部屋で話してもいい?」
「んん? お、おう……分かった、入ってくれ」
どこか余所余所しい態度を見せたウィルだったけど、すぐにぼくを家へ招き入れてくれた。
「それで、話ってなんだ?」
そして、ウィルの部屋。椅子に座ったウィルがぼくに向かって話しかける。ぼくは、ウィルのベッドサイドに腰かけている。
そういえば、ウィルの部屋に入るのは二回目か。前回来たときはあまり見なかったけど、ウィルの部屋は質素な造りだ。ベッドと、大きめのテーブルに棚が一つだけ。テーブルには魔術具である剣が立て掛けられていた。
「えっと、エリネのことなんだけど……。エリネはもうどこにもいないの」
「……は? いないって、どういうことだ?」
ぼくの言葉に、ウィルが目を丸くして声を上げた。
少し覚悟が揺らいだぼくだったけど、勇気を振り絞って声を出す。
「エリネのことも含めて、ウィルにずっと隠してたことがあるの。今から話すこと、信じてもらえるか分からないけど……。わたし、実は……」
「ちょっと待った。先に俺の質問に答えてもらえないか」
「……え? う、うん……」
ウィルから静止されて、突然の提案。ウィルのどこかいつもと違う雰囲気に押され、ぼくは思わず了承してしまった。
「エリーは……カナタなのか?」
「…………え?」
ウィルの質問に、ぼくは絶句する。
ぼくが打ち明けようとしていたことを、なぜウィルが知っているのだろう。ぼくの正体を知っているのは長老とシア、そしてもういないエリネしかいない。誰かがウィルに話したのだろうか? ――いや、少なくともわたしは話していない。長老もシアも打ち明ける理由がない。だったら、どうして――。
「……やっぱり、そうなんだよな?」
固まってしまっていたぼくに対し、そう言ってずいっと身を乗り出してくるウィル。考えが纏まらないまま、言い訳をしても仕方ないと思い「う、うん……」と返答をする。
「ああ、聖樹の言ってたことが嘘かと思ったぐらいだった。やっぱり、カナタだったんだな……」
ウィルはそう言ってはあと溜息を吐いた。聖樹が言ってた? どういう意味だろう?
「俺も言わないといけないことがある。俺はウィレインでもあり、北中透でもあるんだ」
「…………は?」
ウィルの言っている意味が分からず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
今、ウィルは北中透だと言った。その名前は、ぼくの数少ない友人の名前だ。
わけの分からないことが続いて、いよいよ思考停止に陥ってしまった。
「え、え? なんで……?」
「そうだな……俺の話を聞いてもらえるか」
ウィルはそう言って立ち上がり、ぼくの前までやってきて経緯を話し始めた。聖域でウィルが深手を負ったときに、ウィルを救うため聖樹によってこちらの世界に呼ばれたのだそうだ。そのときに、エリーがぼくであることを伝えられたらしい。
「ほんとに……トオルなの……?」
「おう、そうだ」
「……なんで、今まで教えてくれなかったの……?」
「いや、教えようと思ったこともあったんだが……。一つは、本当にエリーがカナタなのかが分からなかったことだな」
ウィルにそう言われ、ぼくは首を傾げずにはいられなかった。聖樹から直接、エリーの中身はぼくだって聞いたんだよね?
「ああ……。その、どこからどう見ても女の子で、本当に中身がカナタなのかって思ってしまったんだよ。仕草とかからしても、とてもそうには見えなかったからな……」
その言葉を聞いて、複雑な気分になるぼく。なんだかシアからも同じようなことを聞いた気がする。
まあ、今となっては本物の女の子となってしまったわけだけど。フリは無駄ではなかった、ということにして心の中に気持ちをしまっておく。
「……一つって言ってたけど、理由はまだ他にもあるの?」
「ああ、それはだな……」
そう言って、ウィルは頭を掻いて視線を泳がせる。どうしたのだろう。
「……?」
「……いや、この際だから言うが、カナタが元の世界でどうなっているかを知らなかった場合のことを考えて、言わなかったんだよ」
「……」
ウィルは真っ直ぐこちらを見つめて言った。
ああ、そうだ。ぼくは元の世界で死んでいるというのを知ったのは、つい先日のことだった。聖樹から聞かされたときは、相当なショックを受けた。それを思い出した今でも、やはりまだそのショックは残っている。
ウィルの話を聞いて、どうしても気になったことを聞いてみることにする。正直聞くのは少し怖いけど――。
「……元の世界で、ぼくは、どうなってたの?」
ぼくはウィルに恐る恐る尋ねる。結末は分かっているけど、どうしても聞きたくなってしまった。
「ぼく」と喋ったとき、なぜか違和感を覚えた。不思議に思ったけど、考える間もなくウィルが口を開いた。
「……あのあと、スーパーの近くでカナタが倒れていたのを、通りがかった人が見つけて救急車を呼んでくれたそうなんだが……。病院に運ばれたときにはもう手遅れだったらしい。急性の心不全、と聞いた」
「……そうなんだ……」
肉体の生命活動を停止した、と聖樹は言っていたから、そういうことなのだろう。
自分の死因を聞かされる、というのは不思議な感覚だ。自分に起こったことのはずなのに、自分のことでない。そんな気分だった。
そのあと、家族はどうだったのだろうかと気になった。父親や母親、そして妹。
あの日朝に行ってきます、と声を掛けたのが、家族との最後の会話になってしまった。もう、二度と会うことは叶わない。家族だけではない。学校の友人たちもだ。そんなに多くはないけど、よく話していた友人たちと馬鹿話をすることは、もうできないのだ。
ふいに頬が何かを伝う。指で拭うと、指が濡れていることに気付く。さっきあれだけ泣いたのに。拭っても拭っても、それが収まることはなかった。
「すまん、やっぱり言うべきじゃなかったか……」
ウィルの申し訳なさそうな声が聞こえる。
涙で曇った視界の中で、ウィルの姿がぼやけて映る。
そうだ、みんなとはもう会えないけど、ウィル――トオルはここにいる。
そう思うと少し安心したような、そんな気分になった。
「エリー……大丈夫か?」
「……うん……。平気」
ゴシゴシと目を擦って、涙を拭う。どうやら涙は止まったみたいだった。悲しいけど、なんとか堪えて話を進める。
それから、ぼくがこの世界に来てからのことをウィルに話した。聖域の事件以前までの事情は、ウィルはほとんど知らないだろうと思ったからだ。
「中々苦労してたんだな……。そりゃ体も性別も違うんだから当然か」
「あはは……でも、長老やシアのおかげで何とかなったよ」
そして、今後についての話題になった。
今後とはいっても、この世界でこのまま暮らしていくしかないのだけど。
聖樹が言っていた通り、テレスを守護するということを確認し合った。
でも、改めて考えるとエリーとして生きていく、ということにまだ気持ちが固まっていないような気がしていた。ふわふわしているような、そんな感覚だ。
ウィルは、自分自身のことをどう思っているのだろう。それとなく尋ねてみると、こちらの世界に来た時点でウィルとして生きていくことを決心していたそうだ。
「カナタのことを見てきたから、こっちの世界に呼ばれた時点で覚悟を決めたからな。元の世界の自分がどうなったかも、想像できたしな」
ウィルがあまりにあっけらかんと言うものだから、拍子抜けしてしまったぼく。
「わたしがこっちに来たときは、不安で仕方なかったのに……。ウィルは強いね」
「……まあ、カナタがこっちにいるってのがすぐに分かったからな。自分だけじゃないって思うと大分気は楽だった」
ぼくとしても、ぼくのことを誰も知らない――この世界で生きて行かなくてはならないのかと思っていたけど、トオルがいるのなら心強い。
自分のことを誰かに打ち明けたのかどうかウィルに尋ねてみたけど、誰にも話していないとのことだった。
誰かに話すつもりはないのかと尋ねてみたけど、ウィルは別に話す必要はないと言って断ってきたのだった。そうする理由は聞けなかったけど、ウィル自身言うつもりがないのであれば、ぼくはそれ以上言うべきではないのかもしれない。
ただ一つぼくは気になること、というか確認したいことがある。今後のウィルとの付き合い方にも関わってくるのだ。ウィルに拒絶されることはない、と思ってはいるけど、確認しておきたかった。ぼくはウィルの目を見て、口を開く。
「ウィルはその……わたしのこと、気持ち悪いとか思わない?」
「は? どうしてそんなこと聞くんだよ」
「だって、わたしの半分は男だし……。男と女が混じっているなんて、そう思われてもおかしくないなって……」
「エリーはエリーだ。俺は……気にしてない。だからといってカナタのことも決して忘れはしないぞ」
ウィルのその言葉は、ぼくにとって本当に嬉しいものだった。エリーとしてだけでなく、カナタのことも考えてくれている。
「ウィル……これからも、友達としていてくれる?」
「友達……ああ、そうだな……もちろんだ」
ぼくからのお願いに対して、何か一瞬少し顔が曇ったような気がしたけど、気のせいだろうか。でもウィルはすぐに笑顔を向け、右手を前に差し出してきた。
「ありがとう……これからもよろしくね、ウィル」
「ああ、よろしく、エリー」
ぼくはその手を握り返して笑顔を向けた。ウィルと一緒なら、この世界でもきっと生きていける。
そう思うことでエリーとして生きていくということに、少し実感が湧いた――そんな気がしたのだった。
☆
「あ、そうだ。宮廷魔術師団のラッカスさんから、ウィルを連れてくるように言われてたの」
そして暫く話をしていたとき、ふとラッカスさんからの話を思い出した。ウィルがなぜラッカスさんから呼ばれているかは分からない。以前も話をしていたようだけど、どういった内容なんだろう。
「ん、そうなのか……。呼ばれてるなら行かないとな」
「……行くなら、付いていってもいい?」
それはともかく。王都へ行くと聞いて、便乗しない手はないと思いウィルに尋ねてみる。ぼくの状況を心配している相手がいるので、報告をしにいかなければならないと思ったからだ。
「ああ、構わないぞ。……ただ、行くなら明後日の朝だな」
「え、別に明日でもいいけど……?」
明後日というウィルの意図が分からず、問いただす。明日になにか予定でもあるのだろうか?
「あのな、エリーはさっきまでぶっ倒れていただろうが。せめてもう一日ぐらいはゆっくり休んでろって」
「……うん」
ウィルにそう言われ、反論もできずただそう返答するしかなかった。
倒れていただけでなく、ついさっきまで頭痛が止まらなかった状態だったのだ。ほかには別に体の異常があるわけではないけど、数時間歩くということを考えると一日は様子をみた方がいいのかもしれない。
ラッカスさんの用件も、聞いていたところでも急ぎではなさそうだったし。一日遅れても差し当たって問題にはならないだろう。
「それじゃあ、明後日の朝に門のところでいい? ……一泊するつもりの方がいいかな?」
「そうだな……用事がいつ終わるか分からないし、準備しといた方がいいかもな」
「うん。じゃあ、また明後日……っ!?」
「エリー? おい、どうした?」
ベッドサイドから立ち上がって帰ろうとした瞬間、視界がぐわんと揺れた。足がガクガクと言うことを聞かない。立ち眩みだ――まずい、倒れると思ったそのとき。
「う、うわっ!」
「きゃっ!?」
ウィルの声が聞こえて、身体が後ろに押される感覚がした。そのまま、後ろへ倒れ込む。ボフッとベッドの柔らかい感触が背中を包んだ。それと同時に、身体の上に何かがのしかかったような重さを感じた。
「え……?」
目を開けると、ウィルの顔が目の前にあった。のしかかられたかと思ったけど、そこまで重さを感じなかったのは、ぼくの身体の両脇に手を付いているからだと気付いた。どうやら、押し倒された状態になってしまったようだ。
けど、その瞬間。とある情景が頭の中で再生された。
それは思いさえしなかったもので――。
「す、すまん! エリーを支えようと思ったら足が絡まって……」
「う、うん、大丈夫、だから……」
ウィルが何かを言っているけど、頭に入ってこない。ぼくはただ大丈夫だと言うことしかできなかった。何度も頭の中で、さっきの場景がぐるぐると駆け巡っている。
「ウィル、重いよ……」
「わ、悪い!」
頭に焼き付いてしまったそれに我慢できなくなり、両手でウィルの身体を押し上げた。とはいってもぼくの力じゃ押し上げるのは無理なので、意思表示なだけ。重いとは言ったけど、実際に重かったわけではない。咄嗟に適切な言葉が思いつかなかっただけだった。
ウィルはすぐにぼくから離れて、身体を起こした。ぼくも身体を起こす。今度は立ち眩みはしなかった。さっきのは一時的なものだったようだ。
ウィルと顔を合わせることができない。一刻も早くここから出なければ、どうかしてしまいそうだ。ぼくは足を進めて、ウィルの横をそのまま通り抜ける。
「そ、それじゃ、帰るね!」
「ま、待てエリー!」
後ろから声が聞こえたけど、振り返ることはできなかった。そのままウィルの部屋を出て、走って家に戻る。
家に戻るとフィールが出迎えてくれたけど、返事もそこそこに自分の部屋へ。部屋のドアを閉めると、ドアを背にそのままずるずると座り込んだ。
「ふぅ、ふぅ……」
走ってきたので、完全に息が上がってしまっている。胸に手を当てると、どくどくと鼓動を感じた。
息が整ってきても、鼓動は治まるどころか強くなっているような気がした。
あの瞬間、とある情景が思い起こされた。ベッドの上で寝ているエリーに対して、唇を合わせたウィルの姿。わたしがエリネだったときの記憶だ。
たぶん、王都でウィルと宿に泊まったときだと思う。あのときキスされていただなんて、思いもしなかった。
ウィルがエリーのことを好きだったのは、分かっていたけど。寝ている間に唇を奪うなんて、ちょっとどうかなって気はする。
あれ? でもウィルは、エリーの中身がぼくだったことは、知っていたんだよね?
それが意味することに、少し背筋が凍るような感覚に襲われるぼく。けれど、それより不可解なことが――。
「どうして……?」
思わず声に出してしまうほど動揺しているのが、自分自身でも分かった。
胸に当てた手をぎゅっと握る。どうしてだろう。どくっどくっと胸の鼓動が続いている。
暫くぼくは身体の疲れと頭の混乱で動けずに、治まらない胸の鼓動をいつまでも感じているのだった――。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。