Chapter3-02 両親への告白
「長老様、大事な話とは一体なんなのでしょうか」
テーブルについたフィールが、長老に対して尋ねる。テーブルにはクレスタのほか、長老も席についている。予備の椅子はあったけど、一つ足りないのでシアにはぼくの部屋の椅子を使ってもらっている。
「ああ、エリクシィルに関することなのだが……」
「エリーのこと、ですか?」
そう言って、ちらっとぼくを見るフィールとクレスタ。目線を合わせ辛い気がしたぼくは、テーブルの方に目線を下してしまった。
「何か、エリーが悪いことでも……?」
ぼくの態度を見て、そんなことを言うフィール。表情は分からないけど、声色から不安な様子なのが聞き取れた。
シアが連れてきたとはいえ、突然長老が家へとやってきたのだ。そういう考えが生まれても、不思議ではないだろう。
「いや、そうではない。どういうべきか……今のエリクシィルは、以前のエリクシィルではないのだ」
「……はい? 前のエリーではない……どういう意味でしょう?」
「……最初から説明しよう」
長老は、これから話すことの要因は聖樹にあること、ひいてはテレスに関わっていることを念頭に聞いてほしい、と話した。フィールの「はあ……」という声が聞こえた。
長老はまず、ぼくが初めてこの世界に来た日からのことを話し始めた。まだ、エリネが見えていなかった頃の話だ。もう数か月も前のことなんだなと思いつつ、これまでの長い間ずっとエリーの両親を騙してきたことに、心がチクリと痛んだ。
状況からすれば仕方がなかったこと、と言えばそれまでなのかもしれない。けれど――。
そして、エリネが見えるようになった頃の話へ。エリネの話なのに、まるで自分の話をされているような気がした。――そもそもエリネは、わたし自身なのだから当然のことだった。
こういう意識の違和感は、慣れが必要かもしれない。結果がどうであれ、これからエリーとして生きていくのだから。
最後に長老は、改めて聖樹とテレスについてのことを話して締め括った。
「……というのが、エリクシィルに起こったことの全てだ」
「……そう……だったんですか」
長老の説明が終わったようだけど、ぼくは顔を上げることができなかった。一体、フィールとクレスタはどのような顔をしているだろうか。驚いているのか、悲しんでいるのか。それとも――顔を見るのが怖かった。
「……少しだけ、夫と話をしてきてもよいでしょうか」
「ああ。わかった」
暫く訪れていた静寂のあと、フィールの提案に長老はそう返す。椅子と床の擦れる音が聞こえ、二つの足音が次第に遠ざかっていくのが分かった。恐らく、寝室の方面へ向かったのだろう。
ドアの閉まる音が微かに聞こえ、ぼくはふうと息を吐く。
フィールとクレスタは、どんな話をしているのだろうか。長老からの話を聞いて、ショックを受けたのは間違いない。恐らくは、今後どうするか――ぼくに関することの相談をしているはずだ。
ぼくを、エリーとして受け入れてくれるのだろうか。分からない。もしかしたら、ぼくを追い出すという結論になるかもしれない。娘とはいえ、半分は誰とも分からない男の魂が混じっているのだ。気持ち悪い、と思われたらそれまでだろう。
自分自身が、なにか得体の知れないもののような気がしてならない。悪い方向へとしか進まない思考に陥り、膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。
「エリー……」
その声とともに優しく前から抱きしめられた。ぼくは顔を上げる。シアだ。
「……きっと、大丈夫。エリーのお父さんお母さんなら分かってくれる」
「……うん」
優しく諭すようなその声に、少し心が落ちていくような気がした。
そして十分ほど経っただろうか。奥の方から足音が近づいてくる。
フィールとクレスタが戻ってきたようだ。
何かしらの結論が出たのだろうか。けど顔色を伺うことはできなかった。ぼくの顔が、また下へと向いてしまっていたからだ。
「もう話はよいのか」
「……はい」
その声とともに、足音が徐々にこちらへ近づいてきた。
「エリー」
名前を呼ばれ、体をビクッと震わせてしまう。返事をしなければいけないのに、喉から声が出てこない。
下げた目線の先に、何かが現れた。恐る恐る顔を上げると、ぼくの目の位置まで屈んでフィールが、ぼくに微笑んでいた。
ちゃんと言わなければならない。勇気を振り絞り、ぼくは立ち上がってフィ―ルとクレスタに向け口を開いた。
「今まで、騙しててごめんなさい……。いつかは戻れるかと思ってエリーの代わりとして過ごしたけど、こうなってしまって……」
頭を下げてぼくはそう言い、謝罪した。許してもらえるかは分からないけど、これだけはぼくの口から言わないといけないと思っていた。
けど、頭を上げられなかった。やっぱり、どういう顔をしているのか見るのが怖かった。けど、間を開けずにフィールから「顔を上げて」と言われ、ぼくはゆっくりと顔を上げた。フィールもクレスタも、表情は柔らかいままだった。
「長老様からの話を聞いてね、何かおかしいなと思ってたところが全て解けたような気がしたのよ」
「……え?」
「もちろん、こんなことになっていただなんて思いもしなかったわ。けどね、あのときからすごく変わっちゃったから、どうしたのかなとは思ってはいたのよ」
「……」
ぼくの性格と、わたしの性格は大きく異なっていることは間違いない。フィールやクレスタにそう思われても不思議ではない。
「そりゃあ、台所へ近付けることすら躊躇われるような娘が、突然手伝うだなんて言い出すんだもの。どんな心変わりだって思ったわ」
そういえば、ぼくがこの世界に来てから、初めて台所に立ったときはかなりの驚かれようだった。ただの皿洗いですら、必死に止められていたような記憶がある。わたしは――苦手とかそういう枠を超えていた。
「そのときは、エリーにもそういうことに興味が出るようになったのかな、って思ってたわ。でも結局のところは……そういうことだったのね。エリネがエリーというのも納得できるわね」
フィールからそう言われてしまい、目線が下へと向いてしまう。やっぱり、騙してしまっていたのだ。フィールやクレスタに申し訳ないという気持ち、罪悪感がぼくを襲っていた。
「……けどね、カナタくんはエリーのことを思って、一生懸命代わりを務めていてくれたんでしょう。大変だったわよね」
「それは」と言いかけたところで、ぼくは口を噤む。ぼくがこの身体から出ていくまで、エリーとして恥ずかしい行いをしないよう気を付けていただけに過ぎないのだ。
「エリーにとってもカナタくんにとっても、今回のことは避けようのなかったことなのだから……。エリーもカナタくんもなにか思うところがあるみたいだけど、私たちは騙されただなんて思っていないし、このまま変わらずに過ごしてもらいたいと思っているわ」
「…………え?」
その言葉に、ぼくは顔を上げる。フィールは穏やかな表情でぼくを見つめていた。
「……このまま、ここに残ってもいいの……?」
「エリーがどうなったとしても、うちの大切な娘なのは変わらないわ。……パパも同じ気持ちよ」
「ああ、もちろん」
フィールとクレスタは、穏やかな表情でぼくにそう言ってくれた。その言葉に目元が熱くなるのを感じた。涙が溢れ、ボロボロと頬を伝っていく。
「……わたっ……追い出されるっ……思って……」
「そんなことするはずないじゃない、エリーは私たちの娘なのだから」
その言葉を聞いて、ぼくは吸い寄せられるようにフィールの胸へと顔を埋めた。
「お母さん……!」
泣きじゃくるぼくを、フィールはそっと抱きしめて背中をさすってくれた―――。
☆
「もう落ち着いた?」
「……うん。ありがとう、お母さん」
ぼくが泣き止むまで、胸を貸してくれたフィール。
そうして一頻り泣いたあと、ぼくは大切なことを忘れていたことに気付く。
目元を拭って、口を開く。
「ウィルにも、話そうと思うの」
「……そう。エリーが決めたのなら、それでいいと思うわ」
一瞬驚いた表情を見せたフィールだったけど、すぐに表情を戻し言葉でぼくの背中を押してくれた。
もう居ないエリネを探し続けているウィルに対して、どう話をするか。
エリネはもう居なくなった、ということだけを話す考えはなかった。
わたしにとってウィルは特別な――幼馴染みで兄のような――存在なので、やはり全てを話すべきだと思ったのだ。
「そろそろ、家に戻ってきてる時間だと思う」
シアの言葉に、ぼくは軽く頷いて返答する。
そういえば長老やシアの前でも、ワンワン泣いてしまったことに気付いてしまい少し恥ずかしい気分になった。そんなことを思ったところで、長老の姿が見えないことに気付く。
シアに尋ねてみると「もう大丈夫だろう」と、場をシアに任せて長老はそっと帰って行ったそうだ。
あとで、長老へ改めてお礼に行かなければならないだろう。けれど、ウィルの所へ行くのが先だ。のんびりしていると、また森へとエリネを探しに出てしまう。
「待ちなさいエリー。行く前に、顔を洗った方がいいわ」
出ようと思い立ち上がると、フィールに呼び止められる。
ずっと泣いていたものだから、恐らく酷い顔をしているのだろう。
家を出て井戸の水で顔を洗い、再び戻ってきた。居間ではシアとフィールらが何かを話しているようだった。ぼくに気付いたシアがこちらを向く。
「……付いていく?」
心配そうな表情で、ぼくに尋ねてくるシア。気持ちはとてもありがたいけど――。
「ううん、大丈夫。私からちゃんと説明する。ありがとう、シア」
「分かった。……きっとウィルも分かってくれると思う」
シアからの言葉に少し勇気をもらった。フィールらから話があるらしく、シアは家に残るらしい。何の話か少し気になるけど、今はウィルの方を優先すべきだろう。
玄関に立つと、不意に悪い考えが頭をよぎる。もし、ウィルに拒絶されたら――。
ぼくは首を横に振ってその考えを振り払う。きっと大丈夫だと、自分に言い聞かせながら――。
「いってきます」
シアとフィール、クレスタに見送られてぼくは家を出た。
目指すは、ウィルの家だ。
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