Chapter3-01 エリクシィル
第3章(最終章)開幕です。
「う……ん」
目を開ける。ここはどこだろう。
体を起こして辺りを見渡す。見慣れた、エリーの部屋の中だ。
ベッドサイドに目を向けると、緑髪の少女がベッドに突っ伏していた。シアだ。呼吸に合わせてゆっくりと体が上下していた。どうやら眠っているようだ。
どうしてシアがここにいるんだろう。ぼくはどうして、ここにいるんだろう。何が起こったのか覚えていない。思い出そうとすると、頭が鈍く痛む。
ここにシアがいるということは、シアは何か知っているかもしれない。
「シア、シア……起きて」
優しく体を揺すると、シアはゆっくりと頭を持ち上げた。ぼくを見ると目を見開いて口を開いた。
「エリー、体は大丈夫? 悪いところはない?」
「え? ……うん、大丈夫」
シアの慌てるような様子に、ぼくは不思議に思う。
まだ頭痛は続いているけど、それ以外に体の痛むようなところはない。少し腕を動かしたりしてみたけど、とくに問題はなさそうだった。
「……なんでわたしはここにいるの? 全然思い出せなくて……」
「聖樹様が急に光を放ってエリーたちを包み込んだ。光が収まったあとエリーが倒れていた」
シアの話を聞いて、少し思い出した。そうだ、ぼくたちは聖樹のところへ訪れていた。聖樹に触れたあと、光に包まれて、それから――どうなったのだろう。
「……その後エリネが居なくなっていた。どれだけ探しても見つからなかった……。エリーを家まで運んだあともう一回探しにいったけど、だめだった」
シアが俯きながらもその後のことを話してくれた。どうやらぼくは一晩眠っていたらしく、今朝からもウィルがエリネを探しに行っているようだ。
エリネはどこに行ったんだろう。これまでずっと一緒にいたのに。
聖樹のところでも、一緒、に――?
いや、エリネはここにいるはずはない。だって、エリネは――。
「っ……! つぅ……」
頭の割れるような痛みに、頭を抱え込む。あのとき何が起こったか思い出した瞬間、膨大な情報の波が頭の中を駆け巡った。
それはわたしが過ごしてきた、一三年分の記憶。それらが早送りで追想されたのだ。
「ちょっとエリー、大丈夫?」
シアがぼくに話し掛けてくるのが聞こえたけど、返答する余裕もない。
それが十秒ぐらい続いただろうか。ようやく痛みが治まってきた。
「大丈夫……。ちょっと、頭が痛かっただけだから……」
「本当に……? とりあえず、エリーのお母さんを呼んでくる」
フィールを呼びに、部屋を出て行ったシア。ぼくは一声かけるだけで精一杯だった。
まだ頭がぼうっとしている。記憶が一度に頭に入ってきたから、というのもあるけど。それ以上に、未だ現実を受け入れられずにいるところが大きい。
エリネはもう、どこにもいない。だってエリネは、いやエリネだったエリーは、ぼく自身となったからだ。――正確には、違うようだけど。
エリー、わたしがこれまで生きてきた記憶、そのすべてが頭にインプットされたようだ。一方で、ぼくが生きてきた一六年分の記憶はそのままある。二つの記憶が混在している状況に、ぼくは戸惑う。
どちらも、頭では自分自身の記憶として認識しているのだ。
確か、聖樹はどちらかの意識が強く出る場合があると言っていた。それが一時的なものだということも。たぶん、今はぼくの方の意識が出ているのだと思う。
わたしとしての記憶を手繰ると、どこか違和感を感じる。恐らく、意識と記憶が上手く統合できていないからだろう。聖樹の話通りであるなら、時間を追うごとにこの違和感もなくなっていくのだろう。
「エリー、よかった……大丈夫なの?」
気付くと、ベッドの横にはフィールが居た。心配そうな顔をしてぼくを見つめている。
「うん、大丈夫……心配掛けてごめんなさい」
フィールに対して詫びる。どうやらぼくは一晩眠っていたとのことで、恐らく心配を掛けてしまったに違いないと思ったからだ。
「大丈夫なら、よかったわ。……悪いところもないのよね? お腹すいてるなら何か食べる?」
「……ううん、今はいらない。……ちょっとシアと話したいことがあるんだけど……」
「分かったわ、何か欲しかったらすぐ言うのよ」
そう言うとフィールは部屋から出て行った。その姿を確認したぼくは、シアの方を向き口を開く。
「シア。……エリネは、探しても見つからないよ」
「……どういうこと?」
それは、と前置きをしてぼくは起こったことを話し始めた――。
☆
「つまり、あなたはエリーであってカナタでもある、ということなの?」
「……うん」
ぼくの話を聞いたシアはやはり信じられないという顔をしていた。
「あなたが嘘を吐くことなんて考えられないし……って、ちょっと待って」
「……?」
「……別の意味で聞きたい。あなたは本当にエリーなの? あなたの体から膨大な量の魔力が溢れている」
「……えっ?」
どういう意味だろう。シアの言葉に首をかしげる。
――そういえば、聖樹が潜在能力の向上とか言っていたのを思い出した。恐らくそのせいなのだろう。それを説明すると、シアははあと息を吐いて頭を抱えていた。
「元のあなたの、数倍以上の魔力があるように見える。しかも、恩恵属性も四属性全てになってる。……もうあなたに敵う魔術師は、この世界にいない気がする……」
「……」
聖樹が可能な限り、と言っていた結果がこのようになったようだ。だからといって、なにか体に変化があったようには感じないし、そんな実感が湧かない。今はよく分からないので、確認は後回しにしておこう。
「とにかく、長老様には今までのことをお話した方がいいと思うけど……エリーはどう思う?」
「……うん、わたしもそう思う」
「エリネを探しに行ってるウィルはどうする? このままだと、ウィルに無駄骨を折らせることになる」
「……長老様に話してから考えるよ」
「分かった」
それからシアと少し相談をして、長老をここまで連れてきてもらうことにした。もちろん長老にぼくの説明をするためだけど、それだけではない。
これまでの経緯を、エリーの両親に話してもらうためだ。ぼくがエリーとなってから、今日までのことだ。
もう、エリーの両親を騙すのはやめようと決めたのだ。ぼくは本当のエリーではない、ということを。これまで騙してきたことを謝り、エリーと同化してしまったことを明かす。
そのことが、どういう結果へと結びつくかは分からない。
正直なところ、打ち明けるのは怖い。――拒絶されれば最悪、家を出ることになるかもしれない。けれど、本来のエリーはもう二度と戻ってこないのだ。ここで話さないと、一生後ろめたい気持ちを背負ったまま生きることになる。それよりは、話すべきだろうと思ったのだ。
本当は自分から言うべきなのだろうけど、どうしてもそこまでの勇気は出そうになかった。
エリーの両親へ全てを打ち明けることをシアに伝えると、きっと分かってくれると言ってくれた。そして、シアもその場に同席してくれることになった。
そのあと長老を呼びに行っていたシアが、長老とともに戻ってきた。シアは簡単にあらましを伝えてくれていたようだけど、改めて経緯を説明した。
「……ううむ。分かった、とすぐに理解し難い内容だな……」
ぼくがエリーになったときと、エリネが現れたとき。長老には毎度そういった、ありえない話をしている。今回はそれの上を行く内容の話だったようだ。まあ、ぼく自身としてもこうなるとは思ってもいなかったわけだけど。
なんとか理解をしてもらい、長老からエリーの両親に対して説明してもらえないかお願いをした。
「確かに、聖樹様絡みでテレスに関わる問題でもあるからな……。分かった、私から説明をしよう。ただ、その前に……」
長老はそう前置きをして、ぼくの目をじっと見つめてきた。
「……?」
「一つ聞きたいのだが、エリクシィルはこれからどうするのだ?」
「……どういう意味でしょう」
長老の質問の意図が分からず、質問で返す結果となってしまった。
「言い方が悪かった。カナタとして、今後どうしたいと考えているのだ? エリクシィルとなってしまったとはいえ、半分はカナタなのだろう」
「……それは……」
どうしたいかと言われ、答えに窮するぼく。
少し考えてみたけど、この現状ではエリーとして暮らしていくしかないだろう。
ぼくが帰る場所は、この世界にはない。
元の世界へ戻りたい、という願いはもう、叶わないのだ。
「このまま……ここで暮らしたいです」
長老の方へ向き、そう答えたぼく。元の世界へ戻る手立てを失ってしまった以上、これまで通りの暮らしを続けることができたらいいだろう。
エリーの両親にこれまでのことを許してもらいたい。そして、このままエリーとして暮らしていくことを認めてもらいたい。
これはわたしの感情が混じっていることは否定できないけど、ぼくとしての今の願いであることには間違いはない。
そして長老は暫くぼくの顔を見て、口を開いた。
「分かった。それがカナタの意思ならばよい……。カナタがよいならば、早速説明に向かうが」
「……はい、お願いします」
ぼくは腰掛けていたベッドサイドから立ち上がる。足元を確認したけど、おかしなところはなさそうだった。
足取りは重いけど、一歩一歩足を進める。ぼくの後ろにはリアと長老が付いている。
そして居間に出ると、フィールとクレスタがテーブルに腰掛けていた。
「エリー? もう大丈夫なの?」
ぼくを気遣ってか、心配そうな表情で話し掛けてくるフィール。その心遣いが少し心苦しい。
説明は長老にお願いしてあるけど、話の切り出しはぼくからすることになっている。ぼくは覚悟を決めて口を開いた。
「お父さん、お母さん……。大事な話があるの」
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