Chapter2-28 聖樹の元へ
翌朝。エリネは目を覚まさず、眠り続けている。
昨日は夕方まで様子を見たところで、王都でもう一泊することに決めた。レティさんはこのまま部屋を使って良いとは言ってくれたけど、その後の流れでそれは止めることにした。
と言うのもレティさんの部屋のベッドは一人用なので、エリネを含めるとどうやってもスペースが足りない。ぼくは床で寝てもよかったけど、レティさんはそれを認めなかった。逆に私がと言い出してしまい、埒が明かなくなってしまった。
時間も時間で、宿が空いているか微妙なところ。レティさんがもしかしたら不在の団員の部屋が空いてるかも、とのことだったのでラッカスさんに相談したところ、詰所に空室があったらしく特例で泊めさせてもらったのだった。
穏やかな顔付きで眠り続けるエリネ。けれどエリネの体に異変が起こっているのは間違いないだろう。呼吸は規則正しく行われているのに、何故目覚めないのか。ともかく、理由が分からない以上このままではどうにもならない。
レティさんと話し合った結果、一度テレスへ戻ることになった。なおレティさんには聖樹のことは伝えず、長老なら知っているかもしれないという話の流れにしてある。聖樹についてはエルフ族――魔獣の問題に関わってくるので、話すと厄介だからだ。騙しているような後ろめたい気がするけど、仕方がない。
ラッカスさんにテレスへ戻る旨を報告する。ラッカスさんはエリネをとても心配していたけど、次に王都へ来たときは元気な顔を見せてくれますよ、と言って別れた。そして道中で食べる軽食を買い、王都を発った。
まだ日が昇ってそれほど経っていないので、昼下がりの時間にはテレスへと戻れるだろう。
テレスまでの道中はエリネを胸に抱きながら進むため、魔獣退治は全てレティさんに任せることになった。魔獣には道すがら二度ほど遭遇したけど、いずれも単体だったので全く問題はなかった。レティさん一人でも実力は十分あることは分かっていたから、心配はしていなかったけどね。
☆
テレスへ着いたのは予想通りの時間。レティさんにはエリネが目覚めたらすぐに報告することを伝え、お礼を言って別れた。
ひとまずエリーの家に戻る。家に入った途端、居間に居たフィールが近づいてきて抱き寄せられた。いつもは王都へ行っても一泊で戻ってきていたので、突然二泊したことで随分と心配させてしまったようだ。エリーの両親に、予定より一日遅れて戻ったことを詫びた。少しだけ話をしたけど、どうやらクレスタが心配しきりのフィールに対して、レティさんと一緒だったから大丈夫だろう、と少しでも安心させようとしてくれていたらしい。クレスタの優しさに心の中で感謝をした。
胸に抱いていたエリネについて、どうしたのかと尋ねられたけど。疲れて眠っている、と咄嗟に誤魔化した。本当のことを説明するとさらに心配を掛けてしまう、そう思ったからだ。
報告すべきことがあるので長老のところへ行く旨を伝え、家を出た。
そして長老宅。ドアをノックして待つこと幾何か後、ドアが開かれた。
「エリクシィルか、どうしたのだ」
「長老様、エリネが……」
ぼくは王都での出来事と、一昨日からエリネが目覚めないことを説明した。
「そうなのか……。ううむ」
「精霊のことってほとんど分からなくて……。長老様は何かご存知じゃないでしょうか」
「いや、私も良くは知らないのだ。精霊は一緒に行動するということはしないものだからな……。生態そのものが良く分かっていないのだ」
「……そうですか」
帰ってきた返答に対して、ぼくは落胆を隠せなかった。長老ならもしかしたら、と思っていたのだけど。
エリネを精霊に移したのは聖樹だから、聖樹に尋ねれば何か分かるかもしれないということを長老に伝える。
「尋ねると言っても、どうやって話すのだ? 聖樹と直接話したことがあるのは、エリネ以外にいないのだ」
「……分かりません。けれど手掛かりが聖樹しかない以上、行ってみるしかないと思っています。聖域へ行ってみても良いでしょうか」
「そうか……。分かった、立ち入りを許可しよう。ただ、誰か同行者を連れて行くのだ。前のような事態にはならないと思うが、念のためにな」
「分かりました……。ありがとうございます」
長老にお礼を言って、長老宅をあとにしたぼく。
少し歩いたところで、誰に同行をお願いするか考えてみた。まあ、選択肢は少ないのだけど。
まずは、シアだろう。エリネとぼくの関係も知っているし。そこらの魔獣相手なら問題なく退治してくれるだろう。断られることもないだろうし。まずはシアにお願いしよう。
シアの家に向け歩きながら、他の候補者を考える。――レティさんは難しい。そもそも聖域のことを知らないだろうし、それを説明すると厄介だ。となると、残っているのはウィルか。
魔獣退治に関して、ウィルはこれ以上ないほどの強い味方だ。ただ問題は、ウィル自身が聖域に対して苦手感というか、トラウマを抱えていないかどうかだ。ぼく自身も自ら進んで行きたくはない場所だけど、事態が事態なので我慢できる。ウィルがもし渋った場合は、諦めるしかないだろう。
あとは、ウィルはぼくとエリネの関係を知らないから、連れ出す際に上手く誤魔化さなければならない。
そんな訳でシアの家。例によってドアが開かれた瞬間リアが突進してきたけど、ぼくがエリネを胸に抱いているのを見て目の前で止まった。
「エリーお姉ちゃん、エリネお姉ちゃんはどうしたの?」
「……ちょっと疲れて寝ちゃってるんだよ。ちょっとシアを呼んでもらってもいい?」
「うん!」
とてとてとシアを呼びに行くリアの背を、目線で追う。エリーの両親への対応と同じ、エリネは寝ているということにした。リアにも本当のことは言わない方がいいだろう。余計な心配は掛けない方がいい。
「どうしたのかしら」
じきにシアがやってきた。早速用件を、と思ったけどこの場では言い辛い内容だ。リアたちに聞かれるのはまずい。場所を代えた方がいいだろう。
「ちょっと……来てもらってもいい?」
「……? 分かった」
シアの家の裏手で、エリネの状態の説明と聖域への同行のお願いをした。話を聞いたシアはエリネを見て不安な表情を浮かべていたけど、同行を快く了承してくれた。
☆
「よお。エリーとシア、揃ってどうしたんだ?」
「ウィル。お願いがあるんだけど……」
そして、ウィルの家。ぼくはエリネに関することを説明した。ただウィルに対しては本当のことは言えないので、少し言い方を代えてある。エリネの治療法を長老に尋ねたら、聖域内の聖樹付近で自生している薬草が必要とのことだから、一緒に来てほしいという具合に。ウィルの家へ行く前に、シアから受けた提案によるものだ。
聖域という良い思い出のない場所だから、断られても仕方が無いというつもりでお願いに来た訳だけど。それにも関わらずウィルは、
「ああ、いいぞ」
と即答してくれた。思いの外すんなりと了承してくれて拍子抜けしてしまったので、恐る恐る尋ねてみる。
「ウィルは……聖域は怖くないの? あんなことがあったから、断られるかなって思ってたのだけど……」
「……まあ、好んでいく場所とは言えないが。でもエリーがわざわざこうやって頼ってきてるのに、無碍に断ったりなんてしないさ。気にするな」
ウィルからそう言われたことに対し嬉しい、と思うと同時になぜか照れ臭さが込み上げてきて、
「あ、うん……ありがとう」
と返すしかなかったのだった。
時間はまだ昼下がりの頃。聖域まではそう遠くないため、往復しても日が暮れるまでには帰ってこられる。シア、ウィルとともにすぐにテレスを発った。
道中は幸いにして魔獣とは遭遇せず。あっという間に聖域の前まで辿り着いた。
そして聖域の中へと足を踏み入れる。前回来たときと違って、聖域の雰囲気は穏やかなものだった。鳥の鳴き声が聞こえ、草木のあちこちから小動物が姿を覗かせている。シアに言わせれば、これが本来の聖域の姿らしい。
聖域へ入ってから十分少々。聖樹のある開けた場所へとやってきた。奥にある巨大な木が聖樹だ。
この間は確認することはできなかったけど、じっくりと観察してみると立派な大木だ。聖樹までまだ距離はあるけど、見上げるほどの高さがある。ちょっとしたビルよりも断然高い。
これほどの大木だと、樹齢はどれほどなのだろう。元の世界で、樹齢数千年という木を見たことがある。この木はそれに劣らないものだ。数百年生きるエルフが聖樹と呼んでいるぐらいなのだから、聖樹も数千年以上生きているのかもしれない。
「それで、目的の薬草ってどこにあるんだ?」
聖樹に見惚れていたぼくだったけど、ウィルからの声に我に返る。そういえばそういう話でウィルを連れてきたけど、そこからのことを考えてなかった。
「……向こう側にある」
答えに詰まっていたぼくだったけど、シアがそう言ってウィルを誘導する。――どうやら助け舟を出してくれたようだ。去る間際に目で合図してくれた。ぼくは軽く頷いて心の中で感謝した。
ゆっくりと歩き聖樹へと近寄る。どこか特別な雰囲気を纏っている木に、思わず息を飲む。聖樹と名が付いているぐらいだ。神々しさとか、きっとそういったものから由来しているのだろう。
(そう言えばあのとき、この聖樹が光っていたんだっけ)
それはあまりいい思い出ではないけど。ウィルが傷つき倒れた際、何とか助けたいと願ったときこの木が光を放ち始めたのだ。どうしてそうなったのかはよく分からない。エリネを精霊に移せるほどの力を持っているのだから、恐らく何かしらの特別な力が働いてそうなったのだろう。
そして聖樹の前へ辿り着いた。さて、どうやったら聖樹と話せるんだろう。少しだけ考えたあと、思いついたことを実行してみる。
「こんにちは、わたしの声が聞こえますか?」
とりあえず聖樹に向かってそう話し掛けてみる。けれど、返答はない。もしかして、と思ってエリネと話すときと同じように念話を使ってみる。だけど、これも返答はなかった。
どうしたものだろうと考える。そこでぼくは思い出した。木に触れたあと光が一層強くなったことを。触れることがきっかけになるかもしれない。
右手を聖樹にそっと当てる。その瞬間、強烈な光が聖樹から放たれた。
「えっ、ええ!?」
突然のことに驚き声を上げてしまう。訳が分からずオロオロとしてしまうぼく。光はどんどんと強くなり、次第にぼくの体を包み込む。
そして視界が真っ白になったところで、ぼくの意識はぷつりと途切れてしまった――。
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