Chapter1-03 『魔術』と今後の方針
「……嘘でしょう? あなたほどの魔力の持ち主だと、そこらの魔術師が束になってかかっても敵わないはず。……そもそも、魔獣はあなたの魔術で倒したのでしょう」
「……あれは、ぼくが使おうと思って使ったものじゃないんです」
存在を知らなかったものを、その場でいきなり使うなんて無理な話だ。精霊の指示通りにしたら使えたのだ。そもそもあれは、ほとんどあの精霊が使ったようなものだろう。
ぼくは突然精霊が現れて、それの指示に従ったら使えたということを話した。
「精霊がそんなことを……? それは本当なのか?」
「はい、頭の中で会話をしていました」
長老によると、精霊と会話そのものは魔力を使えば可能とのこと。声に出すこともできるらしい。けれど、普通はそういった魔術の手伝いをするなんてことはしないらしい。精霊は気ままに生きていて、いちいち他種族のことなんか気に掛けないのが普通とのことだ。ちょっかいをかけてくることはあるそうだけど。
ぼくはその精霊が、何故かぼくの名前とウィルの名前を知っていたことを話した。長老はううむ、と呻って何かを考えているようだった。
そもそも精霊とはなんなんだろう? よく分からないことが多い。
魔術に精霊。どちらもぼくのいた世界にはなかったものだ。詳しい説明が欲しいところだ。ぼくはとりあえず魔術について説明を聞くことにした。
まとめると、魔術とはこの世界の種族を問わず行使できる術のこと。自然に存在する四つの属性(火・水・風・土)を利用して術を発動する。魔力は種族や術者によって大きく異なるということだ。
種族というキーワードが出ていたので、ぼくは気になっていたことを質問する。
「あの、エリーや他の方の耳が長いのは、種族によるものなんでしょうか」
「ああ、そうだ。我らはエルフ族……他族からは森族とか精霊族と呼ばれることもあるが。……その反応だと、見るのは初めてだったのか」
やはり、細長い耳はエルフ族だから、というのは間違っていなかったようだ。
「……ぼくの住んでいたところでは、エルフ族というのは存在しませんでした。そもそも人間しかいませんでした。ぼくもそうでした」
「……それは驚きだな。種族なぞありふれているのだが」
ゲームやアニメなどの空想の世界では、所謂ドワーフとか獣人とかが出てきていたが、こちらの空想の世界でも同じなのだろうか。
エルフがいるという時点で十分ありそうだ。
「エルフ族の特徴は、耳以外では何かあるんですか?」
そうだな、と言って長老が続ける。まず、潜在魔力が他族と比べて多いということ。その分体力は劣るということ。魔術の他に精霊術というものを行使できるということ。そして――。
「エルフ族は年が二十の頃で外見の成長が止まるのだ。だからエルフ族は、外見で年を判断するのは難しいのだよ」
なるほど、だから目の前にいるこの長老は、それぐらいの年齢に見えていたのか。
って、じゃあ長老の年齢はいったいいくつなんだろう。
「私か……四百を超えたことは覚えているが、あとは分からんな」
「よ、四百!?」
人間の寿命の五倍以上を生きているとは――。エルフ族は寿命がかなり長いらしい。
同じ種族である、エリーもそうなのだろう。
「……話を戻すぞ。先に言ったとおり、エリクシィルはテレスの中でも、魔術の実力は高かった。しかしカナタは、エリクシィルを遥かに超える魔力があるようだ。魔術を使ったことがないと言っていたが、恐らく訓練をすれば使えるようになるだろう」
「訓練?」
「そうだ。魔術が使えないと困ることになるからな」
「……どういう意味でしょうか」
「魔術の訓練をしてもらうのは、魔獣と戦う術を得るためというのもあるのだが、身を守る術がないと、ここで暮らしてはいけないのだ。テレスから一歩も外に出ないというなら、そうではないが。……襲ってくるのは、魔獣だけではないのだよ」
魔獣と戦う術ということは、ぼくも魔獣と戦うことになるのだろうか。
そして戦う相手は、魔獣だけではないらしい。集落の外に出てしまうと、たまに盗賊だとか山賊だとかそういったのが彷徨いているらしい。もし捕まった場合は、身包みを剥がされるだけなら良い方で、場合によっては男は殺され、女は犯され、奴隷として売られてしまうらしい。
「何にせよ、少なくとも魔獣を追い払えるようにはなってもらわんとな。ただそれだけの魔力があるというのなら、恐らく問題ないだろう」
そういえば、魔獣っていったい何なんだろう。なぜ、それと戦わなければならないのだろう。
「そもそも、魔獣って何なんですか?」
「魔獣とは、元は動物だったものが何らかの要因で狂暴化してしまったものだ。理性がなく目に入ったものに見境なく襲いかかるから、困った存在だ」
「見境なく、ですか……」
あのときぼくに襲い掛かってきた魔獣たちのことを思い出して、少し吐き気を催した。
あまり思い出したくない。少し魔獣というものに対して、ナーバスになってしまっているようだ。
「そうだ。だから集落の者や、ここを訪れる者に被害が出ないよう、周りに出る魔獣は巡回して定期的に退治しているのだ」
「……なるほど」
ぼくは吐き気を抑えながらも、なんとか答えた。
「カナタ、顔色が悪いけど大丈夫?」
「……魔獣たちに襲われたときのことを思い出して、ちょっと……」
シアは隣の席から、ぼくを心配そうに見つめていた。顔に出てしまっていたのだろうか。
「……まあ、初めて魔獣と遭って襲われたというのなら無理はないな。落ち着くまで喋らなくてよい」
長老の言葉に、ぼくは深呼吸をして息を整える。
幾分かすると、ずいぶんましになってきた。なんとか話を続けられそうだ。
そう言えば、魔獣といえば何かを忘れているような。戦った後に――そうだあれだ。
「……魔獣と戦ったあとに、この指輪の宝石が割れてしまったんです。それと同時に精霊も消えてしまいました」
そう言ってぼくは指輪を外し、割れて取れてしまった宝石とともに、テーブルの上に置く。
「これは……珍しいな。この魔術具はエリクシィルが無茶をしても、こうはならないはずだったんだが……。魔獣と戦う前は、どうだったんだ?」
「……一度見ましたけれど、その時は割れてなかったと思います」
「そうなると、恐らく魔術が発動した時に割れたのだろう。……それなりの魔力が注がれても割れないはずだが。カナタの魔力に耐えられなかった、と考えるのが道理に適っているだろう。……精霊も同時に消えたというのは、何故かは分からないが」
そんなにぼくの魔力というのはすごいものなのかな。
魔術具とは一体何なのだろう?
「……ああ、魔術具というのは、魔術を発動するときに使う補助道具みたいなものだ。これがなくても魔術の発動はできるのだが、あると良い面の方が多いのだ。一番分かりやすい長所は、魔術発動に必要な魔力の差だな。魔術具があるとないとでは、必要な魔力が倍近く変わると言われている。だからわざわざ使わないという魔術師はほとんどいないだろう。……フェリシアも持っているな」
はい、とフェリシアが頷き、木の棒をテーブルに置く。先ほどぼくに向けられていたものだ。これも魔術具だったようだ。
「しかし、これは宝石を交換する必要があるな。ただ、カナタの魔力に耐えられるもの、となるとここでは手に入らん。手に入るとすれば、王都まで行かねばならないだろう」
「王都の魔術具工房なら、取り扱っているかもしれません。……何度か行ったことがあるので、場所は分かります」
「そうか……ならば、フェリシアと一緒に王都まで行ってもらうか。フェリシア、悪いがカナタの案内を頼めるか」
「分かりました」
「ただすぐには無理だろう……。少なくとも魔術の訓練が一通り終わってからになるだろう。私はその間にカナタのような事例が過去になかったかどうか、精霊の件も含めて調べてみることとする」
目の前で話が進んでいるけど、ぼくを信用してくれているのだろうか。
「……ありがとうございます。はっきり言って、ぼくの話を信用しろと言っても難しいと思うんですが……。いいのでしょうか」
「まあ、カナタが嘘を吐いているようには見えないからな。……ただ、今のカナタの状態は……言い方は悪いがエリクシィルを乗っ取っている状態だな。いずれはカナタにはエリクシィルから出て行く……元の世界へ帰ってもらって、エリクシィルも元通りになってもらわねばならないだろう。そのときまでは、エリクシィルの体はこのままでいてもらわねばならない。その為には、カナタにはエリクシィルの体を守ってもらう必要があるわけだ」
確かにそうだろう。ぼくが魔獣に襲われて死んでしまうようなことになったら、それはエリーの死ということにもなるわけだ。
――死んだぼくが元の場所に帰れるという保証もない。
「この件に関しては、他言無用で頼む。少なくとも私が生きてきた中で、こういった事は初めてだ……。他の者に知れた場合、要らぬ混乱を招くかもしれない。……だから、カナタにはなるべくエリクシィルとして過ごしていてもらいたいのだ。魔獣退治もその一つとしてな。その代わり、カナタが元の場所へ帰る手段がないか調査をするから、どうか協力してもらえないだろうか」
何もわからない今の状況の中、利害が一致しているこの提案には乗るべきだろう。
魔獣退治に関しては正直やりたくないけど、我儘を言う訳にはいかないだろう。何とか克服して、やるしかない。――まだ、その覚悟はできないけど。
本当はそんな怖いことはしたくない。今すぐにでも元の世界に帰りたい。けど、それはすぐには叶わないだろう。
長老は最大限の配慮をしてくれている。それに応えなければならないだろう。
「ぼくも一刻も早く元の世界に帰りたいと思っています……。そして家族や友達と過ごす元の生活に戻りたいです……。ぼくにできることなら、なんだってやります。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「そうか、分かった。よく考えれば当然だが、カナタも元の生活があったのだな。……今日はもう遅くなってきたから、続きは明日にするか」
そう言って長老が立ち上がろうとするのを、ぼくが声で静止する。
「……あの」
一点だけ、説明していなかったこと。エリーとして過ごしていくことを考えると、言わなければならない。
ぼくは重い口を開き――。
「あの、その……。ぼくは、この場所に来るまでは……男だったんです」
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2016/05/07 全体を改稿
2016/05/11 全体(表現・描写)を改稿。会話の流れがおかしい箇所を修正。
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。