Chapter2-25 急襲
「それで……緊急の仕事って一体何なんですか?」
夜も更けた頃、王都の街中をレティさんとともに移動する。
昼夜問わず、街中には多くの人々が行き交いしている。この時間に出歩くことはなかったから新鮮な光景だ。はぐれないようレティさんに手を繋がれながら、人の波の隙間を縫うように進む。
エリネが何かを言いかけたとき。突然部屋にレティさんがやってきて宮廷魔術師の緊急の仕事だと言われ、急ぎ飛び出してきたのだ。
エリネの表情から何か大事な話なんじゃないかと思っていたけど、それは結局聞きそびれてしまった。
移動中にも念話で何の話だったのか尋ねてみたけど、エリネは何でもないからと言うだけ。引っかかるところはあったけど、詳しく聞いている時間もなさそうだった。今は目の前にある、緊急の仕事に集中することにする。この仕事が終わったら、改めて聞けばいいだろう。
「王都の近くで、巨大な魔獣が現れたって報告が飛んできたのよ。普段は魔獣退治だと冒険者ギルドに依頼を回すのだけど、今回は相手が巨大で緊急性が高いからって私達に回ってきたという訳」
「そうなんですか……。巨大って、どれぐらいの大きさなんでしょう」
宮廷魔術師の仕事の中には、魔獣退治も入っていたはずだ。その辺りは説明を受けたことがあるので覚えている。確か、冒険者ギルドの手に負えないものは宮廷魔術師に回ってくるんだっけ。でもそれは、魔獣が群れで出た場合とかだったような気がする。巨大な魔獣にもそれが当てはまるのだろうか。
――ぼくがこれまで対峙した魔獣で最も大きかったのは、聖地で出会った奴か。ぼくの背丈の倍くらいの大きさだったと思うけど、それよりも大きいのだろうか。
「伝わってきてるのは、門ぐらいの大きさはあるってことぐらいね」
「……それって……」
レティさんの言葉にぼくはぞっとする。王都の門は何度も潜っているから覚えているけど、背丈の倍なんてものじゃない。さらにそれの倍以上はある。
そんな魔獣が王都付近にいるだなんて。もう何度も王都とテレスを往復しているけど、そんな魔獣とは出会ってはいない。
「王都の周りって、そんな物騒な魔獣が現れるんですか?」
「いえ、滅多にそんな大きい魔獣は現れないわね。そもそもそれぐらい巨大だったら、その大きさですぐに分かるはずだから……。今回は夜だったせいもあって、気付かれるのが遅かったみたいね」
それだけ大きい魔獣が徘徊しているものなら、普通はすぐに分かるはずだろう。夜だからと言っても、気付かないようなものなのだろうか。王都の周りは遮る物が少ないから、遠くからでも見えるような気がする。
「まあそんな巨大な相手らしいから、エリーちゃんにも手伝って……というか退治して欲しいのよね。この間見せてもらった魔術なら、一撃で倒せると思うし」
「う、うーん……」
この間と言うのは、宮廷魔術師達の前で見せた大爆発か。
確かにかなりの破壊力がある魔術だから、その巨大な魔獣を一撃で倒すことができるかもしれない。
ただ爆発が広範囲に及ぶ魔術だから、周りに障害物がない場所の方が好ましい。王都の直前まで来てしまうと、街を巻き込んでしまう可能性がある。魔獣がどこまで来ているか分からないけど、早めに退治した方がいいだろう。
けれど些か違和感を覚えるのは、通りを歩く人達の姿。王都の外に危険な魔獣が徘徊しているにしては、あまりにも普段通りだった。
「街の人達ってそのことを知っているんですか? 結構危ない状況だと思うんですけど……」
レティさんにそう尋ねる間も、すれ違う人の中には千鳥足でお酒の匂いを漂わせている人も見受けられた。昼間とは少し違う街中の雰囲気だけど、この辺りは元の世界の繁華街と変わらない。
「伝えてないわね。そんなものが現れたなんて情報が流れたら、人々がパニックを起こしてしまうかもしれないから」
確かに大変な騒ぎになるだろう。けど、ぼくが大爆発を使ったら間違いなく気付かれると思う。いきなり間近でドカンと爆発音が聞こえたら、それはそれで驚かれる気がする。花火よりも派手だし――そもそも花火がこの世界にあるのかわからないけど。
前回大爆発を使ったときは王都から距離が離れていたし、かつ魔術訓練の場だったから。今回はそうではない。
「街の人らには事後で伝えることになってるわ。上にもその方針で良いと了承を得ているから、問題ないわよ。……まあ、エリーちゃんがあの魔術を使ったら騒ぎにはなるわね」
レティさんからそう言われ、どう返して良いか分からなかった。けどそういう方針ならまあ仕方ない、のかな。そもそも緊急だって言ってたし、街の人々に伝える時間もなさそうな感じだった。この場でぼくらが危険だから逃げて下さいと言ったところで、聞いてもらえるか怪しい。
――そもそも、逃げると言ってもどこへ逃げればいいのだろう。そう考えると、ぼくたちがどうにかするしかないだろう。
レティさんの案内の元、ぼくたちは城壁を登った。この王都の周りは、二重の城壁で覆われている。その上は、歩けるようになっているらしい。城壁は街より少々高く建てられているため、城壁の外側への見渡しが良いようだ。
目的の方向の場所まで辿り着くと、すでにラッカスさんその他宮廷魔術師の人たちが待機していた。しかし人数は五名程度だろうか。全ての団員が揃ってはいなさそうだった。
「おお、エリクシィル君来てくれたか」
「ラッカスさん! ……宮廷魔術師の方々ってこれで全員ですか?」
「ああ、会合が終わったあと休暇で王都を離れている団員が多かった。呼べたのはこれで全員だ」
「そうなんですか……」
人数は少ないけど、何とかやるしかないだろう。――魔獣はどの辺りにいるんだろうか。
「目撃談ではあの方面とのことだ。報告から少し時間が経っているから、移動している可能性はあるが……」
ラッカスさんが指差した先は、暗闇。その方向を目を凝らして見てみるけど、魔獣を見つけることはできなかった。そもそもほとんど視界がないから、見つけようがなかった。
夜の街中を歩いたことはないので、当然王都の外側にある景色など見たことがなかった。ついさっきまでは、夜だとしても魔獣に気付くんじゃないかと思っていたけど、これでは見つからなくても仕方がないと感じた。城壁が高い分、街中の光が外に漏れにくい構造になっているようだ。
ただ魔獣の気配を感じることはなかったので、件の魔獣がそれほど近くにいるということはなさそうだ。
けど、この暗さでは魔獣を探しようがない。
元の世界の競技場にあるような照明スタンドでもあればいいけど、この世界に電気式の照明はない。火を使ったものか、宝石を使ったもののどちらかだ。しかも、それほど広域を照らすようなものはない。
「暗くてよく見えないですね……。どうしましょうか」
「こいつを使う」
そう言うラッカスさんの横にあったのは、台車の上に乗った巨大な鉄製の筒。パッと見たところ、大砲のようなものに見える。
「……これは?」
「魔石灯と言うもので、魔力を通すと直線状に光を投射することができるものだ」
ラッカスさんの説明によると、どうやらサーチライトみたいなものらしい。筒の中に巨大な宝石が収納されていて、側面の一部分だけ空いた穴から強力な光を発するらしい。光を照らす範囲は狭いけど、ある程度遠くまで光は届く、とのことだ。
「魔獣はあまり目が効かないらしい。見つけた者もそのお陰で見つからずに無事に戻ってこられたそうだ。ただしこの魔石灯はかなり強力な光を放つから、魔獣が気付いてこちらに向かってくる可能性がある。だからエリクシィル君には、そうなった場合にすぐ魔術を発動できるよう準備をしておいてもらいたい」
「わかりました」
「……本来なら何十名かで相手するような規模の魔獣だ。エリクシィル君だけに任せてすまないが、よろしく頼む」
「……はい」
ラッカスさんの合図で、ぼくは精神を落ち着かせる。相手がどんなものか分からないから少し怖いけど、以前大爆発を発動したときと同じようにすればいい。
魔術を発動する大体の位置と、威力を決めておく。その辺りは何もない場所であるとラッカスさんから聞いたから、威力は最大だ。魔獣が移動していることを考え、位置は目視で変えられるようにしておく。
他の宮廷魔術師達は、魔石灯に魔力を送る役割を担うそうだ。作動させるのには、かなりの魔力が必要らしい。そのせいで、宮廷魔術師しか使えない代物とのことだ。
となると、魔獣との戦いに参加できるのはぼくとエリネ、レティさんぐらいか。ラッカスさんは指揮を取るとのことだから、参加は難しいだろう。
レティさんから、あれだけ高威力な魔術を行使できるのは宮廷魔術師でもエリーちゃんだけ、と言われたことがある。安全な位置から魔術を行使して、それで戦いが終わるのならそれに越したことはない。近接戦になると危険が伴うから避けるべきだ。遠距離からズドンと一撃で決めるのが良いだろう。
大きな魔獣に対して生半可な魔術が効かないことは、聖地での戦いで思い知らされた。
「エリクシィル君、準備はいいか?」
「……はい、大丈夫です」
ラッカスさんの指示の元、宮廷魔術師達が魔石灯に魔力を込め始める。じきに光線が、魔石灯から一直線に放たれる。
しかし、光線の先にはとくに障害物は見当たらないようだ。光線の位置を左、右に振っているけどそれらしき姿は見当たらない。もっと近く、そして遠くを見ても同様だった。――もしかして、もうどこかへ行ってしまったのだろうか?
「あっちの方面! 照らして!」
そのときエリネが何か気付いたように、別の方面を向いて指を指す。宮廷魔術師達がエリネの示す方向に光線を向けると、ついに目標を見つけることができた。
思っていた方向よりも、大分ずれたところに移動していたようだ。
「お、大きい……!」
目に映ったのは、背中に金色の立派な羽のある四足歩行の竜だ。聖地で出会ったものよりさらに大きく、頭が二つある。
少し距離が離れているけど、目測で二階建ての建物ぐらいの大きさはありそうだ。ただ、動きはそれほど速くはなく見える。魔獣は真っ直ぐ一方向に移動しているようだ。
そして光線を当てたにも関わらず、こちらには気付いていない様子だ。
先手必勝。ぼくは準備していた魔術の位置を決め、そして――。
「大爆……」
「待て! 人が居る!!」
ぼくが魔術を発動しかけたその瞬間。ラッカスさんの声で魔石灯の光線が魔獣の前方に向けられると、魔獣から逃げるように動く影が映し出された――。
次話は26日(水)の予定です。
----------
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。