Chapter2-23 念願の再会
背中に大きな鞄を背負ったヴィーラさんが、ゆっくりと近づいてきた。ヴィーラさんもぼくに気が付いたようだ。
そして目の前までやってきたヴィーラさん。前と違って肩を大胆に出した服とロングスカートを身に纏っていた。確か、オフショルダーと言うものだったはず。以前試着させられたのを覚えていた。
二つのメロン並みのおっぱいが服を押し上げている。おっぱいの上部がほぼ見えている状態だ。しかも鞄のベルトが、谷間を寄せ上げて強調している。とんでもない凶器に思わず目を奪われそうになるけど、目線をなるべく下げないようにした。
「エリーちゃんじゃないのー。どうしたのー?」
「それ、こちらの台詞なんですけど……。ずっとヴィーラさんを探していたんですよ。今までどこに行ってたんですか?」
「ああー、ずっと別荘に行っていたのよー。……立ち話もなんだし、入りましょうかー。荷物も下ろしたいしねー」
ヴィーラさんはドアの鍵を解錠して、ぼくを招き入れた。
そしてそのまま居間へ。背中に背負っていた鞄をソファの横へ下ろすと、そのままソファへと腰掛けた。ヴィーラさんから促され、ぼくは向かいのソファへ座った。
「すいません、戻ってきたばかりなのに」
「いいのよー、さっき探してたって言ってたけど、どうかしたのかしらー」
「あ、例の精霊術に関してどうなっているのかお聞きしたくて……。ずっとどうなっているのか気になっていたんです」
「ああ、ごめんなさいねー。さっきも言ったけど別荘へ行っていたのよー」
別荘、というキーワード。元の世界では持っている人はお金持ちなイメージが強い。実際ヴィーラさんのお金の使い方を考えると、お金持ちなのはほぼ間違いない。だから別荘を持っていてもおかしくはない、のかな。
「別荘、ですか?」
「そうそうー。王都から半日ぐらい歩いたところにあるのよー。静かにしたいときに使ってるのよー。そうねえ、大学には休暇届は出していたけどどこに行くまでは言ってなかったわねー。予定よりも少し早めに切り上げてきたのは正解だったようねー」
「そうだったんですか……。けど、こうしてお会いできたので気にしないで下さい」
そういえば、二ヶ月の休暇届を出していたんだっけ。まあ何はともあれ、ヴィーラさんと会うことができたのでホッとしている。割と長い間音信不通だったので、何か身に起こったのではないかと不安になってしまったぐらいだし。
「ところでその格好はどうしたのー? 宮廷魔術師の服みたいだけど……。そっちは精霊かしらー。懐いてるなんて珍しいわねー」
そう言って、ヴィーラさんはぼくの体と肩に乗ったエリネを交互に見ていた。ヴィーラさんと会ったのは随分前な気がする。そのときは宮廷魔術師になっていなかったし、まだエリネが居なかった――正確にはずっと居たんだけど――からね。
ヴィーラさんへ、宮廷魔術師になった経緯を説明する。そして、エリネのことも。説明を終えると、ヴィーラさんはエリネのことに興味津々な様子だった。以前から思っていたことだけど、エリネのことに興味を示されることが多い。精霊が一緒にいるというのは、相当珍しいことなのだろう。ヴィーラさんに聞いてみたけど、やはりそのようだった。
「けど、精霊に乗り移るって話は聞いたことがないわねー。どういったことなのかしらー」
「わたしに体を貸してしまうとエリネ自身が宙ぶらりんになるということで、聖樹に精霊の体を貸してもらったらしいです」
「ふうん……。普通なら信じられないような状況だけど、実際信じられないことになってる子が目の前にいるから、信じるしかないわねー」
「あ、あはは……」
ヴィーラさんの言葉に、乾いた笑いをするしかなかったぼく。中身が違うという時点でもありえない状況なのに、エリネという存在や聖樹という話まで出てきたのだから無理もないだろう。ヴィーラさん曰く、聖樹と話ができたということも初めて聞くケースらしい。まあ、ぼくが直接聖樹から話を聞いた訳ではないけど。
「話が逸れたわねー。世界転移の精霊術だけどー、結論から言うと方法は分かったわー。本当に存在するなんて私もビックリしたわねー」
「ほ、本当ですか!」
ヴィーラさんのその言葉に、ぼくは勢いよく身を乗り出してしまった。ヴィーラさんは少し目を見開いていた。驚かせてしまったようだ。すいません、と謝ると大丈夫よーと言ってくれた。
「古文書の解読を進めてたら、それっぽい記述があってねー。他の面白そうな古文書も溜まってたから、集中するために静かな別荘へ行って解読してたのよー」
「そうだったんですか……」
ヴィーラさんはぼくの依頼を決して忘れていた訳ではなく、今まで時間を掛けて方法を探してくれていたようだ。他の解読と同時のようだったけど、そこは文句を言ってはいけないだろう。そもそも好意でやってくれていることだし。ただ、やっぱり事前の連絡は欲しかった。
「それで、その方法ってどんなものなんでしょうか?」
「基本的には前回話したとおりだったわねー。鍵はやっぱり魔力量だったわねー。他にも精霊術を行使するときに必要な物があったけど、集めようと思えば十日もあれば調達できるわねー」
「……なるほど」
以前聞いた話では、こういった精霊術には膨大な魔力が必要だということだったはず。ぼくの保有魔力で足りるのかどうかは、やってみるしかないらしい。必要な物については、ヴィーラさんが調達してくれるらしい。
元の世界に戻れる手がかりが掴めて、思わず顔が綻ぶ。
けれど、話をしているヴィーラさんの顔はなぜか少し曇っていた。どうしたのかと聞こうとした矢先にただねー、とヴィーラさんが前置きしてから口を開く。
「仮に精霊術が上手くいってエリーちゃんが元の世界に戻れたとして、そのあとエリネちゃんをエリーちゃんの体に移す方法が分からないのよー。今のエリーちゃんとエリネちゃんの状況はさっき初めて聞いたけど、これは私の知識では持ち合わせてないことなのよー」
「そうなんですか……」
ヴィーラさんからそう言われ、ぼくは落胆した。自分のことばかり考えていて、エリネのことを考えていなかった。
それが分からないまま精霊術を使ってぼくが元の世界に戻った場合、エリーの体が空っぽになってしまう。それは流石に無責任だ。
「ね、ねえエリー……。本当に戻っちゃうのー?」
突然エリネがぼくに対して、そんなことを言ってきた。時折ぼくに対して見せる、あの暗い表情で。――一体どうしたんだろう?
「……エリネ?」
「聖樹様からの話、忘れた訳じゃないよねー?」
聖樹からの話? ――何だっただろう? ぼくは記憶を呼び起こす。
――思い出した、確か異世界の人の力が必要だから呼び出したって話だった。どうも帰りたいという気持ちが先行していて、意識から抜け落ちていたようだ。
現状――魔獣の数が増えている状況――はぼくが呼び出された理由を解決した、とは言い難い。
はたして、このまま帰ってしまっていいのだろうか。自分のやろうとしていることが、皆への裏切りのように思えてきてしまった。
「でもエリーちゃんは、直接その話を聞いた訳じゃないのよねー? 仮に今すぐに戻るのが難しかったとしても、その問題が解決したあとのことを聞きに行ってもいいんじゃないかしらー」
「聞きに……ですか? うーん……」
ヴィーラさんにそう言われたけど、そもそもどうやって聖樹からそういう話を聞くんだろう?
ともあれ、聞きに行く場合は聖域まで行かないといけないけど、あの場所へ近づくのは少し怖い。あの経験がトラウマになってしまっているようだ。
「なんにせよ精霊術を使うことになった場合でも、先にエリネちゃんの問題をどうにかしないといけないわねー。私としては、まずは聖樹様に今後の話を聞きに行った方がいいと思うわねー」
ヴィーラさんの言うことはもっともだろう。ぼくが元の世界に戻るならば、先にこの問題を解決してからにすべきだろう。そのためには、聖樹と話をしなければならない。
どうやって聖域へ行くか考えるのは、とりあえず後回しにした。
ヴィーラさんにその旨を伝えると、詳しいことが分かったらまたいらっしゃいねと答えてくれた。世界転移の精霊術のことは、そのとき詳しく教えてくれるらしい。
☆
「ところで、今日はテレスに帰るのー?」
そう話してきたヴィーラさんが、ぼくの席に紅茶が入った二つのカップを置いた。飲み物を出すわねと言って、わざわざ淹れてくれたものだ。帰ってきたばかりで疲れているだろうから手伝いを申し出たのだけど、お客さんだから手伝わなくていいと断られてしまったのだった。
疲れはそこまではないとのこと。てっきり歩き通しだと思ったら、王都までは馬車で帰ってきたとのことだった。そういえば、身に纏っている服装から長距離を歩く格好ではなかったことに気付く。
恐らく、馬車に乗るにはそれなりの金額がかかりそうな気がした。元の世界のタクシーみたいな感覚じゃないだろうか。
そして自分の席にもカップを置き、腰掛けたヴィーラさんに向けてぼくは返答をする。
「いえ、今日は王都に泊まるつもりです」
「そうなのー……。エリーちゃんがよければ、お泊まりしていってもいいのよー?」
そう答えたヴィーラさんの目付きが、突然妖しいものに変わった。日は経っているけど忘れられるはずもない。この目は、あの夜にぼくへ向けられたものと同じだ。ヴィーラさんの妖艶な雰囲気に飲まれそうになりながらも、ぼくは返答する。
「だ、大丈夫です! もう宿を押さえてありますから!」
「そうなのー。残念ねー。……次に来たときは、泊まっていってねー」
「か、考えておきます……」
次回ヴィーラさんの家を訪れるときは、恐らく最後の訪問になるだろう。
そのときはもうエリーの体とはお別れをする頃だし、記念に泊めてもらおうかな――などと思ってしまっていたぼくがいた。
次話掲載は14日(金)の予定です。
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