Chapter2-22 宮廷魔術師団の会合
それから一週間後。宮廷魔術師団の会合があるとのことで、レティさんと一緒に王都を訪れている。
ちなみに今回は、シアともウィルとも一緒ではない。はじめは不安だったので今回もウィルに同行してもらおうかと思っていたのだけど。レティさんにそのことを話したとき「宮廷魔術師の服を着ていれば、そんなこと気にしなくてもいいわよ」と言われたのだった。聞いたときはどういう意味か分からなかったのだけど――。
何かこの前と違うなと気付いたのは、王都の門を通るときだった。以前だと門番に身分を証明するものを見せろと言われたのだけど、今回は何も言われなかった。いわゆる顔パスに近い感じだった。
王都の街中を歩いていても、違和感は続いた。前にも増して視線を感じる気がした。けれどその視線には、前のようなものとはまた違ったものが混じっていた。
「レティさん、その、なんか凄く視線を感じるんですが……」
「……ああ、それは私達が宮廷魔術師だからよ。この服を着ていれば目立つからね」
「……宮廷魔術師って、そんなに見られるものなんですか?」
「そりゃあ、私達は王族直轄の組織の一員だからね。見方によっては、貴族と同じ立ち位置にも取れるわけなのよ。街中を歩いていれば嫌でも目立つわ」
「……なるほど」
これまでと受ける視線に違ったものがあると感じたのは、そこらしい。確かにそんな立ち位置のメンバーだったら、一目置かれるような扱いをされてもおかしくはない。
「だから、エリーちゃんが心配してるようなことはまず起こらないと思うわよ。そんな立場の者に手を出すなんて、それこそ王国を敵に回すようなものだから」
そうか、そう考えると王国と繋がっているような相手に手出しはできないだろう。そういう点では、自分だけでも安心して王都を歩けそうだ。
けれど、どうもこの視線の多さには慣れそうにない。レティさんはどうやって対処しているんだろう。
「私はとくに何もしていないけどね。逆に嬉しいというか、誇りに思っているし。苦労して宮廷魔術師になったのだから。……まあ、エリーちゃんもじきに慣れるわよ」
レティさんからそう言われるも、本当にそうかなあと思ってしまうぼくがいた。
(……エリネだったら、そんなこと気にしないような気はするけど)
そんなぼくの気持ちを知ってか知らずか、肩の上で欠伸をしているエリネ。――ぼくがこの体から出て行ったあと、宮廷魔術師として振る舞えるのか不安で仕方がなかった。
以前懸念を抱いていた、料理や文字の読み書きなどもそうだ。
今エリネはとても小さい体の状態――精霊なので、知識を教えることはできても実践ができない。時間のあるときに教えてはいるけど、不安は拭えないのだった。
☆
飲食店で昼食を摂り、宮廷魔術師団の詰所へとやってきた。
途中のゲートは、通行証を身に着けておいたので難なく通ることができた。
会合は、詰所内の会議室で行われるようだ。先に荷物を整理してくると言ったレティさんと別れ、エリネと一緒に会議室へと入る。
室内はロの字に机が配置されていた。まだ会合の時間より少し早いせいか、椅子に座っている団員はまばらだった。
適当な空いている席へと座る。エリネはいつも通りぼくの肩の上だ。机の上に座らせる訳にはいかないし。
じきに団員が続々と入ってきたけど、何かいろんな方面から視線を感じた。もしかしなくても、ぼく達を見ているのだろう。そう思ってしまったのは、レティさんが以前話していた内容が頭に思い浮かんでいたから。
『今師団内は、エリクシィルちゃんの話題で持ち切りだからね。最年少でこれ
だけ可愛くて、しかも実力は師団内でも随一。人気が出ないはずがないのよ。
将来結婚したいとまで言っていた団員もいたぐらいね』
この会合が終わったあとは、また質問攻めに遭うかもしれない。いや、それで済めばまだしも――。
会合が始まる前から、そのあとのことを考えて憂鬱な気分となってしまった。
「どうしたの? 気分でも悪いのかしら」
横から声を掛けられて、ハッとして顔を上げる。考え込んでいるうちに、いつの間にかレティさんがぼくの隣の席に座っていた。少し俯いていた恰好になっていたようで、レティさんが心配して声を掛けてくれたそうだ。
ぼくは大丈夫ですと返答して、背筋を伸ばした。周囲の目もある以上、弱々しい姿を見せる訳にはいかないだろう。
遂に全員が揃ったようで、団長であるラッカスさんの号令とともに会合が始まった。
会合は、各々の持ち回りで気になったことがないかなど。レティさんから聞いていた話だと、大きな事件などがあれば優先的にそちらの話になるそうだ。
冒頭にそういった話がなかったということは、事件らしい事件はなかったということだ。
そういった状況からか、和やかな雰囲気のまま会合は進行していった。
そしてテレス支部の話になり、レティさんが近況の報告を始めた。一週間ほどの見回りからまとめた内容だと、魔獣の原因不明の増加で退治してもなかなか効果が出ないこと、魔獣の質はそれほど高くないということが挙げられていた。
質ってどういう意味だろう。強さとかそういうことだろうか。仮にそうだとしてぼくは比較したことがないから分からないけど、レティさんがそう言うのならそうなのだろう。ぼくが魔獣と戦ったことがあるのは、森の中だけだからだ。森の外ではまた違った状況なのかもしれない。
テレスでの生活に関しては、住民が親切にしてくれているので特段の問題はないと言う話で締めて、レティさんの報告は終わった。
「報告ご苦労、これからもよろしく頼む。……エリクシィル君、何か気になったことはないかね」
これで終わりかな、と思っていたら団長からそんなことを言われた。
突然の振りに驚いたけど、指名された手前何も喋らない訳にはいかないだろう。頭をフル回転して、喋る内容を考えつつ立ち上がった。
「えと……森の状況はレティさんが仰った通りです。原因は掴めていませんので魔獣退治を続けるしかないのですが、レティさんと協力して進め商人の方々の安全を確保していきたいと思います。……今回のテレス支部設立にあたって、師団の皆さんにはご協力いただきました。長老はじめ住民を代表してお礼を申し上げます」
そう言ってぼくは頭を下げる。住民として代表するとか言ってしまったけど、たぶん間違ってはいないだろう。
しかしぼくの発言のあと、何か周りがざわつき始めた。何かまずいことを言ってしまったかな? ラッカスさんが場を制してぼくに座るよう言ってきたので、着席した。
不安になったぼくは、隣のレティさんに小声で尋ねた。何かまずいことを言ってしまったか、と。けれど返ってきた言葉は予想とは違って――。
「気にしなくて大丈夫よ。皆あなたの発言に驚いていただけだから」
レティさんのその言葉にぼくは首を傾げる。そんな様子のぼくを見て、レティさんはなぜか微笑みを返してきたのだった。一体どういう意味だったのだろう。
最後に次回の会合の日付が提示され、会合は終了した。ラッカスさんが会議室から出ていくと、他の団員もそれに続いて次々と部屋を後にしていった。一部の団員がこちらをチラッと見たけど、なぜかすぐに目線を外して後に続いて行った。
どうやら、ぼくが懸念していたようなことにはならなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろした。
会合は終わったけれど、まだぼくのやるべきことは終わっていない。初めて書き上げた報告書を、ラッカスさんへ提出しないといけないのだ。そのことをレティさんに伝えると、レティさんもついでに提出する書類があるとのことで、一緒に付いてきてくれることになった。
ラッカスさんの部屋の前。ノックした後、入ってくれと声が掛かったのでドアを開ける。入口で用件を述べる。
「エリクシィルです。報告書を持参してきました」
「わざわざご苦労様だ。ちょっと見せてもらってもいいだろうか」
「はい、どうぞ」
ぼくは鞄から持ってきた報告書を手渡す。報告書は、植物を原料としたものの用紙数枚を使って作成した。羊皮紙と呼ばれるものがあるらしいけど、高価らしく書物などでしか使わないらしい。手紙などこのような用途の場合は、前者を使うそうだ。
報告書に目を通していくラッカスさん。最後の用紙まで読み終えたところで、口を開いた。
「……一つ聞きたいのだが、これはエリクシィル君が書いたのかね」
「わたしが手書きしたものですけど……良くない点がありましたか?」
「いや、内容はよくまとまっていると思う。字がとても綺麗だったから、本当にエリクシィル君が書いたのかと少し疑ってしまった。疑ってすまない」
そう言ってラッカスさんが頭を下げる。時間をかけて丁寧に書いたつもりではあったけど、そこまで言われるとは思っていなかった。
「あ、頭を上げて下さい。気にしてないですから……」
ぼくがそう言うとラッカスさんは頭を上げてくれた。どこか申し訳なさそうな顔をしていたけど――。
「ところで今日は、ウィレイン君は一緒じゃないのかね」
「ウィレイン……ですか? 今日は来ていませんが」
「そうか……。話したいことがあったのだが。申し訳ないが、テレスに戻ったあと近いうちに私のところに顔を出すよう言ってもらえないだろうか」
「……? はい、分かりました」
ひとまず了承するも、ラッカスさんがウィルに話したいことってなんだろうかと疑問に思った。この間も、ぼくを残して話をしていたみたいだし。――とにかく、帰ったら忘れないように伝えないと。
レティさんはそのまま報告を続けるそうで、ぼくはそこで退出した。そのあとは、詰所から誰にも見つからないように静かに立ち去った。見つかったら、何を言われるか分かったものじゃないし。もし結婚したいとか言っていた団員と出くわしてしまうものなら――。
この世界で結婚するときって、やっぱり結婚式みたいなものをやるんだろうか。あるとしたら、ウェディングドレスは着るのだろうか。
純白のウェディングドレスに身を包んだ、自身の姿を想像する。やはり元がかわいいのだから、きっとその姿はもっと――。
そこまで想像し唐突に我に返る。なんて想像をしてしまったのだろう。対象をエリーとしてではなく、自分として見てしまっただなんて――。
頭をブンブンと左右に振って、変な気持ちを振り払った。
エリネが「どうしたのー」と声を掛けてきたけど、変に悟られないようになんでもないと返答した。
今日は、王都で一泊することが確定している。レティさんは詰所へ泊まるけど、自分の部屋がないぼくは適当な宿へ泊まるつもりだ。まあ、以前泊まった宿で問題ないだろう。
前回の失敗を活かして、先に宿を押さえに行った。時間が早かったため、まだ空室は十分にあるようだった。先に宿泊代金を支払い、部屋に余計な荷物を置いて宿を出た。
今はちょうど昼下がり。ラッカスさんの部屋へ行く前、レティさんと夕方頃に夕食を食べに行く約束をしてある。
それまで何をしようか。――ふと、ヴィーラさんのことが思い浮かんだ。この間レティさんに手紙を預けたので、とうに王立大学へ届いているはずだけど。結局あのあとから音沙汰はない。
一度家へ行ってみた方がいいかもしれない。反応がないところを考えると、恐らくはまだ帰っていないのだろうけど。
「エリネ、ヴィーラさんの家に行ってみてもいい?」
「ひひほー」
エリネは口をモグモグと動かしながら、そう答えてきた。途中の屋台でせがんだものを、食べているのだ。真ん中に膨らみを帯びた、丸いパンを抱えている。エリネの体からすると、けっこうなサイズのものだ。一口もらったけど、シンプルな甘みの付いたパンだった。元の世界の甘食に近いものだった。
そんなエリネを横目に、ヴィーラさんの家へ。
玄関前に立つも以前訪れたときと同じく、気配が感じられない。玄関のドアをノックしてみたけど、やっぱり応答がなかった。
恐らくまだ家に戻っていないのだろう。そんな気がした。
(ヴィーラさん、一体どこに行っているんだろう……)
以前訪れてから、もうかなりの日が経ったはずだ。長期休暇にしても、こんな長い間出ているなんて――。
まさかヴィーラさんの身に何かあったんじゃないだろうか。そう思うと不安になってきた。
けどこの場に居てもどうしようもない、と振り向いたそのとき。遠くから見覚えのある姿が。ウェーブのかかったピンクの長い髪の女性が、こちらへ歩いてきていた。エルフ特有の長い耳。間違いないだろう。
「ヴィーラさん!!」
それはぼくがずっと会いたいと待ち焦がれていた相手である、ヴィーラさんだった。
次話掲載は10日(月)の予定です。
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