Chapter2-21 宮廷魔術師の初仕事?
翌朝。エリネ、シアと一緒に集落外れの支部へ向かう。シアはレティさんと会うのは初めてなので、シアの家で簡単にレティさんの説明はしてある。
「エリネの服、エリーのと似てるようで似てないのね……」
道すがらシアがエリネを見て気にしていたけど、エリネの衣装は今日初めて着せたものだ。デザインの大元は宮廷魔術師の衣装。とは言ってもまるっきり同じではなく、色は白基調だ。ぼくが着ている衣装と対になる色合いだ。
昨日レティさんと話してたらエリネも衣装があるといいかも、という話になったのだ。エリーの家に戻ったあとエリネに話してみたら「わたしも欲しい!」と言い出した。ぼくが予想していた通りの返答だった。
その後フィールにお願いしたら、一晩のうちに作ってくれた訳だ。相変わらず仕事が早い。さすがに金色の刺繍部分は、簡略化されていた。
宮廷魔術師の衣装とは色合いが違うから、宮廷魔術師と勘違いされることはないだろう。まあ、精霊が宮廷魔術師だなんて誰も思わないと思うけど。
そして支部へ着いた。昨日まで空き家と呼んでいたけど、もうそうではないので支部と呼ぶことにしている。ドアをノックすると、すぐにレティさんが出てきた。
「なんなんこれー! がんこかわいいじー!!」
レティさんがエリネを見た瞬間、そう言ってそのまま自身の胸へと抱きしめていた。どうやらこの衣装は、レティさんの心を射止めたらしい。
けど、レティさんの口調がなにかおかしかったような――。どこか訛りがある言葉だった気がしたけど。
「レティさん、さっきの言葉遣い……」
「……ああ、王都へ出る時に直したつもりなのだけど……。気を付けてないとたまに故郷の口調が出てしまうのよ」
レティさんはそう言って舌を出していた。こちらの世界にも、方言みたいものがあるようだ。さっきのはどういう意味だったんだろう――。
後回しになってしまったけど、ぼくはレティさんにシアを紹介した。シアは自分からシアと呼んで欲しいとレティさんに言っていた。ちなみにぼくは昨日話したときにエリーと呼んで欲しいと言ってある。
挨拶が済んだところで、ぼく達は魔獣退治へと出発した。とりあえず今日は、ぼく達がいつも回っているルートを先導することになっている。
☆
「こんなものかしらね……。結構片付けた気がするけど」
「そうですね、いつもよりは多く退治できたと思います」
ふう、と息を吐いてレティさんが話してきたのを、ぼくはそう返した。いつもより多くと言ったけど、いつもより速いペースで片付けられたと言った方が正しいかな。
レティさんの魔術具は、自身の背丈よりも大きい杖だ。実力は宮廷魔術師の名に相応しい、さすがのものだった。
運悪く複数の魔獣からふいに襲われたのだけど、飛びかかってきた魔獣に対して杖を勢い良く振り抜いて当て弾き飛ばしていた。そして慌てずに、魔術で一体一体確実に仕留めていっていた。
なんでも、護身術に近いことを訓練しているらしい。あくまで最低限だそうで、レティさん自身は体力がそれほどないから相手に傷を負わせることは難しいとのことだ。それでも、あの細身から長い杖を武器として使ったのには驚いたけれど。
どこか戦い慣れている、そんな印象を受けた。宮廷魔術師の仕事内容を聞いていたところから考えると、きっと訓練や実戦の機会が多かったのだろう。
ぼくの場合、魔獣退治は実戦で覚えていったような感じだったから――。きちんとした戦術を初めて目の当たりにしたのだった。
エルフ族の俊敏さと魔力量の多さで、ごり押しに近い戦い方をしているだけだ。魔獣相手であれば、それで問題ないからいいんだけど。
「そうは言うけどね……。あなた達もかなりの実力があると思うわよ。エリーちゃんは十分に分かっていたけれど、エリネちゃんも手馴れてるし。シアちゃんはサポートが上手ね。それよりもあれには驚いたけれどね」
「あはは……」
あれとはエリネとの二重魔法もどきだ。たまたま思い付いたのでエリネと息を合わせて使って見せたのだ。そうしたらレティさんに呆れられてしまったのだった。なんて威力なのよ、と。
レティさん曰く、宮廷魔術師でも二重魔法を使える魔術師はごく僅かだそうだ。
エリートが集まっている数十名の中でも、僅か数名しか使えない。――ぼくとエリネは、宮廷魔術師の中でも上位の魔術師に肩を並べているようだ。
「今ってちょうど昼過ぎぐらい? そろそろ戻ろうかしらね」
「あ……お昼ご飯を作ってきたんですけど、よかったら皆で食べませんか?」
「いいわね。他の皆はどうかしら」
レティさんがそう言うと、シアは軽く、エリーは何度も頷いていた。
陽の光が入る少し開けた場所に出たところで、ここでお昼を食べようという話になった。
敷物は持ってきていないので、地面の濡れていない適当な場所に座り込む。ぼくは背中に背負っていた鞄から、バスケットを取り出した。
中身を確認したけど、形が崩れていないようで安心した。多少揺れても問題のない料理だし、一応激しく動かないように気を付けていた。
「わあ……サンドイッチなのね」
「はい、口に合うかは分かりませんけど……」
ぼくが作ってきたのはフルーツサンドだ。具材が野菜だけだと寂しい気がしたので、いっそのことこっちの方がいいんじゃないかと思って作った次第だ。
何種類かの果物を小さめに切り、生クリームと和えて細切りのパンに挟んだだけ。
生クリームは、牛乳とバターを混ぜ合わせることで作れた。味見したところだと、元の世界のそれに近いものになったんじゃないかなと思う。甘みは砂糖と樹液で付けている。果物があるので、甘さそのものは控えめにした。
女性しかいないので、これで満足してもらえるかな? 少しドキドキしている。レティさん、シア、エリネがそれぞれ口に運ぶところを、固唾を飲んで見守る。
「甘いけどしつこくなくて美味しいわね。……どれだけでも食べられそう」
「……美味しい」
「あまーい! 美味しいー!」
三者からの口からは、それぞれそんな声が漏れてきていた。――どうやら、皆の口に合ったようだ。ぼくはほっと胸を撫で下ろした。少し早起きしてわざわざ作った甲斐があった。
「普段から料理は作ってるって言ってたわよね。昨晩も手伝ってたみたいだし」
「作りますけど、お手伝いレベルだと思います。全部自分でとなるとまだ時間がかかりそうです」
「十分だと思うけどね。エリーちゃんかわいいから、好きな男の子がいたら振る舞ってあげればコロッと落とせそうね。男は胃袋から、って良く言うから」
「あ、あはは……」
レティさんからそんなことを言われて、ぼくは苦笑いするしかなかった。――ちらっと横目でエリネを見たけど、我関せずとサンドイッチを頬張っていた。口周りをクリーム塗れにして。
エリネは料理ができないけど、ぼくがこの体から出て行ったあとどうするつもりだろうか。確か、皿を洗うだけでも驚かれていたレベルのはずだ。
いくらなんでもこのまま、という訳にはいかない気がする。ぼくが戻るまでに少しずつでも教えていかなければ、大変なことになりそうだ。
昨日の文字の読み書きの件もそうだけど、エリネには覚えてもらわないといけないことが多い。早急にどうにかする必要がありそうだ。ちょっとシアにも相談した方がいいかもしれない。
なんでぼくがエリネの今後のことを考える必要があるのか、とふと思ったけど。ぼくが本来のエリネの役割を超えて、色々とやりすぎてしまったような気もするし。後の始末を考えてあげるべきだろう。
当のエリネが、今後のことをどう思っているかは分からないけどね。
ぼくがそんなことを考えていると、話はレティさんのことになっていた。
レティさんのことは、昨日話をしたときに大体聞いてある。
元々は王都から離れた、地方の農村出身だったそうだ。子ども時代は魔術とは無縁の生活を送っていて、そのまま実家の農業を継ぐことになるのかと思っていたそうだ。
あるとき、村に旅をしている魔術師が訪れて、レティさんを見たなり「この子の魔力量は凄い」ということを見抜いたそうだ。そこで魔力量が見られる玉――ぼくが王都の魔術具工房で壊したものだ――を使ってみたところ、人族の中ではかなり多い魔力量があることを知ったそうだ。それがいつの間にか村長の耳に伝わり、村を挙げて持ち上げられたらしい。
そこから大変な苦労を重ね、宮廷魔術師になれたそうだ。細かい話は昨日聞いたけど、普通は宮廷魔術師になるのは相当な困難であるということを思い知らされた。
通常、宮廷魔術師になりたい場合は実技試験の他に、学力試験のようなものもを受ける必要があるらしい。
「エリーちゃんが宮廷魔術師になるって話を団長から聞いたときは、少しモヤっとした思いはあったんだけど……。訓練場所であんなのを見せられたら、そんなのは吹き飛んだわね。他の団員も同じだと思うわよ」
サンドイッチを手にしたレティさんが、そうぼくに言った。
ぼくはコネで宮廷魔術師団入りしてしまったのだから、苦労して入ったレティさんがそういう気持ちになるのは仕方ないだろう。
「今日回ったところは、いつもあれぐらいの数の魔獣がいるのかしら」
ところで、と前置きしてレティさんがそう言った。レティさんがいたお陰で早く片付けられた気がするけど、数としてはあんなものだろう。
「そうですね、大体あの程度でしょうか。ただ、だんだん増えている気がしています」
「ふうん……。何か原因があるのかしらね」
レティさんはそう言ってサンドイッチを口に運びつつ、考え込んでいるようだった。
――魔獣が増えている理由というのは、聖樹が関係しているとエリネから聞いている。理由が理由なので、団長に言わなかった手前レティさんにも話せない。
「とりあえず次に王都へ行くまでに、魔獣退治がてら発生数でも調べてみようかしらね。報告書を書かないといけないし……。できれば皆にも手伝ってもらえると嬉しいのだけど」
レティさんがこちらを見てそう言った。ぼくはすぐに「いいですよ」と返答した。宮廷魔術師としての仕事だから断ることはないけど、レティさんがわざわざ頼ってくれているのだからね。シアやエリネも構いません、いいよーと返答をしていた。
そして、お昼ご飯を食べ終わったあとは、皆で話をしながらテレスまで戻ったのだった。
次話掲載は6日(木)の予定です。
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