Chapter2-20 支部長襲来
トントンとドアをノックする音が部屋に響き渡る。微睡みから急速に覚めていく。
「エリー? お客さんが来ているわよ」
「……ぁ、うん。今行くよ」
翌日のこと。今朝は普段通りに起きたものの、どうにも耐え難い眠さに襲われていた。昨晩なかなか寝付けず、意図せず夜更かしをしてしまったせいだ。
――どうやら、あの気分がまだ抜けていないようだった。朝ご飯を食べたあと、眠さに耐えきれず少しだけ寝ようとベッドで横になっていたのだ。
姿見を見て急いで身を整える。幸い寝癖や服に皺は付いていないようだった。仕方がなかったとはいえ、昼寝するなら服は着替えるべきだっただろう。
玄関まで向かうと、そこにいたのはレティさんだった。今日も以前来たときと同じで宮廷魔術師の衣装を身に纏っている。自分とは違って、背の高い人が着ると魔術師という感じに見える。背の高さでこうも見栄えが変わるのかと少しへこみつつも、顔に出さないようにレティさんに話し掛ける。
「こんにちはレティさん。今日はどうしたんですか?」
「こんにちはエリクシィルちゃん。ちょっと話したいことがあるんだけど、時間は大丈夫かしら?」
「はい、いいですけれど……」
「それじゃ、この前の家で話しましょうか」
「分かりました、ちょっと待ってて下さいね」
ぼくは空き家の鍵を部屋まで取りに戻る。ベッドではまだエリネがぐっすりと眠っていた。エリネもぼくと一緒に寝ていたようだ。起こそうか迷ったけれど、出かける先はテレスの中だしいいかと思い、そのまま寝かせておくことにした。
家を出る前にフィールに行き先を告げておく。エリネが起きたとしても、これで大丈夫だろう。もしかしたら後から自分で来るかもしれない。
そしてレティさんとともに空き家へ。家に入るとあれから数日経っているからか、少し埃っぽさを感じた。少し空気を入れ換えた方がいいだろう。ぼくはレティさんにそう伝え、部屋の窓を開けた。新鮮な空気が部屋の中を通っていく。
ぼく達はテーブルの席に腰掛けて、レティさんに話し掛ける。
「えっと、話ってなんですか?」
「この間支部長を早く決めるって話をして帰ったけれど、ようやく支部長が決まったのよ」
レティさんから待ち侘びた報告を受けた。やっと支部長が決まったみたいだ。一体誰だろう。今日は来ているのだろうか。
「あ、そうなんですか! ……それで誰に決まったんですか?」
「私よ」
「……え?」
「私が支部長になったのよ」
レティさんが経緯を説明してくれた。王都に戻った後に会議を開いたそうだけど、そこではなかなか決まらなかったようだ。会議が紛糾していたところ、見かねたレティさんが手を揚げたとのことだ。
「あの、レティさんに迷惑を掛けてしまったんじゃ……」
「ああ、別に良いのよ。ここに来るのが嫌だった訳じゃないからね」
「……本当なんですか?」
「ええ。ちょっと田舎暮らしっていうのも憧れていたし」
レティさんのその言葉を聞いて、ぼくは少し不安になった。本当に何もないテレスのことを分かって言っているのだろうか。都会暮らしの人が思っている田舎暮らしが、実際住んでみてから相当なズレに気付くと言うのは、元の世界でもよく言われていたことだ。
と言うか、田舎暮らしが云々って話が出てのだけど、もしかして――。
「……もしかして、テレスで暮らすつもりなんですか?」
「ええそうよ。最初は支部長は常駐しない方向だったけど、団長に進言したらあっさりと許可が取れたし。ああ、テレスの長老さんにはここへ来る前に許可を取ってきたわ」
「そうなんですか……。えっと、テレスって本当に何もないんですけど、それでも大丈夫なんですか?」
「一応時間の潰せるものは持ってきたんだけどね。……そんなに?」
「はい。お店とか飲食店は一軒もないですよ」
「そうなのね……。まあ十日に一度は王都へ帰るから、その都度まとめて買い出しするしかないわね」
どうやら思っていたとおり、レティさんはテレスで暮らすことになるそうだ。そして、何もないと言うことを知らなかったのも想定通りだった。
色々身の回りのこととかが、心配になってきた。エリネと違って、生活力のある人だと良いんだけど。ぼくはその疑問をレティさんにぶつけてみる。
「こんなこと聞くのは失礼ですけど、料理とかはできるんですか?」
「その辺りは一通りはできるわよ。あっちでも自炊して生活していたからね。ただ今の話で心配なのは食材が手に入るかなんだけど……。テレスに住んでいる方々ってどうやって調達しているのかしら?」
「えっと、田畑を共同で管理していて、そこから収穫する農作物を各家庭に分配しているって形ですね。……レティさんの場合、どうなるかは聞いてみないと分からないです」
ひとまず、レティさんが一人暮らしするのは問題なさそうだ。ただ、食材に関してはどういう扱いになるかぼくにもよく分からない。田畑の管理は、クレスタがたまにやっているから聞いていたのだけど。
「そこは長老さんに確認しておかないとね……。私がテレスの方々に受け入れられるか少し不安なのだけどね。エルフ族の中には、他種族に対して否定的な方もいるって聞いたから」
「そうなんですか? そういう考えのエルフ族は、テレスの中にはそういないとは思いますけど」
レティさんに対しそう言ったところで、それはあくまでぼくの考えでしかないことに気付いた。そもそもぼくは元の世界では人だったし、人に対して特別な感情は持っていない。
時折やってくる行商の人には、変な接し方をしているエルフ族はいなかったと思うけど。
逆の場合を思い出してみる。もう二度王都へ行っているけど、ぼくが接した人からは変な扱いをされることはなかった。少なくとも、エルフ族は人から疎ましく思われていることはないはずだ。
テレスと人との関係は、長老に聞いてみた方がいいかもしれない。
とりあえず、とレティさんが話を続ける。
「集落の外に荷物を積んだ馬車を待たせてるから、運び出さないと。……悪いのだけど、少し手伝ってもらってもいいかしら」
「いいですよ。あまり重いものは持てないですけれど」
「軽いものだけでも十分よ。重いのは男の人らに任せるから」
「分かりました」
それからぼく達は、集落の外にある馬車の中から荷物を運び出す作業を始めた。レティさんが持ってきた荷物は、それほど多くはなかった。家具は一通り揃ってることが分かっていたからか、そういった大きく重いものもなかった。やけに多い本の類はぼくの腕力じゃ無理だったから、同行してきた宮廷魔術師の男の人らに任せたのだけど。
その男の人らには、荷物を運んでいるときに色々話し掛けられた。趣味とか、好きな食べ物とか――付き合っている相手はいるのかだとか。
途中でレティさんから耳打ちで「ほら、前も言ったけどエリーちゃん人気あるでしょう」と言われ、ぼくは複雑な気分にならざるを得なかった。
考えるのが面倒になったぼくは、思考をエリネがこの体に戻ったら大変だろうなという方面に切り替えて何とか乗り切った。
☆
荷物の運び入れも終わり、用事が済んだ師団の人達は王都へと帰っていった。なにか、体力的より精神的に疲れたような気がする。
「ありがとう。助かったわ。残りの細かいものの整理は一人でもできるから」
「いえ……それにしても、本が多いですね」
「時間潰しの為にね……。その他の用途に使うモノもあるけどね」
「例えばどんな本があるんですか?」
「そうね……。魔術書や学術書、文学書とかかしらね。物語が書かれた本もあるわね」
「そうなんですか……」
レティさんの話を聞いて、俄然興味が沸いてきた。一応文字はほぼ問題なく読めるようになったので、色々と読んでみたい気がする。テレスにはあまり本はなかったからだ。魔術もそうだけど、歴史とかも少し気になるしね。
「あの、空いてる時間とかに読みに来てもいいでしょうか」
「いいけど、エリクシィルちゃんは字が読めるの?」
「はい、勉強して読めるようになりました。書く方は、まだ完璧ではないですけど」
「へえ……。歳の割にしっかりしてるわね。……分からないことがあったら教えてあげるから、いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
レティさんの言葉を聞いて、ぼくはよくないことに気付いてしまった。ぼくは字の読み書きはある程度できるけど、エリネは全くできない。ぼくがこの体から出ていったあと、エリネが戻ったときに色々と不都合が起きてしまうことが考えられる。これは、エリネにも字の読み書きができるようになってもらわないとまずいだろう。早めに対策する必要がありそうだ。
そんな事を考えていると、レティさんがそう言えば、と話を切り出した。
「エリネちゃんは今日どうしたのかしら」
「ああ、たぶん家で寝てると思います」
「そうなの……。残念ね……」
そういうレティさんは、心底残念そうな顔をしていた。そう言えば、詰所でエリネのことを抱きしめていたぐらいだったよね。かわいいもの好きってイメージがあったけど――。
「いつでも連れてこられますよ。魔獣退治のときでも……あ、そう言えば魔獣退治はレティさんがやるんですか?」
「そうよ。入れ替わりで担当する予定だったけど、私が常駐することになったからね。基本は私が出ることになるわよ」
「そうなんですか。……それだったら、明日はエリネと一緒に行きましょうか。あ、魔獣退治のときに同伴してもらってるシアという子も一緒でも大丈夫でしょうか」
「構わないわよ。そうしたら、早速朝から行きましょうか」
「分かりました」
と言う訳で明日はレティさん、シア、エリネと魔獣退治へ行くことになった。
レティさんの実力ってどれぐらいだろう。明日が少し楽しみだ。
「けれど今日の夜の食材をどうにかしないとね……。昼は王都でパンを買ってきたから、それを食べればいいんだけど」
「……今日はわたしの家で食べます? ただ、献立はほとんど野菜になりますけど」
「……それでも全然構わないわ。でも、ご両親に確認してからね」
「そうですね。ダメとは言わないとは思いますけど……。ちょっと聞いてきます」
ぼくはエリーの家に戻り、フィールとクレスタに今晩レティさんを食卓に招いても良いか尋ねてみた。レティさんの説明をすると、エリーの世話をしてくれる方なのだから、大歓迎だと言ってくれた。
その後レティさんのところへ戻り、両親から了承を得たことと夕飯が出来たら呼びに来ることを伝えた。
ぼくはその後長老のところへ行き、レティさんに食材を融通してくれないかどうか頼んでみた。テレスの手助けをしてくれる方だから、どうにかしようと言ってくれた。
「長老様、もう一つお聞きしたいことがあるんですけれど……」
「なんだね」
「テレスの中で、人に対して否定的な考えを持ったエルフ族っていたりしないんですか? レティさんがちょっと心配していたんですが」
「そうだな……種族が違うからと苦手意識を持っている者はいるかもしれないが、差別を行うような者はいない。集落の規律で禁じているからだ。そうでなければ行商を集落に入れたりなどしていないからな」
「なるほど……。分かりました。ありがとうございます」
どうやらレティさんの懸念はほぼ必要なさそうだった。ぼくは長老にお礼を言って長老宅を後にした。
その後お昼ご飯を食べたあと、再びレティさんのところへ行き長老から聞いた内容を伝える。レティさんは安心してくれたようだった。
そして今レティさんは、一緒に連れてきたエリネを胸に抱いている状態だ。よほどエリネのことが気に入ったのだろうか。レティさんのことが気になったぼくは、色々と尋ねてみたのだった。逆にレティさんからぼくに対してたくさんの質問を受けた。
そうして夕方まで、お互いのことを話し合ったのだった。
次話掲載は暫く休止し「俺の眷属はご主人様!」の更新を優先します。
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