Chapter2-19 シアとその後
ぼくがそれから落ち着きを取り戻したのは、何度目かの高みに昇った後のことだった。体を襲っていた熱が、急速に冷めたような気がする。傍には倒れ込んで肩で息をしているシアと、ニヤニヤしながらこちらを観察しているエリネ。
自分でも、なんでこんなことをしてしまったのか良く分からない。何か熱に浮かされかのように、心の声に素直に応じて事に及んでしまった。シアの顔を見たら胸がドキドキして、欲望のままに押し倒してしまっただなんて――。
暫くするとシアが体を起こして、気怠げな表情を見せながら口を開く。
「ん……やっと落ち着いたの……」
「し、シア……ごめんなさい!」
「……いや、いい。こうなっても仕方なかったから」
シアは息を吐いてそう答えた。ぼくがどうしてこんなことをしてしまったのか、シアが説明してくれた。
蔦からなにか変なものを飲まされなかったか、と聞かれた。もしかして喉元にかけられたあの熱いものだろうか。それを伝えるとやっぱりそうだったの、と言われた。
あれはドリアードが出す毒のようなもので、生殖行為をする前に飲まされるものらしい。それには催淫作用があり――つまりえっちな気分にさせるようだ。シア達が気付くのが遅かったら、ぼくはドリアードの餌食になっていただろうとのことだ。実際、蔦が股間付近まで来ていたから、本当にギリギリだったのだろう。
貞操の危機は回避したものの、毒を飲まされてしまったぼくは催淫作用のせいでシアを襲ってしまった、ということらしい。
「助けてくれたのにこんなことしてしまうなんて、本当にごめんなさい……」
「いい。あれは冒険者でも餌食になることがあるらしいから。それよりも無事ならよかった」
シアの話では、冒険者でもそういうことになってしまうそうだ。他に仲間がいなかったら、一度捕まったら最後。ドリアードの気が済むまで嬲られるということらしい。
「ところで……随分と体を触るのに手慣れたような感じがしたのだけど。……貴方まさか経験があったの?」
「な、ないよ……?」
「……本当に?」
「ないよ! 本当だよ!」
「……そうなの」
シアから問い詰められて、内心ヒヤヒヤしたけどなんとか乗り切る。ヴィーラさんにしてもらったことがあるからだとか、自分でしたことがあるからだとかなんて口が裂けても言えなかった。
(エリーはけーけんほーふだもんねー)
(……)
エリネが横から念話を使って茶化してきた。ちなみにエリネはえっちのときぼくのことを止めるどころか、間近でじっくりと眺めていたのだ。
エリーの家に帰ったら、エリネとじっくり話をしたいと思う。
とりあえず両者とも全裸であったため、衣服を身に着ける。結構乱暴に脱ぎ捨てた気がするけど、宮廷魔術師の衣装はほつれたりだとか、皺がついていたりはなかった。良い素材を使っているからだろうか。
しかし問題なのはショーツだ。恥ずかしいことに濡れてしまっているので、このまま穿くのはかなり抵抗感がある。けれど穿かなければ、いわゆるノーパンでテレスまで帰らなければならない。このスカートの丈でそれはまずい。ちょっとした風で簡単に捲れ上がってしまいそうなのに。万が一それを見られた場合――露出狂と思われても仕方ないだろう。
どうしようか悩んでいると、先に着用が終わったシアが声を掛けてきた。
「……どうしたの。ショーツを掴んで唸って」
「えっと、その、濡れちゃっててどうしようかなって……」
「…………ひとまず乾かすしかないわ。穿かない訳にはいかないでしょう」
「……うん」
シアはそう言うと、風の魔術を調整して暫く当て続ければ良いとアドバイスをくれた。そういう使い方は考え付かなかった。布団叩きは思いついたのに。
早速風の魔術を使ってショーツに風を当てる。左手だけで持っているのでヒラヒラするけど仕方がない。十分程度当て続けると、上手く乾いてくれたようだ。本当は水洗いしたかったけど、致し方ないだろう。
服は着たものの、ちょっと体が気持ち悪い。えっちのときに付いたあれやらこれやらで。シアも同じことを思っていたようで、水浴びをしてから帰ろうかという話になった。場所はいつもの湖。採集した薬草などの荷物をまとめて出発した。幸いにもここから湖までは、それほど遠くはないとのことだ。
再びここへ来ることは、あるのだろうか。あのドリアードに苦手意識を感じずにはいられなかった。聖域に続いて、あまり近寄りたくない場所が増えてしまった。
ちなみに、ショーツを乾かしている間シアとの話し合いで、今回ぼくがやってしまったことはなかったことにしようということになった。お互いに恥ずかしい姿を見せてしまったからだ。
まあ、そう約束はしたけど記憶にはばっちりと残させてもらうけど。最初はぼくにされるがままのシアだったけど、途中からは嬌声を上げ乱れる場景が脳に焼き付いている。普段それほど口数が多くないシアが、えっちのときはあんな声を出すなんて――。
忘れろと言う方が無理な話だ。シアには絶対に言えないけど。
逆にぼくの姿をシアに見られた訳だけど。恥ずかしいけどどうしようもないだろう。もしかしたら、シアも同じ気分かもしれない。
エリネにも他言はしないようにお願いしておいた。まあエリネは元の体に戻ったときのことを考えれば、まず喋れないとは思うけど。
途中魔獣に逢うこともなく、三十分ほどで湖へと到着した。念のため湖周りに魔獣がいないか確認したけど、気配は感じられなかった。
「わたし達は水浴びするけど、エリネはどうするの?」
「わたしも水浴びするー」
エリネにどうするか聞いたところ、一緒に水浴びするとの返事がきた。
湖の畔まで来たところで、シアにも確認しておく。
「……ところで、シアはいいの? 一緒に水浴びするのは……」
「どういう意味?」
「いやその、一応わたしの中身的に……」
「……さっき散々私の体を見てたはずなのに、今更そういうこと気にするのね」
「うっ……」
ジト目で睨んでくるシア。痛いところを突っ込まれてしまった。確かにまあ舐め回すレベルで見てしまっていた訳だけど、それとこれとは別だと思っていたのに。
その後シアは「前にも言ったけど、貴方を男の子として見てないから問題ない」とぼくに言ってきた。それを聞いたぼくは、釈然としない気分のまま服を脱ぎ始めたのだった。
一糸纏わぬ姿になったぼくは、湖の中へと足を進める。足先の水はかなり冷たい。服を着ていればちょうど過ごしやすい気温だけど、脱ぐと少し肌寒く感じた。水温の低さでそう感じているのかもしれない。陽の光のお蔭で幾分かはマシにはなっている。
けれどエリーは体が弱いので、あまり体を冷やすとまた風邪を引いてしまうかもしれない。体を流したらすぐに湖から上がった方がよさそうだ。
自分の体を洗いつつ、傍にいるシアをちらっと横目で見る。さっきは顔を見ただけでも胸がドキドキしていたのに、今はその感情はなりを潜めていた。
というか、裸の女の子がすぐ傍にいるのに、なんで何とも思わないんだろう。いくらシアを姉のように思っていたとしても、それはあくまでも形なだけ。ぼくにとっては、シアは異性のはずなのだ。
意識を変えたからだろうか。それにしてもこれはどうなんだろうと考えていると――。
「何かおかしいところがあるのかしら」
ちらっと見たつもりが、考え込んでいたせいでつい見続けてしまったようだ。ここは素直に謝った方がいいだろう。
「ご、ごめん……考え事してて……。あれ?」
シアを見ていたところ、首元に赤い印のようなものが見えた。それは腫れているようにも見える。
「シア、首元に赤いものがあるんだけど……」
「…………これ、貴方がつけたものよ」
「…………あっ」
シアにそう言われ、えっちのときのことがフラッシュバックする。シアの体の至る所にキスをして、痕を残していたことを。よくよくシアの体を見ると、同じような赤い痕が散見している。
さすがにそのことを思い出すと、恥ずかしさが込み上げてきた。ひとまず、これはどうにかした方がよさそうだった。
「これ、流石にこのままってまずいよね……」
「……そうね、治癒で治せないかしら」
「……試してみようか」
ぼくは赤い痕の箇所に手をかざし、治癒を発動する。淡い光とともに、赤い痕が消えていく。どうやら上手く行ったようだ。
その後ぼくはシアの全身に治癒をかけ、赤い痕を消していった。
その間のエリネはと言うと、我関せずと言わんばかりにいつものお風呂と同じように泳ぎ回っていたのだった。冷たい水にも関わらず、相変わらず元気だ。
もう水浴びじゃないわね、と同じくエリネを観察していたシアが言葉をかけてきた。同じことを思っていたぼくは思わず苦笑する。
泳ぎを続けるエリネに対して、あまり遠くへ行っちゃだめだよと声を掛ける。わかったーとエリネから大きな声が返ってきた。
ぼくはふとエリネみたいに全身で浸かれば、ちびちび水をかけているよりは早く水浴びが済むんじゃないかと考えが浮かんだ。ここはひざの高さぐらいまでしか水深がないから難しいけど。もっと水深の深いところはあるのだろうか。
そんなことを考えていると、不意に畔のそばの茂みからガサガサと音が聞こえた。
「っ! まさか魔獣!?」
湖に入る前に、魔獣がいないかちゃんと確認したはずなのに。ぼくは身を構えて魔術発動の準備をする。けれど、発動の寸前になって茂みの奥から姿を現したのは魔獣ではなかった。
「あれ……ウィル?」
「ん、エリーだったかっ……!?」
魔獣かと思ったそれは、ウィルだった。魔術を発動するところだったのをすんでのところで止める。けれどウィルはぼくを見た瞬間、回れ右をして向こう側を向いてしまった。
「ウィル、どうしたの?」
「お、俺は何も見ていない! 先にテレスへ戻ってるからな!」
「あ、ちょっと待ってウィル!」
ウィルは叫ぶようにそう言うと、ぼくの制止を振り切ってこちらも見ずそのまま走って行ってしまった。何がすごく慌てていたように見えたけど、なんだったのだろうか。
「ああ、見られてしまったわね……」
「え?」
「……自分の今の姿分かってる? ウィルに裸を見られたということよ」
「……あ」
そうか、だからウィルはあんなに慌てて行ってしまったのか。
気になっている女の子の裸を見てしまったのだから、ああいう態度になってしまったのは仕方がないのかもしれない。
けどそれを考えるのと同時に、これまで以上に恥ずかしい気分が込み上げてきた。それはさっきのシアに対する恥ずかしさとは、大きく違うものだった。顔に血が上って熱くなっているのが、自分でも分かるほどだ。
「顔真っ赤ね……。ウィルに見られたのがそんなに恥ずかしかったのかしら」
「……」
シアの言葉に、ぼくは何も返答ができなかった。恐らく、その通りなんだろうと思う。けれど、何でこんなに恥ずかしいのだろう。ドクドクと胸の奥が強く鼓動しているのが分かる。
その後泳ぎから戻ってきたエリネから色々と聞かれたのだけど、あまり内容は覚えていない。右耳から入ったものがそのまま左耳から出て行ってしまったかのようだ。
どうして、こんな気分になってしまったのだろうか。ぼくにはよく分からなかった。
次話掲載は11日(日)の予定です。
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