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Chapter2-17 ラッカスさんの嘘

「さあ団長、帰りましょう」

「い、いやしかし……」


 空き家に入るなり、見覚えのある女の人がラッカスさんに対し、そんなことを言っていた。女の人は、宮廷魔術師団の詰所で色々と教えてもらったお姉さん――レティさんと聞いた――だった。


「あの……レティさんがどうしてここに?」

「あ、エリクシィルちゃん。団長が突然書置きを残していなくなっちゃったものだから、急いで追いかけてきたの」

「え……? どういう意味ですか?」

「書置きに『テレスへ行く、暫く留守するが後は頼む』とだけ書かれていたの。理由も書いてなかったから、追いかけてきたという訳なのよ」

「……ラッカスさん、代理で来たって言ってませんでしたっけ……?」

「あ、ああ、それはだな……」


 ラッカスさんはそう言って言葉を濁す。レティさんの話を聞く限りだと、ラッカスさんは支部長の代理で来たという訳ではなさそうな感じだけど。何をしにわざわざテレスまで来たんだろう。

 それも気になるけど、支部長の件で思っていたことを尋ねてみる。


「ラッカスさんから聞いてましたけど、まだ支部長は決まってなかったんですね。人選びってけっこう時間がかかるものなんですね……」

「それはね……。早く決めないと、とは皆言うんだけどね。じゃあ誰が行くんだというところになると、そこから話が進まないの。その、場所が場所だから……」


 そう言ってレティさんは目線を外す。――恐らくテレスがこんな辺鄙(へんぴ)なところにあるせいだろう。常に滞在する訳ではないにしても、こちらへ来るまでに数時間、帰るまでに数時間。かなり時間を取られてしまうだろう。

 さらに王都での生活に慣れている人が、お店も娯楽もないこの集落にはなかなか来たがらないだろうなと思う。都会人が田舎で生活するというのは、そう簡単な話ではない。


「そこで話が止まっていた矢先に、団長がこんなことをするんだからもう大騒ぎになっちゃって。急いでここまで来たんだけど……。さて団長、どうしてこんなことをしたのか説明していただけますか?」


 レティさんはそう言いつつ、にこっと笑顔をラッカスさんに向ける。しかしその笑顔は笑っていなかった(・・・・・・・・)。無言の威圧がラッカスさんを襲っている。

 レティさんはシアと同じタイプで、怒らせちゃいけない人だとぼくは直感で察した。


「う……そ、それは……その……。エリクシィル君を、見たかったからだ」

「……は?」

「……はい?」


 ラッカスさんの口から予想だにしない言葉が発せられ、レティさんとぼくの素っ頓狂な声が重なった。


「……ええい、宮廷魔術師の衣装を着たエリクシィル君を見たかったから来たのだ! 理由はそれだけだ!」


 半ば叫ぶようにラッカスさんはそう言って、体を向こう側へと向けてしまった。

 えっと、ぼくが見たかったって――?

 どういう意味か考えていると、レティさんは大きくため息を吐いて。


「団長。今のはここだけの話にしてあげますから、帰ったら書類処理をお願いします。溜まってるはずですので」

「う、うむ……」

「はあ……。いくらエリクシィルちゃんがかわいいからって、もうこんな事は絶対にしないで下さい。今回は見逃しますけど、次回は上に報告入れますから」

「あ、ああ……」


 ラッカスさんは力なく答えると、がっくりと肩を落としていた。

 えっと、話からするとぼくがかわいいからわざわざ見に来たってこと――?

 そう思うと何だか恥ずかしくなってきた。確かにエリー(・・・)はかわいいけど、ラッカスさんにそこまでされるとは思ってもいなかった。

 顔が熱くなっているような気がして、何とも言えない気分になったぼくは下を向くしかなかった。



 暫くしてぼくとラッカスさんが再起動したあと、帰る前にこのところの集落付近の状況を聞かせてほしいと言われた。

 ぼくはありのまま話していいものかどうか悩む。このところはあの件(・・・)で、ほとんど魔獣退治に出ることができていないため、報告できる内容はほとんどない。

 ラッカスさんにあの件(・・・)を話したところで、理解してもらえるのだろうか。

 どうしようかとラッカスさんの方をチラチラと見ていると、レティさんが口を開いた。


「……団長。暫く席を外してもらえますか」

「……? いや、しかし……」

「集落の中を一周してきて下さい。その間にこの子から話は聞いておくので」

「あ、ああ……分かった」


 そう言うとラッカスさんは空き家から出て行った。残されたのは、ぼくとエリネとレティさん。レティさんは「とりあえず座りましょうか」とテーブルの席へと腰かける。ぼくも向かいにある椅子へと座った。


「それで……何か話し辛いことでもあったの?」

「……その、ここのところ体調が悪くて、魔獣退治は行ってなかったんです」

「そうだったの。……別にそれぐらいだったら、団長に言ってもよかったわよ? そんなことで怒る人じゃないわ」


 レティさんからそう言われ、わざわざ生理でしたとまで言う必要はないような気がしてきた。けれど、これが続く以上もう数日は魔獣退治へ行けないはずだ。そうなると、十日以上も行かないことになってしまう。仕事としては、それでいいのだろうか。

 やはり不安になったので、レティさんには正直に話してみることにする。


「その……初めて生理が来て、長老様から無理に出なくてもいいと言われてたので休んでいたんです」

「ああ……そういうことだったの。それは無理しなくていいわよ。そういう子は期間中は詰所内で仕事してもらってるから」


 女の宮廷魔術師も、そういう扱い方をされているようだ。それならよかったけど。ただ、テレスだと魔獣退治以外だと仕事らしい仕事はないけど――。


「そういえば、初めてだったのね。おめでとう。エリクシィルちゃんは一三歳だったわね? エルフ族も、その辺りは人と同じなのね」

「あ、ありがとうございます……? そうなんですね、また次は半年後に来るようです」

「……半年? …………ああ、エルフ族は寿命が長いものね。周期が違ってもおかしくないわね」

「……? エルフ族はって、人族は違うんですか?」

「私らは毎月来るわよ。半年ごとで済むなんて羨ましい……って、寿命が長い分経験する回数は同じぐらいなのかしら……」

「ど、どうなんでしょう……?」


 人は毎月これを経験しているようだ。重い(・・)人だと、なおのこと辛いだろう。と、いうことは元の世界の女の人もきっと同じなのだろう。男だったぼくは全く知らなかったことだ。こんなことにならなければ、恐らく知らないままだっただろう。


「まあ何にせよ、いつまでも支部長が不在っていうのはよくないわね。そうだ、エリクシィルちゃんが困っていたと言えば名乗り出る人が出るかもね」

「えっ……。どういう意味ですか?」

「今師団内は、エリクシィルちゃんの話題で持ち切りだからね。最年少でこれだけ可愛くて、しかも実力は師団内でも随一。人気が出ないはずがないのよ。将来結婚したいとまで言っていた団員もいたぐらいね」

「け、結婚……!?」


 レティさんのその言葉にぼくはする。そんなことになっているなんて思いもしなかった。というか、結婚なんて――。


(エリー、モテモテだねー)

(……茶化さないで欲しいんだけど)


 エリネが念話でぼくに対し言ってきたことに、ぼくは半ば呆れて返答する。ぼくがこの体から出ていったら、エリネがこの立場になるんだけど。それを理解した上で言っているんだろうか。


「エリクシィルちゃんは、今好きな相手とかいるのかしら? ……あ、もしかして一緒に来ていたエルフ族の男の子がそうだったり?」

「えっと、そのう……ウィルとはそういう関係ではないです……」


 楽しそうに聞いてくるレティさんに対し、ぼくは冷静に返答する。少なくとも今のところは、ウィルに対してどうこうというのは起こり得ない。

 ぼくがこの体から出て行ったあとのことは、分からないけどね。そこはエリネ次第だ。


「あら、そうなの。ということは、団員らにチャンスはある訳ね。…………もしかしたら団長もそうかもしれないけど」

「……えっ? 最後何か言いました?」

「ふふ、なんでもないわよ」


 レティさんが最後の方に、何かぼそぼそと言ったようだけど。上手く聞き取れなかったので訊き返してみたけど、答えてはくれなかった。

 少し気になるところではあるけど、しつこく聞き返すのもどうかと思ってそれ以上聞くのはやめておいた。

 そしてちょうどそのとき、空き家のドアが開かれた。急に開かれたのでびくっとしてドアの方へ振り向く。そこにいたのはラッカスさんだった。


「……話の方は済んだかね」

「済みましたけど……。団長、入るときはノックぐらいした方がいいですよ? もし今エリクシィルちゃんが着替えをしていたら、覗きになっていましたからね」

「…………それは、すまなかった」


 少し長い間があった後にラッカスさんはそう返答した。びっくりしたからノックはして欲しかったかなとは思ったけど、なんでぼくがそうしていたかもという話を出されたのだろう――。何故かニヤニヤとした顔付きのレティさんと、顔を横に向けたラッカスさんがいた。



 そのあと、レティさんとラッカスさんはレティさんが乗ってきた馬車で帰っていった。王都へ戻ったら、なるべく早く支部長を選出してくれるとのことだ。

 あとレティさんには、ヴィーラさんの所属する王立大学まで手紙を届けてもらうようお願いをした。行商へ渡すよりも確実に届けてくれそうだと思ったからだ。年上にお使いをさせるなんてちょっと失礼かなと思ったけど、レティさんは快諾してくれた。


 これでヴィーラさんに関しては、返信が来るのを待つしかないだろう。

 できれば早く気付いてもらいたいけど。ヴィーラさんが早く大学まで戻ってきてくれることを祈るしかない。あとは焦らずに日々を過ごすべきか。


 シアに言われた言葉を思い出す。女の子を楽しむぐらいのつもりで過ごしていった方が気分が楽になる、か。ぼくにそれができるのだろうか――。

今話で50話となりました。まだまだお話は続きますが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

次話掲載は4日(日)の予定です。


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