Chapter1-02 バレてしまったぼくの状況確認
「えっ……」
突然のシアの行動に、ぼくは思わず声を上げた。しかしシアは木の棒を下ろさず、そのままの体勢で鋭い視線を向けている。
「はじめは気のせいと思った。……けど、あなたの魔力はエリーと全く違う。それに口調、態度も……」
シアはそう言ったまま、ジリ、と足を前に踏み出す。ぼくは一歩後ろに下がる。
「そして、灼熱の嵐……恐らく風と火の魔術だろうけど、エリーはそこまで火が得意ではなかったはず。……いえ、そもそも二重魔術なんてできなかったはず。そんなことができる魔術師は、テレスにはいない」
一歩一歩前に踏み出してくるシアに対して、ぼくはその雰囲気に威圧され、ずるずると後ろへ下がることしかできない。
「答えなさい。あなたは……誰? 答えなければ……ここであなたを殺す」
冷たい声に思わず息を飲む。恐ろしいまでの殺気がぼくの全身を襲っている。恐らくシアは本気で言っている。何か言わなければ――と思っているのに、言葉が出なかった。
「氷の矢」
シアがそう言うと、ぼくの目の前に1本の氷の矢のようなものが現れた。先端は鋭く尖っていて――それはぼくに向けられている。
「私が念じれば、これであなたをすぐにでも串刺しにできる」
抑揚のない声。まるで感情が籠もっていない、冷徹な宣言だ。その雰囲気に、ぼくはどうすることもできない。
「……答えなさい!」
怒気を含んだシアの声に、体がビクッと震えた。喋らなければ――殺される。何とか声に出そうと試みたが、声が出ない。そうしているうちに目から一筋の水が零れ落ちる。
涙? 何故? と思っているうちに、何かが決壊したかのように、両目から涙が流れ落ちた。泣いている場合ではないというのに、それはぼくの意思とは関係なく。口から嗚咽が止まらない。
「シア……お姉ちゃ……」
ぼくの意思とは無関係に、不意に漏れ出た言葉。それを聞いたシアが、ハッとした表情でこちらを見つめて、こう言った。
「エリー……?」
涙をなんとか堪え、声を絞り出すように喋る。
「ぼくは……エリーじゃありません」
「…………どういうことか、説明してほしい」
先ほどの鋭い睨みはなくなり、語りかけるかのように聞いてきた。
自分は南彼方という名前で、エリーではないこと。気が付いたら森林の中にいてエリーとなっていたこと、何故かエリーの知識が思い浮かぶこと。
――ゆっくりとこれらを話し終えると、シアは唖然とした様子でぼくに話しかけた。
「……そんなの……信じられないわ」
「自分自身でも、信じられない状態です。いったい、どうすればいいのか……」
常識的に考えても、信じてくれという方が無理な話だ。でも、どうにか信じてもらうしかない。
「……私には手が余る。……長老様に話を聞いてもらった方がいい。疑って悪いけど、後ろから監視させてもらう。長老様の家への道は指示するから、そのまま歩き出して」
「……分かりました」
ぼくはそう答え、シアの指示通りに歩き始めた。
後ろから威圧感を感じながら歩き進める。先ほどみたいに木の棒を突きつけられている訳ではないけど、シアから発せられる雰囲気からぼくは緊張しながら歩いていた。
「……? あなた、ちょっと……」
シアに何か言われたので、歩きを止め振り向く。
「え、何ですか……?」
「……何でもない。そのまま先に進んで」
「……?」
何か言いたいことでもあったんだろうか? でも聞くのも怖いので、ぼくはそのまま先へと進むことにした。
集落の中心部に近い場所にある、他の家より一回り大きい家の前まで来た。ここが長老が住んでいる家らしい。
シアがドアをノックすると、中から「今行く」という声が聞こえた。そして、ドアがゆっくりと開かれた。
出迎えてくれたのは、青年の男だった。薄い青のローブを身に纏い、青の長髪に緑色の目。身長は、ウィルと同じかもう少し高い。特徴的な耳はぼくと同じだ。
確か長老という話だったが、目の前にいる男は、せいぜい二十歳かそこそこの年齢にしか見えない。ただ男が纏っている雰囲気は、かなり落ち着いたものではある。
「フェルシアに……エリクシィルか。何の用だ」
「長老様。緊急のお話があります」
シアが真剣な表情でそう答えると、長老はすぐに凛とした表情となった。
「……わかった。入りなさい」
そう言うと長老はぼくたちを家の中へ招き入れた。案内された先は客間のような部屋で、木製の大きな長方形型のテーブルが中央に配置されている。テーブルの周りには椅子が8つ。会議部屋としても利用されていそうだ。周りには見たこともないような調度品が並んでいる。
その中央にぼくとシア、向かい側に長老が座った。
「それで、話とは一体どうしたのだ?」
「……エリーのことです」
二人の視線が向けられた。シアがそのまま続ける。
「エリーは、エリーではありません」
「……? それはどういう意味だ?」
「……カナタ、説明して」
不思議そうな表情を浮かべている長老に対して、ぼくはここまでの説明を始めた。
こことは違う場所にいたこと。突然声が聞こえたと思ったら、光に包まれるとともに意識を失ったこと。目を覚ますとこの場所に来て、エリーになっていたこと。何故かエリーの知識が読み取れること。
話し終えたときは、二人共やはり信じられないというか、呆然とした感じでこちらを見つめていた。
「俄には信じられんな……」
「私も未だに信じられません」
「……話しているぼくも、こんなのありえない話だと思います」
何とか理解してもらうしかないのだが、やはり無理のある話だろう。――そう考えていると、長老がところで、と前置きして訪ねてきた。
「カナタ、と言ったか。こことは違う場所から来た、と言っていたが……一体どこから来たと言うのだ?」
「えっと……日本というところから来ました」
「ニホン……? 聞いたことがないな。それはどの大陸にあるんだ?」
「日本は……島国にある国です。……えっと、ここはなんという国なんですか?」
「ここか……テレスは国には属していないな。クルーシャ大陸の森林地帯にある、一つの集落という区分でしかない」
「そうですか……。ぼくの予想ではあるのですが、ここはぼくのいた世界とは違う世界のようです。そのような大陸は、ぼくのいた世界にはありませんでした」
「……ううむ……」
長老の聞き慣れない大陸名から察するに、ここは地球があった世界ではない――どこか別の世界のようだ。
理解できないことも多い。この体、魔獣、魔法のようなもの、と挙げるとキリがない。ここが幻想な世界であるのは、たぶん間違いないだろう。
「……エリーについて教えてほしいのですが。……エリーはどんな子だったんですか?」
知識としてはエリーのことは分かるけど、客観的なことは分からない。少しでも、今の状況が分かる情報が欲しいと思った。
「エリクシィルは、活発な子で、少しおっちょこちょいな面が……いや少しどころじゃないかもしれないが。まだ歳は十三だったと思うが、年下の子の面倒を見る優しい子だった。集落の仕事もよく手伝ってくれていたほどだ」
少女はエリクシィルと言う名前らしい。"エリー"というのは愛称的なものか。フェリシアも"シア"と呼ばれているし、それに近い感じだろう。ウィルもそうだったしね。
エリーが十三歳ということは、ぼくの三つ下ということになる。
「今日は私の薬草採取の手伝いを、引き受けてくれていました。……エリーが覚えていたかどうかは、分からないですけれど」
シアはそう言い、更に続ける。
「……あなたは高位の魔術師ではないの? あなたからは、尋常ではない量の魔力が漏れ出ている」
「そうなのか? そもそもエリクシィルは、テレスの中ではかなりの実力があったはずだが」
「はい。でも今のエリー……カナタの保有魔力は、エリーの数倍。いえ、それ以上あると思います」
魔術師だとか魔力だとか、よく分からない単語が出ている。
この世界ではあの不思議な光景は、普通のものなのだろうか。
「あの……魔術って一体なんなんですか? ぼくの住んでいたところでは、そういったものは無かったのですが……」
(補足)シアは目上相手のときはちゃんと普通に喋ります。
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2016/05/07 全体を改稿
2016/05/11 全体(表現・描写)を改稿
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。