Chapter2-16 宮廷魔術師団テレス支部
そして次の日。言われていた通り、昨日よりは少なかった。
これが完全に終わるまでは、魔獣退治には行かないつもりだ。体調不良のときからしばらくは行ってないんだけど、長老に事情を説明したら無理して行かなくていいと言われている。シアやフィールに聞いた話だと、これはどうやら一週間ほどで終わるそうだ。
――本当にエリーは軽めでよかった。重い場合は、それが一週間も続くとのことだから。
何となく憂鬱だった気分は、昨日全部吐き出したからか少し和らいだ気がする。聞いてくれたシアに感謝だ。
これが終わったら、シアにお礼としてパンケーキをご馳走してあげたいと思う。王都のカフェで見ていた限りは、シアも好みなのは間違いなさそうだったしね。
エリネは今日家にいるとのことだ。散歩にでも出ようかと聞いてみたけど、部屋でのんびりするとのことだった。
ぼくは、机に向かって文字を書く練習。手紙を書けるぐらいにはなったけど、まだまだ時間が掛かるし綺麗に書けているか怪しい。これから報告書を書くこともしなくちゃならないし。どうせ他にできることもないからね。
エリネはベッドの上でフィールに作ってもらった服を眺めながら、何やら考えごとをしているようだった。
そんなことをしていて時間は大体お昼前。もうそろそろ昼食準備の手伝いにいこうかと思っていたところ、部屋のドアをノックする音が。
「エリー、お客さんが来ているわよ」
ドアの外からフィールがそう伝えてきた。客って、ぼくに? 一体誰だろう。
すぐに行くことを伝えて、机の上を片付ける。エリネも一緒に出るそうだ。定位置の肩に乗ってもらう。
居間の玄関に向かうと、そこには――。
「……あれ? ラッカスさん?」
「おお、エリクシィル君。元気にしていたかね」
そこに居たのは、宮廷魔術師団の師団長であるラッカスさんだった。いつもの宮廷魔術師の衣装を身に纏っているが、今日は背中に鞄を担いでいるようだ。
「どうしてラッカスさんがこちらに?」
「……ここへ来る支部長がなかなか決まらないもので、代理でやってきたのだよ」
そういえば、支部長が決まり次第訪問するという話だったはずだけど。ぼくがテレスに戻ってから、もう十日以上は経っている。
時間がかかるかもしれないとは言われていたけど、人選びはそんなに難しいものなんだろうか。
「そうなんですか? ……師団長のお仕事の方は大丈夫なんですか?」
「…………多分問題ないだろう」
微妙な間があったけど、本当に大丈夫なんだろうか。代理とはいえ、師団長がこんな辺鄙なところに居ていいんだろうか。
本人が大丈夫だと言うなら、それを信じるしかないんだけど。
「長老殿から滞在場所を準備して頂いたと聞いたのだが。よければ案内してもらいたい」
「あ、分かりました。少し待っていて下さい」
ぼくは部屋に戻り、空家の鍵を引っ張り出した。
部屋を出る前に、肩に乗っていたエリネに一緒に来るかどうか聞いてみる。
暇だからということで、同行してくれるようだ。
玄関まで戻ると、ラッカスさんがエリーの両親と何か話をしているようだった。ラッカスさんはぼくに気付くと、エリーの両親に何か一言会釈をしていた。
「お待たせしました」
「ああ、それではよろしく頼む」
「はい、分かりました」
そしてぼくはラッカスさんに付いてきて欲しい旨を伝え、一緒に家を出た。
ぼくが先行して、ラッカスさんを空家まで案内する。
ラッカスさんは暫く滞在するつもりなのだろうか。荷物が少ないような気がするし、日帰りの可能性もありそうだけど――。
「ラッカスさんは、一人で歩いて来たんですか?」
「いや、王都から行商が出るところを便乗させてもらった。……エリクシィル君達は、あの距離をいつも歩いて往復しているのか。大したなものだな」
「あはは……歩き回るのは慣れています」
ラッカスさんはそんな感じで感心していたので、適当に相槌を打つ。確かに歩いて四、五時間ぐらいの行程だから、それなりに距離はあるのだとは思う。行商の馬車を使えばもう少しは早く着くのだろうか。でもあの王都で乗った馬車の揺れを考えると、歩きの方が気分は楽だろう。魔獣が出ることを除けば、森の中を歩くのは心地がいいしね。
――そうだ。行商が来たということは、ヴィーラさんへの手紙を渡す必要がある。滞在しているうちに、忘れずに渡すようにしなければならない。覚えておかないと。
そして集落の入り口近くにある空き家前。解錠してドアを開ける。掃除してから数日ぶりに入るけど、きちんと隅々まで掃除をしたので埃っぽくは感じなかった。一歩入ったラッカスさんがおお、と言って続ける。
「長老殿が空家と言っていたから、てっきり何もない家なのかと思っていたが……。一通り揃っているし、掃除も行き届いているようだな」
「前に夫婦が住んでいたそうで、家財道具はそのままになっていたようです。掃除はわたしとエリネで済ませておきました」
「君達が? ……それはわざわざすまなかったな。感謝する」
ラッカスさんはそう言ってぼく達に頭を下げた。ぼくが「いえ、気にしないで下さい」と言うと、ラッカスさんは頭を上げた。
ああそうだ、とラッカスさんは背中の鞄を下ろして中から布袋を取り出す。
「これを預かってきたのだよ。宮廷魔術師の支給品だ。採寸したはずだからサイズは間違いないと思うが、できれば一度着てみて着心地を確かめて欲しい」
ああ、詰所でお姉さんが話していた衣装の話か。後日届けてくれると言っていたものを、ラッカスさんが持ってきてくれたようだ。
「ありがとうございます。……それじゃ、向こうで着替えてきますね」
ぼくはそう言ってラッカスさんから布袋を受け取り、寝室へと入った。
早速布袋の中を確認すると、カッターシャツのような上着とスカート、外套に靴。それと、長い靴下か。スカート以外は黒基調だ。
上着と外套を広げてみたのだけど、デザインがいわゆる中二病を体現したかのようなものだ。裾辺りに、金色の刺繍が独特な紋様を描いている。決してダサくはない、のだけど。
ひとまず、このセットを着てみることにする。宮廷魔術師の詰所でこれを着ていたお姉さんのことを思い出したのだけど、このスカートはかなり短い。ちなみに色は明るいピンク色で、プリーツがあるものだ。
外套のお陰でそうはならないけど、ちょっと屈んだらきっと布が見えてしまうだろう。
しかも今穿いているのは、普通のショーツじゃなくて生理用のものだ。布地が多い分、余計に見えてしまう気がする。
全て着用したところで、エリネに全身をしっかりと確認してもらう。エリネに見てもらうのはこの寝室には姿見がないことが理由の一つ。もう一つは、ぼくがこの体から出ていったあとにエリネがこれを着てもらう必要があるからだ。
ぼく自身でも見える範囲で確認をする。目線を下に向けると、ニーソックスとスカートの間に、肌色が覗いている。エリーは肌が白いので、黒いニーソックスとの色の差で余計に目立っているような気がする。
エリネの確認はとくに問題はなかったようで、
「うん、カッコいいよー! よく似合ってると思う!」
とエリネから太鼓判を押された。あれだけ服を持っていたエリネがそう言っているのだから、恐らく額面通り通りに受け取っていいだろう。
確認も済んだところで、寝室を出てラッカスさんに報告へ行く。ラッカスさんは広間にあるテーブルの上で何やら書類を書いているところだった。
「お待たせしました、ラッカスさん」
「……おお、どうだっ……たか……」
書類から目を上げたぼくを見て、ラッカスさんの動きが止まる。目を見開いてぼくをじっと見ている。――あれ、もしかして着方が違ってたりしたのだろうか。
「あ、あの。どこかおかしいですか?」
「……いや、どこもおかしくない。つい見とれ……いや、なんでもない」
ラッカスさんはそう言うと、また書類の方に目を落としてしまった。何かを言いかけていたけど、最後はよく聞き取れなかった。何を言おうとしたんだろうか。
「そ、それより着心地はどうだね。サイズとか大丈夫かね」
「はい、とくに問題ないみたいです。……全体的に薄くて軽いのですけど、破れたりしないんでしょうか」
「ああ……それは大丈夫だ。特殊な素材で編み込まれていて簡単には破れないようになっている。また魔力が込められていて、多少の衝撃は防いでくれるのだ」
着てみた感じとしては、全然重みを感じなかったのでそこが少し不安だったのだけど。それは問題がないようだった。ラッカスさんの話だと魔力が込められているとのことで、凝った作りになっているようだ。
何となくだけど、この衣装は製作にそれなりの手間とお金が掛かっている気がする。
「折角だから、その服をご両親に見せてあげてはどうだろうか。まあ、これから着る機会は沢山あるだろうが……」
ラッカスさんは再びぼくの方を向いて、そう提案してきた。
なんだろう、初めて着た学校の制服を見せるようなそんな感じなのかな。よく分からないけど、ラッカスさんの言う通りにしておこうか。
とりあえず家から着てきた服を布袋へ詰め込み、ぼくは着てきた服を抱えてエリーの家へ戻り、エリーの両親に服を見てもらった。
フィール、クレスタともによく似合っている、かっこいい、かわいいだの。文字通りのベタ褒めだった。これってかわいい服なんだろうか?
一頻り感想をもらった後、また空き家へ戻ることを伝える。まだラッカスさんと具体的な話を何もしていないからだ。
「ちょっと遅くなりました……あれ?」
再び戻ってきて空き家のドアを開けると。見覚えのある女の人とラッカスさんが、広間で話をしているところだった。
次話掲載は9月1日(木)の予定です。
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