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Chapter2-15 続・女の子の日

 翌朝。起きると違和感があった。やはりフィールに言われていた通りだった。

 ぼくは即座に穿いていたショーツを脱ぎ、四角い布を取り替えた。


 この四角い布は、数時間に一度は替えないといけないようだ。激しく動くとモレることがあるということも聞いたので、今日もフィールに言われた通りにベッドの上でゆっくりとすることにした。


 今日もエリネはリアの家へ行くと言って、朝から不在だ。単純に遊びたいのか、それともぼくに気を使って出て行ってくれているのか。


 昨日に続いて手持無沙汰で暇だなと思いつつ、こうのんびりしているのもこれまであんまりなかったなと気付く。


 せいぜい体調を崩した日ぐらいだろうか。それ以外の日は大抵どこかに出ていたりだとか、何かをしていたりだとかしていた気がする。


 他のエルフ族たちは、のんびりと暮らしているのに。まあ最近は、魔獣退治に駆り出されているエルフ族も多いらしいけど。


 動き回ってしまうのは、せわしない日本人の性なのだろう。

 まあ元の世界に戻るために色々と動いていた結果がこれなので、仕方のないことだろう。いくつか、余計なことにも巻き込まれてしまっているような気もするけど。



 そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞと言うとドアが開かれる。入ってきたのはシアだった。


「エリー? 体調はどうかしら」


 そういうシアは、胸にバスケットを抱えていた。また、薬を持ってきてくれたんだろうか。


「うん、大丈夫。……昨日は飲み薬(ポーション)ありがとう」


 まだ体のだるさはあるけど、昨日よりも幾分か落ち着いた感じがする。恐らく、シアの薬のお陰だろう。昨日は眠ってしまってお礼を言いそびれていたので、改めてお礼を言っておいた。


「いい。……果物を持ってきたけど、食べる? 食欲があるなら、だけど」

「うん、もらおうかな」


 借りるわね、とシアは言い机の椅子をベッドの近くまで移動させて、腰を下ろした。

 シアはバスケットからナイフを取り出すと、同じく取り出した赤く丸い果物の皮を剥き始めた。りんごに近い見た目のそれは、シアの手によって手早く果実が剥き出しにされていく。


「そういえば、エリネはリアと遊んでるの?」

「ええ。あの子、精霊になっても全然変わってない。自由に飛び回る分、余計に手が付けられなくなった気がする」

「あはは……」


 シアの言葉にぼくは思わず苦笑する。エリネは相変わらず元気なようだ。

 けれど、それを聞いて疑問に思った。全然変わらないということは、それでリアがエリネの正体に気付くことはないのだろうか。


「……リアは、エリネがエリーだって気付くと思う?」

「いえ、気付かないと思う。だって、貴方がエリーとして居る(・・)のだから」

「……そうなのかな。元のエリーとわたしって、全然性格が違うようだけど」

「そうね……。けど、中身が違うだなんて普通は考えもつかないから、まず気付かないわ」

「……それもそっか」


 確かに、普通そんなことは思いもつかないだろう。このことを知っているのは、長老とシアだけだし。言わなければ気付かれることはまずない。

 そもそも、そんなことを言っても信じてもらえるかどうか怪しいだろう。

 エリネのことがバレるということも、どうやらなさそうだった。それについては安心したぼくだったけど、このところ不安に思うことがあった。折角なのでシアに聞いてもらうことにする。


「ねえ、シア。聞いて欲しいことがあるんだけど……」

「なに?」


 シアはバスケットから木皿を取り出し、その上で皮を剥いた果物をカットしていく。りんごのような見た目だったが、シアの手付きを見る限りは果実は柔らかいようだ。


「わたし……最近変じゃないかな」

「……どうしたの、突然?」

「この世界に来てからエリー(女の子)を演じてきたつもりだったけど、最近女の子でいるってことが当たり前になってきていて……」


 シアに僕が抱えていた不安を打ち明ける。話しているうちに聞いて欲しいことと言うか、愚痴に近いような内容になってしまっているのが自分でも分かった。


 もしヴィーラさんの古文書解読が上手くいかなかったらどうしよう、このままなのか。早く元の世界へ帰りたい。なんで自分がこんな目に遭わなければならないのか、など。


 こんなことを話せるのはシアしかいない。心の中にある不安やもやもやを誰かに聞いて欲しかった、それだけだった。

 シアは嫌な顔一つせずに、ただ黙ってぼくの話を聞いてくれていた。

 ぼくが溜まっていたものを吐露(とろ)したあと、シアは暫く押し黙っていた。そして「そうね」と言って話を切り出した。


「無責任な言い方かもしれないけど、あまり深く考えない方がいいのかもしれない」

「……」

「今不安を感じているのは……生理中なのもあると思う。生理中は心が不安定になるから。私もそのときは小さなことでイライラしたり、落ち込んだりすることがある」

「……そういうものなのかな」

「体がそうなっているのだから、それに釣られて心がそうなってしまってもおかしくないと思う」


 それについては、ぼくも感じていたところだ。それにしても最近は思考が女の子側に寄りすぎて、怖く感じているのだ。このままでは、彼方という個がエリーへと書き換わってしまうのではないか、ということに。


「けど男の子の心のまま、女の子の体で過ごすと言うのは辛いんじゃないかしら」

「それは……」

「いっそのこと、女の子を楽しむぐらいのつもりで過ごしていった方が、気分が楽になるんじゃないかしらね」

「……う、うーん……」


 悩むよりも吹っ切れた方が楽だろう、というのがシアの意見なんだけど。けど、シアはそれでいいんだろうか。


「でもシアは、わたしがそうしたとして、その、気持ち悪いとか思ったりしないの? ……中身男がそんなことをして」

「え? 私は最近、貴方のことはもう男の子扱いしてないけど。たまに男の子っぽい仕草をしてることはあるけど、ほとんど完璧な女の子に見える」


 それを聞いてぼくはガクッと首を垂れる。エリー(女の子)を演じていたとは言え、もうそのぐらいのレベルまで行っているとは――。また男の尊厳(プライド)が傷付けられた気がした。――まだそれがあるのかどうか、と言うことは考えないようにした。

 

「まあ……でも女の子の体に心が引っ張られていると感じているなら、逆はどうかしら。貴方が元の世界……自分の体に戻れば、心はすぐ戻るんじゃないかしら。元々男の子だったんだから」

「……そうかな?」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。そう言われてみると、そうともとれるような気がしてきた。


「今は、ヴィーラさんの古文書解読の報告待ちなんでしょう? だとしたら待つしかないのだから、このまま過ごしていくしかないんじゃないかしら。……貴方は今の生活に不満を感じているところはある?」


 シアにそう聞かれて考えてみるけど、今のテレスでの暮らしは正直悪くないと感じていた。エリーの家族との関係は悪くないし、他の子供たちとの付き合いもある。長老はもちろん、他のエルフたちも良くしてくれているし。

 魔獣退治は大変だけど、以前のような失敗はもうしないと決めたし。何よりエリネも一緒だから安心だ。あとはウィルもいてくれれば、怖いものなしなんだけど。


 ――ウィルと言えば、エリネの件をシアに言おうか言うまいか、ふと思う。ウィルとエリネは恐らく両想いだという話だ。少し考えたけど、これは当のエリネがいない場で話すべき内容ではないだろう。話したところで関係が進展することでもないし。ぼくがこのままエリーとして、いる限りは。


「ちょっと……大丈夫?」

「……あ、うん。……テレスの生活は悪くない、と思うよ」


 ちょっと考え込んでしまったせいで、シアがぼくの顔を覗き込んでいることに気付かなかった。ぼくは慌てて返答する。


「なら、今のままでいいんじゃないかしら。早く帰りたいと焦ったとしてもどうしようもない。なら、今の生活を楽しむことを考えた方が、精神的にもいいんじゃないかしら」

「そう……かな」


 どうぞ、と言われシアから木皿を差し出される。そこには一口サイズに切り揃えられた果実が並べられていた。フォークが刺さったものを掴み、口に運ぶ。果実のみずみずしい食感とほどよい甘さ。パンケーキにかける樹液の蕩けるような甘さもいいけど、こうした優しい甘さも気分を落ち着けてくれるような気がする。

 

「少しは落ち着いた?」


 ぼくの顔を見たシアが、そう声を掛けてきた。話を聞いてもらって、随分と気分が楽になった気がする。不安が増していたのは生理のせいだとしても、最近溜まっていたものを吐き出せてよかったと思う。

 ――女の子を楽しむか、というのはまあ置いといて。あまり深く考えずに日々を過ごしていくことにしたい。


「うん……ありがとう、シア」

「”妹”が困っているときだから。面倒を見るのは姉の役目」


 ぼくがお礼を言うとシアはそんなことを言ってきた。そういえば、エリー(・・・)はシアの事を”お姉ちゃん”と呼んでいたんだっけ。


「……わたしも、エリーみたいにお姉ちゃんって呼んでもいいかな」

「……好きにすればいい」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 ぼくがそう言うとシアは顔をぷいと横に向けて、世話の焼ける妹が増えてしまった、とぼそりと言ったのだった。

次話掲載は27日(土)の予定です。


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